第二話 幕末史概観1 黒船

「さて、順番にということですから、何から話しましょうか」

アッシは、部屋中の注目を浴びながら、ゆっくり話始める。


「まず、誤解しないで頂きたいのは、これからお話しさせて頂くのは、

アッシが夢で見たことだということでございます。

決して、幕府に叛意などございませんので、

話が終わった後に、奉行所に駆け込んだりはしないで頂きたい。

生々しい現実味のある夢ではありましたが、

それが本当に起こる保証など、どこにもございません」


「どのような夢だったのでありますか?」


「夢の中で、アッシは、150年先の世に生きておりました。

ですが、何者であったかということは覚えておりません。

まだ、若かったのか、それとも、今のアッシのような老いぼれだったのか。

とんと、覚えてはおらんのです」


「だが、150年前の話は覚えているってことかい」


「ええ、自分が何者であったかは覚えていないというのに。

150年の間に何が起きたのか。

何故、起きたのか知識だけは、妙に残っているのでございます。

それで、アッシには、何か起きたかわからねぇので、勝様や象山先生に相談に伺ったという訳でして」


「僕が言った通り、彼の予言というものが当たる保証はない。

僕にも、平八君に何が起こったのか、わからないのだからな。

だが、最後まで聞く価値はあるはずだ。始め給え、平八君」


「かしこまりました。

それでは、まず、黒船のことから始めましょうか。

黒船はアメリカという国から、ペリーという提督に率いられて参りました。

日ノ本を武力で脅し、無理やり開国をさせる為にです」


「そんなもん打ち払えばいいじゃねぇか」

土方さんが後から声を掛けるが、

アヘン戦争を知っている象山先生、勝さん、吉田さんは渋い顔をする。

だが、土方さんの反応が今の日ノ本に住むものの感覚だ。

これまで、打ち払い、追い払ってきたのだから、今度も出来るだろう。

そうやって、幕閣の連中は老中阿部様に何もさせないまま、黒船を迎えたのだった。


「清国でさえ負けたのに、ですか?

この国よりも遥に大きい清国でさえ、異人に負け、領地を分捕られ、

奴隷のような扱いを受けているのに。

いくさになっても、この国は、必ず勝てるとおっしゃるのですか?」

アッシがそう言うと、アヘン戦争を知らなかった連中が息を飲む。


「まあ、幕閣の皆様は土方様のように

簡単に打ち払えると思っていたので何の準備もなさらなかったようですがな。

ペリーは、アメリカの長からの親書を持って来て、

受け取らないと戦になると脅したそうです。

それで、戦に負けた時に振る為の降伏の合図として、

幕府の者に白旗を渡してきたので大騒ぎになったとか」


「なめやがって」

ペリーのあまりに無礼な挑発に怒りの空気が巻き起こる。


「ですが、今の幕府に黒船を倒す戦力がないのは事実。

公方様は、あまりの衝撃に倒れられ、そのまま、身まかられたとのことです」

アッシの言葉に周りが青ざめる。

あ、そうか、この話は、まだ公表されていない話だったか。


「ですが、お上は、そのことを隠したまま、交渉を続けます。

その結果、幕府は黒船を追い返すことなど出来ず、ペリー一行は久里浜に上陸。

幕府はそこでアメリカの親書を受け取り、

来年、その返事を聞きに来るとペリーは去っていきました。

これが、先日までの話でございます」


「ここまで夢で見たということですか。

公方様が崩御なされたなど、本当のことなのですか?

白旗の話も、知人に確認すれば、その夢が正しいかを確認出来るかもしれませんが」

と斉藤さん。

知人というのは、江川英龍のことですよね?

