第二十六話 江戸に来た技術者たち
村田さんが国防軍の組織を手伝うことを引き受けたところで、象山先生が確認をする。
「ところで、君は蒸気船の研究をしていると聞いたのだが、間違いないかね」
「はい。宇和島藩より軍隊の洋式化を頼まれておりましたから、砲台や蒸気船の研究はしておりましたが」
「やはり、そうか。それで成果は」
「まだ研究中であります。しかし、宇和島藩は高々10万石。出来ることは限られております。
ですから、私が作成していたのは、あくまでも雛型の作成に過ぎないのであります」
そうか、そう言えば、村田さんも忖度とか一切しない人だったんだよな。
こう言うことを陰口でなく、宇和島藩の人の前でも平気でしているんだよ。
彼にとっては事実を言っているだけで、雇用主の宇和島藩を侮辱しているつもりは全くないらしいけど。
面子が大事なお武家様の前で、力が足りないとハッキリ言うなんて、普通は怒られますって。
「そうか。雛型か。実は、幕府でも蒸気船を作ろうという計画があるのだ。
10年前の僕の海防八策では、一から作っていたのでは間に合わないので、まずは外国の蒸気船を買い、その蒸気船で国を守りながら、それを研究して、国防を安定させるべきだとしたのだがな。
いずれにせよ、いつまでも異国から買い続ける訳にもいかん。
我が国で、蒸気船を作るなら、事前に蒸気船の研究をしておいた方が良いと言う意見もあってな」
そう言うと、象山先生はチラリとアッシの方を見る。
まあ、こいつはアッシの提案でございますよ。
夢の中で、日本は武器を異国から買い続け、自分で大量生産が出来るようになるのは、大日本帝国と正統日本皇国が正式に成立し、10年の内戦が終わってから。
それまでは、お互いに目の前の敵を倒すことに精一杯で、自国の武器製造に回すお金がなかったから仕方ないのかもしれませんが。
その結果、両国とも莫大な借金を異国からすることになってしまうのでございます。
まあ、内戦は防ぐ方向で進んではいるのですが、それでも武器はなるべく早く国産で出来るようにした方が良いはず。
象山先生の計画でも、異国の武器を買い、これを研究して国産にするという物ですからね。
ただ、象山先生はともかく、他の人間は最新の武器を見ただけで模造することなんか出来ませんよ。
それで、今の内から蒸気船を研究させておいた方がよろしいのではないでしょうかと提案したのです。
この頃、日本で蒸気船を研究していたのは、薩摩藩、佐賀藩、そして宇和島藩。
夢の中では、それぞれの藩で様々な人が研究して、来年には蒸気船を作っているんですけどね。
結果として、内戦が起きるまででは、異国に追いつける様な物は作れない。
だけどね、バラバラにしていた研究を、皆で協力して研究したら、とアッシは思うのですよ。
この頃のこの国の蒸気船の開発って、文献を読み、実物を見た人間の話を聞き、実際の蒸気船を見て、真似して作ったという物。
各藩でバラバラにやっていたのに、性能は低くても、動く物を数年で作っちゃうんだもんな。
それを作るはずの連中を集めて、象山先生や江川先生も協力したら。
おまけにアッシの夢で見た物の話もありますからね。
そしたら、凄い物が作れる様な気がするんだよな。
そんな事を考えていると、村田さんが答える。
「確かに、異国の蒸気船を真似るにしても、その前に雛型を作り研究しておいた方が良いでしょうな。
そこで、欠陥が見つかれば、改善策を見つける為の研究も出来、作成の技術も上がるはずです。
技術が上がれば、蒸気船を作ることを容易とすることでしょう」
「うむ、僕なら失敗などせず、一発で成功出来るはずだが、実際に作る職人はそうはいかんからな。
それで、君には僕たちと一緒に蒸気船の図面を書く協力もして貰いたいのだ。
そして、出来た図面を職人たちに作って貰う。
そうすれば、より早く異国の技術に追いつけるはずだ」
象山先生が目を輝かせて言うと、村田さんは冷静に頷く。
「承知いたしました。
私の力がどれだけお役に立てるかはわかりませんが、すぐに私の書いた図面をお持ちしましょう。
その上で、蒸気船を作るなら、是非、皆さんにご紹介したい職人がおります」
「そうか、実は、こちらにも、紹介したい職人がいる。
それに、君が呼ぶ人間の心当たりもあるぞ。
実は職人たちも既に呼んで、控えの間で待って貰っているのだ。
彼らにも入って貰い、今後のことについて話すことにしよう。
よろしいですかな?江川先生」
「そうだな。蒸気船建造計画については、関係者をまとめて呼んで話した方が良いだろう。
平八、彼らを呼んできてくれ」
そう言われて、アッシは部屋を出て、隣の間で控えていた職人さんたちを案内する。
連れてきたのは三人。
筋骨隆々とした船大工と、汚い恰好をした初老の男と、白髪頭のアッシより年上の爺さん。
彼らを村田さんの隣に座らせると、江川先生が尋ねる。
「平八、この方々を村田さんにも紹介して貰えないか」
そう言われてアッシは、まず船大工の紹介をする。
「承知いたしました。
まず、一番左に座られるのが、寅吉殿。伊豆の船大工です。
彼には、阿部様の手配で、水戸藩の北蝦夷(樺太)遠征に同行して貰いました。
目的は、洋式帆船の技術を手に入れること。
さて、洋式帆船の作り方は習得されたのでしょうか」
この人は、アッシの夢では今年の年の瀬に来る安政東海大地震で座礁するロシア船の代わりの船を作って、洋式帆船の技術を習得し、上田という苗字を賜り、後に正統日本皇国の造船に貢献するはずの人物。
