命捨てがまる時 1
突撃に備え、夜明けを待つ間、ダニエルはノーマとクリスを連れ、各部隊を巡回した。
眠っている兵はそのままに、起きている兵一人一人に声をかける。
不安げな兵には「今回の戦は難しいが案ずるな。指揮官の指示を見てそれに従え」と
血気盛んな兵には「難敵故、突出せずに足並みを揃えよ」と。
最も多いのは、故郷を遠くして大軍に挟まれたと知り、既に死を覚悟した兵である。
彼らにはダニエルはその手を握り一言言う。
「共に故郷に帰るぞ」
リューの部隊は他とは空気が違っていた。
もはや生きる死人とでも言うべきか、主将リューやその周りを囲むベテラン兵は生きることではなく、いかに多くの敵を道連れとし時間を稼ぐかそれだけを考えていた。
「ダニエルさぁ、これが今生の別れとなりもそう。我が父の仇とまみえる事が最後の戦とは愉しいことでごわす。
これまでの温情に感謝いたす。
そしてできれば我が妻と娘を頼みもす」
リューの言葉に、ダニエルは涙を堪え、言う。
「そんなことを言うな。共に帰ろうぞ。
しかし、そのようなことがあれば我が命に代えても取り立てよう」
リューは笑って言う。
「紹介しもうす。
この周りにいるのは10年前に我が父とともにソーテキと戦い、死に遅れた兵児どもで我が師匠でもありもした。
この良き死に場所を与えて頂き感謝しとりもうす」
リューの声に合わせて配下の兵は
「ジェミナイ相手とは本望。
戦いぶりを御覧あれ」と意気軒昂に笑う。
その兵を見たノーマが言う。
「
ヘブラリー伯爵妃ノーマ・ヘブラリーが見届けた。
ヘブラリー兵児の心意気を見せよ!
あの世に先に行けば、地獄の鬼どもを掃討し我らが来るのを待っておけ!」
ノーマの言葉にヘブラリー兵は感涙する。
巡回の最後は、先鋒としてジェミナイ軍を脅かす役割を担う若手騎士である。
最も勇猛果敢として選抜されたモリ、サッサ、サクマは、ダニエルが来ると珍しく畏まっていう。
「ダニエル様、これまでありがとうございました!」
「何を死にに行くように言う。
お前たちの役割はソーテキを討ちに行くふりをして敵軍を混乱させ、時間を稼ぐこと。
それができれば直ちに離脱し、後を追って来い。
妙なことを考えるな」
ダニエルが諭すが、彼らはダニエルの手を暫く握りしめ、離さなかった。
ダニエルが去った後、ネルソンがやって来る。
「ダニエル様は自分の為の部下の犠牲を厭う方。
なので俺から言わせてもらうが、お前達はここで死ね!
ソーテキに向かって全滅するまで進め!
ジェミナイはソーテキが頭脳であり心臓だ。
奴を少しでも脅かせれば全軍がパニックになり、我軍を追ってくるどころではなくなる。
お前達の働きにダニエル様が帰還できるかは掛かっているぞ!」
モリ達は、ネルソンの言葉を鼻で嗤う。
「外様の貴様に言われるまでもない。もとよりそのつもりよ。
貴様こそ古巣にダニエル様を売るようなことをするな。
そんなことをすれば貴様の首を取りに地獄の底から這い出てやるぞ」
ネルソンはそれを聞くと、ニヤリとして、「それだけの元気があればソーテキの肝ぐらいは冷やせるだろう」と言って去る。
まだ夜明け前だがまもなく空が明るくなり始めるころ、ダニエル軍は整列する。
先鋒は若手騎士隊、彼らは敵軍を襲撃し混乱させる役目を持つ。
次鋒は道案内を行うヒデヨシとハチスカ党、その次に元ジェミナイの領主で地理に詳しいネルソンが位置する。
その後にダニエルがノーマと共に馬廻りに警護され、殿はリューが務める。
「皆、生きて故郷で顔を会わそうぞ!」
ダニエルの号令とともに、全軍が出撃する。
僅かに東の空が明るくなってきた。
その明かりを頼りに、最も警護の多そうな陣を本陣と見て、真っ直ぐに目指し、先鋒の部隊は遮二無二に進む。
