第四十二話 佐久間修理象山

ユリシーズ・グラントは目の前にいる佐久間象山という日本人に恐怖を感じていた。


佐久間象山と言う男は自分で言う通りの天才だった。

少なくとも、グラントはそう認識していた。

本業は学者だと言うが、どの分野の専門家とも話せる幅広い知識、明晰で論理的な頭脳、どれを取っても一級品。

田舎と言われる祖国アメリカ合衆国はおろか、文明の中心地ヨーロッパに行っても、大学教授にすらなれそうな博識さ。

もし、ヨーロッパで宰相になることが出来るなら、名宰相として、その国を覇権国とすることさえ出来そうな逸材。

優秀という意味では、グラントの同僚となる村田蔵六(大村益次郎)も同様なのではあるが、論理的過ぎて人の機微に疎い蔵六と違い象山にはユーモアがあった。

その為、グラントは象山を尊敬し、友情を感じ、この日本を守る為に粉骨砕身、祖国アメリカ合衆国にも負けない軍隊を作り上げる努力を続けて来たのだ。


だからこそ許せなかった。

友だと信じて尽くしてきたのに、最悪の裏切りを受けたと思ったのだ。

友人だと思っていた象山は自分を利用する対象としか考えておらず、グラントを騙し祖国アメリカ合衆国を分裂させる手助けまでさせたのだ。

何という酷い裏切り。

とても許せることではなかった。


しかし、佐久間象山は日本政府から公式の役職を受けていないとは言え、どう考えても政府の最重要人物の一人。

もし、彼に手を出せば、グラント自身も只では済まないだろうことは容易に予想出来た。

護衛の者に殺されるか、その場を逃げおおせたとしても、必ず捕まり処刑されるだろう。

いや、そもそも日本の侍には、剣の達人も多い。

その事を、グラントは日本国防軍の訓練中に嫌と言うほど、見せつけられてきている。

国防軍に参加した侍たちは、銃を持ったこともない素人ばかりではあったが、近接戦闘となると、一人で何人も斬り殺せそうな恐ろしい連中が溢れていたのだ。

アメリカで会ったリョーマも、陽気で気のいい男だが、剣の達人でもあった。

もしかしたら、象山も、そんな達人の一人かもしれない。

グラントは象山を殺すことさえ出来ず、象山自身にグラントが斬り殺されることもあり得る。

だが、それでも、知らないとは言え、祖国を分裂させてしまったグラントの贖罪にはなるだろう。

そんな悲壮な想いで、グラントは象山の前に立っていたのだ。


それに対する象山の対応はグラントの予想を完全に超えていた。

弁の立つ象山だ。

騙された事を非難したところで、言いくるめられ、説得されることもありうるだろうと思っていた。

象山がアメリカ合衆国を分裂させたのは、正しいことであったと主張するのは予想の範疇ではあった。

しかし、グラントに正直に相談しなかったことを素直に詫び、責任を取ると剣まで渡そうとするとは。


人は理解出来ないものを恐れるものだ。


だからこそ、グラントは今の象山が恐ろしかった。

佐久間象山は自分たち欧米人同様、合理的、論理的な人間であると思っていた。

しかし、今の象山の態度は、国防軍にいる侍たちに通じる理解不能なものだった。


グラントは軍人だ。

任務に命を懸ける覚悟は常にしている。

今回、象山の所に来たことにしても、失敗し、殺される覚悟位はしている。

だが、責任を取り、自らの命を差し出すような真似は理解の範疇外なのだ。


国防軍に来た侍たちの多くも、死を恐れない。

まるで死を恐れるという当たり前の感情を持つ者を臆病者と蔑む様な態度。

訓練する上でも、勝ち目のない戦いに突撃しようとする旺盛過ぎる戦意を抑える方が大変な位なのだ。

そんな侍たちの態度を見て、恐るべき兵士だと思いながらも、狂信者の様だと感じ、グラントは距離を感じていた。


だが、侍たちを狂信者の様だとグラントは感じたが、彼らに何か強い信仰がある訳でもなさそうであった。

