リオ制圧と反撃の地歩固め
ダニエルが乗る舟がリオに近づいたところで、対岸から軍船がやって来て誰何される。
「どこの舟だ?
何を載せてどこに向かう」
ダニエルが名乗ろうとするのをブレアが止める。
「ダニエル様、私にお任せください」
「私はジェミナイ国クツキ領主の娘ブレア、
旅芸人を送るついでにリオに遊びに来た。
通してくれ」
甲板に出て名乗る彼女を、相手方は不審げに見る。
「ジェミナイ国はダニエルを追って大騒動と聞く。
領主一族が国外に遊びに行けるとは思えん。
舟を改めさせてもらえぞ」
「ああ、好きにすればいい」
ブレアはそう言って舟底に降りてくると、兵達に
「おかしい。リオの奴らは来る者拒まずのはず。
奴らにソーテキの手が回っているかもしれない。いざというときは襲いかかれるように」と注意する。
二十名程の兵が舟に乗り込み一人ひとりの顔かたちを改めていく。
「これはいい女だぜ!旅芸人にはもったいない。ひとつお相手してもらおうか」
顔を伏せるノーマの顔を無理に上げさせた兵が笑いながら叫ぶが、沈黙して座り込んでいた旅芸人に扮したヘブラリー兵が怒気も露わに立ち上がるのを見て、たじろぎながら怒鳴る。
「貴様たち、文句があるのか!」
そこに他の兵が叫ぶ。
「コイツ、お尋ね者のダニエルによく似てるぞ。
下男に化けているが、オレが以前に近くで見た姿にそっくりだ」
その兵が言い終わらないうちに、ダニエルが手を伸ばしてその兵の首を折る。
それと同時にダニエル兵は一斉に襲いかかり、たちまち彼らを全滅させ、更に横に接していた軍船に乗り込んでその乗組員を捕虜とする。
ちなみにノーマに手をかけた男は捕まった後すぐに殺されずに、まず散々に殴りつけられる。更に急所と手足の筋を切られた後、樽に乗せられて「ノーマ様への無礼を、手足の痛みと喉の乾きとともに悔やんで死ね」という言葉とともに海に送られる。
その後、舟ではダニエル達幹部が鳩首対策を練る。
「ソーテキめ、手が早い。
既に逃走後も睨んで、リオまで手を伸ばしていたか。リオの奴らとは同盟を結んでいたはずだが、大国ジェミナイの脅しに屈したか。
しかし、リオに上陸できないとジューン領には帰れんぞ」
ダニエルは嘆息をつく。
もう大丈夫と思ったところへの襲撃であったため、ダニエル達もショックが大きい。
得意の力任せの強襲も、この負傷者だらけの少人数で、あのリオの堅城には到底挑めない。
いい知恵も出ず、舟の甲板から青い海を見ていると、一隻の舟がやって来た。
「敵か?」
警戒しているところにやってきたのは、ダニエルがリオへの傭兵としてヘブラリー兵を預けていたマニエルであった。
「ダニエル様、久しぶりです。
今回はなかなかの負けっぷりでしたな」
がっはっはと他人事のように笑うマニエルにネルソンやヒデヨシ達家臣は殺気立つ。
「百戦負けなしなど物語りの名将だけでしょう。命が有ればいくらでもやり直せますわ。
某もどれだけ負け戦と敗走を経験したことか。
これだけはダニエル様に勝りますな」
笑い止めたマニエルは真顔になって諭すように言う。
数多くの戦場体験を重ねた全身傷だらけの古強者の言うことには重みがある。
ダニエルは、その言葉をマニエルなりの労りと受け止め素直に頷く。
「それでリオはどうなっている?」
気を取り直したダニエルの問いかけにマニエルは答える。
「どうもこうも、ダニエル様が逃げ込めばリオとは取引を停止し、攻撃も辞さないというソーテキの恫喝に都市参事会は大慌てです。
議員は二分され、ダニエル引き渡し又は入国拒否の派が優位にあります」
「なるほど、その一派の指示で先ほど臨検してきたのだな」
「もちろん傭兵の中でダニエル様の配下である私の部隊にはこの話は知らされず、つんぼ座敷に置かれています。
