セプテンバー家の滅亡と長子チャールズの敗戦

ダニエルが召集した兵が集まり、それを編成すると出陣の準備が整った。

全国から集められた兵の数は公称十万。

実際にはその半分もいるかというところだが、王国の誰もこれほどの軍を見たことがない。


北方のセプテンバー家に侵攻するに当たって、オームラは中央と東西それぞれの三方向から進むこととする。


準備が整うと、ダニエルは王都で馬揃えを行い、観覧する王から偽王子とセプテンバー家追討の勅を出させる。


我が子を追討する勅を出す時の王の顔面は蒼白であったが、ダニエルはもちろん、知らぬ間に王が作っていた庶子に対して王妃やグラッドストン公爵も素知らぬ顔であった。


錦の御旗を掲げて、ダニエル軍は北へと向かう。

補給のしやすさ、多方面からの攻勢で敵を混乱させることを狙い、軍は3つに分けて進軍する。


東の道には南方のジャニアリー家を主体とした南部軍に第一子チャールズを大将としてオカダを付け、西側にはヘブラリー家など西部軍を担当として、第二子ウィリアムに率いさせて実質はバースに任せる。


これは将来、ジャニアリーなど南方の所領にレイチェルの子を、西部のヘブラリー家にはノーマの子を継がせるための布石として考えている。


この国の混乱を収める道も見えてきた。

そろそろ子供達に名を売らせて、次代の準備をしなければならない。


ダニエルはレイチェルとノーマと相談して、子供を名前だけでも各軍の司令官とすることにした。


「まあ、オカダとバースを付けておけば問題はあるまい」


ダニエルは、妻ノーマと第三子のエドワード、長女ヴィクトリアを側に置いて、中央の道を総司令官として統率する。

先鋒は騎士団であり、最近暴れる機会がなかった団長は張り切っていると聞く。


(強兵と名高いセプテンバー圏だが、残念ながら今回はほとんど出番はなさそうだな)


ヒデヨシから聞いているところでは、セプテンバー家は当主ハルノブは死去し、世継ぎ争いと絡んで王子を担いだ主戦派と恭順派に分裂し、まとまって戦う体勢ではないようだ。


外交で圧力をかけつつ、時間をおけば内部崩壊しそうだが、オームラはこの戦争を利用してダニエル政権の基盤を強化するつもりであった。


「この戦争は勝つことは当たり前です。

目的は、全国の諸侯や騎士にこちらに服従するのかの踏み絵を踏ませ、従軍させることで臣下の意識を植え付けることです。


そのためにも彼らにも参加させて圧倒的な勝利を収める必要があり、ダニエル様には前線に出ることなく、賞罰を行ってもらえば良いのです」


レイチェルやアランも横で頷く。


「あなたにはもう武勲は必要ありません。

それよりも子供達の名を挙げさせて、後継者の地位を固めることが大事です」


レイチェルにそう言われて、ダニエルはやむを得ず頷く。


「戦ばを後ろで見ちょっだけか。つまらんことじゃ。

偉うなっとも考えもんじゃ」


久しぶりの戦と聞き、女騎士を連れて張り切っていたノーマがぽつりと言う。


(全くだ。いや待てよ。

ダニエルでなく、無名の騎士としてなら前線に出てもいいんじゃないか)


ダニエルの明るくなった顔を見て、オームラが釘を刺す。

「陣中では私が側におります。無論、抜け駆けなどなりませんぞ。

クリス殿、よく見張っていてください」


「心得た。

ダニエル様、そろそろお立場をお考えください」

クリスはじろりとダニエルを見て言う


(ちぇっ)

大きな釘を刺されたダニエルは内心舌打ちするが、隙を見て暴れてやろうと考えていた。


ダニエルが旗本たる古参部隊を率いて華々しく王都を出陣する頃、既に先鋒部隊は北部地方に進軍していた。


セプテンバー家は内紛の末、抗戦派の庶子シローが和睦派の長男タローを殺して当主となり、王子を担いでダニエルを朝敵として各地に抵抗を呼びかける。


圧倒的なダニエル軍を見て、麾下の多くの領主は風になびく草のように恭順を申し入れてきたが、旧来の秩序と信義を重んじる領主は、勝敗を度外視してダニエルなどどこの馬の骨かとシローの下に集結する。


