戦闘準備の完了

ダニエルは戦争準備を着々と進める。

レイチェルから指定されている期間は1年。その間に決着させねば戦う前に経済的・財政的に崩壊すると言われている。


この間に、ノーマから長子、続いてレイチェルから次子が生まれる。

どちらも男子。

ダニエルはノーマの子にエドワード、レイチェルの子にウィリアムと名付ける。


どちらも母子とも健康であり喜びはもちろんだが、とりわけエドワードの誕生によりヘブラリー家の世継ぎができたことにダニエルとノーマ夫妻は安堵した。

「ノーマ、よくやった!ありがとう」

ダニエルはノーマの手をとって感謝する。


(これでジョンに跡を譲る必要はなくなった!)

声に出さなくてもダニエル配下の者はその喜びを共有し、臨戦態勢の下ではあるが、誕生を祝ってその日は訓練を休み、兵士や国民に酒や御馳走を振る舞った。


そして、その影に隠れるようにジョンはひっそりと城を出されてロバートに引き取られ、以後、彼のことを城内で口に出す者はいなくなる。


日時は過ぎて、軍備の増強は整ってくる。

しかし兵が足りない。

「さすがに三倍の差は辛い。せめて二倍ぐらいにならないか」

戦争に向けての打ち合わせでオカダがボヤく。


「ジェミナイが2万出してきて、エイプリルが最大4000、こちらはヘブラリーが総動員して3000、南部は他への警戒もあるから出せて5000。

今のところ、ちょうど3倍差かと見ています」

諜報担当のヒデヨシが答える。


「王都の友好領主達に援兵を呼びかけている。

アカマツは出兵に応じると返事が来たが、ドーヨや他は様子見だな。

それより騎士団から非公式に派兵してくれそうだ。

団長とマーチ宰相が取引したらしい。王政府としては感知しないが、騎士たちが休暇を取って義勇兵で参加という形になる」

カケフが王都から帰ってきて、情勢を報告する。


「精鋭の騎士団から来てくれるのはありがたい。

後は敵軍だ。ソーテキは本当に出てこないのか」

オカダの問に、ダニエルはガモーに目で合図する。


「ジェミナイまで大物見に行ってまいりました。

兵300を率いて、国境付近の町を数回襲撃しましたが、敵の反撃が遅く、手緩く感じました。

追撃もなく、士気の緩みが生じている可能性があります」


「ソーテキが死ねば政治・軍事でかなりの人の入れ替えがあるはず。

すべてを決めていた権力者がいなくなるのだ。後釜を狙って権力闘争が始まる。

外敵に構っている暇もないのかもしれん」

元ジェミナイに居たネルソンが付け加える。


「なるほど、ではソーテキがいない前提でどこでどう戦うかを考えよう。

まず戦場だが、カケフやオカダと相談した結果はここが適地かと考えている」

ダニエルは地図の中のエイプリル領の盆地を指差す。


「いずれにしても兵力差は避けがたいし、真正面から野戦は無理だ。

大兵力を活かせない狭い場所で、こちらは野戦築城した丘の上に拠り、飛び道具で向かってくる相手を漸減していかねば話にならない。幸い、長弓やクロスボウなどは大量に製造させてある」


「それはいいですが、相手も名将ソーテキの薫陶を受けた諸将達。

みすみすこちらの手に乗ってくれますか」

バースが不安げに言う。


「そう、そこがこの作戦の肝だ!

否が応でもここで突破しようと無理押しせざるを得ない状況をどう作り上げるか。

奴らが来るまでに知恵を捻り出す。お前達も考えろ!」

ダニエルのその言葉で首脳会議はお開きとなる。


ダニエルはその後ネルソンとヒデヨシを呼ぶ。

「二つ頼みがある。

まずジェミナイの内情を探りたい。誰か内通してくれそうな奴はいないか。

もう一つはエイプリルだ。

こちらと通じていたヨシタツはまだ監禁されているが、アイツを連れ出し、エイプリルを分裂させたい。

手段を考えてくれ」


ダニエルの部屋を出ると、ネルソンはヒデヨシに言う。

「ジェミナイの件はオレがなんとかする。

お前はエイプリルの方を頼む」


「わかり申した。

難しい話ですが、今度の戦は我が家の浮沈をかけた大勝負ですな。これで負ければこれまでの努力がパーじゃ。ダニエル様も必死に色々と考えてなさるが、ワシも無理難題でもなんとかせにゃーならん。

ん、何を笑ってなさる?」


そういうヒデヨシがネルソンを見ると、彼はさも愉快そうに笑っていた。

「こういうものだ、俺が求めていたのは!