まあちょうどいい。
敵兵の服を剥ぎ、彼らを装ってリオに入りましょう」
クリス以下の30名の兵はマニエルの言葉に従い、死者や捕虜とした傭兵から装備を剥がし、それを着る。
大柄のダニエルや小兵のヒデヨシは合う服が無かったので、ノーマ達と同じく旅芸人のままである。
「捕虜達はどうしますか?」
マニエルの質問にダニエルは当たり前のように答える。
「オレ達を捕らえようとしたのだ。殺される覚悟もあるだろう」
その発言に対して、ダニエル家臣は当然と頷く一方、縛られて甲板に転がされた捕虜からは、助けてくれ、隊長に従っただけだと哀願する声が聞こえる。
(ダニエル様は変わったな。
兵の処刑には慎重だったが、あまりの部下の犠牲に心が血を求めたか)
マニエルはこれまでの戦場経験で、激戦の後に、死傷した仲間への怒り悲しみのあまり、敵軍捕虜を虐殺する将兵を度々目撃してきた。
(しかし、諸侯たる者、兵と同じように心情に流されてはいかん)
ダニエルを仕えるべき主君と見込んだマニエルは諫言することとする。
「ダニエル様、傭兵は昨日の敵が今日の友が当たり前。
ましてここは戦場でなく彼らは一介の兵隊。
道具である彼らを憎むのは如何かと思います。
敵はソーテキであり、エイプリル侯爵でございましょう。
自分に向かってくる者すべてを殺してどうされますか」
マニエルの諫める声を聞き、ダニエルは暫し考える。
「お前の目から見て、オレの命令は行き過ぎと思うか」
「恐れながら、事の軽重を見失っておられると思います。
傭兵を故なく殺すと彼らは敵に回りますぞ」
「良かろう。
戦場の先輩の忠言に従おう。
捕虜には、我らに敵しないことを誓わせた上でそこらの島に置いておけ。
但し、敵対行為が見受けられればすぐに始末しろ」
ダニエルの指示に、捕虜はありがとうございますと泣き崩れる。
騒ぎは静まり、偽装した軍船と旅芸人の乗った舟とがリオの港に入ろうとする。
そこへ武装した監視船がやって来た。
「その舟は何だ?
誰が入港を許可した?」
「某は3番隊長マニエル。
クツキ姫君と旅芸人が入港を求められたので、中を臨検して許可した」
「マニエル隊長の判断ならば文句はないが、そちらの方面に別の隊が行ったまま帰ってこないが、知らないか?」
これまでの武功からがマニエルの名は傭兵に鳴り響いているようだ。
「それならば、某が見つけたときに旅芸人の芸を鑑賞しておったので連れて帰ってきた。
ほら、その後ろの船にいるぞ」
後ろの軍船から、傭兵から剥ぎ取った服を着たクリス達が顔を見せ、同時に、3隻目の舟からはノーマが笑顔で手を振る。
「そう言えば、有名なイズモのオクニがジェミナイの巡業の後、リオに来ると聞いたぞ」
「なるほどめったに見ない美女だと思ったらオクニか。
それは眼福眼福」
港の守備兵が我も我もとノーマを見物に来ている間に、ダニエル達は上陸する。
「ダニエル様、まずは我ら3番隊の兵舎へおいでください」
マニエルに案内され、いかにも兵舎らしい簡素なその建物に赴く。
そこにノーマやブレア達一行もやって来る。
ヘブラリーから派遣された兵はダニエルとノーマを見て喜びを爆発させた。
「よくぞご無事で!」
「我らがどれほど心配したことか」
「故郷ヘブラリーでは大騒ぎでございます。
早くご帰還ください」
「待て、その前にやることがある!」
兵を前に立ち上がり、ダニエルは言った。
「ここリオ共和国参事会はオレと同盟を結びながら、こちらが窮地に立つとオレ達を襲おうとした。これを許せるか?
折角、中に侵入し、しかもお前達という精鋭部隊がいる。
これを奇貨としてリオを奪う。
良いな!」
これは先程ダニエルとマニエルが相談したことである。
オー!
