命捨てがまる時 2
モリたちが奮戦しているのを最後尾でリューは見ていた。
「ジューン兵にも良き兵児がおるが。
オイ達も負けてられん。
ヘブラリー兵児の意地を満天下に示してやらにゃならん」
「もちろんじゃ、リュー様」
「ダニエルさぁはだいぶ進んだけ」
「先程までモリ殿らを懸命に呼ばれてたが、ノーマさぁに引っ張っていかれちょった」
アッハッハ、皆明るく笑う。
「よか夫婦になろうぞ。
お二人には帰ってもらい、ヘブラリーをよか国にしてもらわねばならん」
笑顔のまま、リューが言う。
「ではそろそろ死にに行っか。
バース殿に叩き込まれた捨てがまりを使うときがきたの」
ベン・ハミルトンはリューの治めるルートン家から来た従士である。
10年前のジェミナイ戦では敗戦して引き上げるときに、彼に幼い子がいることと共に、主君であるリューの父からまだ若いリューの教育も頼まれ、殿軍には選ばれずに帰還した。
以来、その時に殿軍で残った主君や同僚に対して死に遅れた思いが拭えない。
子も大きくなり、もはや思い残すことはない。
このジェミナイ戦で機会があれば殿を志願するつもりだったベンにとっては、ここは絶好の死に場所である。
「ベン、お前に20人を付けっで、ここで捨てがまれ。
必ず指揮官を狙い撃ちせ。指揮官が倒れ混乱したところを襲いかかれ。
ある程度、敵を乱せば退却してオイ達と合流せ。
お前の弓の上手さを見込んでじゃ。うまくやってくれ」
周りが木々に覆われた窪地のところでリューに指示される。
「承知」
(リューさぁもよき兵児に育たれた。
ここで残られるのは無念じゃが、このご様子なら、オイも亡き御主人に責を果たしたと胸を張って言えそうじゃ)
ベンはリューの堂々たる指揮ぶりに満足しながら、まず窪地で足止めすべく大きな木を横倒しにし、そのままでは進軍できなくする。
そして与えられた兵を周囲に配置し、自分は藪の中で相手には見えず、こちらからの射線が通る場所に位置する。
ジェミナイ兵はなかなか来ない。
思った以上に先鋒の奮戦で陣が乱れたようだ。
隠れながらジリジリして待ち続けると、足音と声がする。
「かなり時間を浪費した。ダニエル軍の奴らめ、相当逃げているだろう。
ソーテキ様から檄を飛ばされた。急げ」
指揮官らしい男の声に続き、兵が答える。
「そう言ってもかなり山道を歩いて皆疲れています。
また、この窪地は木々が倒れていて、これを退かせるのも一苦労。
休憩を取るべきです」
指揮官は舌打ちしたが、兵の疲弊ぶりを見てその意見に従う。
「ここで小休止だ。水分を取れ」
およそ100名ほどの兵は倒れ込むように休息する。
指揮官が兜を脱いで木に座り込み、水筒から水を飲む時に、シュッと何かが飛ぶ音がする。
首に矢が刺さり、倒れ込む。
指揮官が倒れ混乱する部隊にヘブラリー兵が矢を射掛け、刀槍を持って喚声を挙げ突撃する。
「敵兵だ!隊長は倒された。いったん退くぞ」
反撃する気力もなく、ジェミナイ兵は逃げ出したが、戦に慣れたベンは山道の逃げにくいところに紐を張っていた。
足を取られ次々と倒れ込む兵に後ろから斬りつける。
ほとんどの兵を死傷させ、ベンは追撃を止めた。
敵は次々とくる。次に備えねばならない。
敵兵の死体を谷に蹴落とし、戦闘の跡を隠し、矢や武器は回収して次を待つ。
3度に渡り、敵を追い落とすと、ベンの部隊は半数以下となり、残る兵も負傷していた。
「ここはもうダメじゃ。相手に気づかれているが」
「さっきの敵は明らかに警戒してきたでね。
ベンさんが上手く指揮官を射てくれたおかげで混乱させられちゃが」
ベンの部隊はその地点を放棄して、次の捨てがまりの拠点まで後退した。
その頃、ソーテキは激怒していた。
追撃隊が次々と指揮官が死傷し、ろくにダニエルを追跡できていないことがソーテキを苛立たせる。
「敵は死兵と化し、あちこちで伏兵を置き狙撃してくるため、それを警戒すると進撃速度が遅くならざるを得ないかと」
「言い訳はいらん!