だから、尚更、グラントには理解出来ない。

当然の事ながら、彼らはグラントの様な敬虔なキリスト教徒ではない。

十字軍の様に死後の復活を信じて、死を恐れない訳ではなさそうだ。

一応、仏教徒だと聞くが、然程強い信仰を持っている訳でもない。

そもそも、今の日本の仏教の現状を聞くと、日本の寺は教会というよりは、役所に近い感じ。

冠婚葬祭の手続きを行うが、そこに強く帰依している侍は、国防軍の中ではほとんど見つけられなかった。

仏教の思想から、生まれ変わりという考えはあるようだが、その考えに絶対の信仰がある訳でもない。

侍たちが、何故、死を恐れないか判らない。

そこに、グラントは畏怖を感じていたのだ。


そして、目の前にいる佐久間象山は侍たちより、ずっと論理的で、自分たち西欧人に近い感覚を持っていると思っていた。

その象山が突如として、他の侍の様に死を恐れぬ態度を取り始めたのだ。


グラントは、畏怖を感じながら、左手をゆっくり伸ばし、象山の差し出した短刀を受け取った。


「この通り、僕は、丸腰。

何の武器も持っていない。

これで、君が仇を討つ者を止める者はいない。

では、最後の情けとして、少し僕に話をさせてくれたまえ」


象山がそう言うと、グラントは頷き、先を促す。


「まず、聞こう。

今回の世界大戦の勝者は誰だと思う?」


象山が尋ねるとグラントが憮然としながら応える。


「それは、日本だろう。

君の企み通りだ。

アメリカは分裂したまま、暫くはアメリカ大陸より外に進出することは難しいだろう。

まして、太平洋岸のアメリカ原住民部族連合が武力を背景に、アメリカ連合国と組めば、太平洋からのアメリカ侵略の危険は激減する」


「アメリカ原住民部族連合が、本当に生き残れると思うかね?」


象山が顎鬚を撫でながら、尋ねるとグラントが応える。


「原住民部族連合が白人迫害などと言う馬鹿な事をしない限りは。

奴隷解放宣言の所為で、アメリカ合衆国は原住民部族連合を攻めにくい状況が出来上がっている。

奴隷解放宣言のおかげでアメリカ合衆国は植民地独立を目指す人々から強い支持を得ているのだ。

うまく振舞えば、大英帝国から独立する植民地群と協力して、一大勢力を築くことも可能な状況。

そんな中、アメリカ合衆国が原住民部族連合を弾圧すれば、植民地からの支持を失いかねない。

更に、アメリカ連合国が生き残る為には、アメリカ合衆国が強くなり過ぎず、原住民部族連合と別れていた方が都合が良い。

アメリカ連合国は、原住民部族連合を支持するだろう。

その上で、原住民部族連合を陰から支援する国がある」


そう言ってグラントは象山を睨みつける。

そんなグラントの指摘に満足した様に、象山は頷いた後、続けて尋ねる。


「なるほど、アメリカに関しては、そんなところだろう。

だが、国は分裂しても、アメリカに住む人々は、それぞれの主張、思想に従い、それぞれに満足出来る生活が出来ると考えている。

最大多数の最大幸福と言うのは、君たちの言葉だったかな。

決して、アメリカ人にとっても悪くない結果であるはずだ。

だが、アメリカからの侵略の可能性が減ったというだけで、日本が大戦の勝者だと言うのは言い過ぎだろう」


象山が指摘するとグラントが応える。


「力を失ったのは、アメリカだけではない。

大戦に参加した、ほとんどの国は力を失っている。

大英帝国は、一応勝者側に立つが、奴隷解放宣言のおかげで植民地独立運動は終わらないだろう。

そして、植民地独立運動を抑え込もうとすれば、するほど、大英帝国は疲弊し、衰退していくことになる」


「大英帝国の世界一の海軍を持っても難しいかね?」


「インドで起きているようなゲリラ戦が世界中で多発すれば、どんな大国でも対応は不可能だ。

