和議交渉と謀略・調略

数日後に援軍が到着するとの知らせを受けたニッタは焦りの色を濃くし、総攻撃を命じる。


(思ったよりも来るのが早い。

ナワやユウキめ。俺の功績を横取りする気か!)


長い期間での攻撃でさしもの堅固な城壁も綻びが見えていた。


あと一押しで何処かは崩れる。

そうすればそこから中に入れば、後は数に任せて攻めまくって落城させる。

その功績を以て援軍も自分の指揮下に置く、それがニッタと幕僚の思惑である。


「撃て!」「衝け!」

投石機が吠え、同時に巨大な丸太で作った衝角機を十数人の歩兵が城門にぶち当てる。


大石が当たった壁が崩れると、そこをめがけて高楼機が押し寄せ、功名狙いの騎士が城中に入ろうとその上から城壁に乗り移り、守備兵と戦う。


ドーン!

何十回も打ち付け、遂に城門が破れた。


同じ頃、その近くの城壁の守備が崩れ、騎士と兵士が中に雪崩込む。


「ニッタ様、やっと城を破りました。

後詰めを前進させて、一気に敵兵を掃討しましょう」


後方でアースからのダニエル軍の襲撃を警戒していた部隊を城攻めに投入し、一気に片をつけようと幕僚が提案し、焦るニッタも同意する。


これまでの苦戦の憂さを晴らすかのようにニッタ軍は狂喜して城の中に突っ込んでいく。


城兵は想像に城の中の塔に引き上げ、その周囲はニッタ軍で満ち溢れた。


「今だ!」

クリバヤシのその声で一斉に火炎瓶が投げられ、サイフォンから火炎が伸びてくる。


「また火攻めか。

その手を見越して防火用の用材や水を持ってきているわ」


ニッタの言葉も終わらぬうちに兵が悲鳴を上げて逃げ惑う。


そこへ水を浴びせても、消火しようと火を叩いても何故か消えない。

「熱い!助けてくれ」

あちこちで悲鳴の声が上がり、用意を整えていたはずの下士官は戸惑う。


「ハッハッハ

その火は水くらいでは消えんぞ!

わしがようやく解き明かしたギリシア火薬の炎の威力、とくと味わうがいい」


塔から学者肌の男が顔を出し、燃え盛る炎を見ながら満足気に言う。


ギリシア火薬といえば、東方の長い歴史を持つ大国が押し寄せる蛮族を撃退するために開発したという謎の兵器。

その噴き出る炎は消し止めることができないと言われる。


「嘘をつけ!

そんな魔法のような火薬があるものか」


一人の指揮官が逃げ腰の兵士を引き止めるべく大声で叫ぶが、「ならばこれを食らえ」と投げつけられた瓶からの炎を浴び、火だるまとなる。


「天才レオナルド様にかかれば長年の謎の兵器も解き明かされるわ。

この頭脳に驚け!

