ダニエル軍の新制

 ジューン領は、ダニエルの打ち出した、ギルド廃止や宗派・身分を問わない受け入れにより、様々な人々が集ってきて、日々賑わいを増している。


「あの荒地と畑しか無かったところがこんなに賑わうとは。」と言いながら、家老のバレンタインは領内政策の収支計算書をダニエルに見せる。


 領都や警戒施設の建設費、巡回する兵の手当、水陸の交通整備など支出は膨大なのに、税収は極わずかだ。兵を供出する農民からの税は抑え、住み始めたばかりの商工業者からの税はまだ徴税体制が整っていない。


「やりたいことはたくさんあるのだが、無い袖は振れない。工事を縮小するしかないか。」

ダニエルの言葉に、ネルソンが反応した。


「ダニエル様、今流入している民衆のかなりが建設工事などで食っています。ここで工事をやめれば暴動が起きかねません。それを軍で鎮圧すればこの活気もなくなることでしょう。

 以前に王の保証で借金できると聞きました。それを活かせばいかが?」


「それでは王や銀行の紐付きとなる。

今でも利息を支払うのに四苦八苦しているのだ。これ以上の借金など反対だ。」

バレンタインは財政担当として強く反対する。


「私の国には、借金も大きすぎると潰せないという言葉があります。

ちまちま借りるからいけないのです。せっかくいくらでも貸してくれると言うのです。ドーンと大きく借りてご覧なさい。

返せなければ王や銀行が青くなりますよ。」


ネルソンの一見無責任な言葉は、ダニエルの心に響いた。


(借金が返せず領地を取り上げられてももとに戻るだけだ。

それならばオレのやりたいことをやってやろう。)


「良かろう。バレンタイン、さっきの計算書の倍の額を銀行から借りると言え。

王の保証付きだ。貸さないとは言えまい。言えば王を信用していないということだからな。」


「それでは借金の額は当領地の年間税収の何十倍にもなりますぞ。」


「面白い!」

横で聞いていたオカダが叫んだ。


「借金を踏み倒すとは、楽しそうだ。だいたいダニエルが細々と金がどうだというのが気に入らなかった。

 好きなだけ借りて使え。文句を言ってきたらオレたちが潰してきてやる!」


 カケフとバースも苦笑いしながら頷いている。


「わかった。ジューン家当主として命じる。

必要額を借用し、政策計画書を実行せよ。」


意を強くしたダニエルの言葉に、バレンタインとゲールは渋々頷く。


「すまんな。お前たちしか頼りがおらん。頼む。」

 宥めるダニエルの言葉に仕方ないと肩をすくめながら、バレンタインは一言付け加える。


「武官ばかりでなく文官を増やしてもらわないと過労死します。

 ダニエル様はジューン領に来られてから羽根を伸ばしすぎですな。そろそろ財務部の奥方を迎えに行かれてはどうですか。手紙も来ていたはず。」


「うっ!」


 ダニエルは領内で初めての統治を楽しんでいたが、レイチェルからは厳しい教師のように大量のダメ出しが手紙に書かれており、怖くなって迎えに行くのを先延ばしにしていた。


 ニヤニヤ笑う周囲を見て、ダニエルは「お前達、笑ってる暇がないほど仕事させてやる。」と睨んだ。


 そして、兵の訓練、土建工事や道路整備、領内巡回に行かせる。残念ながら人手が足りていない内政や裁判にはネルソンしか使えない。


 ダニエルも外回りに出たいが、バレンタインから山のような決裁資料や、訴訟資料を渡されているため、クリスを秘書としてそれを裁いていくが、騎士団に行かされて以来、机の前に一日中座っていたことがないダニエルには苦痛そのものである。


「領主とは大変なものだなあ。」

隣の机で書類をみているネルソンに話しかける。


「こんなに真面目に仕事する領主は少ないですよ。家老や部下に任せて、遊び惚ける者も多いです。」


「では、オレもそうするか!」

とイスを蹴り倒し、外に出ようとするダニエルにネルソンは言葉を続けた。


「ただし、有能な忠臣に恵まれなかった者は、領地が荒廃し一揆を起こされるか、家臣に家を乗っ取られるかの運命に陥りますが。それでもよろしいですか?」


がっかりしたダニエルにクリスが言う。


「そんなうまい話はありません。

それより早くしないと今日のノルマが終わらず、みなさんと飲むことができなくなりますよ。ネルソン様はまもなく終わりそうです。」


「それでは一日の楽しみがなくなるじゃないか。ネルソン、助けてくれ。」


夕食時は、外回り組も合流し、大広間でみんなでエールを飲むのが日課だ。


ダニエルはバレンタインに与えられた仕事が終わらないと、酒が飲めず、食事後に残業となる。クリスも同じ運命である。


「ダニエル様、頑張りましょう。」

侍女長待遇のイザベラも夫のために、お茶を出し、ダニエルを激励する。


(これなら、戦に出かけたほうがずっといい。領主より騎士団の頃が楽だったな。)


 さて、この後、バレンタインは、銀山や金融業を営む大陸有数の大財閥に属するベルネ銀行の支店長と交渉し、利息さえ払わぬことに散々嫌味を言われながらも、王の保証を盾に巨額の借金に成功する。


 ダニエルも支店長に頭を下げて感謝の意を表すが、当然のように上座で傲然とするこの男に腹がたった。


(自分の金でもないのに偉そうに。王の保証があるから貸しただけだろう。

今にみていろ。チャンスがあれば吠え面かかせてやる。)