呼びかけに応えたセプテンバー軍はその最盛期から見れば数分の1、ダニエル軍のうち、中央軍とすら比べるまでもない。


先鋒を務める騎士団は、ヒデヨシから敵軍の情報を得て、どう対処すべきかを話し合う。


「敵軍は我らとおよそ同数かと思われます。

後方のダニエル本隊のオームラと申す参謀からは大軍で圧倒するので、後続を待てと指示が来ております」


副団長が話すと、各隊長から一斉に反論が来た。


「我ら騎士団とダニエルは対等な立場。

王命であるために協力しているだけだ。

ダニエルの参謀の言う事など聞く必要はあるまい」


そう息巻くのは一番隊長のレズリーである。


「その通り。

騎士団がどう動くかは団長が決めることだ!

団長、このくらいの敵、我らの実力で粉砕してやりましょう。


最近、ダニエル配下の奴らが大きな顔をして目障りで仕方がない。

ここは、真の強兵がどちらかをわからせてやるべきです」


他の隊長も次々と言う。


団長が副団長の方を見ると、渋い顔で頷いていた。


「おまえたちの気持ちは分った。

よかろう。ここは我らで引き受けてやろう」


「「おおー!!」」


団長のその言葉に隊長達は立ち上がって喜んだ。

騎士達を戦闘につかせるべく、隊長達が去った後、団長は副団長に話しかける。


「すまんがこちらで戦争を片付けるとダニエルに使いを出してくれ。

ここでダニエルの言葉を受け入れると、不満を溜めた奴らとダニエル配下の摩擦が大きくなり、爆発する恐れがある。

一度ガス抜きをしなければ仕方あるまい」


団長は溜息をつき、副団長はそれに答える。


「形式は対等とはいえ、食糧も武器もダニエルから補給され、諜報や撹乱まで頼り切り。これでは傭兵のようなものです」


「騎士達は補給や撹乱などの担当を嫌うからな。

戦闘のみに専念できるのはありがたいといえばありがたいが…」


団長は故意にずれた答えを返しているようだったが、その苦渋の表情を見ると、それでは一人前の軍として機能していないのでは?という疑問の言葉を副団長は胸で押し殺すしかなかった。


平野で対峙する騎士達を、高台からヒデヨシとオームラは見ていた。


「さすがは騎士様。揃った姿は勇壮ですな~」

褒めるヒデヨシの言葉にオームラは冷たく言う。


「博物館に飾っておくのにはいいでしょう。

いや、今でも虚仮威しには使えるかな。


一世代前ならば騎士同士の決戦によって勝敗は決まったでしょうが、戦術が進み、同時に砦や守備隊、弓兵や歩兵の能力も上がった今、騎兵は勝敗の一要素に過ぎない。


まあ、ダニエル様が活躍の場を与えてやれということなので、その感傷に付き合うのも家臣の務め。


前世紀の遺物はここでせいぜい消耗してもらえば良い」


ふふっと笑ったヒデヨシは、前方を見て叫ぶ。


「おっ、始まりましたぞ。

セプテンバー家は十八番の投石部隊の挑発、更に後方から矢を射かけていますが、騎士団は一向に構わず、いきなり正面から重騎兵が突撃してますなあ」


「戦術ということを考えていないのか?

彼らの頭の中に何が入っているのか、訓練しすぎて脳まで筋肉になりましたか」

オームラは戦闘を見ながら冷笑する。


「まあ、非力な儂らは、足で稼いで弱点を見つけ、頭を使って罠に掛け、弱ったところを多数で袋叩きにせねば勝てませぬからな。


おお、さすがは我が国一の精鋭と言われる騎士団。

撹乱など意にも介さず個々の能力で圧倒し、敵軍を突き崩して行きますな。


特に隊長クラスは鬼神の如き暴れぶり。

これならばさほど時間をかけずに勝敗は決まりそうです。


いやー、わしも一度は何も考えずに力任せで蹂躙するという戦いをやってみたいものです」


ヒデヨシの言葉には若干の憧憬と揶揄がある。


「投石にせよ弓兵にせよ、後方に強力な戦力があって効果があるもの。

それがない今のセプテンバーなど張り子の虎。

騎士団長はそれを見抜いて、策など一蹴できると考えたのでしょう。


もういいでしょう。

できればもう少しセプテンバー軍に意地を見せて欲しかったものです。

やれやれ、これでは騎士団の損傷はわずかでしょう。

騎士団長に至っては馬に乗ったまま、動きもしないようですね」


残念そうにオームラは言いながら、腰を上げた。


この戦を頭に入れて、全軍の指揮をどうするのかを考えねばならない。


大勢は決まれども騎士の誇りを守るためか、死に場所を求めてか、ハルノブ時代の重臣はシローを逃した後も、執拗に抗戦を続け、騎士団に出血を強いていたが、その戦いぶりは彼の目には入らないようだった。