お前たちが任せてくれというから様子を見ていたが、我慢ならん。
儂が指揮をとる」
ソーテキは、3000の精鋭を引き抜き、直率して山道を追う。
「道があろうがなかろうが、全軍が広がり、隠れそうなところをシラミつぶしにせよ。
所詮奴らは少数。犠牲を厭わねば勝てるのだ」
山の中で転落や転倒の負傷も多かったが、ソーテキは意に介さない。
今は一刻が大事なとき、ダニエルを捕らえるためには兵の消耗はやむを得ないと割り切った。
ヘブラリー隊は当初大きな戦果を上げ、敵指揮官を次々と討ち取り、退却させていた。
リューが、これならばダニエルを安全圏に逃がすまでの時間を稼げるかと思った頃、敵軍が犠牲をいとわずに進んでくるようになる。
ヘブラリー兵は激戦を重ねつつ、次第に追い詰められた。
狙撃ポイントで指揮官を狙撃しても、退却せずに次の指揮官が後方よりそのまま出てきて、狙撃者が包囲され殺された。
犬死にはするなというリューの指令に従い、ヘブラリー兵は退き、チャンスを狙う。
リューは追ってくるジェミナイ兵を気にしながら退却を続け、やがてある開けた場所にくる。
古代の遺跡らしい巨石がいくつも転がり、その周囲を薮や木々が覆う。
リューのもとには300の兵がいたが、今は負傷兵も含めても約200。
この地は200人程度は収容できる狭い平地であった。
奇襲を狙うリューにとっては絶好の場所。
「ここがよか。ここでソーテキを迎え討つ」
追跡の総指揮官がソーテキになったことは敵の士気の高揚でわかる。
「ここで、まだ若く妻や子、老いた親がいる者は故郷へ去れ。
まだ少数ならば本軍に追いつける」
リューの指示でベンたちベテラン従士が選んだ者は50名。
彼らは皆、必死になって残りたいと訴えた。
「ここで帰れとは情けないお言葉。
もはや妻にも別れを告げてきております」
「今更帰っても何故生き残ったかと思うばかり。
何卒ここでリューさぁのお供を」
同じように10年前に帰されたベンにはその気持ちは痛いほどわかる。
しかし、リューの厳命であり、帰す立場もわかる。
ベンは帰還組を追い立てた。
「早く帰れ!リューさぁのお気持ちがわからんか。
貴様らが次のルートン家を盛り立てるのじゃ!」
「今は一刻が万金より貴重でごわんど。
とっとと引くがよい」
リューは素っ気なくそう言うと、ジェミナイ兵を待ち受ける陣の構築に入り、見向きもしない。
帰還組は泣きながらその場から立ち去り、ダニエル軍の本隊を追う。
「行ったか?」
「はっ。彼らはこのことをずっと引き摺りますぞ。
リューさぁも人が悪い」
「この戦で我が家が無くなるわけではなか。次の世代に引き継ぐ為には生き残る者がいなければならん。
死ぬより大変だが頑張ってもらおうど」
巨石や草木を活かした伏兵の構えができた頃、ジェミナイ兵が近づく。
足取りは慎重だが、暫くヘブラリー兵を見なかった為、油断も見られる。
「流石はソーテキ様だ。
あの方が指揮を取られてからは進軍が止まることはなくなったな」
「その分犠牲も多いがな。
しかし、奴らようやく諦めたのか、みんな死に尽くしたか、おとなしくなった。この開けたあたりで休息するか」
道もないような山中を警戒しながら急行したため、疲労が激しい。
ちょうど休憩に良い平地だと、およそ300名程のジェミナイ兵が窮屈そうにその地に入った時、四方から矢が飛び込んてくる。同時に丸太が倒れて行く手を塞ぐ。
「敵襲だ!ヘブラリーどもまだいたのか!
