敗北後の語らい

中庭には煌煌と燃える焚き火とその周囲に肉が山と積まれ、串に刺され焼かれた肉が香ばしい匂いを放っている。

背後にはエールの樽が数十も置かれ、ダニエルとともに帰還した指揮官たちが周囲の者から次々とグラスに注がれ、生還を祝われている。


「まあ飲め!」

オカダとカケフがダニエルの肩を抱いて、焚き火の前の椅子に座らせ、彼のグラスにエールをなみなみと注ぐ。


「レイチェル殿はああ言っていたが、お前の無事がわかるまで食事も取らずに祈っていたぞ。その様子は周りが倒れるのではないかと心配するほどだ。気づいたか分からないが、かなり痩せて頬もこけていただろう。

あまり女房に心配をかけるな」

カケフがダニエルに話しかける。


「そうか、心配をかけた。

今回はソーテキと蝮に本当にやられた。

せっかく育てた近習達を人柱にして生き延びたようなものだ。

オレ達が騎士団の下っ端だったときに肉壁として扱われたが、同じことを奴らにさせてしまった。情けない」


ダニエルの嘆きを友は共有し、オカダがエールをゴクゴク飲み干して、ゲップとともに言う。

「死んだのはモリやサクマ、サッサにケイジか。

戦い方は勿論、酒の飲み方から娼館での遊び方まで教えてやったのに全部無駄にしやがって。

死ぬのは年の順だと教えておけば良かった」

若手騎士を可愛がっていたオカダの目に涙が光る。


同じく彼らに慕われていたカケフも悲しみをたたえた声で続ける。

「俺達の一言で軍は動き、俺達が危なくなれば守るために若手が死地に赴く。

昔愚痴を言ってたよな。

間違った指示をした奴から死にに行けとな。

こっちが言われる方になるとはなあ」


「愚痴を言っても仕方ない。奴らの死を活かしてやらねばならん。

ジェミナイ戦に備えて軍備を充実させるとともに不穏分子の粛清を行うことが必要だ。特に本拠地である南部で怪しい動きをしたアレンビーは消えてもらうしかない」

エールを飲みながらダニエルは端的に言う。

元騎士団仲間を相手にこれまでならもっと逡巡していたであろうに、負け戦で変わったなとカケフは思う。


「アレンビーにはオカダが兵を出して牽制しているんだったな。

よし、準備でき次第ジューン軍の総勢挙げてもみ潰す。

アレンビーの配下に置いていた国人どもにもどちらを選ぶか踏み絵を踏ませる。奴の領地はヘブラリーと接している要衝。肝心なところで裏切られてはたまらん。

ヘブラリーもジーナが幽閉先を抜け出し、我が子を当主にと動いているとバースから知らせが入っている。

やることは多い。」

ダニエルは串に指した肉を口に頬張りながら二人に話す。

お前が決めるならとカケフもオカダも頷く。


そこに衛兵が来る。

「ダニエル様、騎士団から派遣部隊が来ております。

以前の約束通り、退職した騎士達を連れてきたのでよろしくとのことです」


「それは有り難い。

これから新兵を鍛え上げてもらわなければならん。

騎士団流に徹底的に扱いてもらおう。

来てくれた騎士達を連れてきてくれ」


やってきた数十人の中の先頭の男を見て、ダニエル達は驚く。

「ハートマン教官!」

「ダニエル様、カケフ様、オカダ様

お久しぶりです。ハートマンでございます。

こちらで教官を務めさせていただきます。よろしくお願いします」


ハートマンと言えば騎士見習いになった頃、死ぬかと思うほどしごいてくれた鬼教官である。訓練中の罵倒の嵐はまだ忘れられない。

そのハートマンに丁寧に敬礼され、ダニエル達はなんとも言い難いものを感じる。


「新兵どもはハートマン教官のしごきについていけるか?