一同の声が上がる。
ヘブラリー兵300とダニエルが連れてきたうちの戦闘可能な50、これだけで3000の守備兵がいるリオを制圧する。
可能なのかとのヒデヨシの疑問にマニエルは自信たっぷりに言う。
「リオは商人の都市、武装蜂起への対処など心構えもない。
赤子の手を撚るようなものよ」
そしてダニエル以下の数名を連れて、まず総隊長のところを訪問する。
「ドレイク総隊長殿に緊急の案件で面会したい」
と申込むマニエルは少し待たされ、その間にダニエルに彼の情報を入れる。
(ダニエル様、ドレイクはもともと海賊上がりで海戦が専門。
陸戦は私に一任しています。
奴は高額の報酬に釣られて総隊長を引き受けましたが、今は退屈し海賊に戻りたくてウズウズしています。
そこを突けばこちらに付くでしょう)
「どうぞ」
通された部屋は広々として、リオとその港がよく見える。
「マニエル殿、緊急の案件と聞いたが何か?」
そこに立つ壮年の海軍服の男は、いかにも海の男らしく真っ黒に日焼けし筋肉質で、果断かつ貪欲そうな顔つきである。
「ドレイク殿、良いお話を持ってきました。
あなたは望み通りに違約金を払わずに総隊長を辞め、海賊に戻れます」
目を白黒させるドレイクにマニエルは身体を避けて、ダニエルを見せる。
「あなたはダニエル殿!
生きていたのか!」
以前のリオ訪問でドレイクはダニエルと会っている。
「ドレイク殿、リオの商人衆がオレをジェミナイに売ろうとしていることは知っている。
オレはこの同盟への背信行為を許すわけにはいかん。
オレのやることに介入せず暫くここで事態を見ていてくれ。
見ているだけでいい。
それで望みのものを渡そう」
ドレイクは黙り込んだ後、窓を向いて大きな声で言う。
「今日は何も無さそうだ。
休暇を取って馴染みの女のところに明日の朝までしけこむか。
その間の代理はマニエル殿にお願いする」
そして、ダニエル達と顔を合わさないようにしながら出て行く。
「下手な猿芝居だが、意は通じたな。
さて、都市参事会に乗り込むか」
ダニエルは逃げるように去るドレイクを見て苦笑しながら言う。
ダニエルはマニエルを先導として、兵30名を連れて都市参事会の会議室へ乗り込む。
途中の衛兵には、マニエルが、臨時の総隊長として緊急の連絡だと言い、通させる。
会議室に入れるのはマニエルのみ。
ダニエル以下は部屋の外で待機させられるが、会議室の話し声は漏れ聞こえる。
「だから、同盟契約など関係ない。
あの名将ソーテキが書簡を寄越しているのだ。
ダニエルが来ればすぐに捕縛し引き渡すことにしたい。
事後報告だが、儂は傭兵の一部に船を見ればダニエルを探せと命じている」
「何を勝手なことを!
契約も守らないでは商都リオの名が傷つく。
ダニエルは受け入れ、そしてさっさと出て行かせるのだ。
ソーテキが脅しても海を隔てた相手に大したことはできまいが、ダニエルの領土とは隣接しており、あの狂犬のような騎士共が襲撃してきたら厄介なことになる。
戦うしか能のない諸侯など勝手に争わせておけば良い」
「そもそもこの議論に益があるのか。
ダニエルがまだ現れないということは山中で死んでいるのではないか。
不毛な議論は打ち切ろう」
「傭兵総隊長代理マニエル様、緊急の報告に来られました」
「何だ?儂らは忙しい。
ドレイクはどうした」
雇い主として当然と言わんばかりの横柄な態度の参事会議員にマニエルは丁寧に答える。
「ドレイク殿は休暇のため、某が代理で参りました。
クツキ領主からの急報で、ダニエル殿一行が旅芸人に扮して舟に乗り、リオを目指しているとのこと。
そして、港の監視兵からは、先程旅芸人一座が入港し、既にリオに入っているとのことです」
「なんだと!
