第三章 黒船再来に備えて
第一話 新しい日常
考えられた良い計画が全て実現されていれば、
この国は間違いなく、もっと良い国になっていたことだろう。
江戸時代と呼ばれるこの時代だけでも、
だけど、この国は計画の有効性や合理性を正確に判断するよりも、
提案する人間の地位や立場や人柄で判断されて、
その中身は、あまり考慮されないのが現実だったりする。
まあ、何が言いたいかと言うと、
象山先生に相談したのが間違いじゃなかったかと思えてきたということなのだが。
いや、この先生、間違いなく天才ではあると思うのだ。
何しろ、31歳までは儒教、漢学しか学んでいなかったのに、主君である松代藩主真田幸貫が老中兼任で海防掛に任ぜられ、その藩主から顧問に抜擢されると、蘭学の必要に目覚め、あっという間に蘭学、洋学を習得して、当時、彼以上に西洋科学を理解したものは、おそらくいないと言われるまであっと言う間に上り詰めちゃうのだから。
だから、作り出した策は、とりあえず、これ以上はない出来だとは思う。
ただ、性格が武士らしくなく、傲慢で、自信過剰と言われて、人望がないのが問題なのだ。
まあ、象山先生から見れば、周りは皆、馬鹿ばかり。
正しいことを言っているのに、言うことを聞かない奴に腹が立って、傲慢にもなるのだろうけれど。
おまけに、後世では、吉田さんの密航を庇わなかったとかで、大日本帝国でも嫌われていたし。
象山先生は、本質的には、甘やかされて子どものまま大きくなった人だと思うからね。
慣れれば、その傲慢さも面白く見えてきているのだけれど。
実際、奥方のお順さんは、25歳も年上の象山先生を可愛いとか言っているしね。
ただ、提案の内容ではなく、発言する人物の評価で、計画の採用が決まる現実があると、どうも不安になる。
まあ、結果がどうなろうと、それは、この英雄たちの責任ではあると思うのだけど。
さすがに、良い案があるのに、
実現されないまま、終わったりするのは、どうも勿体ないと思ってしまう。
そんな中、アッシは、海舟会が発足したあの日以来、象山書院に中間として雇われ、住み込みで働いている。
まあ、働くと言っても、実際に中間の仕事をするでもなく、
建白書を書く象山先生の隣に座り、聞かれたことに答えるだけなのだが。
象山先生曰く、人間は向いていることをするべきで、
自分しか出来ないことがあるなら、そこを頑張るべきだから、
誰でも出来る中間の仕事なんぞ、先生の弟子にやらせておいて、先生の質問に答えろと言うのだけれど。
先生、そうやって、嫌な仕事を自分でやらないで、他人に押し付けたから嫌われているのじゃありません?
一部のお弟子さんから、アッシ怖い目で見られているのですが。
まあ、弟子の中でも筆頭に当たる勝さんや吉田さんも、
アッシの話を聞きに来るので、面と向かって、何かされる心配はないのですけどね。
あ、後、龍馬さんと土方さんも、しょっちゅう来ますね。
あれから、七日間、ほぼ毎日なんじゃないでしょうか。
龍馬さんは、持ち前の好奇心で、目をキラキラさせて、
土方さんは石田散薬を売るついでだなんて、言っていますが、
溢れるやる気のやり場がわからないところ、
何か出来るかもしれない取っ掛かりに血をたぎらせているのでしょうな。
いやあ、若い、若い。
そんな中、何故、象山先生の横で、
アッシが、勝先生たち、お客さんの相手をしているかと言いますと、
象山先生が、僕だって、平八君の話をもっと聞きたいのだ、
君達が僕よりも平八君の話を聞くなんてズルいぞ。
平八君を雇っているのは、僕なのであるから、
僕に優先権があるべきだとおっしゃったからで。
ね、大きな子どもだと思えば腹も立たないという言葉、納得でしょ。
ただ、建白書は一刻も早く提出すべきだと言う判断で、
こんな風に建白書を執筆する隣で、接客しながら、先生の質問に答える形になっているのですが。