相手は強健な騎士見習いじゃなく、一般兵だぞ」

オカダの疑問に、聞き慣れた声が答える。


「ハートマンは一度おかしくなった教え子に殺されかかって丸くなったから大丈夫だろう。

短期間に大量に新兵を一人前にするんだろう。多少のしごきには耐えんとな」


「団長、何故ここに!」

背後から団長の大きな身体が出てきた。


「ダニエル、ソーテキとやり合ったそうじゃないか。楽しかったか。

ジェミナイ軍はどうだった。戦い甲斐があっただろう」


騎士団長はそう言うと、3人の向かいに椅子を持ってきてドサリと座る。

慌ててダニエルはエールを並々と注いでグラスを渡すが、死物狂いの逃走を楽しかったかと言う団長にカチンとくる。


「軍神も恐れて逃げ出す団長にはわからないでしょうが、凡人のオレは楽しむどころか、部下を犠牲にして必死で逃げてきましたよ」

と吐き捨てるように言う。


そんなダニエルの態度に怒ることなく、団長はその表情を一瞬歪めたが、すぐにエールを一気に飲み干して、ダニエルの背中をバンバンと叩く。


「まあ、そう気色ばむな。

初めての大敗なら思うところも多いだろう。

色々と外野の声も聞こえてくるし背く奴も出てくる。

そして戦死した部下の顔が脳裏に焼き付き、自分を責めているように感じる。

俺も史上最年少で騎士団長になり、その後初めて負けた時は大変だった。


そもそも反感を持っていたベテラン騎士は露骨に指示に従わず、ここぞとばかり足を引っ張る。反対派と通じる貴族どもは降格させろと叫び、王都の民は大丈夫かと陰口を叩く。

若かったこともあり、すっかり疑心暗鬼となって反抗的な部下の粛清や反対派への恫喝もやったよ。

しかし結局は勝つことしかない。勝てば陰謀も陰口も収まる。

粛清など最後の手段、人材は貴重だ。使えるものは使え。

それが俺の教訓だ」


3人は団長の言葉を黙って拝聴する。


「年寄りの繰り言かもしれんが、兵の死を軽く見るのは論外だが、背負い過ぎてもいかん。

辛いだろうが、小の虫を殺して大の虫を助けるため、部下にここで死んでくれということを言わねばならん時がある。

部下には感謝の念を忘れず、しかし情に流されず、全体の為に何が最善かを必死で考えろ。

もうわかっているだろうが、命を預かる立場は言われたことをやればいい部下よりずっと重く苦しいぞ」


ダニエルはその言葉にグラスを持ち焚き火を見ながら考え込む。


その間にカケフが団長に尋ねる。


「ところで、ジェミナイとエイプリルが組めば、ダニエル軍だけではとても及びません。お願いしている騎士団の応援は来ていただけますか」


騎士団長は苦汁に満ちた表情を見せる。

「敵国ジェミナイとそれに通じるエイプリルの討伐は王政府として軍を出して行うべき案件だと俺から何度となく国務会議に申し出ている。

王陛下もそれには賛同されている。

しかし、政権を握る貴族達は動かない」


「それは何故ですか?

俺たちが負けて、南部までジェミナイのものとなればエーリス国は滅ぶしかないことは明らか。

貴族どもはそれもわからないのですか!」

オカダが激して大声を発する。


「お前はもう諸侯だろう。

いつまで騎士団員のつもりだ。軽々しく大声を出すと軽く見られるぞ」

団長は笑いながらオカダが持っていた串の焼肉を奪い口に入れると、話を続ける。


「一時はダニエル救援で纏まったのだが、その後ダニエルがリオを制圧したことをリオの残党から訴えられてな。リオは富裕の地にして、賄賂も多い。

まだそれ程の余力があるならダニエルに任せれば良いという声が大きくなった。

リオ商人の腹は、ダニエルが負けてリオから出ていくこと。

王政府の貴族の考えは、武名高いダニエルが容易くは負けはしまいと見込み、ダニエルとジェミナイ双方が疲れたところで騎士団や親衛隊を派遣する。そして、ダニエルの勢力を削り、ジェミナイにも攻め込み王政府の直轄地を増やし、自分たちの懐を温めるというところだ」


「ソーテキ相手に粘れると思われているとは、オレたちも随分と信頼されたものだ」

ダニエルが皮肉げに言う。


「人は見たいものだけ見るものだ。

我が国有数の諸侯となったダニエルは憎いが、捨て石にはなるだろうと思っているのよ。

法衣貴族どもは諸侯や武官を番犬のように考えていやがる」

王都に駐在し、王政府との折衝を担当するカケフが苦い顔をして言うのを聞き、団長は気分を変えるためか明るく別の話をする。


「今回はダニエルの様子の視察という名目で来た。暫く滞在するので、お前たちも鍛えてやろう。こんなにエールを飲んで肉を喰っていれば体が鈍るだろう。騎士時代に戻って血反吐を吐くまで鍛錬するぞ。

