第十一話 日本列島改造計画
父島では、佐久間象山、村田蔵六(大村益次郎)、そしてグラント中佐による日本防衛戦略会議が進んでいた。
佐久間象山は、グラント中佐に日本の現状を包み隠さず伝える。
その情報開示を自分に対する信頼の現れであると感動したグラントは、日本を守る為に知恵を振り絞る。
グラントの実戦経験に基づいた提案を、冷徹な論理で村田蔵六が検証し、更に改良を加える。
そうして出来上がった戦略を更に象山が練り直す。
そうやって、日本防衛戦略が構築されていくのだった。
「やはり、日本を守る為には、海軍を充実させるのが一番だな」
グラントがそう指摘すると、象山が応える。
「そうだ。この国は海岸線が長過ぎる。全ての海岸線に要塞を築き、防衛するなど不可能なのだ。
だから、僕は15年も前から、海軍建造を幕府に提案している」
その意見に対し、蔵六が付け足す。
「侵略されない為には、まず上陸させないこと。
その為に、日本付近の海を哨戒する船の数を増やすことが第一であります」
その言葉にグラントが頷き、日本地図を指さしながら話す。
「まずは、ここ小笠原諸島、琉球、対馬、北蝦夷(樺太)、蝦夷に海軍基地を作る。
次に、それらの海軍基地を繋ぐように、哨戒の為の船を出すようにする」
その言葉に象山が付け足す。
「目的が侵略に対する哨戒であるならば、戦船である必要さえなかろう。
それぞれの海軍基地には、ここ父島のように交易地を併設させ、それぞれの交易地から交易船で繋ぎ、商売出来るようにすれば良かろう」
象山の言葉にグラントは少し考えてから確認する。
「日本近海の船の数を増やし、商船であろうと、外国軍艦を見つければ、通報させるようにするということか。
それで、通報があれば、海軍基地から軍艦に出航させると。
確かに、そうすれば哨戒の役割は果たせるとは思うが、それで本当に欧米列強の軍艦に対抗出来ると思うのか。
確かに、数年で、蒸気船を作り上げたのは立派だと思うが」
グラントの言葉に象山が鼻息荒く応じる。
「その為に鉄で出来た船、甲鉄艦を作るのだ。
これさえ完成すれば、たとえイギリス軍艦であろうとも十分に渡り合えると僕は考えている」
平八の話から、甲鉄艦の戦闘力を聞いている象山は、その戦力に確信を持っているが、そこまでは聞いていないグラントは懐疑的だ。
「鉄で出来た船か。
たとえ成功したとしても、これまでの木造船と比較すれば、間違いなくスピードは落ちるぞ」
グラントの指摘に対し、蔵六が考えて答える。
「代わりに、木造船よりも沈みにくい船になるのならば、十分な価値があると考えられるのであります」
暫く考えた後、グラントは象山に伝える。
「まあ、実際の有効性は出来てから考えることだろうな。
だが、もし、本当に戦える鉄の船が出来たならば、注意しておく。
その船はいざと言う時まで使うな。その情報は隠しておけよ」
グラントの言葉に蔵六が訝しげに尋ねる。
「どうしてでありますか?」
「他の国に真似られる危険があるからだ。
この国の工業力は、まだまだ欧米列強には及ばない。
もし、日本が新しい発明をしたならば、大量製造出来る工業力を備えるまでは秘匿すべきだ。
その上で、侵略があった場合は、一気に敵艦隊を駆逐するのだ。
先に情報が漏れれば、日本よりも多くの甲鉄艦を用意されてしまうだろうからな」
グラントの言葉に、象山が頷く。
「その為に、時間を稼ぎ、この国の工業力を発展させることが第一ということだな」
「そうだ。生産力に関係なくする戦争などありえない。
本当に負けない国にしたいならば、まずは国を発展させるべきだ。
戦争は強い者が勝つ。
弱者が目先の戦術で有利になることはあっても、最終的な勝者になることは難しいのだ」
日本を守る為には、日本の国力を上げることが第一だ。
「その通りだな。だから、僕は富国強兵を、この国の政策の根幹に据えているのだ」
「それが正解だろうな。
まず、海軍力を強化し、上陸を防ぐ。それが第一だ。
だが、何事も完璧にすることは不可能。
必ず上陸する兵士はいるだろう。
そこで、初めて私の出番となるのだが」
そう言われて、蔵六が提案する。
「兵力を増やす為に、いざとなれば、この国に住む全ての者が戦えるようにする、国民皆兵を私は提案しているのであります。
一定期間、全ての民に戦い方の訓練をする。
そうすれば、上陸してきた侵略者たちの侵攻を遅らせることは可能でしょう」
その提案に、グラントは考えてから答える。
「確かに、海岸線の全てを要塞化出来ないのなら、国民に遅滞戦闘のやり方を教えることは有効かもしれんな。
だが、武器が用意出来なければ、兵の数を増やしても意味はない。
となると、防衛はローマ軍の方式を使うしかないか」
「ローマ軍方式とは何でありますか」
蔵六が尋ねるとグラントが説明する。
「ローマ軍が長大な国境線を守る為に実施していた方式だよ。
まず、上陸して来た侵略軍に対しては、現地の兵が遅滞戦闘を行い、ともかく時間を稼ぐ。
その間に、近くにある駐屯地より、軍を派遣し、敵を撃退するという方式だ」
その説明を聞いて象山が確認する。