「すまんが、お前達、ダニエル様のために地獄に付き合ってくれ!」
真っ先に駆ける鬼ムサシことモリが兵に言う。
「俺は賤民の出。領主に鞭で打ち殺されるところをダニエル様の領地に家族で逃げ込みました。
ダニエル様に死んでもらっては母も妹も生きてはいけません。
俺の命なら使ってください」
兵は笑って答える。
ジェミナイ軍は、日が昇り、エイプリル軍が現れた後に連携してダニエル軍を押しつぶすつもりであり、まさか遥かに劣勢のダニエル軍が仕掛けてくるなど予想だにしていなかった。
そしてソーテキはその不在が不安な当主によって止められ、昨夕ようやく陣に到着したところであり、事態を掌握できていない。
「今じゃ!相手は寝ぼけ顔。掛かれ!」
鬼ムサシ、鬼ゲンバの声が響く。
口数の少ないサッサは既に相手の陣営に斬り込んでいた。
「敵襲!」
悲鳴のような声が上がる。
「ダニエル軍はごく少数で地理もわからないはず。攻めてくることはあるまい。
さては陰謀屋のエイプリル侯爵が欺罔して約を違え、攻めてきたか?」
予想していなかった逆襲にジェミナイ軍は混乱する。
ダニエル軍の先鋒は100名。
小勢であるが、まさかという油断に付け込み、3人は悪鬼のように荒れ狂い、当たるを幸いと周囲を斬り倒しながら進んでいく。
「本来ならもう離脱して逃走する予定だが、それでは十分な時間は稼げん。
癪だがネルソンの言う通り、このまま我らは捨てがまるとするか」
モリこと鬼ムサシの呼びかけに二人も同意する。
そして鬼ムサシは後ろを向くと兵に言う。
「ダニエル様と共に逃げたい奴は今がチャンスだ。
直ぐにダニエル軍の後を追い、山道を行け!
俺達と地獄まで同行しようという奇特な奴だけついて来い!」
そう言ってダニエル軍の行方を目で追うと、ダニエルが必死でこちらを手招きしているのが見える。
「皆最後に手を振れ。我らは良き主君を持てたと誇れ!
ダニエル様!」
振り向けば兵も皆残り、ダニエル達に別れの手を振っている。
「貴様ら死ぬな!
戻れ、主命だぞ!」
ダニエルの声が虚しく響く。
「お前らも物好きよの。では、ソーテキの首を取りに行くか。
一代の語り草になろうよ」
鬼ムサシは兵に語りかけ、陣を鋒矢に組み替える。
「先頭は俺が行かせてもらう。
右にサクマ、左にサッサがつけ。
両横からの攻撃は任せた。俺はひたすら前に出る。
全員付いて来い!」
そしてソーテキの旗が見える本陣に向かって突撃する。
しかしソーテキの指揮のもと、態勢を立て直したジャミネイ軍は強い。
敵兵を倒し進む度にこちらも削られていくのを感じる。
分厚く兵を間に置いた先に指揮をとる老人が見える。
「あれがソーテキのようだな。
行くぞ!」
生き残る兵はもう半分もいないが、彼らは赤備えの意味がないほどその鎧は、自らと敵の血に塗れている。
「このクソが!
俺が鬼ゲンバだ!」
右でサクマが槍を投げ、巧みに兵を操り進行を妨害する馬上の指揮官を倒すのを見る。
「ゲンバめ、やりよる。
しかし、鬼の名を名乗るのは俺だ!」
バキッ
鬼ムサシは前で阻もうとする3人の兵の首を槍を横殴りにして折り、前に歩みを進める。
「俺たちが一歩進めば、本隊はその百倍だけ故郷に近づく。敵陣に踏み込め!
槍も刀も無くなれば、指を相手の目に入れよ!首に噛みつけ!
死んでも倒れるな!」
左手ではサッサが大声で鼓舞する。
(嬉しいのう!
幼い時からDQNと言われ、嫌われ恐れられていた俺を拾ってくれたダニエル様に感謝じゃ。死に場所として最高の場所よ)
鬼ムサシは仲間と敵のど真ん中で暴れる中、自然と笑みをこぼす。
そして目に汗と血が入り、よく見えない中、自分の位置を知らせるためにも大声を上げる。
「側面も後ろも薙ぎ払うだけにして、追ってこさせろ!