そしてわしを馬鹿にして相手にしなかった奴らは死ね!」


狂人のように笑うレオナルドの声とともに、ニッタ軍は雪崩を打って城門から逃げ出そうと走り出す。


そこへサイフォンを持った城兵が後ろから炎を浴びせ、更に踏み止めようとする者には塔の上から弓矢が射掛けられる。


クロスボウの斉射も威力があるが、とりわけ大きな弓を持った優男から指揮官を狙った強力な矢が放たれる。


「この弓はいいねえ。

カンベー殿に貰ったこの和弓というやつ、これまでの長弓とは威力が違うよ。

さぁ、どれだけ兜首を獲れるかな」


塔の上でヨイチはそう嘯きながら、次々と目立つ兜の指揮官を狙う。

全身鎧で直接狙えなければ馬を倒し、重さで起き上がれない騎士を攻め寄せている兵に討ち取らせる。


「ニッタ様、もはや立て直しは無理です。

退却を!」


ニッタは周囲の側近を肉壁になんとか城門から脱出する。

その後も城兵は逃げ惑うニッタ兵を追撃し、大きな損害を与える。


暗くなって追撃が衰えたのを見て、敗軍を取り纏め再度の包囲まで態勢を整えたものの、この敗勢を見れば、援軍の到着までに城を攻めるのが無理なことは明らかである。


ニッタは膝を折って、到着するナワやユウキを待った。



それから2か月、ムーン城は満身創痍になりながらも健在であった。

ひび一つなかった美しい城壁はあちこちに穴が空き、投石機が唸るたびに崩れるところの修繕に城兵は走り回る。


高楼機から攻め手の兵が城壁に入ろうとし、それを防ごうとする守備兵と争っている。守備兵の持つサイフォンから噴き出る炎が美しく見える。


塔の最上階でそれを見ているクリバヤシに隣りにいるカンベーは話しかける。

レオナルドは夜陰に紛れて城を退去したが、カンベーはここに残り参謀格の扱いとなっている。


「そろそろ限界ですかの。

死傷した兵が増え、無傷の兵も疲れ切っています」


それを聞くクリバヤシは今にも倒れそうなほど疲労の色が顔に表れている。

それを気遣うこともなくカンベーは続ける。


「良くやりましたよ。

当初から圧倒的少数の兵で3ヶ月を稼ぎ、ニッタの後のナワ、ユウキの増援軍にも大きな損害を与え、遂には王自らの親征までこぎつけました。


敵軍は全国から掻き集めた数なんと8万。

まさに歴史に名が残る善戦です」


まだ溜め込んだ物資は多いが、秘密兵器のギリシア火薬も対策が練られ、サイフォンを持った兵はたちどころに狙われる。


もはや打って出る力はなく、守備に徹するムーン城だが、大軍を持ってしても攻めきれないのは、ヨイチが率いる狙撃隊により指揮官が死傷することがあまりに多いことと、城内に掘りめぐらした地下のトンネルからの奇襲が厄介なためである。


しかし、昼夜を問わない侵攻により、城兵の気力体力は尽きんとしていた。


「ダニエル様から密使が届いた。

城兵の助命を条件にムーン城の開城を交渉しているという。

更に領都アースや領地の割譲により和睦することも話し合っているらしい」


「道理でここ数日の攻撃がぬるいと思いました。

もう勝利は目前、ここで死ねば無駄死にと思っているのでしょうな。

しかしクリバヤシ様はその和睦を信じていないのでしょう」


「フッ、カンベーはお見通しか。

ここまでの戦をしてさあ和睦だなどとなるわけはない。


ましてダニエル様は売られたケンカにはとことんまでやられる方。

油断をついて逆転するつもりだろう。

もちろん我々は最後までこのケンカに付き合う、いや主役を張らねばならん」


クリバヤシとカンベーの周囲に人はいない。

和睦だなどと聞けば、死力を振り絞る兵の気力が尽きてしまう。

この話は内密である。

二人はこの状況からの異変を感じれば全力で打って出ることで一致した。



さて、ムーン城を一望する場所に陣を張り、王は軍議を開き、配下の諸将を集めて話し始める。


「しぶとかったが、流石にここまで来てダニエルは泣きついてきよった。

こちらは80000、ダニエルは8000。

この大軍を見れば勝敗は明らか。


さて問題は奴と和議を結ぶかだ。

奴の条件は城兵の助命、領地の半分の割譲、余を主君とし忠誠を誓うことだ。

皆の意見を聞こう」


最初の口火は強硬派貴族のボウモンである。

「話になりませんな。

ダニエルは死罪。情をかけて家族と家臣は一命を助けて国外追放。


ムーン城も兵はともかく隊長や指揮官クラスは死罪。

王陛下への逆賊の末路を満天下に示し、今後の見せつけとすべきです」


さすがにこの強硬論には異論が出た。


「それは講和を蹴るということですな。

ならばこの城もダニエルも最後の一兵まで抗戦してくるでしょうが、それでよろしいのか。


ここでも既に3ヶ月。

ダニエルが地の利のある地元で死物狂いになれば、どれだけの時間を要するか想像もできません」


そう問うのは今や宰相となったプレザンスである。


彼はこの大軍を集めるのにいかに無理をしたか、王政府が長期戦に堪えられない状況を承知している。

この大軍は見せ金。相手の心を折り、勝利を掴むためのものだ。


更に騎士団が目を光らせているとはいえ、戦が長引くとともに諸外国は介入の機会を虎視眈々と狙っている。


プレザンスと王政府の官僚は取るべきものは取って早期に和議をまとめ、国内の態勢を固めたかった。

ダニエルを追い詰め、徹底抗戦など愚の骨頂と考えている。


「朝敵は徹底殲滅するのが当然だろう。

何を臆しているのか宰相殿は!」


嘲笑するようにボウモンとその一党は大声で言う。


これを機にプレザンスを追い落とし、王政府の権力を得ようと考える貴族の一派である。


このやり取りを聞いていた肝心の武官は沈黙していた。


籠城戦の不手際を散々に貴族に責め立てられ、なにか云えばまた文句を言われそうであることに加え、早期に戦を決着させたい気持ちとダニエルを打ち破り武功を立てたい気持ちがせめぎ合い、発言が難しい。


