第十二話 分岐後の「世界」2

「このいくさは、日ノ本の平和的な再統一を完全に不可能にしてしまいます。

既に武士のいくさではなく、

庶民を兵士にして巻き込む総力戦になっていましたからなぁ。

両国の庶民が、互いに互いを完全な敵と認識するようになってしまったのでございます」

いくさはどれ位続き、どれ位の被害が出たのだ?」


「世界大戦は4年で終わり、日ノ本のいくさは、世界大戦が終わるとすぐにアメリカの調停で再び休戦となりました。

被害の方ですが、陸の方では、帝国の要塞が破壊され、京をはじめ幾つかの都市が皇国に占領されます。

一方、海軍力では帝国の方が上ですから、皇国の艦船が多数沈められ、皇国の沿岸の都市が砲撃を受けることになります。

ただ、10年戦争の反省から、大勢の人が住む沿岸都市は砲撃を前提とした防備をしていたおかげなのでしょうな。

前回のように都市が完全に壊滅するようなことはなく、被害は大分、抑えられることになりました」

「前のいくさ程の被害は出ないで済んだってぇことかい?」

「それでも、総力戦ですから、多くの兵が失われ、大きな傷を残すことにはなるのですが」

「なるほど、日ノ本はそれで済んだか。それで、世界大戦の方は、どんな結果になるのだ?」


「結果から申し上げると、世界大戦で負けたのは、ドイツとオーストリア。

多くの領土を取られ、莫大な賠償金を請求されることになります。

フランスはドイツに国内を大分荒らされたので、本当に勝ったと言えるかどうか。

イギリスは一応、勝ちましたが、世界大戦にロシアを参戦させる為に

大分、ロシアに譲歩させられ、アメリカからも、かなりの借金をしましたから、

勝ったとは言え、覇権国の地位は大きく揺らぐこととなります。

最も勝ったのはロシア。

イギリス、フランスとの戦いで疲弊したドイツ、オーストリアの背後を尽き占領。

多くの領土を得ることになりました。

その次に、勝ったのは、アメリカ。

イギリス、フランスに莫大な金を貸し、領土を得ることはありませんでしたが、

アメリカは大変栄え、地球の覇権の一部を担うことになります」

「それで、とりあえず、世の中は平和になるってことかい?」


「いいえ、世界大戦が終わった直後から、次のいくさ火種ひだねは燻ぶっていました。

ドイツやオーストリアの一部から、清までを領有し、地球の歴史上最大の帝国となったロシア帝国。

これに対し、まず、海を支配するイギリスが警戒を露わにします。

何しろ、ロシアの鉄道は、大陸を横断し、

船よりも早く確実に物を輸送することが出来るようになるのですから。

イギリスの覇権を脅かすには十分な存在になったという訳です。

次に、民族は自分で自分の運命を決められるようにするべきという民族自決を訴えて、

ロシアの他民族支配を非難し始めたアメリカ。

アメリカ自身は、原住民から土地を奪って作った国なのに、何を言っているのだとは思いますが。

まあ、強力な国を牽制する為の方便だったのでしょうな。

ロシアの各地で自立を求める暴動が起きるたびに、

アメリカはロシアを非難するようになります。

最後に、領地を奪われ、莫大な賠償金を請求されたドイツ。

ドイツは破綻しそうな生活の中、領土も奪われ、

深い恨みをロシアとフランス、イギリスに抱いたまま復讐の機会を伺うことになります」

この辺は、長州の人たちには、分かりやすい気持ちなんじゃないだろうか。

200年間恨みを忘れないでいた長州藩の人ならね。


「それで、その火種ひだねは、どこで火が付くんだい?」

「ドイツです。

ドイツは、過酷過ぎる賠償金を背負わされ、軍備も制限されていました。

ですが、イギリス、アメリカ、ロシアの対立を利用し、その権限を少しずつ回復していきます。

まず、ドイツが破綻すると、イギリス、フランスもアメリカへの借金を返せなくなることから、アメリカを利用して、ドイツは自分の賠償金を減額させます。

次に、民族自決を主張するアメリカの主張を利用しオーストリアを併合して力を蓄え、占領されている旧ドイツ領での暴動を誘発させ、ロシアを非難します。

そして、ロシアに対抗する為という口実で、ロシアの地位拡大を嫌っていたイギリスとアメリカの了承を得て、再軍備を宣言。

ロシアと戦うと見せかけたドイツは、まんまとイギリス、アメリカの協力を得て軍備を増強します。

これに対し、ドイツと国境を接し、ドイツから領土を奪って恨みを買っている自覚のあるロシアはフランスと組み、ドイツの攻撃に備えます」

「何だって、イギリスはドイツを助けちまったんだ。

イギリスだって、恨まれていねぇ訳はねぇだろ?」

勝さんが首を捻る。


「理由は幾つか、考えられますが、最大の理由はイギリスがいくさに懲りていたからでしょうな」

