第二十一話 アメリカ天下三分の計

陸奥陽之助こと陸奥宗光は大日本帝国でカミソリ大臣と呼ばれることになる程の切れ者であった。

一を知れば十を知るタイプ。

だが、人望はなく、勝海舟の海軍操練所、坂本龍馬の海援隊などに参加したものの、攘夷志士の中では爪弾き者のようであったとも言う。

佐久間象山もそうだが、小栗忠正など、自分以外、皆バカと見下すタイプの天才が多いのがこの時代なもかもしれない。


だが、アメリカに来てから、陸奥はアメリカ人達に真面目で賢い少年だと見られていた。

日本では必要とされる謙虚さが、アメリカでは、それ程要求されないようなのだ。

日本では傲慢と看做される陸奥の態度も、アメリカでは通常の自己主張と看做されていたのは、文化の違いと言うしかないのかもしれない。

しかも、陸奥は言っただけのことを実現するだけの優秀さを示してしまうのだから、アメリカでの評判は上がるばかり。

坂元龍馬も、平八から聞いていたこともあり、陸奥の優秀さを早くから見抜き、陸奥は刀なしでも十分にやっていけると賞賛を惜しまず、認められた陸奥少年は龍馬への敬愛を深めていた。


その陸奥が、龍馬の使いで、アメリカ連合国の首都リッチモンドを訪れたのである。

待ち構えるのは、勝麟太郎。

そして、龍馬の伝言が、勝からジョン・ブルック中佐に伝えられ、証言者として陸奥もアメリカ連合国の閣議室に通される。


「原住民どもは、我が国に攻め込まないので、アメリカ西部に攻め込むなと言って来たという事か」


奴隷やアメリカ原住民の様な劣った連中は、白人に正しく管理されるべきであると考えているスティーブンス・アメリカ連合国副大統領は皮肉気に述べる。


「数を集め、何か勘違いをしているようだな。

原住民など、幾ら集まろうとも恐れるに足らず。

とっとと蹴散らし、西部への進軍を進めるだけではないのか」


これに対し、陸奥は醒めた声で返す。


「戦争の勝敗は、兵の数と武器の火力で決まるもの。

肌の色で勝敗は変わりません。

まず、原住民の数はざっと見ても数万単位。

武器は、ライフル銃などの最新武器を何処からか入手していることを確認しました」


「信じがたいな。

一体、何処からそんな武器を原住民どもが入手したと言うのだ」


「さあ。

私は原住民から頼まれ、状況を確認し、伝言を伝えに来ただけですからな。

彼らが武器を何処から入手したかまではわかりません」


実際のところ、アメリカ原住民への武器の輸出は、日本の陸奥が中心で行っていたのだが、そんなことをおくびにも出さず陸奥は平然と応える。


「ライフル銃を持っていたのが本当だとしても、持っていたのは一部の原住民だけではないのか。

数万丁のライフル銃を原住民が持っているなどと俄かには信じがたい」


本音を言えばスティーブンス副大統領は、陸奥を始めとする日本人の原住民に対する態度への中立性を疑っていた。

人気の日本人と言えども、所詮は野蛮な有色人種。

白人とは違う。

その連中が、アメリカ原住民の味方をし、戦力を強大に見せかけているのではないかとの疑いが消えないのだ。

だが、さすがに、そんな言葉を公式の場に残してはいけない程度の分別はスティーブンス副大統領にもある。

今、日本との関係を悪化させる訳にはいかないのだ。

実際、日本がアメリカ連合国の綿花を購入してくれるおかげで助かっている綿花農家も少なくはないとも聞いている。

だから、スティーブンス副大統領は、婉曲に陸奥の提案を否定しようとしていた。


「確かに、私も全ての原住民の武器を確認した訳ではありません。

私の目に入る場所だけ、ライフル銃を持つ兵を配置していた可能性は否定出来ません。

ならば、私の言葉を信じず、西部に兵を進撃させますか?