しかし、川路様の交渉が順調に進んだおかげで、本来は津波で沈むはずのプチャーチンの船が江戸湾に来ないことになってしまったのですよ。
もう、プチャーチンとの交渉は長崎でまとまってしまった訳ですから。
そこで、この寅吉を中心に船大工たちに水戸藩の樺太遠征隊へ参加して貰い、その技術習得をお願いしておいたのですよ。
「はい。異人は人懐っこく、実に親切でございました。
酒好きで、口吸い(キス)が好きな奴がいるのには閉口しましたが。
アッシは異人の言葉はわかりませんが、それを通詞して下さる親切なお侍がおりましてな。
専門の船大工はいないようでしたが、アッシの聞くことには何でも答えてくれまして。
船に乗せて貰い、寸法も全て測らせて貰いましたので、図面も書いてきやした。
作れとおっしゃるなら、すぐにでも作ってお見せしますよ」
そう言うと寅吉は不敵な笑みを見せる。
夢の中でも、最も貪欲にロシア船の技術を学んだと言われていた寅吉は新しい技術を学べることが楽しくて仕方なかったのだろう。
これで、方法は変わったが、夢と変わらず洋式帆船の技術は入手出来たはずだよな。
「ご苦労だった。それでは、まずは雛型になる船を作ってみてくれ。
その上で、これから作る蒸気機関をどこに取り付けるかを考えることとする」
江川先生がそう言うと寅吉は平伏して応える。
次に、アッシは寅吉の隣に座る初老の男の紹介を村田さんにお願いする。
「次に座る嘉蔵殿は、宇和島藩から来ていただいたのですが、この紹介は村田さんにお願いした方がよろしいでしょうな」
「そうですな、その方が合理的です」
そう言うと、村田さんが続ける。
「ここにおられる嘉蔵殿は天才でございます。
字はあまり読めないようなのですが、私の引いた蒸気船の絵図を一目で理解することが出来ました。
この嘉蔵殿の技術がなければ、宇和島藩で蒸気船を作るなど、絶対に不可能だったでしょう」
本当にこの国には凄い人が多いなと思う。
この嘉蔵という人は、本業は提灯張りの職人だったらしいのだけどね。
寺小屋で習った程度の読み書きしか出来ないのに、手先が器用だからという理由で、宇和島藩から蒸気船を作れと命令され、夢の中では、数年後に村田さんと蒸気船を作ってしまう。
村田さんが言う通りの天才だよな、この人も。
ただ、この人には自分を売り込むとか、そういう外向性はない。
だから、大日本帝国が彼の能力を十分に利用した形跡がないのだけれど、今回はアッシらで利用させて貰おうと言う訳でございますよ
村田さんがそう言うと、象山先生が興味を示す。
「ほう、絵図を一目で理解出来ると言うのか。それは間違いないのかね」
象山先生が尋ねると平伏したままで嘉蔵が小さな声で答える。
「へえ、からくりの仕組みは、ほんにようわかります。
長崎で蒸気船も見てきましたので、模型程度なら、すぐに作れると思います」
嘉蔵がそう言うと、その隣に座る白髪の老人も興味を示す。
「ほう、あなたも長崎で蒸気船を見に行かれたのですか。あれは、実に面白い物でございましたな」
急に声を掛けられ、驚いた嘉蔵が顔を上げる。
「これは失礼致しました。私は田中久重と申します。
からくり儀衛門と言った方が通りがよろしいでしょうか。
私も佐賀藩より、蒸気船の作成を頼まれ、長崎に蒸気船を見に行っていたのですよ」
久重さんは、アッシより年上で、髪も白くなっているっていうのに、実に元気だね。
この人は夢では、80歳まで生きて、100年も続く製作所(東芝)の基礎を築いたんだったよね。
若い頃から、からくり儀衛門の名で、九州各地、大阪、京都、江戸で興行を続け、順風満帆の人生だと、こんな風に年を取っても希望に溢れ、元気でいられるのかねぇ。
あ、そう言えば、この人の息子さんは佐賀藩で働いている時に、佐賀藩士に斬られたのではなかったっけ?
そうすると、ここに来たおかげで、息子が斬られるという運命から逃れられたという事かな。
そんなことを考えていると江川先生が、久重さんに尋ねる。
「ほう、田中殿も長崎で蒸気船を見てきたのか。それで、蒸気船は作れそうなのかね」
「まあ、やってみないとわかりませんな。私は天才ではございませんから。
まず、やってみて、失敗して見なければ、どこが悪いかもわかりません。
その上で、諦めず、忍耐強く、勇気を持って色々試し、続けていった先に、やっと作れる程度の者でございます。
ただ、ここには、凄い方が大勢いらっしゃるようだ。
その様な方がいらっしゃるのなら、凄いことが出来るのではないかとの予感に震えますな」
象山先生と違い謙遜することを知っている久重さんに、江川先生も好感を持ったようで満足気に頷く。
「そうか。長崎にある蒸気船は、これから、この海の先、小笠原で開催する海軍伝習所で使用する為に来る予定だ。
最新の蒸気船が見たければ、船で数日で見に行って貰うことも出来る。
ここには、蘭学者も多いので、読めない蘭学書があれば、すぐに訳させよう。
その上で、この国の為、一刻も早く、蒸気船を作り上げて貰いたい」
江川先生がそう言うと、久重さんは嬉しそうに、嘉蔵は恐縮したように、寅吉は自信満々に頭を下げる。
技術立国日本の始まりである。
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