第十四話 反対者の説得の仕方
「さて、皆さまで盟を結んで頂けるならば、まず、最初に出来ることが幕府への建白書の提出となります。
もちろん、アッシの見た夢が、本当に起こることならば、ですが」
「幕府が外様大名どころか、庶民にまで意見を求めるなど前代未聞。
これまででは、決してありえないことだ。
もし、そのようなことが起きるなら、
平八君の夢が何らかの形で現実を反映している可能性は高まるだろうな」
「まあ、それが、どこまで本当になるか、わかりませんので、夢の通り意見の募集があったとしても、
夢の話を確実な未来などと信じ込まないで頂きたいのですがね。
ですから、象山先生と勝様には、元々書こうと思われていた建白書を出して頂きたいのですよ」
「平八つぁんの見た夢と違って、象山先生の意見が通る可能性もあるからってことか」
「そうです。老中の阿部様は、夢では象山先生の真意を読み解く程、賢くはなく、
されど、象山先生に騙される程、愚かではございませんでした。
それでも、象山先生が、そういう事実をご存知であるならば、
あるいは、異なる説得の方法を考えつかれるかもしれません。
いや、そもそも、アッシの見た夢が間違っていることも十分にありうる。
ならば、せっかくの可能性を潰すべきではないと」
そう言った後、象山先生にお願いして、
象山先生の策を改めて象山書院の皆に説明をして貰う。
攘夷を叫ぶ侍を犠牲にする非情の策ではあるけれど、
その滅私と神算鬼謀に吉田さんは感動に打ち震え、
学者を馬鹿にしていた土方さんも息を飲んでいるようだ。
「以上のような策を幕府が実現さえしてくれれば、幕府は面目を保ち、無意味な混乱を避け、
この国の独立も統一も維持されるはずなのだ。
だが、彼の夢では、そうはなっていない」
「ですから、ここで相談したいのは次善の策、あるいは、象山先生が協力者を得て実現出来る、今以上の策を考えて頂きたいのですよ。
この地球で一番の軍学者であらせられる象山先生にお伺いします。
「ないな。
それは、戦史を紐解けば、誰でもわかることだ。
そこで、臨機応変に事態に対応することこそ、軍師なり、将の役割となる」
「では、不測の事態を予め予測し、その対応を準備することは不可能でしょうか?」
「いや、良き軍師ならば、あらゆる可能性を検証し、その場合の対応の準備をしていることであろう。つまり、君は僕に、今の状況を戦と捉え、僕の最初の策が通らなかった場合の可能性を考え、二の矢、三の矢を用意しろと言うのか」
そう言うと象山先生は腕を組む。
「夢でダメだったから、他の策も考え、それを披露して欲しいなどと、無礼なのは承知しております。ですが、万が一、夢が現実となってしまえば、皆さまの望まぬ未来がやってくることは否定出来ません。お考え頂けないでしょうか?」
「……難しいだろうな。僕の様な天才でなければ、面目を潰されたと怒るだろうし、他の案も浮かばないだろう。だが、僕は地球で一番の天才で、心も広い。策など、尽きぬ泉のように湧き出してくるわ」
そう言うと象山先生はニヤリと笑う。
それを見て、苦笑する勝さんと感動に目を潤ませる吉田さん、呆れた様子の龍馬さんに近藤さん。
いや、実際は、夢では数年後、弟子が松代で蟄居中の象山先生の意見書を代わりに出したら、自分の意見を盗んだのかと激怒して破門にしたって話もあるから、そんなに心が広いとは思えないのですけどね。
「どうせだ。
せっかくだから、ここにいる者たちに、
天才である僕がどのように策を作っていくか見せてやろう」
そう言うと、象山先生が上座に上ってきたので、座布団を譲り、象山先生に座って頂くと、アッシは勝さんが手招きをするので、勝さんの隣に座ることにする。
「まずは、そこの四角い顔の君、名を何という?」
「近藤勇と申します」
「近藤君か。自分の意見に反対する相手を従わせたいと思ったら、どうすれば良いと思う?」
「誠意を尽くして説得するしかないのではありませんか?」
「吉田君は?」
「私もそう思います。至誠天に通ず。誠を持って話せばきっとわかってくれるはずです」
「君なら、そう考えるか。では、そこのデカイの、君はどうだ?」
「さっきの先生の策を考えりゃ、一見、相手の望んでいる通りに見える提案をしてやることじゃないですかいの?でも、実際は、相手の期待通りの結果ではなく、こっちの望んだ通りの結果が出るような提案。そんなものを考えられるなら、それが一番のような気がするきに」
「うん、なかなか鋭いな、名を何という?」
「土佐の坂本龍馬じゃ」
「しかし、先生、誠を尽くして説得せねば、相手の信頼は得られず、重大な事態の時に協力して貰えない危険があるのではありませんか?」
「確かに、吉田君の言うように。
信頼を得る為に時間を掛けて説得することが必要な場合もある。
あるいは、時間がないので、大至急膝詰めで説得せねばならんこともあるだろう。
だが、今回は、その重大な事態だ。
何が何でも判断を誤って貰っては困る時だ。
それとも、誠意を持って説得できる材料が君にあるのかね?
