第十三話 対策を立てよう
「その間、日ノ本はどうなるのですか?」
「幸い、日ノ本は
そして、帝国と皇国は、それぞれイギリスとロシアの属国であることは変わりませんが、
驚くほどの繁栄を享受することとなります。
150年後の世界では、今では想像も出来なかったような生活がございました。
信じられない程美味いものを毎日腹一杯食えて、
夏は涼しく、冬は暖かい家で、殿様の様な布団を使って寝て、
家にいながら世界中のあらゆることを見、知ることが出来るようになっておりました」
そう言うと、好奇心に目を輝かせる龍馬さん、勝さんと、不満そうな吉田さんや近藤さん。
「それが科学の進歩というものだ。武器がそのように進歩したのだ。
生活も、そのように進歩していて
と象山先生が頷く。
「ですが、先生、神国日本が分裂し、異国の属国になるなど、私は我慢できません」
と吉田さんが叫ぶ。
「お武家様から見れば、そうかもしれませんね。
ですが、アッシら庶民から見れば、
大した違いではないというのが正直なところでございますよ。
今まで、お武家様に下げていた頭を異人たちに下げるだけ。
今から20年ほどしますと、四民平等と言いまして、士農工商の身分を、帝国と皇国両方ともなくしてくれましたしなぁ。
そもそも、今も150年後も、地球のほとんどの地域は植民地と呼ばれ、異人たちに支配されているのです。
それに比べれば、日ノ本が二つに分裂したと言っても、属国とは言え、国として認められ、自ら統治出来るのですから幸運な方でございましょう。
それに、分裂と言っても、今も日ノ本は藩ごとに300近くに分かれておることを考えれば、大差ございませんし。
むしろ、皇国と帝国の交流はほとんどございませんが、
皇国と帝国のそれぞれの中では今より勝手に行き来が出来ますから、あるいは今よりも便利やもしれません。
かように、庶民の生活は変わらないのですよ」
「庶民から見れば、私たちの統治も、異人たちも大差ないとおっしゃるのですか」
吉田さんが愕然としたように呟くが、中には怒りを向けるような人もいる。
「なるほど、そうかもしれん。
僕たち武士がいなくなろうと、支配者が変わろうと、庶民の生活は変わらない。
だが、それなら平八君は、何故150年先までに起きることを僕たちに伝えようと思ったのだ」
そう象山先生に問われ答える。
「150年後の夢の中で感じた気持ちが絶望だったからでしょうか。
あんな天上の様な生活をしながら、夢の中のアッシは強い不満を抱いておりました。
もっと、マシな世界があるはずだと根拠があるとは思えない鬱憤がございました。
だから、アッシはお伝えするだけは、お伝えしようと思ったのです。
アッシは老い先短い身。
守るべき家も、名誉も、これから手に入れたいものもない、お迎えを待つだけの存在でございます。
そんなアッシですが、こんな夢を見ちまいますとね。
そのまま黙って、あの世に行ってはいけないような気がしちまったのですよ」
「伝えて、僕たちに何をさせようというのだ?」
象山書院の目が一斉に集まる。
「いえ、特に目的があった訳ではないのですよ。
最初にお話しした通り、アッシが話したのは、本当にアッシの見た夢です。
それが、本当に起こる保証なんざ、どこにもございません。
途中まで当たっていたとしても、突然、外れることもあるかもしれない。
だから、アッシの夢を信じ込んで、
その通りにならなかった、どうしてくれる!と怒られても困る位でしてね」
苦笑して話を続ける。
「ただ、夢で見たことをお伝えして、考えて欲しかったのですよ。
アッシの夢が本当になるなら、皆さまは、これから英雄となる方々です。
そういう方々に、参考として聞き、考えて頂きたかった。
アッシの言うことを信じて、行動されるも良し。信じずに、行動されるも良し。
結果がどうなるかは皆さんの責任で、アッシの責任ではなくなりますからなぁ」
「随分、無責任な野郎だなぁ」
勝さんが軽く笑うが、近藤さんや吉田さん達は睨んでいるよ。
「この国の命運なんぞ、凡人で庶民のアッシには荷が重すぎますからなぁ。
ただ、伝えて、皆様に、考えて頂きたかった。
150年後、最終的には悪くない世の中になったとしても、
それまでに、多くの人が死に、苦しむことに変わりはございません。
そして、夢でアッシが見た皆様は、この国のことを考え、
必死に生き、そして死んでいきました。
だから、もし、その夢が本当なら、皆さんはアッシの見た夢を知って、
より良い未来を求められるのではないかと思ったのでございますよ。
ただ、アッシの見た夢が運命というものであるなら、
伝えても変えられないことなのかもしれません。
全ては無駄な努力に終わるのかもしれません。
それでも、皆さまなら知りたがるに違いないと思い、伝えてみようと思ったのですよ」
「何を言っているのですか。無駄な努力などありません。
ただ、思い通りの結果が出なかった努力があるだけです。
もし、本当に君の言った通りのことが将来起こるとすれば、
私にとっては悪夢でしかありません。
それでも、庶民が不自由なく暮らすことが出来ているならば、
それは、そこに生きる人々の努力で成し遂げたことであるはずです。
ならば、私も、その悪夢のようなことが起きないように努力するだけです」
「とは言えよ、夢で見たことが本当に起きるって保証がなけりゃ、
未来を変えられるか、良くなるかだって、わからねぇだろ?
