第4話 あってはならない未来を避ける為に
「アッシの見た夢では、これから16年で、日ノ本は破滅します。
国が二つに割れ、異国に支配されるようになっていきます」
私がそう言うと、勝さんと象山先生は息をのむ。
縁起でもないなんて、言葉があるように、国が破滅するなんて、言っただけで、幕府の批判と取られ、そのまま、奉行所にしょっ引かれても文句言えないというのが、今の時代だ。
「おでれーたな。随分と大胆なことを口にするじゃねぇか」
「アッシは老いぼれ。家族もなく、惜しむような命ではございません。
夢を見た時、このままにしようかとも思いましたが、
万が一、この夢が現実となった場合、死ぬときに、どうも居心地が悪い。
それで、この国を担うお侍である皆様に、
アッシの見たことをお伝えして後はお任せしようと思ったのでございます」
「なるほど、それで、おいら達にかい?
まあ、確かに、おいらや先生なら、何を聞いても謀反だーとか言って、
奉行所に駆け込むようなことはしねぇけどさ。
だけど、そんな大ごとなら、伝えるのは、おいら達だけでいいのかい?
おいらは将来ならともかく、今は貧乏御家人だし、象山先生は結構、嫌われもんだぜ。
何を言っても、誰かに話を聞いて貰えて、何かを変えられる保証はないぜ」
勝さんがそう言うと象山はギロリと睨みつける。
まあ、自信過剰、傲慢で、同時代の人に嫌われて、友達がいないのだよね、この先生。
幕府の能吏で、下田の代官をしている温厚な性格の
本当に困ったものだよ。
だが、その対策は考えている。
「ええ、それは考えておりやす。
もし許されるなら、象山先生のお力をお借りして、まだ名前の出ていない、
これから、この国を担うこととなる方々を集め、アッシの見た夢を伝えさせて頂きたい。
そうすれば」
「貴様!この象山を踏み台にしようと言うのか!」
象山が一喝すると、部屋中がビリビリ揺れる気がするが、この人は刀を抜いて切りかかったりはしないはずだ。この人は、そういう人だったはずだ。
殺されないことがわかれば、言いたいことだけは言うことが出来る。
「象山先生は、アッシの見た夢では、
これから10年後、京の都で攘夷派の刺客に襲われ、暗殺されます。
象山先生が、万が一、この暗殺を避けられなかった場合、
勝様だけに、この国の運命が委ねられることとなりますが、
それで、よろしいのでしょうか?」
「なに?私は殺されるのか?誰だ?誰に殺されるのだ?」
自分が殺されると聞いて、怒りや恐怖よりも好奇心が勝るというのは、やっぱり変わった人だよな。
「それは、後程、お話します」
興奮する象山先生を抑えて、アッシは話を続ける。
「象山先生はお一人でアッシのお伝えすること全てを実現なさるおつもりでしょうか?
下田の代官であらせられる江川英龍様は、一人で反射炉の建設、江戸湾への台場建設など、数々の事業を任され、働きすぎで身体を壊し、今から1年半後に亡くなられます。
アッシは無学で職人ですらございませんが、
夢で見たおかげで技術を発展させる為の手がかりを幾つか覚えております。
その手掛かりをお話しすれば、
異国に負けないような技術を発展させられるやもしれません。
象山先生は、これを全てお一人で実現され、江川様のように倒れない保証はございますか?」
アッシがそう言うと象山先生は腕を組む。
「まずは、後の世でこの国を担うこととなる人々を集め、
アッシの話を伝える機会を設けさせて貰えませんか?
その上で、象山先生が集まった人間達に、
この国の取るべき方策を伝え、協力させ、この国を救う。
これがアッシの考える最善策でごぜぇます」
「なるほどね。お前さんの夢みた将来の姿と象山先生の考えを伝え、
この国を動かそうって訳か。
象山先生、おいらは悪くねえと思うが、どうだい?