妻子が来て、リオの総督などという生温い仕事に飽き飽きして、いっそダニエルに叛旗を翻して独立してやろうかと思っていた。

しかし、ダニエルの下にいてよかったぞ。

こんな面白い目に会わせてくれるとは!」


ヒデヨシは付き合いきれないとばかりにやれやれと首を振り、「まあ、ジェミナイの方は頼みましたぞ」と言って去り、ネルソンも笑いを湛えたまま立ち去る。それぞれ自分の仕事で忙しい。


さて。ダニエルはノーマと話していた。

「本当にソーテキが死んだのか気になる。

ガモーは優秀だが若い。騙されている可能性もある」

さすがに渾身の大勝負にダニエルは慎重である。

「じゃあどうするが?」

「様々な挑発を繰り返してみようと思う。

ソーテキなら抑えられても、後継者は早急な実績作りのため、焦っていよう。

ましてソーテキに負けたオレに面子を潰されれたら周りはなんと思うか」


「それはそうじゃ。

名案と思うが、ダニエルさぁも人が悪くなったなあ」

「これもノーマやエドワードを守るためだ。

今夜の仕事は終わり。ではノーマの欲しがる二人目の子作りのために頑張るか。

戦の前は気が昂ぶる」

そしてダニエルはノーマを抱き上げて寝室に向かう。


ダニエルはまずバースに命じてエイプリル領に侵入、戦場予定地までを占拠させ、そこに砦を構築させる。

いつもの略奪かと傍観していたエイプリル軍はヘブラリー軍が土地を占拠し構築物を作り始めて驚愕するが、すでに堅固な砦を作られて手出しができない。


ダニエルはそこを拠点として、エイプリル領はもちろんジェミナイ領までの侵攻を度々行わせる。

特にハチスカ党による野盗稼ぎや火つけはジェミナイ領に深刻な不安を与えた。


「度々侵攻するが大規模な反撃がないな。手応えが無いのは不安だ」

ダニエルはソーテキの生死の確信を得るため、自ら精鋭を率いてジェミナイの都カペラまで長躯攻撃を行うこととする。


無論クリスは必死に止めたが、「この確認に次の戦はかかっている。オレがこの目で確かめなければならない」と言われるとダメとは言えない。


騎馬に長けた兵を選抜し、よく晴れた日に百騎は進撃を開始した。

「目指すはジェミナイの都カペラ。そこまでは敵は相手にするな」

道を疾走する騎馬隊がまさかダニエル軍とは誰も思わず、軍の訓練だと思った人々は声援を送る。

「見事な騎馬隊じゃ。

あれなら侵攻してくるダニエルも討ち取れるぞ!」


馬を駆けるダニエルに隣にいるノーマが笑いながら話しかける。

「我らはダニエルを討ち取れそうだと」

「そりゃオレが選抜した精鋭だ。

ダニエルなどイチコロよ」

そう言うダニエルに周囲はどっと笑う。


敵領深く侵攻するにも関わらず、兵に気負いは見られない。

ジェミナイへの怨みとダニエルへの厚い信頼があってたが、ダニエルは彼らの緊張をほぐすことに気をつけていた。


なんの障害もなく、カペラに着いたダニエル軍は、味方と疑いもしない門番を無言で突き殺すと、そのまま開門して城内に乱入する。

そしてそのまま騎馬で城内を走り回り、騎士らしき者は刺し殺し、燃えやすそうな干草や木造物が有れば火をかける。


そして、ダニエルは、アサクラ一族の籠る内城の城門に矢を打ち込み、大声で喚く。

「ダニエル参上。今日はこの間の騙し討ちのお礼のため、顔見せに来た。貴様らに少しでも騎士の誇りがあれば戦場で弓矢を交わそう!それともソーテキが死んだら亀のように閉じこもるしかできないのか!」


