第3話 自称地球で一番の天才

佐久間象山という人は、自信過剰、傲岸不遜で、他人を誹謗中傷したりしているが、偉そうなことを言うだけ言って何も実現出来ていないので、後世でも、同時代において嫌われることが多い人物だ。


だが、鎖国の日本で最も科学を究め、英語の必要性をいち早く見抜いたのは、彼ただ一人だけだった。


地球一であるかはともかく、一種の天才であったことは事実だろう。

周りがそれについて来られなかったのか、あるいは、うまく伝えられなかったのか。

協力者は少なかったが、その弟子として、勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬、河合継之助があり、この時代に大きな影響を与えた人物なのは間違いないはずなのだ。

勝さんを仲介して、佐久間象山を紹介して貰い、ここから、対策を練る。

それが、最初からの作戦だったのだが、親し気な勝さんと違って、傲慢と評判の佐久間象山に会うのはさすがに緊張する。


勝さんの案内で、神田於玉ヶ池で私塾「象山書院」に入ると、

勝さんはアッシをこの時代では珍しいひげ面の大男に紹介する。

佐久間象山だ。

他の人よりも頭一つ大きい上にひげ面だから目立つのだよな。

戦国時代はやたらひげ面が多いけど、江戸時代はひげを生やすなんて、かなりの変わり者の印だったりする。

その上で、結構な大男。

確か、ペリーが上陸した時に、警護に来ている象山にペリーが頭を下げたって逸話があるのだっけ。

その象山は不機嫌そうな表情でアッシを睨む。

「象山先生、おもしれぇ奴がおいらを訪ねてきましたんでね。

先生にも紹介しようと連れてきましたぜ」

勝さんは、その不機嫌な象山の顔を物ともせずに気軽に話す。


「麟太郎君は、いつも急だな。

わが妻お順の兄上でなければ、こんな無礼を許さないところだぞ。

僕は国事のため、忙しいのだ」


「その国事の為って、ことでさぁ。

先生に紹介すりゃあ、絶対に面白がると思いましてね。

さあ、お前さん、先生にも、話してくれよ。

あれ?あんた、名前、なんて言ったっけ?」


「なんだ、名前も知らない人間を連れてきたのか?

