第三話 幕末史概観2 アメリカ領事

「さて、こうしてやってきたアメリカの領事、ハリスですが、幕府は最初彼を何とかアメリカに追い返そうとします。

その為に、ハリス自身に、ハリスを追い返してくれという手紙を書いてくれと頼んだなんて、馬鹿な話もございますが、結局、追い返すことなど出来ず、

むしろ、他の国にもアメリカの領事のことが伝わり、

ロシア、イギリス、フランスなど、各国の領事が日本に滞在することとなります」


「こっちは、そんなつもりで約束なんかしてねぇんだ。断りゃいいじゃねぇか」


「ええ、幕府もそんな風にハリスを追い返そうとしたようですが、

この地球では間違いだろうと何だろうと一度約束したことを違えることが出来ないらしいのですよ。

約束を守らない国は野蛮な国と見做されるのです。

まあ、約束する時に、文書をきちんと確認しなかったのは幕府ですから、

非はこちらにあると言われれば反論も出来なかったようでございます。

実際ね、アッシらが異人達を野蛮だ、穢れだと思うのと同じかそれ以上に、

あちらも日ノ本を野蛮な連中だと思っているのですよ。

だから、平気で騙すようなことを幾つもやってくる。

頭の悪い野蛮人を騙したところで何が悪い。

それで騙されたら、騙された奴が間抜けってのが、連中の流儀なのですよ」


「ふざけた野郎どもだな」

土方さんが憤慨するが


「でも、戦っても、まだ勝てないのであります」

と吉田さんが悔しそうに呟く。

だから、この人は奴隷になってでもアメリカに行って、

アメリカのことを知ろうとしたのだよな。

で、吉田さんも土方さんも、お互い、この国を守りたい想いは同じなのに、

殺し合いを始めちまう。

何とか、ならないものかねえ。


「ハリスは、こうして日ノ本に滞在することとなるのですが、

その間、幕府はさらに3つの大きな失策を犯します。

第一に、通貨の交換比率を間違えたこと。

第二に、相手の言いなりに日ノ本に不利な通商条約を結んでしまったこと。

第三に、朝廷の勅許がなければ、通商条約を結べないとしてしまったこと、にございます。」

アッシがそう言うと、真っ先に象山先生が大声を上げる。


「バカな。それでは幕府は、最高責任者の地位を放棄したのも同然ではないか!」

象山先生の言う通り、この態度が幕府の権威を決定的に下げてしまった。

これ以降、何をするにも、朝廷の許可を取らなければ、批判を受けるようになってしまう。

だけど、ことの重大性に気が付いた人は、そんなに多くないようで、

憤慨しているのは象山先生だけだ。

尊王の考えが蔓延しているこの時代だと、

みかどの許可を取ることは当然という感覚なのかもしれないけどね。

まずは、この失策を防ぐべきなのだろうな。


「おっしゃる通りです、象山先生。

その内容を順に詳しくご説明してまいりますので、暫くお待ちいただけますか」

アッシがそう言うと象山先生は興奮を抑えてくれたようで頷き先を促す。


「まず、通貨の交換比率ですが、幕府はアメリカの通貨1ドル銀貨と一分銀を交換するように提案します。これは、オランダとの交換比率と同じものです。

それに対し、ハリスは1ドル銀貨には一分銀の3倍の量の銀が含まれているのだから、1ドル銀貨を払ったら三分銀をよこせと言ってきまして、

まあ、ややこしいやり取りはあるのですが、結局、幕府はそれを受け入れてしまいます。

その結果、日ノ本から異国へ10万両から50万両の小判が流出することとなり、多くの武士、の庶民の生活が困窮することとなります」

そう言うと、勝さんが首を捻り聞く。


「何だって、そんなことになっちまったんでぇ?」

ややこしい話をどう伝えたら良いか少し考えて、象山先生に碁石と将棋の駒を借りて説明してみることにする。


「まず、この碁石の白が一分銀、碁石の黒が1ドル銀貨だと思ってください」

碁石の白と碁石の黒を並べていく。


一分銀=1ドル銀貨


「こんな風な交換しろと幕府は主張したんですがね。

ハリスに押し負けて、1ドル銀貨と三分銀に含まれる銀の量は同じだからと、1ドル銀貨と一分銀3枚と価値を同じにしちまいました」

そう言うと、碁石の黒と碁石の白3つを並べる。


