第十一話 分岐後の「世界」
「イギリスとロシアが日ノ本の再統一を望まぬことは分かった。
だが、君は150年先の地球を見てきたと言っている。
150年後も、日ノ本は二つに別れたままなのか。
イギリスとロシアの属国であり続けるのかね」
象山先生が沈黙を破り尋ねる。
「はい。それから、地球をめぐる大きな
150年間、帝国も皇国も、イギリスとロシアの
異人たちは地球を支配し続けます」
「この150年の間に、地球ではどのようなことが起きるのだ?
もう少し、詳しく話して貰えないか?」
象山先生は只の好奇心とは思えないような真剣な表情でアッシを見る。
先生は、アッシの見た夢が真実だと思っているのだろうか?
それとも、何かを見抜こうというのだろうか?
とりあえず、思い出せる限りを話しておくことにする。
「まず、象山先生のような蘭学者の方々はご存知であると思われますが、
この地球の大半は、ここからずっと西にあるヨーロッパと
東にあるアメリカに住む異人たち、白人という人種によって支配されております。
天竺はイギリスに支配され、清も既に沿岸地域の何か所かを白人に支配され、白人たちに対抗できる勢力は、この地域に既になく、日ノ本の南の島々も、ほぼ白人に支配されております」
「何だって、異人どもはそんなに強いんだ?」
土方さんが尋ねるので、わかる限りの知識で答える。
「さて、アッシの考える限り、最大の理由は武器の差、それを支える技術の差でしょうな。
銃に刀では勝てぬのですよ。
その上、進歩した銃や大筒や軍艦に、古い武器は
家康公の頃の大筒を持ち出しても、敵まで届きもしなけりゃ、威力も弱い。
武器というのは、技術が進歩すれば、
より遠くから、威力のある攻撃を当てることが出来るようになる。
どんな剣豪も遥か遠くから銃で撃たれれば、弾を避けることも、斬ることも出来ず、
倒されると聞いております。
その上、銃は、刀や弓のように、修行に何年もかかるということがない。
すぐに、素人だった兵が、
だから、連中は地球を支配出来るようになったのでしょうな」
「けっ!俺が戦えるのは、日ノ本の中だけで、異人には勝てねぇって言うのかよ」
強さを求めて剣術をやっている人間としては、認めたくない事実なのだろうな。
だけど、事実は動かせない。続けよう。
「そして、この白人支配というのは、今も150年後も変わりません。
白人を倒せる国など、どこにも存在しませんから。
一部の教養のある者は、この待遇に怒り、解放を叫んでいるようですが、
庶民は諦めているものが多いようですな。
ですがね、帝国や皇国の様な属国というのは、まだマシな方なのですよ
多くの地域は、植民地という形で白人に直接統治され、もっと酷い目にあっているのです。
白人がアッシらより優れているというのは、150年後の常識です。
だから、一部の白人は、アッシらのことを黄色いサルと馬鹿にし、何故、白人は優秀で、アッシらは愚かなのか、本気で研究さえしている学者がいるということさえ聞いております」
「ふざけやがって!」
「白人になるかどうかは、色素、メラニンの量によって差があるだけのはずだ。
本気で、そんなことを研究しているとすれば、頭の程度が知れるな」
「とはいえ、こっちも、異人のことを鬼だなんぞと言っているんだ。お互い様じゃねぇか」
象山書院で不満の声が沸き上がるが話を続けることにする。
「このように、地球を支配していた白人たちでしたが、白人同士が皆仲間ということはなく、
白人同士でも、それぞれの国を作り、地球の覇権を巡って争っておりました。
凍らない海を求め南への膨張を目指すロシア。
これに対し、イギリスはロシアの南下を妨害し、
ロシアが強くなり過ぎないようにしようとしておりましたが、
ロシアが日本皇国を手に入れたことで、情勢は大きく変わります」
「蝦夷地以外にも、日ノ本の東を自由に行き来出来るなら、
ロシアはいつでも自由に海を移動出来るようになった訳だな」
「おっしゃる通りです。
そして、海の出入りが自由となったロシアは、海を求めるという国是から解放され、
より実質的な利益を得る為、清を草刈り場に侵攻を開始します
これに対し、イギリスはロシアの膨張を防ごうとしますが、
アジアには、ロシアに対抗出来る勢力が存在しません。
イギリスは海軍国で海に出れば負けませんが、
広大な清の大地を占領するほどの軍隊はございません。
清は、そもそもアヘン戦争でイギリスに叩かれている存在ですから、
ロシアに対抗する為に応援してやろうと言っても、イギリスを信用しないのは当然ですな。
そして、大日本帝国は下手に動けば、日本皇国に攻められる恐れがありますから、
関係ない清に出ていくことなど出来ません」
「それで、清はロシアに占領されちまうのか?」
「全てではありませんが、巨大な国土を持ち、
多くの兵士を持つロシアは清と相性が良かったのでしょうな。
イギリスに比べれば武器の性能の落ちるロシアも、清相手には圧倒的でした。
清お得意の人海戦術に対しても、ロシアはそれ以上の兵を用意することが出来た。
ロシアでは、畑で兵士が取れると言われるような大量の兵がいる国なのですよ。
結果、内陸部の主要な都市は次々とロシア領となっていき、
遂には、遥か西の端にあるロシアの首都から陸の黒船、
