第四話 幕末史概観3 幕府の失敗

「さて、次の幕府の失敗ですが、先ほどお伝えした通り、

幕府が、他の国の通商条約等を調べずに、

相手の言いなりに日ノ本に不利な通商条約を結んでしまったことなのですが」


「何故、そのような愚かなことをしたのだ。

僕は開国論者ではあるが、そのような愚かなことは絶対に勧めないぞ」


「一つには、象山先生が松代に蟄居させられていたというのもあるのでしょうな」

そう言うと、なるほどと象山先生は納得したように満足げに頷くが、

これはおべっかでも何でもない。

この通商条約が結ばれたという情報が入った時点で、

象山先生が条約の結び方が悪いと各地に手紙を出したのが残っていたのだよな。

蟄居中だっていうのに、何をやっているのだ、この人は。


蟄居ってのは、家にいるだけって罰じゃない。

本当は、自宅の一室で正座して謹慎しなきゃいけない、結構辛い罰なのだぞ。

それで、命を縮めたと思える人も多いのに、

象山先生に関しては松代藩が目をつぶってくれたというのもあるけど、

家は一応出ていないけど、人には散々会っているし、手紙も出しまくっているし、

どうやったかわからないけど、幕府より、最新の状況に詳しかったりするからなあ。

本当に凄い人だよ。


「もう一つには、第二次アヘン戦争が清とイギリス、フランスとの間に起こり、

その兵がいつ日ノ本に来るかもしれないとハリスに脅された所為ですかな」


「また、清国とイギリスの間で戦争が起きるのでありますか?」


「はい。詰まらない言い掛かりのような切掛けで戦争が始められ、

4年間の戦いで清は再びボロボロに負けます。

異国の連中にとって、今の地球は戦国時代と変わりません。

油断すれば、攻めてこられる危険があるのは、本当なのです。

ただ、早く通商条約を結びたいハリスが状況を誇張した面は否めないですな」

実際、イギリスは、インドで起こった反乱、セポイの乱への対応なんかで、

日ノ本まで攻める余裕なんかないはずだと象山先生は言っていたよな。


「それで脅されて、言いなりになっちまったって訳かい?」


「まあ、幕府としては、その内、開国をするつもりではあったので、

ハリスの話に乗っちまったというのもあるのでしょうがね。

それよりも問題なのは、そこで結ぶ条約の内容の方でしてね」


「どんな条約を結んだってんだい?」


「簡単に言えば、日ノ本が圧倒的に不利な条約です。

ですが、命令をするだけの幕府は、

ろくに他国との付き合いがなかったので、わからなかったのでしょうな。

夷狄の連中は、異国に漂流して帰ってきた自国の民さえ追い返す日ノ本を野蛮と考え、

野蛮人と平等な条約など結ぶつもりは最初からないようなのですよ」

アッシがそう言うと西洋を多少なりとも知る者は悔しそうな顔をするが、

知らない者は侮辱されたと怒っている。

まあ、アッシから言うと。それだけ力の差があるのだから仕方ないという気もするのだがね。


「その中でも特に後に問題となるのは二つ。

領事裁判権と関税自主権の放棄です。

領事裁判権というのは、日ノ本で罪を犯した外国人を、幕府ではなく、

その国の領事が日ノ本ではなく領事の国の法律で裁く権利を与えるというもの。

日ノ本を野蛮な国と考えたアメリカは、日ノ本の法に従う気なんぞ、ないのですな。

だから、大名行列を乗馬で横切ろうと斬ることは、法律上は出来なくなり、

実際に、斬っちまうと大問題となっちまうのですが、それは後にいたしましょう」


「ふざけた真似をしやがるな。それも知らなかったから、従っちまったってことか」


「そうですね。

元々、領事裁判権はアヘン戦争で清国がいくさに負けて、

初めて清国と結んだような決まりですからな。

知らないで従う奴は野蛮なバカっていうのが、連中の考え方なのでしょう」


「敵を知り、己を知り、地の利を知れば百戦危うからずという言葉が孫子にある。

だが、愚か者どもは、相手のことを知りもせず、知ろうともせず、盲目的に攘夷を叫ぶのだ。

だから、僕は相手を知った上で開国すべきと言っているのだが、

何故、そんなこともわからんのか」


「まあ、清が戦に負けて飲まされたのと同じ条約だと知っていれば、

幕府もそんな条件を認めたりはしなかったのでしょうがね。

知らないってことは恐ろしいことですな」

アッシは象山先生に同意すると話を先に進める。


「次に、関税自主権の放棄っていうのも、交易をする上でも問題になることですが、

何が問題になるのか幕府は知らなかったようでしてね。

通商条約で関税をいくらにするか、話し合いで決めちまったのですよ」


「それの何が問題なんでえ?」


「関税というのは、本来、国がそれぞれ自由に決めていいものなのです。

それがこの地球の常識。

こんな風に相手と相談して税率を決めるようなものでは断じてない。

ですが、この条約の為、今後、日ノ本は関税を上げたいと思うたびに

相手国と交渉して許可を貰わなければならなくなってしまったのですよ。

おかげで、日ノ本は儲けるつもりだった交易で常に不利な条件を背負う羽目になってしまいます」


ここまでアッシが話すと、周りは沈黙する。

開国派の象山先生や勝さんも交易で儲けようと思っていたのが、

思わないところから、交易で簡単に儲けられなくなると知ったのは衝撃だったのだろうな。

攘夷を望む人間にしたって、無知の為に日ノ本が酷い目に遭うと聞けば、

何も考えずに攘夷は叫べなくなっているのだろう。

だけど、この条約は見方を変えると悪いことばかりではないのだよな。


「正直、この条約を結んだことは日ノ本に不利なことばかりなのですが、少しだけ利点もありまして。

最大の利点としては、異国が日ノ本を侵略する意味をなくしてしまったことでしょうか。

連中は儲かれば良いのです。

土地を取って資源を奪おうにも、日ノ本にはそんな資源もない。

だから、異国は日ノ本を攻める意欲をなくしてしまった。

日ノ本の土地を奪って、そこで稼ぐよりも、

何もしなくても儲かるなら、おそらくそれでいいと考えたのでしょう。

おまけに、ハリスはイギリスのことが大嫌いでしたからね。

アヘンが入らないように条約の内容に入れるよう自分から提案してきたと言われています。

その結果、日ノ本は暫く侵略されないで済んだのですよ」


「その隙に日ノ本を強化して、異国と戦う力を養えばいいということでありますか」


「そうですね。

そうすれば、何とかなったのかもしれません。

だが、当時の幕閣は、開国を決めた責任者になりたくなくて、

ハリスに朝廷の許可がなければ開国が出来ないと言ってしまったようです。

その結果、幕府は朝廷の許可を取らなければ何も出来ない存在へと落ちて行ってしまう。

鎖国だって朝廷の許可なく始めたことなのだから、

開国だって朝廷の許可なんていらないはずなのにねえ。

その上、朝廷には、この機会を利用して、

朝廷の権力を拡大しようとする岩倉具視というお公家さんがおりました。

そのことによって、幕府はドンドン追い詰められていくことになるのでございます」


「まったく、責任を取りたくないからと責任者の座を放り出すなど愚か極まりないな」

象山先生は憤慨しているけど、他の人間は声もない。

幕府がここまで衰退することになるなんて想像もつかないのだろう。

だけど、幕府の衰退は、これだけじゃない。


だから、これから幕府の衰退について話すことにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る