第四話 日本艦隊出動
ジョン・ブルック大尉との面談を終えると佐久間象山先生は裏閣議の面々を招集いたしました。
象山先生は、幕府の顧問を自称されておりますが、実際のところ、公式な肩書は持っておりませんからな。
それ故、幕府、国防軍、日本商社に話を通そうと思えば、それぞれの上層部が参加している裏閣議を開催した方が話が早いという訳でございます。
閣議の面々が集まりますと、象山先生は早速ブルック大尉との話を伝えられます。
「ジョン(ブルック大尉)の奴も、象山先生の読み通りに動いていますね。
全く、何処まで読み切っているのやら」
勝麟太郎さんが感心しながらも、呆れた様に呟かれます。
勝さんが江戸にいるのは久しぶりですな。
地球中、あちこちを船で駆け回り、武器を売り、密約を結び、準備を進めていたと申しますから。
今回は、アメリカ南北戦争に合わせて帰ってこられたという訳ですが。
「当然だ。ジョンとも長い付き合いになる。
彼が何を考え、どう動くか位、解って当然だろう」
象山先生が自慢げに胸を張って応えられると、老中安藤信正様が口を挟まれます。
「だが、本当にやるのか?
まだ、雌伏して、力を蓄えるべきではないのか?
悪目立ちして、西欧列強に狙われるのを避けるべきではないのか?」
その言葉に象山先生は、勝さんを見て尋ねます。
「とのことだが、麟太郎君、実際問題、今更、止められるのか」
「いやぁ、これから止めろと言われましても。
時が来れば、全てが動き出します。
西欧列強のコロニー(植民地)にも手配が終わっております。
これから、中止を呼び掛けても、まぁ、間に合わないでしょうなぁ」
「だが、アメリカ連合国(南軍)に船を出したり、下手に騒いで、悪目立ちする必要はないのではないか」
「悪目立ちにしたって、最初に言いだすのはフランスになる見込みでございますからなぁ。
おいら達は、そいつに乗るだけの話。
目立つのは言い出しっぺ。
然程、目立たないのではございませんか」
「本当にフランスが動くのか」
安藤様が尋ねられると象山先生が応えられます。
「全ては欧州に全権大使として御座す岩倉(具視)様の手並み次第ではありますが。
文によれば間違いないと安藤様もお解りなのではございませんか。
フランス皇帝ナポレオン三世は、偉大過ぎる叔父ナポレオンに憧れ、英雄願望の強いお方。
だからこそ、損得に関係なく、異民族のオスマン帝国を守る為に、兵を出したと申します。
クリミア戦争の敗北で、実際の出兵は、躊躇われるやもしれませんが、宣言を出す程度なら、喜んで行われるかと」
「では、南軍に船を出す件はどうだ?」
「南軍がすぐに負けてしまえば、騒ぎが大きくなる前に収束してしまいます。
それでは意味がございません。
もう少し、騒ぎが広がってくれなければ。
その為にも、ブルック大尉には、是非、南軍に参加して貰いたい。
そしてブルック大尉が安全にアメリカ連合国に参加するには、日本艦隊出動は必須条件でございます」
「しかし、日本がアメリカ連合国に加勢していると見られれば、地球中から敵視される恐れがあるぞ」
「だから、あくまでも艦隊は義勇軍として送り込むのです。
長年にわたり世話になったブルック先生に恩を返す為に、ブルック大尉をお送りするお調子者。
演習の途中、勝手に航路を変えて、ブルック殿を送ったことにするのです。
参加者の扱いは、その様になりますが、それで構わんのだろう?」
象山先生がそう尋ねると、クリミア戦争が終わり、暫くしてから日本に帰って来ていた土方さんが苦笑する。
「まあ、喧嘩が出来れば何だって構わねぇよ。
ただ、戦の後に、責任を取らされるのはゴメンだがな」
「まあ、その辺は大丈夫だろう。
たとえ指摘されたとしても、知らぬ存ぜぬで通す。
それで、よろしいな」
象山先生が確認すると、大久保一蔵さんが応える。
