第5話 幕末のトリックスター

「さて、象山先生との約束で、先の話は聞かないことにした。

だが、説得する上では、どんな奴か知る必要があるんでな。

これから、会いに行く奴の話を聞かせてくれねぇか」

坂本龍馬のいる土佐藩邸を目指して歩きながら、勝さんが聞く。


「最初に会いに行く坂本龍馬様は、なかなか面白い方のようですよ」

本来なら、後に坂本龍馬は勝海舟の弟子になる関係だしな。

相性はいいはずだと思うのだ。


「どんな奴なんだい?」


「色々逸話はありますね。土佐の郷士で、豪商才谷家の分家の出身。

剣の腕はなかなかのもので、土佐から出てきたばかりだったと思いますな。

黒船も見に行ったそうでございますよ」


「ほう、坂本君も黒船を見に行ったのかい」


「ええ、それで彼を現す話がございますよ。

勝先生は、黒船をご覧なって、どんなことを思われましたか?」


「おいらかい?

おいらは、えれぇ時代が来ちまったなと思ったよ。

清も戦に負けたって言うし。

蒸気船で簡単に異国から来られるようになるってのは、てーへんなことだからな」


「ええ、他の方もだいたい、そのように思われたようですね。

それに対し、坂本様は、えー船じゃ、ワシ、あれ、欲しいとおっしゃったそうですよ」

アッシがそう言うと勝さんは笑う。


「そいつは、随分、奇天烈な奴だな。

それとも、赤ん坊みたいに素直なのか?

なかなか面白そうな野郎だな」


「ええ、愉快な方のようで、勝様とは馬が合うと思いますよ」

そんな風に話している内に、アッシと勝さんは土佐藩邸に到着する。


確か、黒船を見に行った後、龍馬は鍛冶橋の土佐藩上屋敷に寄宿し、ここから桶町千葉道場に通っていたはずなのだが、黒船が来ている間は、品川の土佐藩下屋敷の警備に就いていたって話もあるのだよな。

あれ?警備に就いていたなら、黒船はどうやって見物に行ったのだ?

身分差別の厳しい土佐藩だと、さすがに警備をサボった訳じゃないよな。

警備で呼ばれる前に行ったのか、警備自体がそんなに真剣なものでもなかったのか。

忙しい中、非番の日にでも見に行ったのか。

呼ばれる前に行ったにせよ、非番の日に行ったにせよ、好奇心旺盛な、その性格はわかるところだよな。


「こちらに、桶町千葉道場に通われる坂本龍馬様はいらっしゃいますでしょうか?」


それで、まずはアッシが千葉道場からの使いでもあるかのような顔をして門番に声を掛けてみることにする。

だが、門番は簡単に取り次いでくれることなく、こちらの名前を聞いてきたので、勝さんが返事をしてくれる。


「おいらは、直新陰流島田寅之助道場の門弟、佐久間象山先生の弟子、勝麟太郎というもんだ。

坂本龍馬君に伝えたきこと、これあり。

急ぎの用らしいのでな。ご在宅なら、お呼びいただけないかねぇ?」


そう言って勝がニヤリと笑うと、門番は龍馬を呼びに行く。


象山先生はじめ、おいらの周りには使い勝手のいい知り合いが多くて助かるぜ、

なんて言っているが、この人の顔の広さは、それだけで侮れないものがあるよな。

確か江戸一番のやくざの親分、新門の辰五郎も知り合いなのだよな、この人。

剣術では剣聖と謳われた男谷精一郎の従兄弟でもあるし。


そんなことを話していると写真で見たことのある大男が門の向こうから、現れる。


坂本龍馬だ。


門番に呼ばれたらしく、龍馬は、近眼の目を細め、こちらの顔を確認しながら尋ねる。


「ワシに用があるというのは、おまんか?

ワシは今、この屋敷の警備をしとるでのう。

急ぎでないなら、また今度にしてくれんか?」


「おう坂本龍馬ってのは、あんたかい?