麟太郎君らしく、せっかちと言うか、何というか」

象山は苦笑しながら、アッシを見るのでアッシは平伏して挨拶を始める。


「天下の賢人と評判の象山先生にお会いできて誠に光栄でございます。

アッシは三河無宿の平八と申します。

実は夢で先の世のことを見まして、果たして、そんなことが本当に起きるのか知りたくて、勝先生のところを伺ったところ、象山先生を紹介して頂きました」


「先の世を夢で見る?」


「ああ、眉唾だとおいらも思いましたぜ。

何しろ、150年先の世を夢で見たって言うんだ。

で、その夢で、おいらや象山先生のことを知ったって言うんですがね。

聞いてみてビックリでさあ。

まあ、これから幕府が黒船に関する情報を公開し、身分に関係なく意見を募集するなんて、ちょっと起こりそうもない話もありやしたが」


「幕府始まって以来、そのようなことは一度として起きたことはないな」


「ですが、起きれば、やっこさんの見た夢って奴が本当の可能性が高くなるってことですよ。

そして、この平八つぁんは、これからおいらが、もし幕府に意見書を出すなら書こうと思う内容を見事に言い当てやがったんですぜ。

こうなるとね、おいらとしては、そんなことはあり得ないと追い返すよりは、

先生にも紹介して、こいつの見た夢って奴が何なのか。こいつの正体は何なのか。

聞いてみたいと思いましてね」


「ほう、麟太郎君の考えを読み取ったか。

だが、僕も、残念ながら、夢で先のことを見るというのは、

いくつかの伝承で聞いたことがあるだけで、実物は見たことがないな。

しかし、知らないからと言って、存在を否定するのは愚かなものだな。

150年先を見たという話が本当なら、その時、地球がどんなことになっているか。

興味は尽きぬしな。

では、まず、僕が、どのような建白書を書くのか、平八君答えてくれないか」

ひげ面のギョロ目でニヤリと笑い象山はアッシをのぞき込む。

どうやら、勝さんのおかげで象山の興味を引くことも出来たようだ。


アッシは早速、象山先生の計画について話すこととする。


「象山先生は、黒船にいくさをしかけ、江戸を火の海とすることを建白されるつもりでございます」


アッシがそう言うと、象山は眼を見開いて、アッシを睨む。


「いやあ、平八つぁん、そりゃあ、ねえよ。

象山先生と言えば、筋金入りの開国論者だぜ。

黒船にいくさを仕掛けるなんて、やる訳がねえだろ」


「はい。象山先生は開国の為にいくさを仕掛けることを勧められるのでございます」


「開国の為のいくさ?どういうことだい?」

勝さんも怪訝な顔でアッシを見る。


「象山先生は既に黒船の戦力を確認し、江戸を火の海には出来ても、

江戸を占領出来ないことを見抜いておられます。

もっとも、勝つことなど出来ず、あっという間に負けることになりますが」

アッシがそう言うと象山が頷くので、アッシは話を続ける。


「準備して戦をすれば、江戸は燃えても、庶民に犠牲者は出ず、

出来もしない攘夷を叫ぶ侍が吹き飛ばされるだけ。

その結果、勝てもしないいくさを勧めた象山先生は戦で死ななくとも、

戦犯として腹を切らされることとなるやもしれません。

ですが、それで、この国は攘夷などと言う出来もしない夢から醒めるのです。

黒船は脅しをかけているに過ぎません。

それに対し、この国が、脅しに屈しない姿勢を見せることは、

対等な関係を築く為にも重要でございます」


「だけど、戦になっちまったら、どうするんだい?清国も、負けたんだろ?」


「少なくとも、今回の黒船にこの国を占領するだけの戦力はない。

江戸が焼かれ、賠償を多少請求されるかもしれんが、

黒船側にも多少の犠牲を強いれば、無理な占領をすることはなくなるはずだ」

象山は自分の目論見を話す。

やはり、夢で見た通りのようだ。


「おっしゃる通りです。象山先生の目論見は、まさに卓見。

これから数年後、薩摩はイギリスと戦い負けますが、

その結果、友好関係を結ぶことに成功しております。

そのことから考えても、象山先生の建白を採用していれば、

この国は最も安全で早く安泰に過ごすことが出来たでしょう」


「採用していれば、というと採用されないというのか?」

象山先生は憮然として尋ねる。


「はい。私が見たのは150年先の結果だけ。

詳しい理由については、わかりませんが、推測することは出来ます」


「うむ、君の推測する理由とはなんだね」


「老中阿部正弘様は、おそらく開国論者でございます。

これは、開国論を提言する勝様を召し上げたことから推察出来ることでございます。

ですから、幕府を騙して、負ける為に黒船と戦わせようとしても、

負けると分かっておられる阿部様は戦などしようと考えられないのではないでしょうか」


「なるほど、幕府が負けると分かっていて、最初から開国するつもりなら、

確かに採用されぬかもしれんな」

象山は腕を組み悔しそうに呟く。


「はー、象山先生は、本当にそんなことを考えていたんですかい?

で、そいつを、あんたは見抜いたと?

いや、どっちも、スゲーな、こりゃ」

勝さんは胡坐で身体を揺すりながら話す。


「で、そんなことまで見抜けたってことは、お前さんが、本当に150年先の世を見てきたというのが本当の可能性が高まったってことだ」


「確かに、そうかもしれんが、全て正しいとは限らん。

頼って、大事なところで、外されたら目もあてられんからな」


「おっしゃる通りです。

アッシの見た夢が全て正しいという保証なんざ、どこにありゃあしません。

ですから、先生方には、アッシの見た夢を参考にして頂きてぇのです」


「うむ、よかろう。話したまえ」


象山先生が好奇心に目を輝かせながら尋ねた。

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