思ったよりも時間と犠牲を要した戦闘を終えた戦場で、血の香りを嗅ぎながら騎士団長は配下の隊長と話していた。


「勝敗が決まってからでもあそこまで手こずらせるとは。

なかなか歯ごたえのある相手であったな」


「さすがは名にし負うセプテンバー家の騎士達。見事な散りぶりでした。

彼らがハルノブ殿の指揮下で全勢力が揃っていれば、さぞや楽しい戦ができたでしょう。

それが残念です」


「今や騎士同士の戦いなど見かけなくなりましたからな」

「我らのことを旧世紀の遺物と言っている輩もいると聞くぞ」


口々に愚痴をこぼす配下の騎士達を愛おしげに団長は見る。


「歩兵や弓兵どもを重んじ、戦術だの作戦だの言う奴らに、この戦で我ら騎士団の力を見せてやれただろう。

まだまだ騎士の突破力が戦の勝敗の鍵を握っているのだ!


それを磨くための日々鍛錬が意味あることだと若手にもわかっただろう。

愚痴を言う前に、我らを謗る奴らの口を実力で閉じさせろ!」


弱気な言葉に今日一番の手柄を立てたレズリー隊長が吼える。


「その通り。

人がなんと言おうが、我らは騎士としてあるべき姿を追うのみだ。

さあ、追撃するぞ」


団長の号令で騎士団は進撃を開始する。


進軍でいつも頭痛の種だった人馬の食糧や水などの補給はダニエルが支給し、索敵もハチスカ党という怪しげな連中が担っている。

騎士団はのびのびと眼の前の敵を攻撃するだけであった。


「ダニエル様、中央軍は騎士団の進撃で順調すぎるほどの進軍です。


西部軍も騎士団と連携しながら敵を掃討し、更に別働隊を派遣し、迂回して敵の本拠地を奇襲、ウィリアム様は奇襲部隊の指揮を取り、先陣を切って敵城に乗り込み、敵兵を鎮圧するなど大きな功を挙げられてました」


「ウィリアム、ようやった!」

「さすがは兄上!」

ノーマやヴィクトリアが褒め囃す。


(バースめ。

うまく段取りして花を持たせたか。

かなり苦労しただろう)


これで次代も安泰だと評判になるだろう、ダニエルは心中バースに感謝した。


オームラは更に続ける。


「問題は南部軍。

敵の小城に引っ掛かり、敗北を喫し進軍が止まっております」


オームラはハチスカ党からの情報をまとめて、ダニエルに報告する。


「はあ?

めぼしい敵は降伏するか撃破していると聞いたが」


「二、三百の小勢でしたが、率いる領主が狡猾無類で、巧みな挑発にチャールズ様も補佐するオカダ様も乗せられたとのこと。


相手を侮り無造作に敵城に侵攻したところを不意に逆襲され、混乱して逃げるところを堰き止めた川を決壊させられて、命からがら引き上げたと聞いております」


「相手が弱いと見ると呑んでかかるのがオカダのいいところであり、弱点でもある。

今回はそこを突かれたのたろうが、それでも小勢でオカダに勝つとは相手はよほどの戦巧者だな。

名は何と言う?」


「はあ、確かサナーダとか申しましたか。

ダニエル様が気にするほどの男ではありません」


オームラの答えにダニエルは渋い顔をする。

そんな戦巧者と戦いたくなったのだが、オームラに否定されたような気がしたのだ。


「まあ一敗くらいは仕方ない。それも勉強になっただろう。

それでチャールズとオカダは、その城を放置して進軍したのだろう」


「いや、それがオカダ様が付城を作って監視の上、進軍すべしと主張されたのですが、チャールズ様は初陣での敗北は許されぬ、必ずこの城を落とすべしと自ら先頭に立って攻撃に向かわれたとのことです」


オームラは珍しく困った顔で述べる。


「バカが!