「懲りてるなら、敵に武器を持たせることなんざねえじゃねぇか」

「ドイツは恨みをうまく隠し、イギリスの為にロシアと戦う剣となると信じ込ませることに成功したのですな。

イギリスは、自分で戦いたくないから、ドイツに代わりに戦わせようと思った。

いや、実際にいくさにはならないにしても、ロシアの目と軍隊をヨーロッパに釘付けにして、他の地域で権限を拡大させないようにしたかったのでしょうな」

「ケッ、そんな虫のいい話、うまくいく訳ねぇじゃねぇか」

「途中までは、うまくいっていたのですよ。

ドイツは東西をロシアとフランスに挟まれています。

近くに中小国があれば、そこにドイツが侵攻し、

前回のように、偶発的にでも、大戦に発展する危険があったでしょう。

でも、今回、ドイツの隣にあるのは大国ばかり。

下手にロシアかフランスのどちらかを攻めれば、ドイツは挟撃されて終わりですから。

誰もが実際には、そんなバカなことをする訳がないと信じ、

ドイツに復讐の準備をする時間を十分以上に与えてしまったのでございます」

「だけど、大国に挟まれているなら、

そのどちらかを一時的にでも敵でなくなるようにしない限り、

動きが取れないのではありませんか」

確かに毛利家はそうでしたね、吉田さん。

ですが、科学の進歩は常識を覆すのです。


「おっしゃる通り、フランスかロシアのどちらかがドイツと融和を結ぶことは、

各国も警戒しておりました。

ですが、フランスとロシアの連携は鉄壁で、ドイツが付け入る隙もございませんでした。

その結果、ドイツが軍備を増やして、ロシアとフランスに脅威を与えることはあっても、

実際に攻撃する可能性はほとんどございませんでした。

皆がそう信じておりました。

……ドイツが原子爆弾の開発に成功するまでは」

「何だい?その原子爆弾というのは?」


「今から90年後、武器は驚くべき進歩を遂げております。

空を飛び爆弾をばら撒き地上の人を殺す鉄の鳥、飛行機。

馬なしで、馬よりも早く地上を走る鉄の車、戦車。

僅かな時間で100発以上の弾を撃ち続ける機関銃。

こういう恐ろしい武器が、沢山作られておるのですが、

その中でも原子爆弾というのは桁の違う恐ろしさでしてな。

原子爆弾は、たった一つで、一つの街を火の海にして消してしまう程の威力を持っておるのですよ」

象山書院が静寂と困惑に包まれる。

当たり前だ。想像を絶するの一言だ。

こんな事を話す奴がいれば、正気を疑うのが正しい。

だが、この原子爆弾がなければ、この後の話の説明のしようがない。


「飛行機も、戦車も、他の国も持っていて、いくさに備えておりましたが、

原子爆弾だけは、ドイツしか持っておりませんでした。

いや、理論的には、ある学者が作れる可能性を見つけていたのですが、ドイツ以外、本気で開発などしていなかったのです。

ですが、復讐に燃えるドイツは極秘の内に、原子爆弾を研究し、開発に成功すると、行動に移します。

まずは、旧ドイツ領に住むドイツ国民をロシアの圧政から解放するという名目で、

旧ドイツ領にドイツ軍を突入させます。

この時、ロシアはまさか本当にドイツが攻めてくるとは思っていなかったという油断をしていたこともあり侵攻に成功。

ドイツは瞬く間に電撃作戦で旧ドイツ領を取り返します。

すると、ロシアとの同盟に基づきフランスがドイツに宣戦布告。

ロシアも大軍団をヨーロッパに向けて動かします。

この時点で、イギリスはドイツとロシアが消耗しあい、国力を落とすことを期待し、良い折に調停しようと思っていたようです。

しかし、ドイツが原子爆弾の所有を宣言し、信じなかったロシア軍団を街ごと消滅させると、事態は急変します。

ドイツと戦っていたフランス、ロシアだけでなく、戦っていなかったはずのイギリス、アメリカも大混乱に陥るのです」

「まあ、そりゃあ、そうだろうな。

丸腰なのに、刀を喉元に突き付けられているようなもんじゃねえか。生きた心地がしねぇよ」

「それで、結局どうなるのだ」


「結局、アメリカとロシアが原子爆弾の開発に成功し、ドイツに対抗出来るようになるまで、ドイツはヨーロッパからアフリカ、中近東と呼ばれる地域の大部分を支配するようになります」

「アメリカやロシアが原子爆弾を作ったら、ドイツは逆襲されたのかい?」

「まさか。原子爆弾の打ち合いなんぞしたら、地球が吹っ飛んじまいますよ。

原子爆弾を持った国同士は、国同士の大規模ないくさなんか出来なくなるのでさぁ。

それで、アメリカ、ドイツ、イギリス、ロシアが睨みあい、小競り合いを続ける奇妙な平和が70年間続くこととなりました」

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