本気でやれば、何とかなるかもしれないが、コストが掛かり過ぎる。

植民地は儲かるから経営するのだ」


そこまで言って、グラントは気が付いたように、声を出す。


「その上で、植民地独立運動を支援する国があると言おうと思ったのだが。

ショー(象山のこと)、君はアメリカ原住民部族連合に、武器を作らせ、それを植民地に売らせるつもりだな?」


グラントの指摘に象山は少し驚いた上で、嬉しそうに頷き尋ねる。


「原住民が武器を作ることなど出来ると思うかね?」


「原住民に教える者がいれば出来るだろう。

それは、私が日本で実感したことだ。

いや、そもそも、日本人が原住民の振りをして、作業をしたところで、それを区別出来るアメリカ人はいない。

だから、日本人が直接言っても問題はないか。

だが、ヨーロッパの連中は、黄色人種が自分たちより優れた武器を作り出すことなど信じられないだろうからな。

広い土地と資源を基に大量の武器が作られても、人種的偏見をもっている白人ほど、その事実に気が付けない。

そうして、アメリカ部族連合の産業を発展させ、アメリカ分裂を固定化していく訳か。

何と悪辣な手だ」


グラントの言葉に象山は肩を竦める。


「悪辣とは随分な言い方だな。

まあ、その結果、植民地の虐げられた人々が発展の機会を得るのだ。

奴隷解放を支持する人々なら、植民地の独立にも賛同してくれるのでは多いだろう」


象山が皮肉げに笑うと、グラントが嫌そうな顔をする。

そんな様子を見て、象山は続きを促す。


「大英帝国に関しては、その通りだろう。

まあ、大英帝国としては、早めに植民地独立を認めた上で、独立した植民地と友好的な関係を築くことが、国力を落とさない唯一の方法だろうが。

大英帝国も民草の声に政策が左右される国。

最善の手が解っていようとも、民草の声に引きずられ、独立を阻止する為に疲弊し、植民地との関係を悪化させ、国力を落とし、凋落し続けるだろうな。

しかし、他者から搾取し繁栄する者が、繁栄し続けることを僕は正義だとは思わない。

リズ(グラント)も、そうは思わないか」


象山の言葉にグラントは嫌そうに頷く。


「さて、アメリカに続き、大英帝国も日本侵略の可能性が減ったことは理解出来た。

だが、それだけでも、日本が勝者だとは言い難いのではないか」


象山の言葉にグラントが応える。


「フランスは、恐らく最大の敗戦国だ。

大英帝国とプロシア王国に領土を奪われた上、大英帝国同様、植民地独立運動に疲弊していくことになるだろう。

そういう意味ではフランスに勝って領土を奪い、神聖ローマ帝国の領土を再統一したプロシア王国も勝者と言えるのかもしれない。

だが、陸軍国であるプロシアが日本に侵略する恐れはない。

見事なものだ。

日本を侵略する恐れのある国が次々に凋落していくのに、その原因が日本にあると気が付く者は誰もいない。

君は恐ろしい策士だよ」


グラントの言葉に頷きながら、象山は視線を鋭くさせて尋ねる。


「だが、ロシア帝国は、どうだ?

確かに、ロシア帝国は、負けたアメリカ合衆国側に加担し、負けた陣営に属するものではある。

だが、ロシア帝国海軍は大英帝国海軍に壊滅させられた訳ではない。

ロシア帝国は、領土を失った訳でもない。

植民地独立運動に疲弊するほど、植民地を持っている訳でもない」


そう言われてグラントは俯き、考えながら話す。


「確かに、その通りだ。

今回、ロシア帝国だけが、列強の中で疲弊していない。

ショー、君ならば、前回のクリミア戦争でロシアに編入されたスラブ系地方の独立の機運を煽ったり、インドを今度はロシア帝国から離反する様に画策することも出来たはずだ。

それなのに、何故、ロシア帝国だけが、負けない様な形を取ったのだ。

それとも、単に取りこぼしただけなのか?