では我々は既にリオに入れてしまったのか」
「それは一大事。
衛兵や傭兵を総動員して、ダニエルを捕縛せよ!」
反ダニエル派は大騒ぎとなるが、中立派は、放置しておけばすぐに出て行く、寝た子を起こすなと主張する。
「これでは埒が明かん!」
一人の議員がドアを出て、衛兵に指示すると、ダニエル達と逆のドアから傭兵がドヤドヤと踏み込んでくる。
「ダニエル派の皆さん、暫く地下牢でゆっくりしてください」
それは9番隊長の声であった。
「お前たちはジェミナイからの傭兵か」
議員の一人が叫ぶ。
リオは中立政策のため各国から等しく傭兵を集めていた。
「ソーテキ様はお怒りです。
ここでダニエルを捕らえれば国外に左遷された私も復権できる。
クックック」
嬉しげに笑う9番隊長に、隅の椅子に腰掛け存在を消していたマニエルが立ち上がり、ダニエル達が控えるドアを開ける。
「ダニエル様、今です!」
「待たされたが、誰が敵かよくわかった。
さてお前達は正に仇だな」
ダニエルは真っ先に9番隊長に襲いかかる。
今までの死者を置き去りにし、逃げ惑った憂さを晴らすかのように剣に力を入れ、頭から真っ二つにする。
他の兵も一気に惨殺する。
高価な絨毯が引かれた会議室は血の海となる。
ダニエルは9番隊を全員始末したのを見ると、恐れ慄く反対派の議員に近づく。
ジェミナイ兵を呼び込んだ議員に向かって、足を振り上げその顔面を思い切り蹴りつける。
議員は椅子に座ったまま壁にぶち当たり、そこにめり込む。
首が折れたのか身動きしない。
他の反ダニエル派の議員は土下座し、命ばかりはと頭を下げる。
暴力に対峙しない彼らには恐怖以外の何物でもない。
彼らの下は漏らしたものが溜まっていた。
フンとダニエルは鼻を鳴らし、彼らを地下牢へ連れて行かせる。
「ご無事だと信じていましたよ」
震えながらも白々しく言う中立派の議員に、ダニエルは笑顔を浮かべて、「では、今後のジェミナイやエイプリル戦への全面協力をお願い出来ますね」と言う。
『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』という言葉を議員は思い出さずにはいられなかった。
ダニエルは、ネルソンやヒデヨシと相談して、新たな同盟契約を作成する。
その内容は、リオ共和国の防衛を全面的にはダニエルに委ねるとともに、ダニエルが必要とすれば資金の借り入れや物資の徴発を無制限にできるという属国同然のものである。
「さすがにこれは……」
ダニエル寄りだったソウキュウやリキュウも難色を示すが、ダニエルは強引に押し通す。
既にリオの行政官庁や主要な防衛施設はヘブラリー兵が占拠し、ジェミナイ以外の傭兵もマニエルに手懐けさせていた。
「皆さんが反対すれば、事故にあった皆さんに代わり、新たな参事会議員にお願いするだけです」
参事会議長は最後まで抵抗したが、その言葉に屈し、印を押す。
「よし、これで対ジェミナイ戦の戦費と装備の目処は立った。
ネルソン、リオ共和国参事会顧問として、お前をここに置いておくので、反対派の監視を頼む。金銭・物資の調達はターナーを寄越す。
欠員が出た参事会は傀儡を立てろ。
元領主のお前なら、この商都も操れるだろう。
しっかり者の奥方もいるしな」
ネルソンは畏まって承る。
大国ジェミナイと正面から当たるにはリオの経済力を活用しなければならない。
後方とはいえ重大な任務であることはよくわかっている。
ダニエルはネルソンと計りつつ、しばらくの間リオの僭主として統治する。
ジェミナイと通じている商家やダニエルにあからさまな反感を示す商人は財産没収の上、国外追放とする一方、既得権益のギルドを解散させて中下層の商人にチャンスを広げる。
その大胆な施策に賛否両論の声が起きるが、ダニエルは揺るがない。
(何を言われようとオレの為に死んだ奴らを思い出せば響かない。
全ては復讐の為だ)
そして、ダニエル健在を示すための書簡を各方面に届ける。
その返書は、喜び、歓迎のものもあれば、戸惑い、言い訳のものもある。
書簡の一通を読んでいたダニエルが突然落ち着かずに歩き出した。
背後に控えるクリスが何事と彼の顔を見る。
「レイチェルからだ。
何をしているのか、まずは真っ先に自分のところに来るべきではないかとカンカンだ。
弱ったな」
「それはそうでしょう。
ダニエル様はレイチェル様を蔑ろにされているのでは在りませんか」
「ノーマと顔を合わさせるのは不味いからな。
彼女をヘブラリーに帰してからと思ったんだが」
(グズグズしていると思ったら、そんなことを考えていたのか。
リオの制圧でまた武名を高めたのに、恐妻家は変わらないな)
クリスは少し呆れる。
そこへノーマが入ってくる。
「いや、アタイも一度レイチェルさんと会ってみたか。
アースに付いていくが」
外で話を聞いていたようだった。
二人の妻に決められれば、ダニエルに他の選択はない。
彼は苦渋の顔つきで頷いた。
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