進まぬ議論に業を煮やし、王が発言する。


「ここにいくつかの書簡がある。

ヘンリーから外敵との小競り合いが増えており、このままでは本格侵攻の恐れがあるため、早期に内戦を終わらせられたいとのこと。


もう一つは王都のギルドから、エーザンに占める偽王の一党が王都に通ずる商業路を荒らしており、商工業者や王都の民衆が干上がっているとのことだ。


大貴族からへ自家の荘園が荒らされ、押領されている、早く回復してもらいたいとの訴えが来ている。


これを考えれば早期に世の混乱を収める必要があることは確かだ」


貴族も高位層は自己の権益を守ることに主な関心があり、現状維持派が主流だ。

中央集権志向の王や、中小の貴族中心の上昇志向の強いボウモン一派とは考え方が全く異なる。


王としては多少の違和感があっても王宮での支持層であるボウモンらを無視する訳にはいかない。

彼らに同じくする発言を続ける。


「しかし、ダニエルらが神聖な王位を侵し、偽王アルバートを立てたことは許せん。


余としては更に厳しい条件を突きつけ、それを呑ませてダニエルを弱体化させ、その後に罠にかけて族滅させてやろうと考えている」


その言葉にボウモン等も賛同した。


「さすがは陛下。

臣達では思い浮かばぬ深謀遠慮でございます」


軍議は散開となった。

王はプレザンスだけを別室に呼ぶ。


「プレザンス、筋書きどおりだな」


「ボウモン殿は大貴族への対抗や中小貴族のガス抜きにちょうどよろしい方。

今後も重用されればいいかと。

ところで和議の条件はいかがされますか」


「ダニエルにはヘブラリー領のみを残し、アースを中心とする南部、王都周辺の権益、貿易都市リオの権利、アサクラ侵攻の領地全て没収する。


かつ余が勝利したことを目に見える形で示さねばならん。

ムーンの守将クリバヤシと偽王アルバートの首が必要だ。


領地は多少譲歩の余地はあるが、後者は譲れん。

それで交渉せよ」


ダニエルは情の厚い男だ。

クリバヤシの首は差し出すまいと思いながらプレザンスはこの条件をつけて使者を出した。


和平交渉が始まると、王の軍営は目に見えて戦意が落ちた。

もはや生きて帰れるというゴールが見える中、死兵と付き合うなど誰もやりたがらない。


おまけに和議でダニエルの領土の殆どを奪えるので、王は軍兵に大盤振る舞いするという噂が聞こえる。


ニッタは、安全圏での功名稼ぎに躍起になる兵を引き締めようとするが、兵の前で貴族に罵倒される彼の名声は地に落ちており、その指示は行き届かない。


「弟よ。

なにか不測の事態があれば、こちらの軍は誰が総指揮を取るのだろうな。

形式的には王陛下だが、何かあれば陛下には一番に退いてもらわねばならん。


後は、我がニッタ軍と、ナワ軍、王直卒の混合部隊の3つに分裂するぞ」


弟のワキヤがそれに応じる。

「おまけに王の直卒軍は畿内の中小諸侯達。

彼らは表裏比興の者達ですからどうなるやら」


そして指を折って数えだす。

「マツナガ、ツツイ、アカイ、ホソカワ、ロッカク、そして極めつけは寝返ってきたドーヨ・ササキ。


誰一人として轡を並べて戦いたい者はおりませんな。いつ後ろから刺されることやら。


むしろダニエルやオカダ、バース、カケフ達のほうがよほど気心も知れ、安心できます」


「全くだ。

このまま勝ち戦が明らかならば、最後まで勝ち馬に乗り続けてくれるのだろうがな」


ニッタの心配をよそにあちこちの陣営では酒盛りのような声が聞こえる。

既に勝ったと思い、恩賞の根回しに忙しいのか、どこも酒宴と密談が盛んだ。


「我軍だけでもしっかりと夜襲に備えて見張りをさせよ」

ニッタは酒宴に当てつけるように大声で叫んだ。



和議交渉がクリバヤシの首の件で難航する中、苛立つ王はボウモンから驚く知らせを聞かされる。


「王陛下、お喜びください。

ダニエル軍の将ネルソン殿を寝返らせることに成功しました。


故郷であるジェミナイにあるダニエル領を貰えれば、王陛下に馳走したいと申しております。


このボウモンの腕を持ってすれば一枚岩と言われるダニエル陣営も砂のようなもの。

ハッハッハ。

ネルソン殿、入りなされ」


ボウモンの高笑いが響く中、痩身、鋼のような体つき、そして鷲のような鋭い目を持つ男が現れ、王の前に跪く。


「お初にお目にかかります。

ネルソンと申します。

ボウモン殿の手引きにより幕下に加わりたく参上いたしました」


「おう、よくぞ来られた。

朝敵ダニエルの軍はこれで丸裸。これで交渉も捗ろう。

この功績は高く評価されるぞ」


プレザンスはいち早く歓迎し、王も握手を交わす。


ニッタは修羅場をくぐった武人としてこの男の危なさをヒシヒシと感じる。

直ちに斬るべしとの声が喉から出そうになるが、歓迎一色のこの場で言えるわけもない。


彼にできることは少し離れたところでネルソンをじっと見つめるだけであった。












































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