プロローグ 絶望の未来を知ってしまった男

希望のない嫌な世の中だ。


情報は満ち溢れている。

知ろうと思えば何だって知ることが出来る。

そして、その情報が希望を蝕み、腐敗させていく。


どんなに頑張っても追いつけないような煌びやかな生活を見せられて、

人は自分の生活にどれだけ満足出来るのだろう?

妥協ではなく、心からどれだけの人間が満足だと言えるのだろうか?


その上、情報はセレブと呼ばれる生活をしている人々も、

必ずしも幸せとは言えないことを剥き出しにしてしまう。


金持ちになれば幸せになれる?

金持ちになれるのは、余程運の良かった奴と、最初から恵まれていた奴だけだぜ。

オレたちのような普通の人間が、豊かになろうとしたって、

社畜として身体を壊すまでこき使われるか、

起業をしたり、投資に賭けるしかないが、

大体は負けて借金に追われるのが関の山。


その上、それで万が一、金持ちになることに成功したって、

幸せになれないことを、俺たちは知っているよな。


金があっても、金に振り回されて、寂しい生活を送る人間のニュースなんて、

散々聞かされているだろ?

遺産や財産を巡り憎みあう家族。

金と権力がある時だけ寄ってきて失うと去っていく「友人」たち。

金は生活を豊かにする手段であっても、幸せになる不可欠の要素なんかじゃないのだよな。


だいたい、豪邸も、クルーザーも、自家用ジェットもなくたって、別に不便はないだろ。

極端なことを言えば、引きこもっていても、現実を忘れれば楽しむことが出来るのに、

苦労して金持ちになる意味なんかないとは思わないか。

それでも、金持ちになりたいか?


じゃあ、女にモテれば幸せになれる?

SEXの快感なんて、ほんの数秒で終わっちまうものだろ?

それだけで幸せになれるのか?

SEXではなく、ただ、モテてチヤホヤされたいって?

まあ、気持ちは分かるけどさ。

そんなこと出来るのかい?

イケメンに生まれたり、金持ちだったり、権力を持ったり、

何かで成功してスターになればモテるのだろうけど。


普通のオレたちには、そんなこと不可能だよな。


だいたい、金、権力、名誉、そんなので寄ってきてチヤホヤする女は、

それを無くした時に逃げていくのも早いぞ。

そんなので幸せになれるのか?


そうじゃない。

心から愛しあえる運命の人がいればいいんだって?

ロマンティストだねえ。

だけど、恋なんて、いつか醒めるものなのは、あんただって知っているだろ?

愛していると囁きあっていた恋人同士が、

憎みあい、詰りあって別れるのは、ありふれた話だ。

年取って死ぬまで愛し合った夫婦なんて、都市伝説みたいなものだろ?

実際、オレはそんなものを見たことないからな。

そんな人もいるなんて話を聞いても、裏がある気がするオレは性格が悪いのかね。


じゃあ、権力を握って、皆に感謝されれば幸せになれるのか?

まず、手段としては不可能だよな?

こんなアジアの片隅で、何の縁故もなく、

黄色人種として、普通に生まれた時点で、権力を握ることなんて不可能だろ?


まあ、万が一うまく行って、よく知りもしない世間とやらに感謝されるようになれば、

承認欲求は満たされるかもしれないがね。

オレに生きる価値はある、意味があるって思えるのかもしれない。

でも、そんなもの状況次第で簡単に手のひら返されるぜ。

そんなものに、承認されて、本当に幸せって思えるのかい?


じゃあ、スポーツや音楽、芸術で成功してスターになれば幸せになれるって?

まず、そんな成功出来るなんて、特別な才能を持った一部の人間だけだろう?

オレたちには、そんな才能ないよ。


それでも、諦めきれずに燻ぶったまま、人生終わる奴が最近増えてきているよな。

夢があるんですとか言って、叶わない夢を抱えたまま、フリーターや派遣社員で死んでいく。

それで、満足出来るのかい?


それに、成功したって、才能が尽きれば世間に見捨てられるのは知っているよな。

スターだった人間が落ちぶれて世間に見下されるのも、よくある話だろ。

それでも、輝いた一瞬があったから、自分は幸せだったって言えるのかい?


オレは何の為に生きるのか。

こんなことを考える奴は、まあ充実した人生を送ってないのだろう。

たとえ一時の幻だとしても、好きな女とイチャついたり、充実した仕事をしている最中の奴は、

こんなことを考えたりしないだろうからな。

やりたくもない勉強をやらされたり、社畜として満員電車に揺られたり、フリーターや引きこもりで暇が出来た時に、ふと考えることだよな、こんなこと。


人生に意味はなく、ただの暇つぶしなんて言葉もあるけどね。

満足いくほど楽しむことが俺達に出来ると本気で思えるのかい?

刺激を入れ続けていれば、こんな面倒くさいこと考えずに、

その内、死ねるのかもしれないけどさ。


それでも身近な人間の終わりを見ると、ふと考えちまう。


辛いことを避け、スローライフとやらで、楽しむことだけ考えて、暇を潰して生きたとして、

本当に、終わる時に十分楽しんだと笑って死ねるのかね?

スローライフなんて、自分が死ぬことを忘れて、ゴマカして生きているだけじゃないのか?


まあ、夢も希望もない、この世の中で生きるなら、

結局、何かゴマカして生きるしかないのかもしれないけどね。


本当、詰まらない世の中だよ。

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