誠意だけを持って無策で臨むなら、
それは、少なくとも、軍師と呼べる存在ではないのではないか?」
象山先生がそう言うと吉田さんは考え込む。
誠意を持って幕府を説得できる方法を。
その様子を見ると、象山先生は頷き、話を進める。
「さて、吉田君に考えて貰う間に僕の話を進めよう。
何故、相手の思い通りに見える提案をするべきなのか?
それは、多くの人間が自分の考えが一番正しいと信じ、
相手を説得したいとは思っても、説得されたいなどとは考えていないからである。
多くの人間は、自分の思い込みや偏見、周りの意見に合わせて判断する。
苦労して、自分の頭で考え、正しい答えを探そうとさえしない。
そんな奴らを苦労して説得するよりも、
見たいと思っているものを見せて思い通りに動かし、
最終的に望む結果を手に入れた方がいいと僕は思うのだ」
「人は自分の見たいものしか見ようとしない、ですか」
「うん、至言だな。誰の言葉だね?」
「古代の野蛮人の王の言葉です。
この王は、見たくない現実を無理やり皆に見せつけようとした結果、暗殺され、
その後継者は、皆が見たい現実を見せながら目的を実現しました」
「ほう、平八君は古代の人間の言葉まで記憶しているのかね?」
「いえ、150年先の世では、
見ようと思えば、何でも簡単に見られるようになっているのです。
この言葉は、なかなかに有名な言葉だったので記憶しているに過ぎません」
「そうか。庶民が古代の野蛮人の言葉まで知ることが出来るとは、
確かに、悪くない世の中のようだな」
「象山先生、話が逸れてきてますぜ。
見たいものを見せてやるって、象山先生のやり方は分かりますが、
平八君の夢では、先生の案は採用されなかったんでしょ?
同じ方法で策を練っても、うまく行かないんじゃないですか?」
「それには理由がある。
勝君、幕府の見たい現実と言うのは何だと思う?」
「そりゃあ、今まで通り、異国の船は打ち払える。
何も変わらないってことじゃないですかねぇ」
「そうだな。僕もそう思っていた。
だから、戦え、打ち払えと唆せば、黒船に攻撃すると思ったのだ。
だが、平八君の夢が正しいなら、
老中の阿部様は隠しているが、どうも開国派だったようなのだ」
「まあ、そうですね。それで、おいらは建白書を認められ召し抱えられたのに、
象山先生の意見は採用されないとなる訳か。
確かに、理にかなってらぁ」
「そう、開国の必要がわかっている人間に対して、開戦を唆しても、
その気にさせるのは難しかったということなのだろうな」
「するってぇと、先生も開国すべきと書くんですかい?
いや、でも、それじゃ、おいらと変わらねえし、
阿部様に認められても、幕府全体を動かすにはいきやせんよね。
つまり、幕府を動かすにゃぁ、開国派の阿部様から見りゃ開国論、このままで済ませたい連中から見れば現状維持、攘夷派の水戸藩辺りが見れば攘夷論、そんな風に見える策を出さなきゃいけねぇってことですかい?」
「そうだ。さすがは勝君だな。良くそこに気がついた」
「確かに、そんな策が出せるなら、幕府を動かすことが出来るでしょうが、そんな策、本当に出せるんですかい?それに、実現出来たとしても、思い通りの結果が出なかった連中に、騙された、大ぼら吹きだって、言われちまいますぜ」
「君は時々、僕に対して失礼過ぎる発言をするな。
本当に、我妻お順の兄上でなければ、叱り飛ばしているところだぞ。
大ぼら吹きと言われようが、結果さえ良ければ、それで結構。
愚かな連中が僕のことをわからないなら、
大ぼら吹きと呼ばれて終わっても別に構わんよ。
僕が天才であることは僕が十分に知っているからな」
「なるほどねぇ。まあ、象山先生らしいっちゃ、らしいか。
じゃあ、おいらが象山先生より長生きしたら、
象山先生は大ぼら吹きだったって言うことにしますよ。
そうならんよう、お順の為にも、暗殺なんぞされずに、おいらより長生きして下さいよ」
そう言うと勝さんがニヤリと笑う。
と、象山先生の言葉の意味が分からなかった龍馬さんが聞いてきたんで、
意味を教えてやると、龍馬さんも面白そうに微笑む。
「さて、話を戻そう。
三つの陣営から自分の意見と同じだと思わせる策を出す前に重要なことがある。
平八君の夢の話でも、これがなかった為に、日ノ本も、長州も、大変なことになっていたのだが、何だかわかるかね?その長州の、吉田君の弟子という君」
「桂小五郎です」
そう答えると、桂さんは暫く考えてから答える。
「……知ることでしょうか?