大英帝国、フランス帝国が凋落する中、ロシア帝国が一気に覇権国家へと踊り出ることになるのではないか?」


グラントの指摘に、象山は嫌そうに応える。


「クリミア戦争でロシアが勝ち過ぎたからな。

ゲリラ戦の考えが広まり、予定よりも早く、植民地独立運動が始まり、大英帝国の凋落が始まってしまった。

本来、僕の予定なら、ロシア帝国はクリミア戦争で破れ、内政改革に専念するべき時期のはずだったのだが」


そう言うと、ロシア帝国に策を与えてクリミア戦争に勝たせ、アラスカをロシアから購入してしまった、一橋慶喜、大久保一蔵(利通)、シーボルトの動きを思い、象山は苦虫を嚙み潰したような顔になりながら続ける。


「まあ、予定外なのは確かだ。

だが、勝ったと見えるロシア帝国は、国力によって、大英帝国に勝った訳ではない。

いくさという博打に勝ち、身の丈に合わない勝利を手に入れているだけなのだ。

だから、本来、ロシアがするべきなのは内政の強化。

時代遅れの農奴制を改革し、産業革命を振興させるべきなのだ。

そうすれば、ロシア帝国は盤石の覇権国家となることも不可能ではないだろう」


象山がそう言うと、グラントが突っ込む。


「しかし、世界大戦の動きを見る限り、そうはならないだろう」


「その通りだ。

ロシアは、クリミア戦争に勝ったおかげで、戦争には簡単に勝てるものだと夢を見ている。

甘過ぎる夢をな。

戦争など博打に過ぎないのに。

だから、ロシア帝国は手痛い敗北を喫するまで、侵略的外交政策を止めないだろう」


そこまで言うと、象山はグラントに頭を下げる。


「だからこそ、君に頼みたいのだ。

日ノ本はロシアからアラスカを購入した。

それ故、ロシアは日ノ本を黄金の国であると認識しているだろう。

そのロシアの侵略から日ノ本を守って貰いたい」


象山の突然の懇願にグラントは戸惑いながらも応える。


「アメリカ合衆国を分裂させておきながら、日本を守れとは虫が良すぎるとは思わないか」


グラントがそう言うと象山は頷き応える。


「それは、よく解っている。

だから、報酬として、君に、僕の命をくれてやろうと言うのだ。

先ほどから話している通り、君の仇討に正義はない。

単なる私怨に過ぎない。

だから、報酬を与えようと言うのだ。

君が、僕を友だと思ってくれるなら、命を賭けた友の願いを叶えてはくれないだろうか」


実のところ、象山は、本来、グラントに正義はなく、私怨に過ぎないと批判した上で、報酬として首を差し出すと提案することを考えていただけだった。

そして、それでも十分に説得出来ると考えていたのだ。

だが、その上でグラントは、象山に友情を感じ、裏切られたと怒っていた事を知った。

だから、友情も掛けて頼み込むことにしたのだ。


「全ての罪を背負い、代わりに日ノ本を救えだと。

君はキリストにでもなるつもりか」


グラントが気圧されながらも言い返すと、象山が応える。


「僕の場合は、只の因果応報だよ。

僕の所為で、多くの人が死んだのは事実だ。

僕の策により、死なないで済んだ人がいた一方で、誰を恨んだのか良いか判らない未亡人や子供が多く生まれたことも間違いはない。

僕は命を賭けて、その責任を取ろうと言うのだ」


グラントは目の前の象山という男に再び恐怖を感じる。


「何故だ。

何故、君たち、日本人は命を簡単に捨てようとする。

そもそも、私が協力しなくても、もう国防軍の準備も訓練も十分だ。

その上で、名将であるロック(村田蔵六=大村益次郎)が指揮を取れば簡単には負けないだろう。

海軍力では、甲鉄艦を隠し通した以上、圧倒的な有利な状況にある。

君が命を差し出し、私を味方にせずとも十分に勝算はあるだろう」


グラントが聞くと象山が応える。


「確かに、今、日ノ本はロシアに対し戦略的優位を確保している。

ロシアと比較して、補給線も短く、兵の練度、装備、海軍力、工業力でも上回っているだろう。

だが、戦争は所詮、博打。

本来、博打など、やりたくはなかったのだが、戦わざるをえな場合はあるのだ」


象山の言葉にグラントは鼻自む。

戦争に勝つ可能性を上げる為だけに、象山は命を捧げようとしている。

やはり、グラントには理解不能な存在だ。


「やはり、私には君の考えは理解出来ない。

戦争の勝率を上げる為だけに、命を捧げるとは。

君にだって、家族はいるだろう。

家族の為に、生き残りたいとは思わないのか?」


