第一章 江戸に住む英雄の卵たち
第1話 誰に伝えれば良いのだろう?
さて、アッシが見た破滅の未来。
それが、本当だとすると、自分で何かできなくとも、
せめて誰かに伝えておいた方がいいと思ったのだが、
それを誰に、どうやって伝えたらいいのだろうか?
まず、最初に思い浮かぶのは、老中阿部正弘様による黒船事件の公表と意見募集か。
後に江戸時代と呼ばれることになる、この時代、
幕府は情報を世間に知らせず、全て幕府の中で対処してきていた。
だから、幕府の権威に誰も逆らえなかったのだ。
だけど、老中阿部様の頃から、情報が公開されるようになって、
多くの意見が国中で出されるようになっていく。
世間に何が起きているか知らせずに幕府だけが決めている状況は
幕府の権威を守るのに役に立ってはいたのだけどねえ。
異国からの侵略の脅威は、こんな権威を吹っ飛ばしちまう。
せめて、幕府の連中が、もう少し現実を見て、異国の脅威に対応してくれれば、
阿部様も情報公開なんざ、しなかったんだろうけどね。
メリケンの黒船が来るっていうのも1年前からオランダから聞いていたのに、
本当かどうか怪しいと、幕閣の連中は、何にもしなかったって話だからねえ。
いや、その対策で、自分の部署の予算削られたくないとか、色々あったのかもしれないけどさ。
清という隣の大国が戦に負けたって情報があるんだから、
少しは対策や情報収集位しろってんだよ。
そんなんだから、阿部様は、外様である薩摩藩などの有力大名を巻き込んだ、雄藩連合を画策し、身分に拘らず士農工商の枠を超えて、この国を、そして幕府を救う在野の人材を集めようとしていたらしい。
それが倒幕の声へと繋がっていったりするのは、皮肉な話ではあるのだけど。
確か、その始めの黒船対策で、吉原や大店の人間が対策を出したのが残っていたっけなあ。
酒や食い物やって、どんちゃん騒ぎをさせて、油断したところをやっつけちまおう、
その時は、ウチの店を使ってくださいとか、馬鹿げた意見ばかりみたいだったが、
それで罰せられたという話もなかったよな。
それに、確か、勝海舟は、ここでの提言を認められて幕府に召し抱えられていったのだったし。
うん、直接、幕府に情報を渡そうと思ったら、これが一番効率的ではある。
でも、本当に見て貰えるのか?
そもそも、アッシは未来が見える存在でございます。
これから、16年先に、薩摩と長州が攘夷を主張して幕府と対立し、
京都におわす天子様を巡って、この国が二つに別れて争うことになるなんて告げたら?
そりゃあ、さすがに、幕府に謀反の意思ありと投獄されるのではないのか?
いや、確かに、たいして惜しい命でもねえけど。
拷問されたり、痛い想いをするのは嫌だぜ。
倒幕の話を隠して未来が見えることを伝えたとしても、
知りすぎていれば異国の間諜として疑われるだろうし。
ジョン万次郎も、シーボルトも、異国の間諜じゃないかと疑われて、
まともに活躍出来ていなかったよなあ。
おまけに、阿部様が勝海舟の提言を読んで抜擢したことにされているが、
御家人の勝海舟でさえ、最後まで阿部様には直接会っていなかったはずだろ。
てぇことは、本当は、阿部様の部下に見て貰えるだけで、せいぜいなのじゃねえか?
黒船に対する意見書を募集されるのは、もう少し先になる話だし、
意見書を出すにしても、その内容に関しては、もう少し考えた方が良いな。
そうすると、意見書を出すまでに誰かに相談した方がいいかもしれない。
今の江戸には、これから16年の激動の時代の主役となるような人物が大勢いる。
この時代、最も西洋文明を理解していたとされる佐久間象山。
倒幕運動の先駆けとなり、多くの志士を生み出した松下村塾を作る吉田松陰。
長州藩を率いることとなる桂小五郎。
薩摩と長州を裏で結び付け倒幕勢力に武器を売りながら、
大政奉還も進めるというどっちつかずの行動を取り、
この時代を最も混乱させた男とされる坂本龍馬。
京の都での治安維持から始めて、
歴史を動かすこととなった新選組を率いることになる近藤勇と土方歳三。
泥沼の戦争を終わらせ、大日本帝国と正統日本皇国を成立させる立役者となった勝海舟。
等々、他に暗殺やら投獄される人も含めると歴史を変えうる人が実に驚くほど、沢山、この江戸にいる。
この人たちの誰かに相談し、対策を練るとしたら、誰が一番いいのだろう?
アッシは、自分の知識を総動員し、
よく知りもしない町人の話を聞いてくれて、適格な忠告をくれるのは誰だろうと考えることにする。
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