 こうして得た大量の金を領都建設や道路などの公共工事に使うことにより、ジューン領は金が回り、空前の好景気となる。それが更に人と物を周囲から呼び込み、南部地方一の都市と呼ばれるまでに成長する。


 都市の成長に合わせて、軍も強化する必要があった。


 ジューン領の統治に当たり、ダニエルは、通常の領主と同じように大功があり騎士であるカケフとオカダに領地を与え、統治させようとしたが、ダニエルの四苦八苦を見ている両者ともそんな面倒なことはしたくないと辞退する。


 やむを得ず、ダニエルは当面全てを直轄領として治め、家臣を俸給制とした。


 エーリス王国は貨幣経済への転換期にあり、王都を筆頭に各地で領主、騎士、農民、職人まで貨幣が浸透してきた。

 領主もこれまでの自給自足、物納の世界から、納められた農産物を売って貨幣に変え、商品を買うという貨幣経済の世界に入ると、経営感覚が必要とされる。

 その中で成り上がる者が出る一方、没落した領主や騎士の一部は、各地を襲う悪党や傭兵、山賊となり、治安は悪化していた。


 そんな悪党や山賊から見れば、新興弱小でありながら、人と富がありそうなジューン領は垂涎の的。蜜に群がる虫のように寄ってきていた。


 その対処のため、ダニエルは、農民の子弟や流れてきた壮健な若者を募兵し、従士に鍛錬させるとともに、騎士の次三男で修行の旅の者などが仕官に来ると、新兵を与えて賊退治をさせ、仕官試験と兵の実戦経験、山賊退治による治安向上、賊の持ち金の没収と奴隷売却と一石三鳥を狙う。


 試験官のオカダやカケフは厳しくなかなか合格者は出ないが、山賊は減っていく。試験者が死傷してもジューン軍は損耗しないのがいいところだ。


 他の領主が、貴婦人が見守る中、新人騎士の馬上試合を華やかに行うのに対して、ジューン領は山賊退治を競わせるという泥臭い実利に徹し、これに文句を言う騎士は出て行かせた。


 こうやって軍を増強し、恒常的に巡回や掃討をする中、ダニエル軍はなし崩し的に常備軍の体を成してきた。

 他の領主が軍の下士官となる従士のみを常時雇用し、あとは農閑期に農兵を動員するのに対し、兵まで常に雇用され、猛訓練と実戦を重ねるダニエル軍は諸侯の軍でも群を抜いて精強になっていった。


 また、城壁が無い分、治安の維持のため、領内の巡回と領界の見張りを徹底させると、必要な兵数はほぼ侯爵や辺境伯に並ぶほどの多数となる。


 兵数も増え、それなりに兵種を揃えられそうだと思い、ダニエルは仲間と相談し、兵を分けることとした。


 騎兵はオカダを指揮官にする。

機動力と衝撃力により、敵軍の突破や勝利の決定を期待する。

しかし馬上での戦闘は一朝一夕には身につかない上に金がかかる。

騎士出身の者を充て、足りなければヘブラリー家から借りることとする。


弓兵はカケフに託す。

長弓が進化し、今の戦争では弓兵の巧拙で勝敗が決まると言われる。

これも金がかかるが、勝敗を左右するため、徹底的な訓練をつませる。


槍兵や歩兵、工兵はバースが担当する。

ダニエルは安上がりで使い方によって勝利を決定する槍兵に期待していた。

槍は長槍を使わせ、訓練させる。


工兵は馬鹿にされがちだが、城攻めや渡河など様々なところに必須。

新兵は、まずバースの下で歩兵としてしごかれ、兵種を決める。


 ネルソンには担当を決めずに遊兵として、あちこちで不足するところを補ってもらう。一軍の将だった見地から色々とアドバイスを期待する。

 戦闘では、軍全体を見渡す副将の役割や迂回軍などを率いてもらうつもりだ。


「ダニエルは何をするんだ?」

オカダが聞く。


「オレは一介の騎士として、従者のクリスを連れて、激戦のところに援軍に行くさ。」


「「ふざけるな!」」

一斉に怒声が浴びせられる。


「大将は前線に出るなと言ってるだろう!」と真面目にいうカケフとバースに対し、

「お前だけそんな楽しいことを独り占めというのはズルいだろう!」と怒るオカダ。


「僕は妻から戦死しないようにと強く言われているので、激戦地へのお供は遠慮します。」

というクリス。


 ネルソンは、これを見て、オレもこんな仲間がいれば領主も楽しめたかなと思いつつ、大笑いした。


 ダニエルは、軍の新制はいいが、この軍の維持に頭を痛める。どう見ても身の丈に合わない軍隊だ。巨額の借金によって作った資金がなくなるまでに金の当てを作らないと解散させるか、どこかに傭兵になりに行くかだなと思いながら、とりあえず懸賞金の掛かった山賊・悪党の討伐や彼らが持っていた資産を次々略奪し、手元の回転資金とする。


 しかし、ジューン領に入った山賊がみな消息を断つことが、山賊仲間で噂が立ち始める。その中でも、獲物に目が眩みジューン領に入ってくる者もいるが、めだった少なくなってきた。

 やむを得ず父に頼みジャニアリー領や近隣の山賊退治を請け負う中、川での運搬量の増加に目を付けた海賊の活動が目立ってきた。


 ダニエルはこの海賊退治に気分転換も兼ね、自ら出張ることとする。


 

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