そしてそのまま馬を返し、全軍帰るぞ!と号令をかけてダニエル軍は一気に退却する。

追手は見えず、途中で出会うジェミナイ騎士は味方と誤認して手を振って見送る。

ダニエルは悠々と帰ることができた。


ジェミナイ家中は大きく動揺していた。

ソーテキはヨシカゲへの遺言後、暫くして死んだ。彼の死は遺言通りに隠された。


その後の執拗なダニエルの挑発にヨシカゲは大規模な出陣を命じるが、老臣たちは応じない。

「ソーテキ様の遺言に従いなされ」


イライラしていたヨシカゲだが、そこに今回のダニエルの襲撃を受け、ついにその怒りが爆発した。


「ここまで恥をかかされて我慢するならば騎士をやめよ!そもそも奴らはソーテキの死を知っておる。もうソーテキの死を公表して、余の名前で出陣するぞ!」


そして、ヨシカゲに対してなおも我慢するよう言い募ろうとするソーテキの後継者に対して、ヨシカゲは主命に逆らうとして追放を言い渡す。

それを見た老臣は諦めてもう反対しなかった。

ジェミナイ軍はヨシカゲの命を受けて総力を挙げて兵を動員する。


ネルソンは妻ブレアと相談して、旧領クツキの家臣に調略をかけていたが、なかなか中枢の情報を持つ者がいない。そこにクロトワが乗ってきた。

『ソーテキ様の生死やアサクラ氏の内情を知りたいそうですが、代価次第でお渡しできますよ』

その手紙を見たネルソン夫妻は悩むが、狡猾であるがそれ故に信頼できると考え、クロトワとの取引に応じる。


クロトワの条件はダニエルが勝った際に、クツキの領主にしてほしいということであった。

「流れ者風情が図々しい。

クツキは貴方の領地だったところ。そこを所望するとは」

ブレアは怒るが、ネルソンは意に介さない。

「気にするな。もうクツキ領主としての俺は死んだ。ここにいるのは一介の浪人上がりのネルソンとそれに惚れた妻ブレアだろう。クツキなんぞくれてやれ」


ネルソンは自己の名前で了解する。

もしダニエルの意に反するなら、後に自分が責任を取り、クロトワとの約束を反故ほごにすれば良い。


クロトワのもたらした情報は貴重だった。

ジェミナイは当主ヨシカゲが権力掌握に躍起となり、それに乗る若手とソーテキに仕えた老臣との対立が激しいと言う。

そしてヨシカゲは自己の名声のため、ダニエルへの出兵を各諸侯に命じてきたことを知らせる。


それを知らされたダニエルは唸る。

予想していたことだがいよいよ目前に迫ると身震いがする。そのダニエルの手をノーマがそっと取り、「ダニエルさぁ、一人ではなかと。アタイがついとるぞ」と囁いた。


「ありがとうノーマ、大丈夫だ」

そこへカケフがやってきた。

「ダニエル、騎士団の一番隊と二番隊がやってきた。騎士団の最精鋭だ。団長が気遣ってくれたぞ。

それにアカマツ、ドーヨなどの諸侯も援兵に来た。ソーテキが死んだ噂が広まり、お前に賭けようとする気になったようだ」


「よし、後はエイプリル工作だな。

ヒデヨシを呼べ。時間がない。見込みがないなら諦めるしかない」


やってきたヒデヨシは若い白面痩身の男を連れてきた。

「こちらはハンベー殿でござる。ヨシタツ様の救出を行いたいとのこと」


「ハンベー・タケナカです。

エイプリル領はダニエル様の侵攻や経済封鎖のため大きく混乱しています。

ヨシタツ様はジェミナイと手を切り、ダニエル様に付くことを主張したため城内に軟禁されていましたが、次男三男はそれに飽き足らずその処刑を強く言い募っています。

しかし、傘下の大領主南エイプリル三人衆などヘブラリー近くの領主はヨシタツ様を支持し、ダニエル様と和を講じる意向であり、私はそのために参りました」


ハンベーという男は理路整然かつ淡々と話をする。

「わかった。ヨシタツを脱出させてこちら側に立って貰えば、オレも彼の側に立つ領主とは和を講じよう。

厳重に警戒されていると聞くが、手段はあるのか?」


「そこはお任せあれ。

ダニエル軍の侵攻でエイプリル侯爵は外を奔走されており、城の中は弛緩しております」

ハンベーは自信たっぷりに言う。


「わかった。お前に任せるが、時間はあまり与えられん。一週間以内に実行せよ」

「かしこまりました」


ダニエルとハンベーのやりとりから三日後、エイプリル領都マーズをハンベーが策を用いて少数で占拠し、ヨシタツを脱出させたとの報がもたらされた。


ダニエルはその連絡を聞き、「最後のピースがはまった。後は戦の結果次第だ!」と全軍に出陣を命じ、自らもエイプリル領に向かう。









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