籠城と計略―クリバヤシの戦い4

ヒューン

大石が飛んで来る音がする。


ドーン

大石の衝撃に堅固な石造りの城壁が揺れる。


(流石にレオナルドが自慢するだけある城壁だ。良く耐えてくれる。

しかしあれだけの砲撃をいつまで耐えられるか)


クリバヤシはひび割れた城壁の修理に向かう部下を見ながら内心で考える。


ムーン城が包囲されて既に1か月以上が経つ。


ニッタ軍の大軍は当初、攻城兵器を大いに使うとともに、数に物を言わせた猛攻を仕掛けてきたが、十分に与えられた時間を活用したクリパヤシの罠の前に大きな損害を受け、作戦を変更。


ムーン城を半数の軍で包囲させ、残る軍でアースに侵攻してきた。


しかし、支城善戦により稼いだ時間で、ダニエルはアースに帰還。


ニッタの攻勢にぎりぎり間に合い、まさか攻めて来ることはあるまいというニッタ軍の油断を突き、兵数差がありながらも勝利を収めることができた。


その段階で、ニッタは早期のアース攻略を断念。

ダニエル軍を警戒しつつ、ムーン城を十重二十重に包囲し、自軍の犠牲を最小限にしつつジリジリと城攻めを行っていた。


その時間をかけた攻略は、クリバヤシの求めていた展開であり、彼は十分に用意した食糧と水を消費しながら、抜け穴を使いダニエルとも連絡をつけ、指揮を取っていた。


彼はこの包囲ならば何年でもここに立て籠もっていられるという自信を持っていたが、1週間ほど前からニッタ軍は方針を急転換し、再び強行策に転じた。


それも当初以上に先を考えない猛攻である。


クリバヤシはこの攻勢がいつまで続くのか、消耗が続く配下の兵がどこまで耐えられるかを考えざるを得なかった。




ニッタ側を見ると、先日に王から届いた書簡を見てニッタと幕僚は驚愕した。


そこには、ニッタがダニエル討伐に時間を要していることを責め、援軍としてナワとユウキに2万の軍を率いさせて別働隊として派遣すると書かれていた。


そしてそこにはニッタの指揮下に置くとは書かれていない。

つまりニッタの指揮に置かれない別部隊という位置づけであるかもしれない。


ダニエルの帰還という新たな状況を踏まえ、確実に勝利するために、大軍を生かしてまずムーンを抜き、それからダニエルを倒すという二段階の作戦をとること、その為にある程度の時間を必要とすることは、王も了解されていたはずである。


「何故だ?」


ニッタの疑問は、別途来た同盟関係にある宰相プレザンスの書簡で解かれることとなる。


そこにはこのようにその事情が記されていた。


王を僭称するアルバートは旧エーザンに本拠を置き、新たな王政府の成立を宣言。


組みやすしと見た貴族はここで手柄をあげるべく、強硬派貴族のボウモンを司令官にして何度か討伐軍を出すも、ダニエルからの援軍が加わり戦力が強化されたアルバート軍の前に尽く敗退に終わり、逆に王都周辺の反王派や悪党が集結、王都を脅かす勢いという。


二つの戦線を抱えることに懸念を示していた王は、貴族の敗北に激怒するが、彼らはその責めをダニエル討伐が捗らないニッタに転嫁、彼の怠慢こそがダニエルとアルバートを付け上がらせていると唆す。


既にニッタの作戦を了解したことでもあり、今少し時間を与えるべきとのプレザンスの弁護に王は一度は耳を傾けるが、検非違使が捕えた敵の使者が持っていた手紙を見て一変、激怒して増援の派遣を命じた。


プレザンスの書簡は『何が書かれていたかわからぬが、その手紙を見て王は急変された。もはや弁論ではなんともできない。総司令官の座を守るためには早急に戦功を立てるべし』と結ばれていた。


ニッタも悠長に包囲していた訳では無い。


第一次の攻勢でムーン城の堅固さを確認し、直ちに陥落させることの難しさを知った彼は、再度の包囲では、城を孤立させ、同時に強大な戦力で一気に叩き敵の士気を崩壊させ、できれば降伏させることを狙っていた。


その後のダニエルとの決戦を考えれば、消耗はできるだけ避けたい。


遊兵に城の周囲を調べさせ、巧妙に隠されていた抜け穴を潰すとともに、攻城兵器の補充・強化を図り、更に各地の騎士などに増援を募っていた。


(もう少しで万全の体制なのだが…)


しかし政治的な要請を無視すれば、総司令官を罷免され、この地位を狙う者に渡されるであろう。


ニッタは先のことよりも目の前の危機を脱するために総攻撃を命じた。


ナワとユウキの援軍はまだ編成中であり、この地に来るまでには一月以上は要する筈。

それまでにムーンを落とさねばならない。


「死ぬ気で落としてこい!

一番乗りや敵指揮官を討ち取った者には莫大な褒美を与えよう」


ニッタの叱咤激励を受け、各指揮官は配下を走らせる。


我こそはと褒美を夢見て意気込む兵達を待ち受けていたのは、クリバヤシが張り巡らせた堅固な罠であった。




ニッタ軍の再攻勢がはじまったその頃、ダニエルは領都アースで軍務をとっていた。


まずは長期の叛乱鎮圧、その後のニッタ軍との戦闘に疲弊した兵を休養させ、新たな兵を入れて軍を再編するとともに、敵情を入念に偵察させている。


「カケフからの手紙では、王宮は相当に頭にきているようだな。


王都近くで新たな王を擁立して挑発し、更に王都への補給路を襲撃して締め上げたことは効果があった」


ダニエルはその手紙をレイチェルに渡しながら笑っていう。


「しかし、ただでさえ少ない我軍の一部をエーザンまで援軍に行かせる必要があったのですか。

現在のニッタ軍ですらこちらの数倍、それに増援が来れば…」


レイチェルはそこで言葉を濁す。

さすがに、勝ち目がないだろうとは夫に言うべきで無いと自制したのだ。


そんなレイチェルを一瞥してノーマが言う。


「戦は商いとはちごっぞ。

数も大事だが、それだけでは決まらん。


少数精鋭が疲弊した大軍を打ち破ることはよくあること。


ましてここは地の利もある。

ダニエルさぁに任せっとがよか」


「そんなことはわかっているわ!

でも心配なのよ。


ここアースは私が心血を注いで作ってきたのよ。

その目の前に敵の大軍がいて落ち着けるわけがないでしょう!」


妻たちの言い争いを聞き、ダニエルはそれを収めるべく口を開く。


「レイチェルの心配はもっともだ。

しかし、多少兵が増えてもこちらが遥かに少数であることは変らない。


ならば決死の覚悟の持てない奴らは外にいてもらった方が良い。


なまじ領地に返せば裏切られた背後を突かれるかもしれない。

纏めて外に追い出し、王を慌てさせる。

一石二鳥だ」


ダニエルはこの決断に至る経緯を思い出す。


先般のニッタ軍との衝突はその侵攻を止めるために勢いのまま戦い、相手の油断もあって勝利するも決定的なものとはならなかった。


ニッタは当初の狼狽を超えると冷静に兵を取りまとめ、巧みにムーン城に置いてきた残る軍と合流し、犠牲を抑えた。


その後は大軍をまとめて隙を見せないニッタに対して、ダニエルはアースに立て籠り、士気をあげるためにしばしば打って出て遭遇戦を行なうぐらいである。


そのような中、ダニエルは軍を再編し、油断できない外様のエイプリル軍やアレンビーなどの兵をエーザンに送り出し、手元には信頼できる自軍のみを残す。

その数は8000。

そこにムーン城に籠る4000を入れても1万2000。


ニッタ軍は徐々に増援が送られて現在約3万。

更に勝ち馬に乗るべく各地の領主がニッタ軍に加わる模様であり、このまま正面で戦えば敗北することは目に見えている。


情勢を理解し、ダニエルが諸将と相談して決めたのは、ニッタへの不信を煽り、ニッタの交代又は複数の指揮官を立てさせて指揮系統をバラバラにすることで勝機を見出そうというものであった。


「無能な貴族がニッタに変われば良いが、そこまでできるかはわからない。

しかしせめて何人もの指揮官が並列して居てくれればいい。


一人の凡将は二人の名将に優ると言う。

ニッタが全軍を指揮していれば、この兵数差では勝ち目はあるまい。


しかし指揮権が分裂していればいかに大軍でも恐れるに足らず。

まして戦に慣れていない貴族どもが好き勝手に動けば、経験豊富なニッタも統率は取れまい」


軍議でのネルソンのその発言に賛意を表す者が多かったが、オカダが口を開いた。


「しかし、それは王がうまく扇動に乗ってくれるかどうか、そしてクリバヤシがそこまで保ってくれればの話だ。


窮状に耐えかねて城兵が降伏したり、城が落城すればその勢いでアースに流れ込み、我らは崩壊するぞ」


その発言は正鵠を射ていた。

敵の増援と指揮の乱れを待つにしてもそれがいつ頃になるのか、それまで大軍に包囲されたムーンが保つのかは賭けである。


「いっそ、今のうちに全軍で夜襲でもかけて城からの出撃と挟み撃ちにすればどうだ?