確認して貰えれば、夢で見たことが本当に起こったことなのか確認出来て、

ここ以外にも幕府へと声を届けられるパイプが出来ることになる。

是非、確認して貰いたいものである。


「今頃、今度はロシア船が開国を求めて長崎に来ていたりするのですが、

そのことは後にしまして、ペリー艦隊の話を続けましょう」

で、このアメリカとロシアが日本開国を求める原因となったのはシーボルトなのだよな。

今の蘭学者の中では神医として知られ、シーボルト事件を起こして日本を追放された男だけど、日本に残された家族と会う為、日本という題名の本を出版し、

世界中で日本への関心を掻き立て、アメリカへは日本開国を進言、

ロシアに至っては日本遠征計画の立案までやっているのだから、本当に凄い男だよ。

多分、シーボルト事件の時に、本人の希望を受け入れてシーボルトを日本人にしてしまえば、この国は分裂なんかせず、独立も保てていた気がする。

だが、それはもう過ぎてしまった別の話だ。話を進めることにしよう。


「黒船が出て行った後、老中阿部様は次々と改革を打ち出されます。

その内の一つが、黒船の情報を幕閣だけの秘密でなく、

外様大名から、すべての庶民にまで公開し、意見を求めること。

そこで、勝様の出した意見書が阿部様の目に留まり、

勝様は幕府に召し上げられることとなります。

他に、ここにいらっしゃる方で関係がありそうなのは、

江戸湾での砲台建設、反射炉の建設許可、各藩への大船製造の許可でしょうか。

斎藤様のご友人であらせられる下田の代官江川様が

この頃から次々と阿部様に仕事を命じられ、どんどん多忙になって参ります」


これはアッシの推測だが、おそらく、この時点で、

阿部様は従来の幕閣を見限っているのだろう。

阿部様は、この国を守る為に、現実を見ようともしないで、従来のやり方に固執する連中を見限り、現実に対応出来る蘭癖大名と呼ばれる薩摩、宇和島、佐賀藩等を取り込んで、幕府を運営して行こうとした。

これが、うまく行けば、幕府は力を取り戻し、外国に支配されることなんかなかったのだろうけれど。

実際は、従来の幕閣との間で対立を生み出してしまった。

幕府の行動に対し、外様大名が意見を出すことを許すだけに留まり、幕府の権威を落とし、幕府衰退の一因となってしまったのは、実に皮肉な話だよな。


「そして、半年後、戻ってきたペリーの圧力に屈し、幕府は日米和親条約を結びます。

内容としては、長崎だけでなく、下田、函館の港を開くこと。

だが、そこに致命的な失敗がございます。

結んだ条約の訳が、こちらの言葉とあちらの言葉で異なっているのです。

こちらの言葉では『双方の同意がなければ自国の役人を相手の国に置くことはできない』と読めるのに対し、あちらの言葉では『どちらの国も必要と思えばいつでも相手国に自国の役人を派遣出来る』と読めるのです。

条約の文章を、江川様のところにいる、アメリカ語の読める中浜万次郎様にでも確認して貰えば、こんな間違いはなかったのでしょうがねえ。

結果として、この条約の為に、3年後、アメリカの領事と呼ばれることとなる役人がこの国を訪れ、滞在することとなります」


それを聞き、ある者は憤慨し、ある者は呆れかえる。

間違いない酷い失策だからなあ。

だけど、これがまだ序の口だったりするのだけれど。


「ここにおられる方のことですと、吉田様はペリーの黒船への密航を企てますが、

ペリーに乗船を断られ、奉行所に自首されます。

その結果、吉田様は長州へ追放の上、蟄居。

吉田様と一緒に密航しようとした金子様は獄死。

吉田様の密航を称えた罪で象山先生も国元へ追放、蟄居を命じられることとなります」


アッシがそう言うと吉田さんの顔が驚愕に歪む。

この密航未遂のせいで、象山先生は幕府から遠ざけられるし、

倒幕の原動力になる松下村塾が開かれる。

これで、吉田さんが密航を思いとどまってくれれば良いのだけど。


「それから、この後のロシアの対応にも追われ多忙を極めた江川様が亡くなられます。

働き過ぎが原因でしょうか。これから、1年半先の、1月のことでございます」

そして、もう一つ避けておいて欲しいこと。

能吏江川英龍の死。

まあ、55歳だから、今のアッシよりも年上だし、

早すぎる死とはとても言えない年齢ではあるのだが。

それでも、もう少し仕事の量を減らせば、死なないで済んだ気がしてならない。

生きていれば出来ることは、もっとあったはずなのだ。

斉藤さんが江川様にどう伝えるのか。

それ次第で、状況は変わるかもしれないが、話を続けよう。

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