「なんの話や。
今度、演習に出す船は、太平洋を長期航海で演習すっ予定や。
アメリカ連合国にも、サンフランシスコにも寄港すっ予定はなか。
密航でもせん限り、ブルック殿が乗っ余地もなかはずだ」
大久保様の白々しい惚けぶりに象山先生は苦笑すると付け加える。
「まあ、仮に、土方君たちが、アメリカ合衆国の艦隊に襲撃を受け、撃退したとしても、公式の戦ではない以上、武勲を褒め称えられることもない。
精々、被害を受けないよう気を付けることだ」
象山先生の言葉に土方さんが肩を竦めて応える。
「演習で出す船は、イギリスから買ったスクリュー船が中心か」
「ええ、甲鉄艦を一艘だけ参加させ、経験を積ませっ予定やけど。
甲鉄艦は我が国ん秘密兵器。
そん力を欧米列強に知られんに越したことはあいもはんでな」
今の日ノ本には、おそらく地球で最も多く、鉄で出来た船、甲鉄艦がございます。
そして、木造船より、鉄で出来た船の方が強いことは、アッシの夢では、この南北戦争でブルック大尉が明らかにしたこと。
その後、木造の船は一気に廃れ、鉄の船の時代が来るのですが。
その鉄の船の強さを隠すことが出来れば、日ノ本を守るには有利でございますからな。
そんな事を考えていると、象山先生が付け足しに説明をする。
「まあ、日ノ本が批判される危険があるとすれば、ジョンが、持って行く御触書が公表されるまでの間。
御触書さえ発表されれば、世の空気は、再び動くはずですからな」
「だが、あの様な触書、本当に異人共が採用するのか」
「採用出来ると考えるから、ジョンは危険を冒して、アメリカ連合国へ向かうのです。
そして、採用せねば、アメリカ連合国は追い詰められることになる。
まあ、何とかなるでしょう」
象山先生がそう応えると、島津斉彬様が口を挟む。
「アメリカ連合国に行くなら、戦うことだけが目的ではない。
交易の話を付けるのも、よろしく頼むぞ」
斉彬様がそう言うと、勝さんが頭を下げる。
「お任せください。
武器を大量に作れないアメリカ連合国は、何としてでも、武器を買いたいはず。
必ずや、話をまとめて参りましょう」
「いや、それだけではない。
綿花の取引も進めて欲しいのだ」
斉彬様がそう言うと象山先生がニヤリと笑う。
まったく、恐ろしい方でございますよ。
実のところ、こちらの計画も何年も前から進んで来ております。
天竺(インド)の大反乱によって、綿花の輸出が滞り、綿花の値段が上がり、綿花を育てるアメリカ南部奴隷州が利益を上げて参りました。
そんな中、綿花の値段が上がれば、対応出来ず、潰れるイギリスの会社もあったと聞きます。
で、潰れそうになった会社に声を掛け、綿花を加工する紡績機を買い取り、技師を招き、綿花加工業を日ノ本でも始めようと準備を進めてきていたのですな。
武器産業の発展により、職人たちは高額を稼げるようになってきております。
交易の発展により、商人たちも懐が温かくなってきております。
そして、今回の繊維産業では、農家が暇な時、農家の女子どもでも稼げるようにする為のものなのでございますな。
これから、南北戦争が長引けば、工業力の劣るアメリカ連合国は交易の為の船をイギリスに出せなくなるでしょう。
そんな時に、攻撃される恐れのない太平洋側で、我が国と綿花の取引が出来るようになれば。
通常より、安い値段であっても、アメリカ連合国の方々は、喜んで綿花を売ってくれることになるでしょう。
「そいつも、心得ておりますぜ。
大事なのは、目先の利益に囚われて、儲け過ぎない様にでございますな」
勝さんがニヤリと笑うと、斉彬様が笑顔を浮かべる。
本当にてぇーしたものでございますよ。
近江商人の言う三方良しってのは、長い目で見れば、儲けるには一番の方法だと言うのが身に染みて解ること。