やっぱり、利用されるのは気に食わねぇかい?」
「むう、いくら僕でも、確かに一人で全てを実現することは出来ない。
だから、僕の指示で働く人間を集めるということか。
それなら、わからんこともないが。それで、誰を呼ぶというのかね?」
「はい、まずは黒船密航をしようとしている吉田寅次郎様に話を聞いて欲しゅうございます」
「吉田寅次郎君?どうして、彼を呼ぶ必要があるのかね?」
「吉田様は、倒幕運動の切掛けとなる人物でございます。
長州藩の倒幕活動者の多くは彼の弟子でございます」
「おう、吉田君はおいらの兄弟弟子だがなあ。
頭はかてーが、倒幕運動とかやらかすような奴には、とても見えねーぞ」
「はい。今は、そんなこと夢にも思っておられないでしょう。
ですが、黒船密航に失敗し、長州に連れ戻された吉田様は、そこで松下村塾という塾を開き、攘夷を望む帝の意向に従わない幕府を批判するようになり、倒幕運動の先駆けへと転じていくのでございます」
そこで、アッシは大事なことを思い出し象山先生に伝える。
「あ、それから、今、思い出しましたが、
吉田様の黒船密航未遂の罪は象山先生にも及び、象山先生も松代藩に蟄居させられてしまいます。
その辺からも、吉田様には黒船密航を企てる前に、まずはアッシの話を聞いていただきたく」
「なんだ?象山先生も捕まっちまうのか?
じゃあ、止めた方がいいな。
先生、吉田君はどこにいるんだい?」
「先日、一緒に黒船を見に行ったが。今は、どこにいるか。
彼は知り合いが多いからな」
「象山先生は、吉田様に黒船密航を称える詩を送っておられますか?」
「……いや、そのようなことはしていないが。
もし、吉田君が黒船に乗ってアメリカまで行こうと言うなら、
確かにその熱意を称え詩ぐらい書いてやるだろうな」
「なるほど。
それならば、黒船に行くと象山先生に別れを告げに来たところで、
黒船に乗る前に伝えておくべきことがあると、
アッシと会う機会を用意して頂けませんか?」
「うむ、それ位なら可能だろう」
「なあ、平八つぁん。会いたいのは吉田君だけで良いのかい?」
「いえいえ、吉田様経由で、彼の弟子、長州藩の桂小五郎様、桂様の剣術の師匠である練兵館の斎藤弥九郎様、桶町千葉道場の坂本龍馬様、天然理心流、試衛館の近藤勇様、土方歳三様にも聞いて頂きたいですな」
「ずいぶん、大勢出てきやがったな。
だが、それぞれに吉田君のように理由があるんだな」
「はい、アッシはご覧の通り、老いぼれ。
いつお迎えが来るか、わからない身でございます。
ですから、なるべく多くの方に、アッシの見たことをお伝えして、
悔いなく、あの世に行きたいのでございます」
「良かろう。
では、三日後、この象山書院を平八君に貸すことにしよう。
吉田君には、私から話しておこう。
それで、吉田君から、その桂君と斎藤君を呼ぶよう伝えればいいのだな。
麟太郎君は、剣術家関係、その坂本君と近藤君、土方君に声を掛け、来るように伝えてくれんか?」
「そりゃあ、構いませんが、おいら、どっちも知りやせんぜ。
平八つぁん、一緒に付いてきて、説得を手伝って貰えねぇか?」
「麟太郎君、そんなことを言って、平八君から僕より先に150年先の世の話を聞く気ではあるまいな?」
「さすがに、鋭いねえ。まあ、ちょっとだけでさあ。いいでしょ?」
「僕だって聞きたい。
3日の間、じっくり話を聞いておきたいと思っていたのだが」
随分、モテるな。まあ、こんな、おっさん達にモテても嬉しくも何ともないが。
象山先生に話して対策を考えておいて貰うのもいいが、
関係者の取りこぼしは避けたいからなあ。
声を掛けられる人間は、反対する見込みがある人間も含め、全員に伝えていく。
それが、最悪の未来に至る可能性を避けるというのが最善だと思うのだよな。
「アッシとしては、名前を挙げた方には、是非、話を聞いて頂きたいですからな。
その為なら、勝様と同行させて頂いても、構いませんよ」
「うーむ、そうか。ならば、麟太郎君だけ先に夢の話をしないように。
それが、平八君が麟太郎君に同行して貰う条件だ。
そうでなければ、この話はなしにするからな」
「象山先生、子どもじゃねぇんだからよ。
そんな大人げないこと言うなってんだよ」
「本来は、僕に伝えれば、それで十分なのだ。
ただ、その方策を実行する為に協力者が必要だと言うから、特別に他の者を呼んでやることとしたのだ。
ならば、まず、本来、最も知るべき僕を差し置いて、
義兄とは言え、麟太郎君が平八君の話を先に知るなど、師としては承服しかねる」
噂通り、傲慢で、自信過剰だけど、ここまで子どもっぽいと少しお茶目でもあるな。
勝さんと私は苦笑して、象山先生の指示に従うことを約束した。
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