善は急げ、早速やるか」


「げっ」

団長が気が向いた時に行う鍛錬は並の騎士では暫く動けなくなるほどのキツさで、騎士団では鬼の試練と呼ばれていた。

肉を呑み込み立ち上がった団長に、3人の顔は引き攣る。

あの頃のことを思い出すだけで吐きそうだ。


その時にアランが寄ってきて、ダニエルに話しかける。

「義兄さん、お話中、失礼ですがお手すきの時に姉の部屋に行っていただけませんか。会議後、気分がすぐれないとここには来ずに部屋に籠っているようなのです」


これは団長のしごきを逃れるのに絶好の機会、ダニエルは「妻が心配なので席を外します」と断り、カケフとオカダの恨みがましい視線を無視してその場を立ち去る。


アランと連れ立って歩くと、中庭の宴会にノーマが諸将に囲まれて談笑している姿は見えるが、レイチェルの姿はない。

「義兄さん、先程、姉は厳しいことを言いましたが、すべては家のために最善と思ってやったことです。悪く思わないでください。

姉はあの発言を気に病んでいると思うので慰めていただけませんか」


「もちろんだ。

レイチェルとは人生をともに歩む夫婦。言われるまでもない。

ところでアラン、王政府のオレに対する扱いは冷たいようだな。義弟のお前も大変じゃないか」


そうですねとアランは苦笑いする。

「これでダニエル派も終わりだなと掌を返す人達も多いですが、オーエやタヌマなどの中核は残って、義兄さんの為に働いています。

玉石混交だった我が派を選別できたかと考えています。

上層貴族は自家の利益で動くので右顧左眄するのは仕方ないかと。義兄さんが勝てば寄ってくるでしょう」


「なるほど。

王政府の勢力争いはカケフと相談してやってくれ。頼むぞ。

情勢利あらずと見ればこちらに家族で来てオレの助けとなってくれ。我々に王都の助力は必須ではない」


ダニエルは淡々とそう言うと、後は黙ってレイチェルの部屋に歩みを進めた。


(義兄さんは王政府を見切ったか)

ダニエルの口調に、アランはダニエル支援を決められない王政府への諦めと突き放しを感じる。


レイチェルの部屋に来ると、ダニエルはアランに言う。

「レイチェルとはオレがきちんと話しをする。

アランには世話になった」


「姉さんは義兄さんの為になることをと考えています。

それをわかってあげてください」


「レイチェルの本意はわかっている。

アイツは頭はいいが不器用なんだ」

そう言うとダニエルはレイチェルの部屋をノックして、「オレだ、入るぞ」と中に入っていく。


アランは不器用な姉夫婦がうまくいくことを祈りつつ、宴会の席に戻る。

姉が不在の分、武官達との交流を彼が担わなければならない。

アランは姉の為なら苦手な酒も飲み干して武官との交流を深めなければと決意する。


ダニエルが部屋に入ると、レイチェルは一人でテーブルに酒を置き、飲んでいた。

「あら、あなた。

宴会で楽しく飲んでいたのでしょう。

満座の前で夫を悪様に言う女房など放っておいていいのですよ」


(これは面倒くさい拗らせ方をしている)

女に慣れないダニエルでもこれは不味いとわかった。ここは下手に出る一手。


「レイチェルがオレの為を思って言ってくれているのはよくわかっている。良薬は口に苦し。レイチェルの忠言は替え難いものだと感謝している」


それを聞くと、レイチェルは涙をこぼしてダニエルに縋りついた。

「本当はあなたが無事に帰ってきたのを見て抱きつきたかった。

でも私は一人の妻である前に領主夫人としての義務を果たさなければと我慢したの。

やっと二人になって言えるわ。

お帰りなさい、あなた」


「ただいま、愛しの妻よ。

長い間心配をかけた」


「今晩は久しぶりに私を愛してくださいな。ずっと寂しく独り寝だったのよ。

戦のあとは気持が昂ぶると聞くし、朝まで頑張ってくれてもいいわ」


ダニエルはリオに到着してからは生きて帰った実感を味わうように毎晩ノーマと激しく愛し合っていた。

今日は行進や会議での心労に酔いもあって眠かったが、せっかく機嫌を直したレイチェルの申し出を断れるはずはない。


「もちろん、そのつもりだったよ」

ダニエルは心の中で溜息をつきながら、レイチェルを抱き上げベットに向かった。













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