鉄道と呼ばれるのですが、これが作られるようになると、
ロシアの大陸支配は盤石となって参ります。
これに対し、イギリスが出来たのは、清や朝鮮の沿岸都市を幾つか支配するだけ。
そんな中、彼らの地元ヨーロッパで、巨大な動乱が起きると、
イギリスはアジアどころではなくなり、
ロシアは更に大陸での勢力範囲を広げていくことになります」
「一体、何が起きたんでぇ」
「ドイツという新興国がイギリスに対抗して、軍備と勢力を拡大し、動乱を起こすのです。
まあ、連中にとっては、地元であるヨーロッパの方が重要だし、未開の地域の領有より、発展している地元の安全の方がずっと大事ですからな。
軍備を拡大し、北から東へと勢力を拡大するドイツを
以前ドイツと戦って敗れたフランスは恐れ、イギリスと協商を組み、
ロシアを仲間にして挟み撃ちにしようとしますが、ロシアは簡単には動きません。
ロシアは、アジアでイギリスと対立している上、
ドイツなどと戦わなくても、アジアで順調に勢力拡大が出来ているのですからな。
敵であるイギリスとわざわざ協力する意味も、
危険を冒してドイツと敵対する意味もなかったのですよ。
もしも、ロシアがアジアでの勢力拡大に失敗し、ヨーロッパでの勢力拡大を再度目指していたなら、真っ先に北東に勢力拡大を目指すドイツと衝突したのでしょうがねぇ」
「楽に勝てる相手がいるのに、わざわざ強敵のところに行くバカはいねぇよな」
「ロシアにとって、わざわざヨーロッパで戦う意味はない。
イギリスとフランスがロシアの参戦を求め、逆にドイツが参戦を望まないなら、
ロシアは自分の力を最も高く売りつけることが出来ることになるということだな。
なるほど、理にかなっている」
象山先生は腕を組み、頷く。
そう、この戦いでロシアは出し惜しみすることで、最大の利益を得ることになったのだ。
極東アジアの覇権を握れるか否かが、
ロシアにとっては非常に大きな意味を持っていたのだよな。
「ロシアの即時の参戦が期待出来ないとなったイギリスとフランスは、
ドイツが侵攻しようとするドイツの北東の中小諸国と同盟を結び、
ドイツを牽制しようとします。
これらの中小国を攻めたら、イギリス、フランスと戦争になるから
攻めるなと示したそうとしたのですな。
ですが、ドイツはオーストリア、イタリアと同盟を組み、枢軸国を結成して、
イギリス、フランスの協商側に対抗し、激突することになります。
そして、その結果、起きる戦争が、世界大戦。
最初は小さな暗殺事件で始まったとのことですが、複雑に絡み合った同盟関係が、
戦うつもりもなかった国々を巻き込み、ヨーロッパだけでなく、地球全体を巻き込み、
7千万人近い犠牲者を出す未曽有の大戦となるのです」
あまりの被害の大きさにあっけに取られる一同。
7千万人と言えば、一つの国に匹敵するだけの人数だ。
それだけの人数が
「その間、日ノ本はどうなっているのですか」
吉田さんが尋ねる。
確かに、聞いたこともない国の異人たちが殺しあうことより、
自分の国の方が心配なのが正直なところだろうな。
「日ノ本では、イギリスの軍艦が世界大戦のためにアジアを去った後、
その隙をついて、皇国が帝国に襲い掛かります。
実は、この時点で、日ノ本が分裂してから、既に30年以上が経っているのです。
10年戦争の悲惨な被害を知る人々が減り、世代が代わり、
自国の正統性を教え込まれた連中が
実際、開戦の直前まで、70過ぎまで長生きされた慶喜公が
止めていたなんて、こともあったようなのですがね。
今の時代以来、剣で決着するのを良しとする空気はこの時代も続いており、
慶喜公が身まかれると間もなく、既に代替わりされていた皇国の天子様は、軍部に押し切られ、皇国と帝国は再度の戦へと至るのです」
この時、イギリスが世界大戦の為に、アジアに力を入れられなくなった時点で、
帝国は皇国が侵攻してくるのを恐れ、その対策をしていたのだよな。
だから、戦っても、簡単に勝てる訳がない。
もし、慶喜公がもう少し長生きされていたら。
あるいは天子様が軍部を抑え、
帝国臣民も我が赤子であるから、無暗に傷つけるつもりはない等の融和の言葉を
帝国臣民に伝えていたら、日ノ本は平和的に再統一出来たのではないかって言うのが、
後の世でも言われたことだったが、結局、武断的な性質を持つ軍の暴走は止められなかったのだよな。
「それで、皇国と帝国の
「結局、多くの犠牲を出して引き分けに終わります。
ロシアは、日ノ本の再統一など、望んではおりませんから、
防衛はともかく、攻撃には参加しません。
つまり、皇国と帝国の一対一の戦いとなった訳です。
先制したのは、皇国側。
ですが、皇国が攻勢してくることは帝国側も予想しており、準備をしておりました。
皇国は、30年の間に、技術の吸収先をロシアからドイツに変更しているので、武器の性能も高いので、帝国を一気に倒せるという目算だったようです。
ですが、海ではイギリスの技術を吸収した帝国には勝てず、帝国は勝てないまでも負けないことを目指して時間を稼ぎます。
そして、帝国の期待通り、
帝国の攻勢はロシアが止めたものの、
結局、双方に多大な犠牲と怨恨を残しただけで終わってしまいます」
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