イギリスの紡績機の買い取りの取引を進めた渋沢栄一様も、そんな方針だったと聞いております。
弱っている時に、その弱みに付け込み、買い叩けば、恨みを買います。
そいつは、長い目で見れば、決して、得な話ではございません。
だから、渋沢様は、使わなくなる予定の紡績機を、通常よりも安くとも、感謝される程度の価格で買い取り、教官役として、まとめ役をする様な職人を雇っていったとか。
本来は捨てるしかないはずだった紡績機を、相場より安くとも、予想以上に高い金で買い取り、失業するはずだった職人を教官として雇いあげる。
そりゃぁ、感謝されますよ。
おかげで、イギリスでも日本の評判は上がりっぱなしだとか。
同じことをアメリカ連合国でもやらせようってことなのですな。
大西洋の海軍力はアメリカ合衆国が圧倒的に有利。
イギリスに輸出しようにも、アメリカ連合国はイギリスに船を出せません。
イギリス船を攻撃する様なバカな真似をアメリカ合衆国がしないとしても、戦争中の港に行くのは恐ろしいでしょうから、交易料はどうしたって減ります。
そうすると、綿花の輸出が出来なくなり、放っておけば、イギリスに買われなくなり、倉庫を埋めるだけになるアメリカ南部の綿花。
そいつを、感謝される程度の安値で買い取り、日ノ本で加工して、綿製品として販売する。
評判を稼ぎ、交易で儲け、感謝されるってのは、欲張り過ぎの様な気もしますが、まあ、うまくいくでしょうな。
「まあ、見ていたまえ。
クリミア戦争の延長などとは比較にならない程、地球に激震が走ることになる」
象山先生はドヤ顔で大久保様に視線を向けます。
全く、クリミア戦争で予想以上の手を打たれたのが、余程、悔しかったんでしょうが。
そんなに、敵対心を持たなくても、良いと思うのですがねぇ。
ともかく、こうして、日本艦隊の派遣が決まり、日本艦隊は長期の演習に出発したのでございます。
イギリス製のスクリュー型コルベット艦2艘に、フリゲート艦3艘、それに日本で製造されたコルベット艦とフリゲート艦が2艘ずつ。
それに、秘密兵器の甲鉄艦が一艘。
加えて、交易用の輸送船として、日本商社からも蒸気船が何艘か。
蒸気船が増えてきたとはいえ、まだ地球全体で数えても、百艘もの蒸気船がない時代ですからなぁ。
その様な中、恐らく、太平洋で最大最強の艦隊がアメリカ連合国を目指して、地球を揺るがす航海へと出発したのでございます。
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日本艦隊が太平洋を越えて、アメリカ連合国に向かっている頃、1861年7月南北戦争では最初の本格的な交戦が行われる。
実のところ、アメリカ合衆国(北軍)の首都ワシントンとアメリカ連合国(南軍)の首都リッチモンドは直線距離で160㎞しかなく、間を遮る山脈などもなかった為、相手の首都さえ落とせば、簡単に戦争は終わると思う者も少なくはなかった。
その代表とも言えるのが、アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンであろう。
リンカーン大統領は最初の交戦でアメリカ連合国の首都リッチモンドを陥落させ、紛争は3か月で終わると考えていたと伝えられている。
だが、最初の大規模衝突、ブルランの戦いは、リンカーン大統領の期待とは反対の結果となってしまう。
南軍の頑強な抵抗によって、北軍が壊滅してしまうのだ。
その結果、南軍から守る戦力が無くなってしまうアメリカ合衆国首都ワシントン。
アメリカ合衆国最大の危機であった。
そんな時に、一つの宣言が発表される。
後の世に多大な影響を与えたと言われる偉大な宣言。
「奴隷解放宣言」の発表である。
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