例えば、吉田君が黒船への密航を止めるだけで、
長州が倒幕に立ち上がる可能性は減るかもしれねぇけど、
平八つぁんの言うこと信じ込むことが、より良い未来に繋がるか、わからねえだろ?」
「確かに、そんなに単純なことではないのかもしれません。
もし、運命というものが本当にあるのなら、
吉田様が倒幕を主張しなくても、
長州藩では別の誰かが倒幕を主張し始めるかもしれません。
坂本様が薩長同盟を結ばせるのを止めたとしても、
別の誰かが薩長の橋渡しをするのかもしれません。
長州に幕府への反感があり、攘夷を望む声があるのなら、
避けようとしても、別の人間が同じ役割を果たす可能性は否定出来ません」
「なるほど、運命というものが未来を定めているのならば、
簡単に未来を変えることは出来ない。
だから、この天才である僕を頼ってきたということだな。
だが、それなら、何故、こんなに大勢の、それも様々な陣営に分かれるものを集めたのだ。
僕に協力するものを集めると言っていたが、
話が聞く限り、全員が僕に協力するとは限らないだろう」
「それでも、より多くの方に聞いて頂きたかったのです。
事情さえ伝えていれば、
目的を理解せずに邪魔をすることを避けることが出来ると思いまして」
「事情を知っていたとしても、
それに、親王様が助けを求められれば、
たとえ国が分裂すると分かっていても、必ずや助けます」
近藤さんは、生真面目に宣言する。
そうだろうな。この人なら、大局を見て将来を考えるより、忠義を優先するのだろうな。
「そいつは、わかるさ。
オイラだって、こんなんでも幕臣だから、
徳川家を滅ぼす企てなんてするつもりはないけどよ。
だけど、状況にもよるだろ。
長州藩に幕府の為に犠牲になれっつても、納得はしないだろうしさ。
集めた人間の立場や考えの違いが大き過ぎるんじゃねぇのか」
「確かに、これから、この国は幕府を助ける佐幕派と滅ぼす討幕派、
この国を開国すべきとする開国派とこの国に異人を入れるなという攘夷派に分かれて、
対立することとなります。
ですが、それでも、互いに日ノ本のことを考えていることに変わりはございませんでした。
で、あるならば、協力出来る点はあるはずだと思いまして。
その上で、盟を結んで戴けたらと」
「なるほど、確かに、まあ、同じ日ノ本のことを考えているなら、
協力出来る可能性はあるけどよ。
まず、徳川家を滅ぼすなんてのは、お前さんら、絶対反対だろ?」
と勝さんが近藤さんに確認する。
「当然です」
それを確認すると勝さんは吉田さんに確認する。
「それから、逆に長州藩を滅ぼすなんてのも、吉田君は絶対反対だろ?」
そう言うと吉田さんは首を振る。
「長州藩を滅ぼしたくないというのは、
大事なのは
もし、日ノ本の未来に長州が影を落とすと言うのなら、長州が滅んだとしても仕方ありません」
吉田さんは、本当に滅私奉公の人なのだよな。
この滅私と情熱が正しい方向に利用されれば、この国の為になるのだろうけど。
「なるほどな。そいつはご立派だけどよ。それなら、吉田君が譲れないのはどこだい?」
「天子様に対する尊王、これは譲れません。
平八殿のおっしゃるように天子様のご意思に背き、害するなど、もってのほかです」
「だが、天子様はこの国の現状をご存じない。
僕も天子様を害するなど、論外だとは思うが、
盲目的に天子様の攘夷論に従うべきだとは思えぬ。
その場合は、天子様であろうと命を懸けて諫言し、
間違いを正して頂くことこそ、真の忠臣と言えるのではないか」
象山先生がそう言うと、吉田さんが考え込む。
「うーん、じゃあよ、目的として、日ノ本を異国から守るってのでどうだい?
それなら、みんな、協力出来るんじゃねぇのか?
ここにいる人間は、日ノ本を異国から守る盟友ってことでよ。
今後、立場がどうなろうと、話し合い、戦わないと誓う位なら出来ねぇか?」
確かに、それなら協力出来るとは思うけど、その目的を実現する為の方法で、倒幕、佐幕、開国、攘夷に分裂して戦ったのだから、方向性を定めておいた方が良さそうだな。
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