敵を引き付けろ!
何倍の敵が俺達を相手にしてくれている?DQNの晴れ舞台よ!」
付いてきているはずの兵の息遣いも足音もどんどん減っていく。
「次を列を抜くぞ!
貴様ら生きとるか!」
「おうよ!」
「まだまだ!」
ゲンバとサッサの声が聞こえる。
「走れ!
ソーテキまであとわずかよ!
前へ出ろ!」
殺しても殺してもジャミネイ兵は湧いてくる。
「モリ様、四方皆敵。敵のど真ん中です。
我が兵はもう10名に」
隣で兵が話しかける。
「まだ10名もいるか。相手は一万と聞く、不足はなし。
よし、ソーテキまで行くぞ!」
10名の男は重包囲を敷くジェミナイ軍に走り出す。
それに当たるジャミネイ兵はもはや血塗れで生きているのも不思議な彼らを、幽鬼を見るように呆然と見ていたが、ソーテキの怒号のもと、彼らを槍や刀で襲う。
「モリ、サクマ、腹をやられた。
もう数人道連れにして、先にあの世に行っとるぞ!」
サッサが腹や背中に何本もの刀槍を突き立てたまま、周りの兵に一撃を浴びせると、同時に崩れ落ちる。
「承知。
少しあの世で待っとれ!」
「鬼ムサシ、もう俺と貴様だけだぞ」
ゲンバが言う。
その二人に十重二十重できかない数の兵が周りを囲む。
「もう身体が動かん。
終いか」
鬼ムサシの言葉に続いて、警護兵に囲まれた老人が話しかける。
「ようも我が陣を荒らし、兵を殺してくれたな。
お前達のせいで計画が台無しだ。
もっとも最後にはダニエルの命は貰うがな。
ここで降参すればお前達の命は助けてやり、高禄で召し抱えてやろう。
どうじゃ」
「願ってもないお言葉、かたじけない」
と言いながら、ゲンバは一瞬鬼ムサシを見ると、疲れ切っていた様子を一変させ、咆哮しながら走り出し、老人目掛けて槍を突く。
もはや動けまいと思っていた馬廻りはその動きについて行けないが、最も近い護衛がソーテキを突き飛ばし、自分の身を犠牲にする。
その突き飛ばされた老人目掛けて、今度は鬼ムサシは槍を投げつけ、その喉を貫いた。
「ソーテキ、討ち取ったり!」
その絶叫とともに十数人が刀で斬りつけ、なますのように切り刻まれ、鬼ムサシとゲンバは絶命した。
すると背後から老人が出てくる。
「万が一でも降参してくれれば、いい宣伝になったのじゃが。
ダニエルめ、よく教育しておる。
これはますます奴を殺さねばならん。
おい、その影武者は懇ろに葬ってやれ。
そして部隊長を集めろ」
「畏まりました、ソーテキ様」
集まった部隊長を相手にソーテキは激昂していた。
「何だあの醜態は!
わずか100名の敵に翻弄されよって。
その間にダニエルは山中に隠れてしまったぞ。
なぜ一部でもダニエルの追跡に赴かない?
この阿呆どもが!」
「しかしソーテキ様に何かあればと皆心配したことです」
副将が弁護するが、ソーテキを更に怒らせる。
「そんなことだからこの老齢になっても戦の矢面に立たねばならん。
もういい。後で厳罰に処す。
それが嫌なら何が何でもダニエルの首を挙げてこい!
ダニエルを追跡する部隊と、先回りする部隊に分けよ。
山道付近の村々に落ち武者狩りをさせよ。
討ち取れば永代に渡り税は免除し、褒美も与えると触れよ。
相手は手負いの虎、ここで必ず討ち果たせ!」
ソーテキの指揮のもと、ジェミナイ軍は一斉に動き出す。
かなりの時間は失ったが、行軍に不便な山道を追跡し、討ち果たすことは可能とソーテキは考えるが、一方で、先程の先鋒の奮戦ぶりを見ると、首尾よくダニエルの首を取れるかとこれまでにない不安を感じた。
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