その結果、私の観測より、あなたの憶測が正しければ、アメリカ西部への進撃も成功することでしょう。

だが、一体、どれだけの兵を西部に送り込むのですか」


ワシントンとアメリカ連合首都リッチモンドの距離は僅か160㎞。

間に山脈や森林もない平原。

それ故、両国首都の間では激戦が続けられている。

それにも関わらず人口の差は三倍近くある。

アメリカ連合国には兵力が足りないのだ。

大英帝国の加勢が海軍力の不足を補ってくれたが、それでも兵が足りない。

そんな中で、アメリカ連合国が、西部に送れる兵の数は決して多くはなかったのだ。

二人の間に険悪な空気が流れようとするのをアメリカ連合国デーヴィス大統領が宥める。


「確かに、我々にはアメリカ西部に送る余剰兵力など存在しない。

シブレー准将が引き連れて行った1万の部隊があるだけ。

ならば、実際に原住民と遭遇するであろうシブレー准将の報告を待てば良いのではないか」


デーヴィス大統領の言葉に陸奥、スティーブンス副大統領二人は頷く。

原住民と実際に戦うことになる者の報告の方が、確実なのは間違いないことだからだ。

その上で、陸奥はあえて、最初の主張を繰り返すこととする。


「原住民の戦力は、実際に直面した部隊が確認すべきというのは、間違いないことでしょう。

ですが、彼らには、西部を出て、アメリカ連合国に攻め込む意思がないことを改めて強調させて頂きます。

藪をつついて蛇を出す必要はありません。

余計な攻撃を続けて、兵力の消耗・分散をすべきではないとアメリカ連合国の友人として忠告させて頂きます」


陸奥の言葉をスティーブンス副大統領が揶揄する。


「陸奥殿は余程、原住民を攻撃して欲しくないようだ。

さすがは、原住民のメッセンジャーを引き受けるだけのことはありますな」


「別に私は原住民の味方だと言う訳ではありません。

ただ、彼らの伝言を伝えるだけ。

彼らは白人と争うことを望んでいません。

共存を望んでいるのです。

それならば、無駄な攻撃をして、彼らを敵にしてしまう必要もないではありませんか」


「原住民と共存なぞ」


スティーブンス副大統領は鼻で笑うと陸奥が尋ねる。


「では、彼らを攻撃し、敵に回し、虐殺し、可能なら絶滅させますか?