1ドル銀貨=一分銀3枚


「だけど、1両小判とアメリカの金貨の交換率が違ったのですよ。

ご存知の通り四分銀があれば金貨である1両小判と交換出来ますでしょ。

今度は、この将棋の金を一両小判だと思ってくださいね」

今度は、碁石の白4つと将棋の金の駒を並べる。


一分銀4枚=一両小判


「で、この1両小判に含まれる金を手に入れるには1ドル銀貨4枚で十分だったのでさあ。

さあ、そうすると、どうなるのか?」

今度は、碁石の黒4つと将棋の金の駒を並べる。


「本来の価値では、1ドル銀貨4枚で、一両小判の価値のはずなんですがね」


1ドル銀貨4枚=一両小判


「ところが、幕府が1ドル銀貨一枚と一分銀3枚の交換を認めちまったでしょ」

もう一度、碁石の黒一つと碁石の白3つを並べる。


1ドル銀貨=一分銀3枚


「すると、ですね、その1ドル銀貨4枚を持って、日ノ本に来ると」

そう言うと、碁石の黒を4つ並べる。


「異国の商人は両替屋で、1ドル銀貨1枚を三分銀と交換しちまうから、3ドル銀貨で合計12枚の一分銀を手に入れることが出来る」

次に、碁石の黒4つの横に碁石の白12個を並べる。


1ドル銀貨4枚=1分銀12枚


「で、その十二分銀を小判と取り変えると三両小判に取り換えることが出来る」

続けて、碁石の白12個の横に将棋の金の駒を3つ並べる。


1分銀12枚=1両小判3枚


「本来は、1ドル銀貨4枚の価値は一両小判のはずなのに」

アッシは、4枚並んだ碁石の黒の反対側に将棋の金の駒を一枚置く。


一両小判=1ドル銀貨4枚=1分銀を12枚=一両小判3枚


「こんな風に、1ドル銀貨を両替商で取り換えて、

日ノ本に来るだけで3倍儲かるようになっちまった訳です」


「つまり、幕府はハリスに騙されたっちゅうことかい?」


「いや、その辺はよくわからんのですよ。

ハリスってのは、かなり生真面目なキリシタンだったようで、

相手が野蛮人だろうと騙すようなことをするかどうか。

日ノ本を野蛮人と見下して、不利な条件を随分押し付けますが、

それは野蛮人にはまともな法がなく、正しい判断など出来ないと判断していただけで、

ハリス本人は野蛮人を教育してやるつもりで日ノ本に来ていたようですから。

まあ、はっきりしているのは、この後、ハリスが日ノ本に甘くなったということですかな。

この後、異人たちが随分、日ノ本で斬られますが、ハリスは日ノ本側に立ち、

穏便に事件を処理するよう努力をします。

ヒュースケンという自分の部下が斬られた時でさえ、幕府を非難しておりません。

これが、誤って日ノ本に被害を与えたことによる後悔から来るものなのか。

騙した罪悪感から来るものかは、後の世でも意見が分かれているようでございます」


「どっちにしろ、迷惑なことに変わりはねえな。

そんなことする位なら、交換比率を元に戻せってぇの」


「そのことは、幕府もわかっていて、アメリカまで行って交渉したようなのですがね」


「アメリカまで行ったんかい?」

龍馬さんが嬉しそうに声を上げる。


「ですが、そのようにしても、交換比率が変更されることはございません。

先ほども申しましたが、国と国の約束は、それだけ重いのです。

勝手に、一方の国が約束を破ることなど出来ないのですよ。

まあ、いずれにせよ、その結果、日ノ本から大量の小判が奪われることとなり、

これを防ぐため幕府は金の量を三分の一減らした小判を作ることになります。

それで、金が日ノ本から流出するのを防げるのですが、

その結果、モノの値段が全て上がってしまい、

収入の少なかった下級武士や庶民は幕府を恨むこととなるのです」


「生活が苦しくなったから、幕府を恨むなぞ、武士の風上にもおけませんな」

近藤さんの信じる誠の武士はそうかもしれないが、

実際の武士は、武士は食わねど高楊枝って奴ばかりではないのですよ。

そんな近藤さんの発言に頷くのは吉田さんか。

それに対して、顔をしかめるのは勝さんに龍馬さんね。

こういうところでも、考え方の違いって、わかるものだね。

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