何人もの質問にアッシでも答えるのが大変なのに、
建白書を書きながら、更に質問する象山先生の頭はどうなっているんだろう。
まあ、本人曰く、天才の僕だから、問題ないということなんだけど。
それで、何故、建白書の提出を急ぐべきかと聞いてみると、
もしアッシの見た夢が本当になると仮定すると、
老中の阿部様が大名、旗本、庶民にまで意見を募集したり、ロシアが長崎に来たりする前に、
それを予想したアッシが声を掛ければ、その信用度が増す。
その上、阿部様の意見募集が幕府の権威を弱めることに繋がり、
最終的に倒幕に繋がるのであれば、それを防ぐべきである。
その為に、象山先生が最高の建白書を出してしまえば、阿部様も意見募集を思いとどまるであろう。
ということなのですけどね。
いや、実に象山先生らしいというか、何と言うか。
自分の意見さえ聞けば、他の有象無象の意見なぞ不要と言い切るから嫌われるのだと思いますよ、先生。
そういう訳なので、
象山先生は斎藤先生に珍しく頭を下げ、江川英龍とのなるべく早い面談をお願いしている。
それで、まず、アッシを引き合わせ、夢の話を伝えた上で、
海舟会として建白書を提出させようと言うのだ。
だけど、象山先生、本人は嫌われているから行きたくないらしい。
でも、それって、怖い先生に会いたくない子どもの態度じゃありませんか?
建白書の細かいことを聞かれても、斉藤先生やアッシじゃ答えられないかもしれませんよ。
え?平八君なら大丈夫?
アッシは夢見ただけで、読み書きもロクに出来ないんですよ。
夢の話を全部話しちまったら、アッシの役割なんて、終わりでしょ?
そうじゃない、アッシには、歴史を何者にも縛られず、俯瞰で眺める仙人みたいな視点と発想があるから、先生の考えも理解出来ているはずだって。
自分に自信を持て。だから、象山先生が一緒に行かなくても大丈夫だって。
絶対、嘘でしょ?
まあ、象山先生の名前をそのまま出したら、読んで貰えないかもしれないと象山先生が言うので、
建白書は名前を隠して、海舟会の名前を使うことにしたのだから、
象山先生が会いに行かないのは判りますけれど。
何で、そんなに嫌がるかなぁ。
江川英龍が、象山先生を嫌ってたというのは、まあ、確かに有名ですけどね。
でも、江川英龍も、また天才で、十分に象山先生の才能を見抜けるだけの才能があるはずなのだけどな。
ちょっと、有名なところだけ言うと、
・ペリー最初の襲来から、僅か半年で江戸湾を埋め立て、お台場と呼ばれる埋立地を幾つも作ってペリーを驚かせる。
・ほとんど何の手掛かりもなく、当時の地球の最大の軍事機密だった爆裂弾(大砲で発射して目的地で爆発する砲弾のこと。当時は何発かに一発爆発すれば十分だったもの)を地球で一番の水準で開発し、これが15年後の10年戦争の時に英国海軍に多大な被害を与える。
等々、象山先生程ではないにしても、幕府の要職と下田の代官、黒船対策というの激務の中で、次々と成果を挙げている人なんだから、象山先生の才能を見抜く位出来そうなんだけど。
実際には、あんなお調子者の言うことは聞くことがないと、老中の阿部様にも言っているらしいんだよな。
え?象山先生の才能を妬んだから、認めなかったんだって。
そういう邪推発言するから嫌われるんですよ、象山先生。
温厚という評判の人なんだけど、実際はどういう人なんだろうね。
象山先生が傲慢だからと言うけれど、同じように傲慢と言われた高野長英とも付き合っているから、
弟子だったとしても、そんなに毛嫌いする人とは思えないのだけどな。
まあ、会ってからのお楽しみだね。
そして、7日が経ち、建白書が書きあがると、江戸の江川邸を訪ねる日がやってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます