第八話 幕末史概観7 大政奉還と鳥羽伏見の戦い

睦仁親王むつひとしんのうが即位なされると、

前の天子様が支持されていた幕府、会津、桑名の一会桑政権は力を失い、

薩長の倒幕の意思を妨げるものはなくなろうとします」


「即位されたばかりの15やそこらの天子様が、

先の天子様のご遺志に背いて倒幕の意向なんぞ、持つ訳がねぇじゃねぇか」


「ええ、恐らくは武力倒幕を望む薩摩長州とそれに親しい公家が主導したことでしょう。

そのように、いくさになろうとする日ノ本を止めようとしたのが、坂本様です」

「また、わしがか?」

龍馬さんが驚く。

まあ、驚くのは当然だよな。

この頃の龍馬さんの影響力には驚くほどのものがある。

一介の浪人のはずなのに、薩長と幕府の命運を握ってしまう。

だから、後の世で、坂本さえいなければと、

大日本帝国にも、正統日本皇国にも言われちまうのだよな。

どっちも、龍馬さんに助けられたことがあるって言うのに。

人間というのは、恩より恨みばかり、覚えているものなのかね。


「長州を助けたはずの坂本様なのですが、今度は徳川家とくせんけを助けようとなさいます。

土佐藩を通じて、徳川家とくせんけが朝廷に政権を返上するようにと提案するのですな。

これを大政奉還と申します。

慶喜公は、これを飲み大政奉還をなさいましたので、薩長が倒幕を唱える大義名分はなくなりました。

本来なら、それで徳川家とくせんけの命脈はそれで保たれるはずだったんですがなぁ」

そう言うと、龍馬さんは首を捻る。

「わしは、結局、何がしたかったんじゃろうな。

倒幕の長州の味方をしてみたり、かと思えば、徳川家とくせんけを助けてみたり」


龍馬さん、あんたが言うか。

後の世の人間は、あんたの意思を巡って、喧々諤々の論争をしているってぇのに。

あんたにわからなきゃ、誰にもわからんて。

一番好意的な解釈をした勝さんなんかは、

長州も、徳川家も滅ぼさないことを最初から望んでいたと言っていたみたいだけど、

龍馬さんは、長州征伐では、長州側に立って、戦っているしなぁ。

絶対に戦わない。血を流さない、流させないとする不戦主義の人ではないんだよな。

逆に、一番悪意に満ちた評価だと、金儲けの為に長州を助けた後、

今度は幕府に恩を売り、日ノ本を分裂させて、

異国に日ノ本を売って金儲けしようとしただけだとか言われているし。

実際のところ、何を考えていたのだろうね。

龍馬さんが書き残したと言われる船中八策辺りを見ると、

幕府を含んだ、雄藩が朝廷の下で話し合うことを考えていた気配もあるのだけど。

だが、今は、そんな評価を伝える必要はない。

実際の彼の動機は誰にもわからないのだし、結果だけ伝えておけば良いだろう。


「残念ながら坂本様、坂本様は大政奉還が下りて一月程後に、暗殺されてしまいます。

だから、後世でも、この時、坂本様が何をお考えだったのか、

誰にも分らないのでございますよ」

そういうと、ほうか、わしは暗殺されちゅうがか、

それは残念じゃのう、と龍馬さんは他人事のように呟いている。

まあ、実際、自分のことだという実感なんかないのだろうけどね。

話を進めよう。


「ともかく、幕府の大政奉還は非常に危うい時機に行われたことでした。

同じ日に、倒幕の密勅が薩長に下されたのですから」

そう言うと、空気が再び張り詰める。

そして、すぐに倒幕がなされなかったことが、あの大きな事件の引き金となる。

だから、大日本帝国の連中は言うのだ。

あの時、坂本が徳川家とくせんけに、余計な時間を与えたりしなければと。


「倒幕の密勅があろうとも、政権を朝廷に返上した以上、

徳川家とくせんけを攻める理由は、本来なくなったはずでした。

だから、このまま朝廷を頂点とした旧幕府勢力を含んだ雄藩の話し合いによる政府が

成立するかと思われましたのですがねえ。

しかし、武力倒幕の意思を強く持つ勢力は諦めません。

まずは王政復古の大号令を朝廷より出させ、

徳川家とくせんけから官位、領地の全ての返納を要請します。

徳川家からから全てを奪おうというのですな。

その上で、江戸で焼き討ちなどの挑発を繰り返す。

そして、耐えられなくなった旧幕臣が鳥羽伏見で、

薩長率いる新政府軍と激突することとなるのです」


「江戸に火付けまでするとは、飛んでもねぇ連中だな。

それで、戦はどうなっていくんだい?」

「旧幕府軍には、フランスから買い取った最新式の武器があったようなのですが、

それを使いこなせる指揮官がいなかったようです。

その為、ジリジリと追い詰められる旧幕府軍。

そこで、新政府軍に、天子様の軍であることを示す錦の御旗が掲げられると

旧幕府軍は総崩れとなり、慶喜公のいる大阪城へと撤退したそうでございます」


「錦の御旗か。

尊王を旨とする水戸学派の慶喜公にとっては、何よりの痛恨事であったろうな」


「ええ、慶喜公は、この時、天子様に賊軍とされることに耐えられず、逃げ帰ってしまいたいと思ったと後に述べておられました」


「ふざけんじゃねぇや!慶喜公は徳川の大将をやってんだろ?

徳川の為に戦っている連中がいるのに、そいつを見捨てて逃げるなんて、冗談じゃねぇぞ」


「それだけ、水戸学の人間には、尊王というのは重いのだよ。

僕も正直、バカバカしいとは思うし、納得も出来ないが、理解は出来るところだ」


水戸学というと、尊王攘夷のおそらく元になった考え方だったよな。

水戸光圀公が、大日本史の編纂を命じたことから始まったとか言うけど。

そこでは、天子様に従順なものを善、逆らうものを悪としているんだとか。

最後の将軍の慶喜公が、その水戸学の総本山出身というのが歴史の皮肉としか言いようがない。

本当、龍馬さんが稼いだ時間に、あんなことが起きなければ、

慶喜公は本当に大阪城を脱出して徳川家とくせんけ

終わっていたかもしれないのだよな。


「ですが、実際には、慶喜公は逃げることはなさいませんでした。

逃げるどころか、天下に向けて、一つの宣言を出される。

この宣言により、戦局は再び、大きく動くこととなるのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る