平八殿の夢の話で、長州藩は天子様の真意を知らず、倒幕を主張し、天子様に忌避されることとなった。
幕府も、異国のやり方を知らず、不利な条件で異国と契約を結ぶこととなった。
知ってさえいれば、これらのことは避けられたのではないでしょうか」
「その通りだ。情報。これが何よりも重要なのだ。
平八君の夢が本当に未来の予知であろうとなかろうと、
情報さえ集めてしまえば、正しい対策を立てることが出来るだろう」
「なるほど、情報収集ってだけなら、どっちの陣営でも文句のつけようがねぇな。
攘夷の為の情報収集、開国の為の情報収集、何もしたくねぇ奴は集まる情報を見てりゃいいってことか。
だけどさ、先生。誰が、どこの情報を持っていけば、幕府の連中が納得すると思いなさるんで」
「確か、幕府は、黒船が来る1年以上前にオランダ国王からの親書で、
ペリーの黒船が来ることを知らされていたはずです。
それを信じずに、いざ、ペリーに白旗を贈られて、初めて大騒ぎになったと聞いております」
「なるほど、そうか。
ならば、情報の収集はオランダ一か所だけに頼るべきではないな。
その上で、幕閣ですら、無視出来ない、やんごとなき地位の方に情報収集して頂き、伝えて頂くのが良いだろう」
確かに、幕府の役人が行った咸臨丸で集められた情報は全然生かされず、
勝さんが幕閣に喧嘩を売ったなんて話もあったっし、
それなりの地位の方に情報収集して貰う必要があるのは間違いないな。
「つまりだな、
代表団を異国に派遣するべきだと提案するのだ。
アメリカだの、ロシアだのから来た連中には、
開国を求めるなら、検討する為に、そちらの国を見せてくれと言ってやればいい。
幕府開闢以来、代表団を派遣して、異国の調査など、したことはない。
開国を望む異人たちも、代表団を粗末に扱うことなど出来ず、
代表団を派遣すると言えば、黒船の連中も、それなりに納得させることが出来るだろう」
「でも、それだと、鎖国の禁を破ることになりますぜ」
「いえ、確か、ペリーの対策として、水戸のご老公が主張されたのが、
日ノ本に異人を入れない為に異国に出て交易をすべしという『押出し交易』と
時間を稼ぎ、その間に軍備を整えるという『ぶらかし戦法』だったと思いますので、
水戸のご老公が『押出し交易』を提案された機を逃さずに提案すれば、
少なくとも水戸藩は反対出来ないかと」
「そうか、平八君の夢ではそうなっていたか。
もし本当に夢の通りのことが起きるならば、
水戸のご老公に代表団の長の一つになって頂くのが良いかもしれぬな」
そう言うと象山先生はニヤリと笑う。
「いや、いくら何でもそいつは無理じゃねぇですか?