そんな小城、他を平定すればどうにでもなろう。

チャールズめ、冷静な性質だと思っていたが、オレの眼鏡違いか!

強攻策など下の骨頂とすぐに急使を出せ!」


その声が終わらぬうちに、ハチスカ党首領のコロクから急使が来る。


「南部軍、サーナダの城を強攻し、本丸を取り囲むまで行きましたが、夜間休息中に周囲から火攻めを受けて混乱。

そこを城から逆襲されて大敗しましたが、オカダ様が殿を務めて後方に下がり、チャールズ様は真っ先に撤退して無傷とのことです」


「南部軍の被害はどうなっている!」


「オカダ殿はかなりの手傷を負われ、他にも多くの将兵が死傷や行方不明とのことです。

主立った者は…」


その中にはダニエルが知る重臣や騎士達も多くいた。

ダニエルはそれを知り、激怒した。


「己の失策で多くの将兵の命を奪った罪は重い。

しかも兵を残し、己が早々に逃げ出すとは、そんな男に将の資格はない!

すぐに奴をここに呼べ!」


召喚されたチャールズの弁解もダニエルの怒りを掻き立てた。


「司令官たる私が討ち取られることがあれば、敵軍の士気は上がり、父上の名誉も汚すと思い、敵兵と戦いたいという気持ちを抑えてオカダ殿に殿をお願いして撤退することにしました」


政治的にはそれが正解なのだろうが、ダニエルにはそういう兵を犠牲にしての、賢しらな身の対処が許せなかった。


「黙れ!

そんな計算高い事をいう前に、お前の下策でそこが死に場所となった兵に詫びて、そこでともに死ね!

それでこそオレの息子だ!」


「私がそこで死んでも何の意味もありません。

それよりも指揮官は早期に退却して後図を期すべきです…」


「まだ言うか、この臆病者が!」


更に言い募るチャールズの頬をダニエルは張り倒した。


「ダニエルさぁ、それくれにしたもんせ。

チャールズはアタイが預かって鍛え直そうぞ」


「わかった。

とりあえずノーマに預けるが、オレに時間ができたらそいつの心根を叩き直してやる」


倒れ込んだチャールズを抱き抱えて、ノーマが間に入ってその場を収めた。


チャールズの母レイチェルは、チャールズが政治的な判断に優れているが、それゆえに騎士や戦士としての行動を重んじるダニエルとの摩擦が起きるのではと案じて、そのフォローをノーマにくれぐれも頼んでいた。


ダニエルも南部軍の敗戦処理に追われていて、それ以上チャールズに関わる暇はなかった。


彼は信賞必罰の範を垂れるため、チャールズの代わりに第三子エドワードを名目上の指揮官とし、その補佐には負傷したオカダを引き下げて、予備軍としていたネルソンに指揮を託した。


もっともセプテンバー軍は既に崩壊しており、当主シローは隣国トーラスの宿敵レスター公を頼って逃走しており、担がれていた王子とチカフサ・キタバタケも潜伏し、王党派の諸侯のもとへと逃亡しようとしていた。


ネルソンは今から功名を得るためには、彼らを捕えるしかないと友人ヒデヨシに情報を頼んでいた。


そして、その頃ネルソンの下に王都のレイチェルから密使が来る。

その内容は、チャールズの名誉挽回の為に彼に大きな手柄を立てさせて欲しい、その借りはいずれ支払うことを約束するとのものであった。


(くっくっく。

王国制覇も最終盤となり、このまま所領を貰って並び大名となって終わりかと思いきや、ダニエルの跡目争いとは面白いネタが転がり込んできた。


うまくすれば外様の位置から抜け出し、幕府を動かす立場になれるかもしれん)


今回の軍の編成を見ても、ダニエルが頼りにするのはまずは騎士団時代の仲間達である。


ネルソンはせいぜいその次に位置するのがいいところであるが、自分の能力に自信があり、ダニエルすら俺より下だろうと思うこの男はそのことが前から不満であった。


ダニエルの家族と仲間が割れるのであれば、のし上がる絶好の機会とネルソンはほくそ笑んだ。

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