第7話 剣の時代の終わりの始まり

暫く待つと、息を切らしていた土方さんが近藤さんに呼ばれてやってくる。

そして、二人が正座して並ぶと、近藤さんが頭を下げて挨拶をする。


「お待たせいたしました。ご用件を承ります」

そう近藤さんが姿勢を正して尋ねる。

隣に座る土方さんは、どこか、こちらを不審な目でこちらを見ている。


「近藤殿、土方殿にお尋ねしたい。異国から黒船について、どう思われるか?」

勝さんが二人に姿勢を正し尋ねると、近藤さんも土方さんも戸惑ったように顔を見合わせる。


「どう、ともうされましても。

私どもは田舎道場で剣術修行をしているものに過ぎませんので」

近藤さんは困惑しながら答える。

まあ、この時期は、まだ、こんなものだろう。


二人が若いということもあるけれど、この頃はまだ幕府が強かった時代だ。

江戸時代と呼ばれるこの時代のほとんどがそうだったのだけど。

幕府は、天下のことなんて世間に伝えず勝手に決めていたから、庶民は世の中の流れになんて興味を持たずに一生を終わるのが普通だった。


アッシだってね、あんな変な夢を見なければ、

この国の行く末なんか考えることもないまま、死んでいただろう。


だが、この無関心も、間もなく終わる。

老中の阿部様が、何の対策も取ろうとしない幕閣の動きをひっくり返す為、黒船のことを広く外様大名や世間に伝え、意見を募集するようになると、世間は天下の情勢に興味を持つようになっていく。

武士だけではなく、商人も、町民も、天下を語りのめり込んでいく。


彼らも、これから数年すれば、天下国家を語るようになるはずなのだ。


「なるほど、私の聞き方が悪かったようです。天下の為、働くお気持ちはありますか?」

勝さんが、そう尋ねなおすと、土方さんが訝し気に尋ねる。


「おっさん、あんた、何のようで来たんだ?さっきから、回りくどくて仕方ねぇよ」


「トシ!あまり失礼な口を聞くな」

近藤さんが土方さんを嗜めると、勝さんはニヤリと笑って、足を崩して胡坐に変える。


「いや、もっともだな。じゃあ、こっちも、率直に行くぜ。

天下の大学者、佐久間象山先生が天下国家の為、働くものを探しているんだ。

どうだ?ちっとばかり、話を聞いてくれねぇか?」


「天下の為ですか?

私どもは多摩の田舎の剣術使い。

何か出来るようには思えません。

それに、先ほども伺ったのですが、佐久間様という方を私は浅学にして存じかねるのですが」


「おや、知らねぇのかい?

そうか、庶民には、それほど、知られてねぇのかな?

でも、それを佐久間先生に言うんじゃねぇぞ。ヘソ曲げちまうからな」


「それは失礼しました。それで、佐久間様は、どのようなお方なのですか?」


「言ったろ。天下の大学者さ。

あの先生以上に、今の日ノ本で、この地球のこと、異国のこと、

分かっている人はほとんどいねぇんじゃねぇかな?」


「なるほど、そのような方が、人を集めていると」


「俺たちは只の田舎の剣術使いだぜ。

学者がそんな人間を集めて謀反でも起こすつもりかい?」

土方さんが揶揄すると勝さんが笑う。


「はっはっは。象山先生は、そんなバカなことはしねぇよ。

だが、どうしても、人手が必要なことがあってな。

それで、ここにいる平八君に将来、有望な者を探して貰っていたんだ。

で、まあ、お二人が、それに当たるという訳さ」


勝さんがいきなりアッシに振るが、仕方ない。適当に合わせるか。


「はい。アッシが、このお江戸を駆け回り、将来有望な方を探させて頂き、

お二人を勝様に紹介させて頂きました」


「おっさんは何者だい?」


「アッシは三河無宿の平八と申します。

江戸を回り、将来、この国を左右される方を探して回っております。

それで、本日は、三日後に行われる神田於玉ヶ池にある象山書院での話し合いに

お二人を招待する為に参りました」


「聞いていることに答えてねぇよ。

どうも胡散臭えんだよな。

だいたい、学者なんぞに何が出来るってんだよ」

土方さんが批判すると勝さんが声を上げる。


「天保12年(1841年)高島秋帆先生の徳丸ヶ原での洋式砲術演習を知っているかい?

今から16年前。

おめぇさんらが、まだ生まれたか生まれてねえかの時分の話だから、

知らねえかもしれねえが。

今ある高島平ってのはな、この演習一発で名前まで変わっちまったんだ」


「それが、どうしたってんだよ」


「それくれー、スゲー力が学者にあるってことさ。

おいらも、島田先生の下、直新陰流を学び、

やっとうを朝から晩までぶん回していたんだけどな。

あの演習を見た時、目が覚めたんだよ」


「はん、学者なんぞ、喧嘩の役に立たねえよ」


「ああ、学者だけじゃ、喧嘩にゃ勝てねぇよ。

だけどな、学者がいなきゃ、いくさには勝てねぇんだよ。

黒船を見てみろよ。

アイツはな、風がなくても、自由に海を行き来出来るんだ。

どんな遠くからでも、自在に来られるんだぜ。

それにな、あの船から出る大砲はよ、

刀や弓矢が到底届かねえような距離から、相手を吹っ飛ばせるんだ。

アイツらに勝とうと思ったらな。やっとうブン回すだけじゃ、どうしようもねぇんだよ」


勝さんは両手を広げて叫ぶと土方さんは不満そうな顔を浮かべて、

言い返そうとすると近藤さんが遮って尋ねる。


「なるほど、剣ではいくさに勝てませんか。

それなら、私たちは、やはり、何の役にも立たないのではありませんか?」


「そんなこたあねぇよ。

お前さん達は、まだまだわけえ。

おいらが徳丸ヶ原の演習見た頃は、只の剣術バカだったんだ。

お前さん達に、目を開く気持ちさえあれば、やれることなんざ、いくらでもあらあな」


「ですが、私は、この道場を継ぐ為に、近藤家に入りました。

剣術を捨てる訳には参りません」


やっぱり、この二人、相性悪いな。

侍に憧れ理想の侍になろうとした近藤さんと土方さんと、

侍の枠を飛び越えて国を変えようとした勝さん。

このままでは平行線で終わると思ったのでアッシは二人の会話に割って入ることにする。


「いえいえ、決して剣術を捨てろというお話ではないのですよ、

近藤様、土方様。むしろ、アッシらは、そのお力を借りたくて、こちらに来た次第でして」


「力を貸すって、どんなことをやらせる気なんだい?」

土方さんがアッシを睨む。


「黒船に対抗する為、剣には剣の役割がございます。

その為に、皆さまのお力が必要だとのことなのですが、

アッシらも、ここで詳しくお話しすることは出来ません。

3日後、象山書院に来て話だけでも聞いて頂けないでしょうか。

そこで、話を聞くだけでも結構です」


近藤さんは腕を組んで考えている様子だ。


「その佐久間先生が、私たちを呼んだ理由を知っていて、

お二人は、その理由をご存知ないいということですか」

近藤さんは、アッシの言い分を期待通りに勘違いして、

象山先生以外、彼らを呼んだ理由がわからないと誤解してくれている。


それを見ると勝さんは頷いて立ち上がる。


「まあ、時間は三日ある。じっくり考えてくれ。

来る、来ねぇは、そっちの勝手さ。

だがな、来ないと決めたなら、最後まで天下のことに、口出ししねぇで貰いてーんだ。

事情もわからずに、後から暴れられるのが一番迷惑なんでな」


「け、何でぇ、偉そうに。

俺たちは、あんたら何ぞ、関係なく、好きにやるさ。

従わなきゃいけねえ、理由なんかねーだろうがよ」

土方さんが反発するので、エサを撒いてみることにする。


「佐久間象山先生によると、この国の為、徳川家とくせんけを守る為、

どうしても伝えておきたいことがあるとのことなのです」


「徳川家の為ですか。

私ども、多摩の百姓は一朝ことがあれば、徳川様の為に立ち上がるように言われております」


「確かにそうだが、こいつらが何をするか、わかったもんじゃねぇぜ」


「しかし、徳川様の為と聞いたのに、何もしないのでは不忠となる」


「ならば聞くだけ聞いて判断しては頂けませんか?

話を聞いた上で、協力するも、反対するも、ご自由でございます」


「本当に、話は伺うだけでよろしいのですか」


「さっきから、そう言ってんだろ。

聞いて、知って、考えてくれりゃあ、それでいい。後はお前さん達の勝手さ」


「承りました。そういうことなら、三日後、象山書院をお伺い致します」


「おう、決めてくれたか。まあ、来て後悔はしねぇのは、おいらが保証する。待ってるぜ」


勝さんは笑って頷くと試衛館を出るので、私も後を追う。


こうして、幕府の最後の侍たちとなる男たちも三日後の象山書院に来ることが決まった。


*****************


そして、三日後、象山書院に人が集まってくる。


後に、世界の歴史を変えたと言われる会議が、ここに始まる。

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