その場合、彼らはアメリカ合衆国と共に、アメリカ連合国を滅ぼしに来ることでしょう」


陸奥がそう言うと、それまで話を聞いていたブルック中佐が口を挟む。


「待ちたまえ。

その言い方だと、我らが敵にならなければ、原住民は我らの味方になる可能性もあるように聞こえるが」


ブルック中佐の問いに陸奥は平然と応える。


「可能性はあるかと思われます。

現在、アメリカ連合国にアメリカ西部に侵攻する余力はありません。

ならば、無理にアメリカ西部に攻め込む必要はない。

一方で、アメリカ合衆国のリンカーン大統領は原住民が嫌いだと聞きます。

果たして、アメリカ合衆国と原住民たちの協力関係がいつまで続くか」


陸奥は皮肉に口元を歪めると続ける。


「アメリカ連合国の為には、原住民と敵対すべきではありません。

友好関係と言わないまでも、中立の関係を築ければ、アメリカ合衆国と原住民の間に亀裂が生じた際、彼らをこちらの陣営に引き寄せられる可能性があります。

そうすれば、労せずしてアメリカ西部はアメリカ連合国の勢力圏となることでしょう」


陸奥がそう言うとブルック中佐が確認する。


「それが、陸奥殿が原住民のメッセンジャーを引き受けた真意か。

原住民は、場合によれば我らの側に付く可能性もある。

そのことを伝える為に、書状も持たず、ここまで来たと」


「書状が残ってしまうと、後で色々問題になる可能性がありますからな」


陸奥は暗に原住民がアメリカ合衆国を離れ、アメリカ連合国側につく可能性を認める。

その言葉にスティーブンス副大統領は憤慨する。


「つまり原住民どもは、アメリカ合衆国の支援をする振りをしながら、我らに寝返ることを検討していると言う事か。

その為、攻撃して欲しくないと。

何と卑怯な野蛮人どもだ」


スティーブンス副大統領の言葉に陸奥は冷静に返す。


「我らの国では、兵学で兵は詭道なりという言葉があります。

戦争は騙し合い。敵を騙せた方が勝つのです。

が、欧米の方々は騎士道精神の伝統で全て正直に話して行動されるのでしょうか」


当然の事ながら、欧米だって戦争となれば、相手を如何に騙すかということに勢力を注ぐ。

騎士道精神の下の戦いなど、遥か昔のお話だ。

その事を指摘され、スティーブンス副大統領は躊躇いながらも何とか反論する。


「確かに、戦争において、敵を騙すことが重要なのは事実だ。

だが、同盟者を裏切るかもしれない者など、信用出来るはずもなかろう」


「繰り返しますが、原住民たちは白人との共存を望んでいます。

それ故、奴隷解放宣言を出し、全ての差別に反対するというアメリカ合衆国の支援に回ったとのことです。

ですが、奴隷人権宣言を出したアメリカ連合国の評価も悪くはない。

リンカーンが奴隷解放宣言でした約束を守らなければ、原住民はアメリカ合衆国と手を切り、アメリカ連合国との協力関係を築くことも吝かではないと」


陸奥の言葉をブルック中佐が確認する。


「つまり、原住民は自分からアメリカ合衆国を裏切ることはない。

だが、アメリカ合衆国が原住民を裏切れば、その時、原住民は我らの側に付く可能性があるということか」


「その通りです。

そう言う意味では、原住民たちは十分に信用出来る相手かと。

あくまでも、彼らの納得いく条件さえ守れば、彼らは裏切ることはないのですから」


ブルック中佐が陸奥に再び確認する。


「だから、原住民は西部に攻め込むなと言って来たのだな。

我々が西部攻撃をすれば、原住民と我らの敵対関係は確定してしまう。

だが、攻めなければ、アメリカ合衆国から離れ、アメリカ連合陣営に移れる可能性が残る。

それが、本当の目的か」


「加えて言うなら、原住民たちは、白人を襲撃する原住民という状況を避けたいようですな。

原住民と言えば、白人を襲撃する無法者というイメージが強い。

だが、彼らはそのイメージを変えたいと思っているようです。

アメリカ合衆国でも、彼らは合衆国の法の順守を明言しています。

そして、実際に原住民の中で法を犯す者がいれば、裁かれても構わないと。

もっとも、それは、白人と同じ様に裁判を受ける権利があり、証拠がなければ裁かれないということのようではありますが。

繰り返し言います。

アメリカ原住民の目的は、白人との共存です。

敵対は望んでいない。

その上で、アメリカ連合国にアメリカ西部を征服するだけの戦力は存在しない。

ならば、原住民を懐柔する余地を残しておいた方が良いのではありませんか」


陸奥の言葉にスティーブンス副大統領が反発する。


「だが、原住民どもが攻めないと言いながら、西部から我が国に攻めてくればどうする?」


スティーブンス副大統領の言葉に、デーヴィス大統領が応える。


「原住民の襲撃があるかどうかは、西部に進軍したシブレー准将の軍が確認出来るだろう。

その上で、本当に進軍があれば、シブレー准将に時間を稼いで貰うしかないだろう」


そう言いつつも、デーヴィス大統領の脳裏には絶望的な未来図が浮かぶ。

陸奥の言う通り、原住民が数万のライフル銃を持っているとすれば、その破壊力は大き過ぎる。

そして、原住民が宣言を守らず、西部からアメリカ連合国に攻め込んで来るとすれば、アメリカ連合国は壊滅的な打撃を受けるであろう。

シブレー准将に遅滞戦術を行って貰うにしても、正面でワシントンの軍と戦いながら、西部に送り込む軍などアメリカ連合国にはないのだ。

アメリカ原住民がアメリカ連合国に攻め込んできた時点で、勝敗は決してしまうかもしれない。

ならば、アメリカ原住民との対立を避け、彼らの調略を目指すしかないか。

デーヴィス大統領も、元は軍人。

その程度の計算は出来る。

そして、議論は、この方向に進んでいくことになるのである。


*****************

議論の結論は、シブレー准将からの報告を受けてからということとなり、会議は一旦散会となる。

だが、その方針は、西部への進軍は抑えられ、原住民の懐柔を目指す方向に話が進んで行くこととなったのである。


一仕事を終えて、部屋を出る陸奥に、勝麟太郎が日本語で声を掛ける。


「お疲れさん。どうやら、うまく行ったようだな」


勝の言葉に陸奥は肩を竦めて応える。


「いえ、おらは言うべぎごど言っただげ。特別なごど言った訳ではねぇよ」


「それにしたって、アメリカ人のお偉いさん相手に委縮することもなく、堂々たるものだったぜ。

その年で見事なもんだよ」


「アメリカ人どの交渉だら、日本商社で散々やってっからね。

相手の身分高がっぺど、アメリカ人の身分なぞ、おらには関係ねぇから」


「いやぁ、それでも立派なもんさ。

さすがは、龍馬の認めた秘蔵っ子ってとこだな」


勝が褒めると陸奥は少し嬉しそうな顔をしてから、再び顔を引き締めて尋ねる。


「んでも、坂本さんはほんに大丈夫なんだべが。

佐久間象山先生の仰る通り、アメリカ天下三分の計はなった。

だが、ほんに坂本さんは生ぎ残れるのが」


陸奥の言葉に勝は頷き応える。


「確かに、天下三分の計は成功したと言って良いだろうな。

最大の勢力を持つ魏に値するリンカーン率いるアメリカ合衆国。

南部の豊かな食料を抑える呉に値するアメリカ連合国。

そして、ロッキー山脈という天険に守られた蜀に値するアメリカ原住民部族連合。

まあ、援軍という名目で占領していくのも良く似ているな。

そんな中で龍馬の奴が、劉備玄徳となり、原住民部族連合を守ることが出来るのか。

それとも、白人に裏切られ、殺されちまうのか。

まあ、象山先生は、その辺も考えてはいるんだろうけどな。

龍馬の奴も、その辺は全て解った上での行動だ。

オイラ達に出来るのは、奴さんの無事を祈り、奴さんの為に出来ることをする位だろうな」


勝と陸奥の目論見通り、アメリカ西部へのアメリカ連合国の進軍は控えられ、アメリカ合衆国とアメリカ連合国の激戦が繰り広げられることとなる。


そして、この戦いは最終局面を迎えることになるのである。

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