道を塞がれた、逃げられないぞ!」
密集したジェミナイ兵は身動きが取れないまま、矢を受け、槍で突かれて死んでいく。
その悲鳴を聞き、僚軍がやってくると乱戦になった。
地の利を活かし、隠れて狙撃するヘブラリー兵に手を焼きつつも、数の違いを活かしたジェミナイ軍は少しずつ相手の戦力を削っていく。
「もはやこれまで」の声とともに、あちこちに死体を残しヘブラリー兵は一斉に引いていった。
しかし、その数はもはや数える程。
「やれやれ。しつこい奴らめ。
こちらの損害はどのくらいか?」
「死傷者は500はくだらないでしょう。
奇襲と地の利を占められましたからね」
「まだ序盤でこの死傷者か。思いやられる。
しかし、ソーテキ様自ら乗り込んでこられているのに見っともない戦はできん。
おい、敵は一掃した。後方のソーテキ様をここに来ていただき、休憩がてら我らの働きを見てもらうぞ」
まもなくソーテキが警護兵に守られやって来た。
「ヘブラリー兵はここで最後の反撃じゃな。
あとは組織的な抵抗はあるまい。
殿軍が居なくなれば追うのは容易い。
よくやった!」
話を聞いたソーテキの褒め言葉に兵の士気は上がる。
「どれ、奴らの様子を見てみるか。
死を覚悟した伏兵とは珍しい。
よほど兵を心服させてないとできないことだ」
ソーテキがヘブラリー兵の検証をすべく歩き出したときだった。
頭上の木から矢が降ってきて、軽装のソーテキの身体を掠めた。
ソーテキへの射撃のために木の枝で待機していたベンである。
「しくじった。もう一度!」
緊張と足場の悪さのため、名手のベンも失敗した。
しかし、その時にはソーテキは地に伏せ、上から警護兵に覆われ、矢を当てることはできない。
ジェミナイ兵は一斉にベンの木の下に集まるとともに、他の頭上も確認する。そうしてソーテキが安全なところで身体を起こし、将兵が頭上に気を取られる中、近くのヘブラリー兵の死骸の下から、数人の兵が出てきた。
「チェスト!」
猿叫しながら真っ直ぐにソーテキの方に走る。
「敵の残兵だ!」
警護兵が駆け寄るが、上を気にしていたため反応が鈍い。
捨て身のヘブラリー兵の一人がその間をすり抜ける。
「ソーテキ!
我が父の仇!
我はリュー・ルートン・ヘブラリーなり!」
リューの槍はソーテキの胸を狙うが、老いたりとはいえ修羅場をくぐり抜けてきたソーテキが身をそらしたため、肩を貫く。
敵兵が駆け寄る中、もう一度槍を振るう時間はない。
せめてもの思いで投げた刀は腿を刺した。
足から血が吹き出し、崩れ落ちるソーテキを見ながら、リューは十数本の槍を身体に受け絶命する。
その顔は仇敵に一太刀を浴びせた為か満足げであった。
ベンは木の上から矢を射つくすと、木を倒され、降りた地上で数人から斬りつけられる。しかし、もはや彼らと戦いもせず、主リューの遺骸に歩み寄り、そこで切り刻まれて死んだ。
「クソっ、ヘブラリーの若僧が。
儂はよいから、全軍でダニエルを追え!」
ソーテキは痛みをこらえて指示するが、ジェミナイ兵は肯かない。
「当主ヨシカゲ様から、ソーテキ様の身体を最優先にせよと強く命じられております。軍を半分に分け、半分で追跡し、あとはソーテキ様を護衛して戻ります」
流石のソーテキも当主の指示を覆すことはできない。
応急処置を受けると兵に担がれ、山を降りる。
彼の顔は苦痛とダニエルに逃げられるかも知れぬという不安で歪んでいた。
ソーテキが去ると、ジェミナイ軍は弛緩した。
無様な逃げぶりを示すダニエルを侮り、もはや敵ではないという言葉が飛び交う。形だけの追跡を開始するが、その速度は緩やかである。
その心中には、先程までのヘブラリー兵の死闘が焼き付き、勝ち戦の中、無駄死にしたくないという思いが浮かんでいる。
リューとヘブラリー兵の死を懸けた戦いぶりは、ジェミナイ兵に恐怖を与え、追撃を諦めさせた。
その頃、ダニエルは報告を受けていた。
モリ達の先鋒やリュー達殿軍が一部でも追ってくるかもしれないと後方に伝令を置いておいたのが戻ってきた。
「どの部隊だ?モリ達か、リュー達殿軍か?」
「リュー様の部隊の一部です。皆傷つき足取りが遅いため、一部の兵で彼らを護衛し、ダニエル様の後を追いますので、先行ください」
「ならん!
オレのために傷ついた者を置いていけるか!
迎えに行く!」
それを聞き、クリスが止める。
「今はダニエル様の生命が大事。早く安全なところまでお逃げください。
彼らも納得してくれます」
「オレはムタグチ将軍とは違う。
次々と兵を犠牲にしてまで生き残るつもりはない」
(ムタグチ将軍って誰ぞ?)
ノーマが小声で聞く。
(自分の功績の為に無謀な作戦を強行し、失敗すると部下に犠牲を強いて自分は早々に逃げ出した方です。
その撤退では白骨街道と言われる程の死者を出し、騎士団史上最悪の将軍と言われています。
ああ言うと、もうダニエル様は引きません。
さっさと迎えに行くのが良さそうです)
クリスが答える。
それからダニエルが先頭となってヘブラリー兵の残兵を迎えに行き、彼らを担ぎ、肩を貸して山中を撤退する。
ダニエル達は、ソーテキの負傷もジェミナイ兵の追跡が鈍ったことも知らず、ひたすらに故郷を目指し、急いで昼夜に関わらず歩き続けた。
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牟田口将軍を出して欲しいというリクエストがあったので、過去の人物としてですが登場させてみました。
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