その言葉に象山は微笑み頷く。


「確かに、お順(象山の妻、勝麟太郎の妹)には、僕の子を産ませ、抱かせてやりたかったとは思うが。

それも、もう過ぎたこと。

あくまで、私人としてのこと。

そもそも、僕が死んだとしても、残された者が困らないよう準備は済んでいる。

何より大事なのは大義。

僕の様な天才は、天下万民の為に生きる責任があると思うのだよ」


「やはり理解出来ない。

君たち、日本人は死を恐れないのか」


グラントの言葉に象山は応える。


「人は必ずいつか死ぬものだ。

その運命は避けられない。

だから、僕は死という運命を受け入れているだけだよ。

まして、僕も、もう50歳を過ぎた。

そろそろ、死んでもおかしくはない時期だ。

ならば、せめて、その死を意義のあるものとしたいと思うのだ」


平八の提案から、海舟会を立ち上げて十数年。

平八の言う運命の死という者から逃れ、まだ生き残っている者も多いが、藤田東湖、水戸斉昭、西郷吉之助など、既に鬼籍に入った者も多い。

そして、佐久間象山にしても、本来ならば昨年の夏に既に死んでいるはずの存在なのだ。

本来、死ぬはずだった年月を超えてから死んだ者は病気で急死する者が多かった。

何もしなければ、象山も、藤田東湖や水戸斉昭の様に、急病で死ぬのかもしれない。

そんな事は象山に我慢出来ることではなかった。

だから、象山は、自分の死に意味を持たせることを考えたのだった。


グラントは、本来の歴史であれば、アメリカ南北戦争で、北軍の英雄となり、アメリカ合衆国を勝たせた立役者。

アメリカ南北戦争勝利の英雄として、アメリカ合衆国の大統領にまで登り詰めるはずだった男。

だが、平八から聞いたところによると、グラントには軍人としての才能はあっても、政治家としての才能はなかったようで、最悪の大統領の一人と汚名を残したとも聞く。


ならば、日本の英雄として、名を遺す方がずっとマシではないか。

そう考えら象山は自分の命を使い、グラントを日本に縛り付けようと考えたのだ。


そんな象山の説明に納得したように、グラントが尋ねる。


「つまり、君いや君たち、侍は、死を運命として受け入れているが故に死を恐れないと言う事か」


「他の者は知らん。

意地や見栄の可能性もある。

だが、少なくとも、僕は、そうだな。

最善手の為に、死を恐れない。

僕が死んでも、想いを受け継いでくれる人がいると思うから。

リズ、君も、僕の想いを受け継いでくれないだろうか。

その為に、僕の命をくれてやる」


そう言うと象山は両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。


「君が日本の勝利に貢献することは、歴史的に見て、決して恥ずべきことなどではない。

考えてみてくれ。

多くの白人は、その優越性を確信している。

有色人種は人間的に劣っていると本気で信じている。

そんな中で、覇権国家であるロシア帝国を東洋の小さな島国、日本が倒すことが出来れば。

植民地の独立運動は、日本を希望の光として活性化し、成功していくことだろう」


「そして、日本が覇権国家として浮上すると言う事か。

その為に、どれだけの血が流れると思う」


「自由の為の戦いならば、君たちは許容するのではないか。

支配し、可能性を奪うことは、緩慢な死を与えることと変わらないではないか。

それが、君たちのやっている植民地支配だ。

それに対し、僕が齎そうとしているのは、より多くの人に、より多くの可能性を残すこと。

そうすれば、日ノ本や僕の家族だけでない。

君の家族も、君の祖国も、より良い未来を掴むことが出来る可能性が与えられる。

それは、決して恥ずべきことではないとは思わないか」


そう言って、佐久間象山は楽し気に笑う。


「それに、僕としても、死んだ後、僕がどうなるかにも興味があるのだよ。

死んだ後、本当に魂の様なものがあるのか。

僕は、何かに生まれ変わるのか。

それとも、地獄極楽、死後の世界があるのか。

あるいは、死が全ての終わりなのか。

人生で最後に知ることの出来る秘密を知ることが出来る。

楽しみだとは思わないかね」


佐久間象山は心から楽しそうに笑う。


佐久間象山は最後まで佐久間象山であった。

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