大体、異人嫌いで有名な水戸のご老公を代表団で派遣したら、どんな問題が起きることやら」
「反対勢力は身内に取り込んでしまうのが一番いいのだよ、勝君。
攘夷と水戸学の総本山、水戸藩の多くを異国に送り込み、現実という奴を叩き込んでやる。
そうすれば、攘夷等と夢物語を語る奴もいなくなることであろうよ。
その上で、もちろん、行くのは水戸の人間だけではない。
その監視のために、幕府の人間が同行するのは、もちろんだが、
その他、武士以外の人間も送り込めば、様々な利益が見込まれる。
例えば、学者や職人を一緒に送り込めば、最新の異国の技術を手に入れられるかもしれん」
「それは良いですな。
今の状況であるならば、異人たちは日ノ本を野蛮人と侮っており、最新の技術を真似られるとは、
夢にも思っていないので、出し惜しみせず、最新の技術を見せびらかしてくれると思われます」
「そうか、それは良いな。だが、それだけではないぞ。
交易で儲けようと思うなら、どんな物が売れるか、調べられる商人も連れて行った方が良いだろう。
ついでに、商人と兵学者に、どんな性能の武器がいくら位で売っているか、各国で調べさせておけば、
使えもしない古い武器を高く売りつけられることもなくなるだろう」
「商人が行くと言うなら、わしも行きたい。
わしの実家は、商人もやっとるんで、商人の目はもっちょるきに」
「それなら、おいらだって行きてぇよ」
「代表団を組むのならば、吉田君もそれに参加すればいいだろう。
そうすれば、密航の必要などなくなる」
考え込んで話を聞いていなかった吉田さんが急に名前を呼ばれ、
驚いて桂さんに今まで何を話していたか聞いている。
「坂本様が行くなら、アメリカが良いでしょうな。
アメリカ人の気性は土佐っぽに近い気がしますし、
アメリカの言葉が話せる同じ土佐出身の中浜様も一緒に行かれると思いますから」
「なるほど、君の夢が本当のことなら、そんなこともわかるのか。
では、君の夢の知識を参考に、誰をどこに行かせれば、良いか、考えてみて貰えないか」
「そうですな。
まず、異国を野蛮と断じて嫌っておられる水戸のご老公には
ロシアに行って頂いては如何でしょうか?
ロシアは、巨大なだけでなく、建物も豪華で煌びやかであると聞いております。
見渡す限りの巨大で豪華な建造物を見て、
ご老公も異国を野蛮と言うことは出来なくなるのではないでしょうか?
それに、ご老公がロシアに行くのなら、その側近、水戸の
「ロシアか。アメリカではダメなのかね」
「アメリカは、今の時点では巨大な田舎です。
ロシアほど、ご老公に感銘を与えるとは思われません。
また、アッシの夢で見たところによると、
今から二年後に、大きな地震が起きて、水戸の両田が亡くなり、
ご老公を止めるものがなくなり水戸藩が暴走するということがございました。
これを防ぐためにも、揃ってロシアに行って頂いた方が、水戸藩の将来の暴走は防げるかと」
「何?そんな大きな地震が来るのか?
まだまだ、話していないことが沢山あるのだな。
話していないことは、後で、ゆっくり話して貰うからな」
象山先生は睨みながら続ける。
「他に代表団で行くべき国と人はあるかね?」
「そうですなぁ。
アメリカの代表団の長には、彦根藩主井伊直弼様になって頂くのが良いのではないでしょうか」
「なるほど、井伊様は大老となり、大獄事件を起こすのであったな。
その方を遠ざける訳か。
だが、水戸のご老公は隠居された方だから、異国に行って頂くことも可能であろうが、
現役の藩主に異国へ行っていただくのは、かなり難しいのではないか」
「井伊様は、夢の通りなら、譜代大名の中で唯一、開国すべしと主張された方。
それだけ言うならば、アメリカに視察に行ってくれと言えば、なかなか断れないのではないでしょうか」
「うーむ、それならば、多少の可能性はあるか。他にはあるかね?」
「では、もう一か所、一橋慶喜公に代表団の長へとなって頂いて、
オランダ経由でヨーロッパ視察に行って頂きますか」
「うん?
次の公方様には、慶喜公になって頂いた方が良いのではないか。
その方が、雄藩連合というのがは組みやすいだろう?」
「確かに、雄藩連合を組むという意味であるならば、
慶喜公に残って頂いた方が良いかもしれません。
ですが、ヨーロッパとの付き合いを考えると、
慶喜公に行って頂く方が良いと思われるのですよ」
「それは、どうしてでぇ?」
「夢の中では、慶喜公はヨーロッパで大変な人気だったからでございますよ。
ヨーロッパの多くの国では、庶民が兵となりますから、庶民の声を無視出来ません。
人気が出るはずの慶喜公が、オランダを経由して、ドイツ、フランス、イギリスを回って頂きます。
そうすれば、慶喜公の人気がヨーロッパで高まり、
列強国が、簡単に日ノ本に攻め込みにくくなると思うのです。
実際、イギリスが薩長の側に立って参戦した時、
イギリスでは慶喜公を死なせるなという声があった位でございますからね」
「うむ、雄藩連合より、ヨーロッパの強国が攻め込むことを抑止することを優先する訳か。君の見た夢が確実な現実なら、その手もあるかもしれんな。他にはあるかね?」
「いえ、今のところ、それ以上の案はございません」
「そうか。それでは、次に、この代表団の派遣が採用されなかった場合の策に移ることにしよう」
象山先生は頷くと、次の策を語り始めた。
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