おいらは、勝麟太郎ってもんだ。

今日は、佐久間象山先生の使いで、あんたを呼びに来たんだがな。

3日後の昼頃に神田於玉ヶ池にある象山書院に来てくれねえか?」


「勝さんというたかい?

ワシは、おまんのこと知らんし、佐久間ちゅう人も知らんきに。

おまんらは、どうして、ワシのことを呼びに来たんじゃ?」


「お前さん、この間、浦賀に黒船を見に来ていたろ?その時に見かけたのさ」


と勝さんがアッシから聞いた話をもとに見てきたように嘘を吐くと、

龍馬は驚いた顔をして辺りを見渡す。


「あんたみたいなクセッ毛の大男は目立つからな。

それを象山先生が見かけて、呼んで来いとおっしゃったんだよ。

あんたに伝えたいことがあるらしいんだ」

龍馬は辺りを見渡しながら、頭をかき、答える。


「……いやあ、それはワシじゃないのと違うか?ワシは浦賀になんぞ、行っとらんぞ」

こいつ、本当に警備サボって浦賀に行ってやがったのか?

それとも、警備に呼ばれる前に勝手に見物にでも行ったのがバレると、

上士に睨まれるとかあるのかな?

多分、トボけているんだろうな。

今の龍馬は完全に挙動不審だ。


「おいおい、聞いてた話と違うじゃねぇか?」

勝さんがアッシに確認する。


「アッシもお伝えした通り、自分の見たことが間違いのない現実である自信はありやせんよ。

ですから、間違っている可能性はございます。

でも、今のあれは坂本様が嘘を吐いておられるようにアッシには見えますが」


「まあな。確かに、おいらも、そう思うがよ」


「勝手に黒船を見に浦賀に行ってはまずかったのではありませんか?

警備をサボったか、上士に知られるとまずいのか。

坂本様は、それを胡麻化そうとしているのではないでしょうか」

そう話していると龍馬が首を突っ込んでくる。


「おまんらな、隠れて話しているつもりなら、もう少し小さい声で話さんかい。

それも、人聞きの悪いことを大声で」


いや、あんたの声の方がデカイぞ、龍馬。

門番も、あんたの声に反応して、こっちに注目しているみたいだぞ。


「わかった。わかった。あんたは浦賀になんざ、来てなかったってことでいいや。

それでも、おいらは、象山先生にあんたを呼ぶように頼まれているんだ。

スマンが3日後に象山書院まで来てくれねえかな?」


「まあ、わかってくれたんならええが。ワシは、ここで警備の仕事があるきに」


ええとペリーの最初の黒船は9日間しか、この国に滞在しなかったんだよな。

で、アッシが黒船見物に行ったのは、黒船が来た6日後で、今日はその翌日だから


「大丈夫でございますよ。

黒船は間もなく去ります。

ですから、3日後には坂本様は、象山書院に来ることが出来るかと」

アッシがそう言うと、勝さんは頷く。


「おう、そうだったか。

黒船はもうすぐ去るのかい?

それなら、問題ないな。坂本君」


「そりゃあ、本当に黒船がいなくなるなら、行けないことはないじゃろが。

そんなことわかる訳ないじゃろ」

龍馬がそう言うと勝さんはニヤリと笑い答える。


「それが、わかるんだよ。

来ればわかるさ。

ついでに、黒船を手に入れる方法も教えてやるぜ」

勝さんがそう言うと龍馬が鼻息荒く食いつく。


「ほんまか?ほんまに、黒船が手に入るんか?」


「ああ、来れば、わかるさ」


「なら行く!何としてでも行くぞ。勝さん。ワシは行くからな!」


すっかり食いついた龍馬に苦笑する勝さん。


本来の歴史よりも10年早い師弟の出会いが果たして歴史にどんな影響を与えるのか、

アッシはまだ、その意味に気づいていなかった。

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