それでも勝機はあるぞ」


オカダの強気な提案も一理ある。

ダニエルも諸将も迷う中、ヒデヨシが発言した。


「ハチスカ隊の密偵からはクリバヤシ殿はまだまだ余力はあり、城の救援のために攻勢を急ぐことはないとの連絡が来ております。


そしてターナー殿からは、王都の商人を通じて王の側近や貴族などに賄賂を渡し、早期の叛乱鎮圧、その為のニッタ司令官の交代への陳情を繰り返させたところ、王宮に動揺が見られるなどかなりの効果が見られているとのことです」


その発言で流れは決まった。


「よし、ニッタ軍との決戦に備えて軍の再編と兵の鍛錬、更に敵軍への嫌がらせ、補給路の締め上げを急げ。


ヒデヨシはターナーと連絡し、王宮への働きかけを強化しろ。


その一環として、オレがカケフ宛の手紙を書く。


その内容はニッタの相手なら遥かに少ない兵で十分であり、王都を攻める兵を増強するつもりだが、総司令官が交代すると困ったことになるというものだ。


これを敵に奪い取らせて王の目に触れるようにしろ。

検非違使長のリバーに繋げばうまくやるだろう。


後はそれを見た王次第だが、ニッタに少しでも不信感があれば動きがあるはずだ」


ダニエルの命に応じ、皆が動き出す。


その中でヒデヨシはダニエルに近寄り、少し時間を頂きたいという。

別室に移動し、話し始める。


「傀儡の王に擁立したアルバートですが、立場もわきまえず、独断で近親や仲間の貴族に位を与え、侍女に次々と手を付けているようです。


更にダニエルがサッサと王都に攻め込み、王宮を手に入れられないならば他の諸侯を起用するぞなど暴言を吐く始末。


勝手な行動をされる前に、何らかの手を打つべきではありませんか」


ヒデヨシが忌々しげに言うのを、ダニエルは逆にニヤリとして言う。


「それは好都合。

どこかで捨てねばならん相手だ。妙に情がわかないほうが助かる。

それにオレに反感を持っている奴らの炙り出しにも使える。


せっかくコストを掛けて飼った男だ。

必要な期間、機嫌を取って王宮ごっこを楽しませておきながら、十分に利用させてもらおう」


「しかし、カケフ殿の妻シンシア殿にも手を出そうとし、カケフ殿が既に愛想を尽かしています」


「バカは救いようがないな。

バカの相手はターナーが得意だろう。

奴に対応させながらうまく見張っておいてくれ。


その話はもういい。

それよりハチスカ党の精鋭を選び、ムーン城になんとか入り込み、クリバヤシに書簡を渡してくれ」


ダニエルはそう指示すると、自室に引き上げる。

その後ろ姿がヒデヨシには悲しげに見えた。


(クリバヤシ殿にこれ以上の死守を命じるのが辛いのであろう。

4,000の兵で3万の敵と戦い守り抜けとは無理がある。

普通ならば降伏されても文句は言えない状態だ。


しかし、勝算を上げるためにはそれを命じざるを得ない。

部下思いのダニエル様には苦しかろう)


そう思いながらヒデヨシは部屋を去る。

コロクと相談して、あの包囲網を潜り抜けられる優れた忍びを選ばねばならない。


数日後、ダニエル軍はニッタ軍に大規模な夜襲をかける。

その混乱をつき、コロクは選んだ忍びに潜入を命じる。


深夜、傷だらけの忍びを迎え入れたクリバヤシは渡された書簡を一読し、片頬を歪ませる。


近くにいたバロン・ニシには、彼が笑っているのか怒っているのか、わからなかった。


「クリバヤシ様

ダニエル様はなんと命じられていますか」


ニシの質問にクリバヤシは周囲の幕僚に聞こえるような大きな声を出す。


「皆喜べ。

ダニエル様は我らを信じ、この戦の勝敗は我らにかかっていると言われている。


ダニエル様が良いと言われるまで、何ヶ月でも何年でもこの城を保ち続けるのだ。

それが我らの主君の命であり、我らの誉れでもある」


そして全員を見渡し、言葉を改める。


「我が命である!

これまでも命じてきたが、今後はこれまで以上に犬死は許さん。


矢が尽きれば刀槍で戦え。

それが折れれば石でも手足でも使って戦え。


首を斬られても飛んでいき口で噛みつけ。

死ねば化けて出て戦え。


1分でも1秒でも相手を釘づけにし、ダニエル様に勝利をもたらす。

それが我らの家族友人や隣人を守ることにもなる。

命を私に預けてくれ!」


クリバヤシはそう号令をかけ、そして頭を下げる。

その指揮官に対して部下は大歓声で応える。


「クリバヤシ様、我らの命を預けましょう。

そして我らの奮戦を歴史に刻みつけよう!」


深夜、その大音声は遠くまで通り、ニッタ軍に一当てし引き上げる途上のダニエルの耳にも入る。


「すまん、クリバヤシ。

なんとか早めに勝利を手繰り寄せよう。

だからそれまで耐えてくれ」


ダニエルは瞑目し、心の中でクリバヤシに呼びかけた。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る