「なるほど、そうすれば、派遣する精鋭部隊に最新武器を渡し、現地の部隊がするのは遅滞戦闘であるから、渡す武器は少なくて済むということか」
「その通りだ。
だから、まずは、国防軍の一部に遅滞戦闘のやり方を叩き込む必要がある。
その上で、遅滞戦闘のやり方を理解した指揮官を各地の州(藩)に派遣するのだ。
いくら、精鋭部隊を派遣しようとも、その前に現地の軍が決戦を行い壊滅していては意味がないからな」
グラントはそう言うが、果たして誇り高い武士が、時間稼ぎなんかを受け入れるかどうか。
攘夷の気風が強く、戦闘意欲旺盛な侍のほとんどは、国防軍に参加しているから、反発はそれ程でもないと思うけれど。
平八がそんな風に考えていると、蔵六が確認する。
「遅滞戦闘を教えることは理解出来ました。
正面から戦っても勝てないことが理解出来れば、どんなに愚かでも、華々しく散るなどと言うバカなことは言わないでしょう。
そもそも、その程度のことも出来ず自滅したい連中がいるならば、死んで貰えば良いのであります。
死を恐れぬ兵士がいれば、それはそれで使いようはあります。
その上で、死にたがりの連中は放置し、農民にも遅滞戦闘のやり方を教えておけば良い。
そうすれば、時間を稼ぐ程度のことは出来るでしょう」
蔵六の身も蓋もない淡々とした言葉には、日本の侍を知らないグラントでさえ驚く。
農民出身の彼からすれば、誇りの為に死のうとする侍なんて理解出来ないのだろうが。
言い方ってものがあるだろう。
そんな風に平八が考えていると、蔵六が続ける。
「しかし、それとは別に問題があります。
日ノ本は縦に長い国であります。
遅滞戦闘で時間を稼いだとしても、国防軍をどれだけ迅速に派遣することが出来るかどうか」
蔵六の言葉に、グラントは気を取り直して応える。
「その為には、道路の整備が必要です。
その上で、日本中に鉄道網を整備するのです。
鉄道網が完成すれば、派遣軍は何処であろうと遅滞なく派遣することが出来るようになる。
武器・弾薬も遅滞なく、戦場に輸送する事が出来るようになるでしょう」
グラントの提案に象山は考えた上でニヤリと笑う。
「なるほど、日本中に鉄道網を引くならば、日本中の仕事が増える。
鉄道が完成すれば、軍だけでなく、様々な物品の流通が可能になる。
産業振興も兼ねた策という訳だな」
象山の指摘にグラントもニヤリと笑う。
「さすがはショー(象山)だな。話が早くて助かるよ。
まあ、簡単に完成する策ではない。
我らが生きている間に完成するかどうか」
当然の話だろうな。
まだ、日本国内何処にもない鉄道を作り上げ、その線路を日本中に整備する。
完成するまでに50年以上掛かるかもしれない。実に遠大な計画だ。
そんな風に考えていると、グラントが続ける。
「だが、問題が一つある。
アラスカは遠過ぎる。
本州、四国、九州に駐屯地を作り、そこから鉄道網を作れば、日本本土の防衛は可能だろう。
しかし、アラスカに兵士・武器・弾薬を輸送するのは困難だ。
更に、冬には海が凍り、輸送は更に困難になるだろう」
アラスカ購入の話は既にグラントにも伝えてある。
正直に言って、日本の防衛力から考えて、アラスカはその身に余る領土だというのがグラントの結論だ。
グラントは続けて問題点を指摘する。
「特に問題となるのが、カムチャッカ半島の都市ペトロパブロフスク・カムチャツキーを譲り受けるとした点だ。
ロシアは膨張国家だ。
そのロシアと国境を接するのなら、日本侵略の口実を与える危険がある」
グラントがそう言うと、象山は拗ねたように呟く。
「それは、僕も解っている。
アラスカ購入は、僕の策ではないのだ。
ただ、幸い、ロシアは陸軍国家。強い海軍を持つ国ではない。
まして今、ロシアは、ヨーロッパでイギリス、フランスと戦争中。
暫くは、アジアにまで兵を派遣する余裕はなかろう」
そう言われて、グラントは考えた上で応える。
「確かに、ロシアがトルコで戦っている間は、安全か。
と言っても、クリミア戦争の被害の様子を聞いた限り、続いて後数年というところ。
日本を守る為と言うのなら、アラスカなぞ購入する必要はなかったのではないか」
アラスカ購入の本当の第一目的は、イギリスとロシアの戦争を継続させることだ。
そして、第二の目的は、資源の確保。
平八の夢の通りなら、アラスカには、将来必要になる石油が豊富にあると言う。
だが、どちらも、さすがにグラントに話せる話ではないので、象山は憮然と言う。
「それは、僕が考えたことではないからな。
戦いを続けたいというロシアの懇願に負けて、アラスカを購入してしまったのかもしれぬが。
とりあえず、アラスカ防衛が可能になるかどうかは、ロシアが日本侵略を考えるようになるまでに、どれだけ海軍力を整備出来るかに掛かって来るのではないか」
そう言われて、グラントもため息を吐き、頷く。
「そうだな。甲鉄艦と同じで、どれだけの海軍力を日本が準備出来るかに掛かって来る話か」
それに、ロシアが日本侵略を考えるのなら、ペトロパブロフスク・カムチャツキーはロシアへの逆襲の橋頭堡と出来る可能性がある。
どうしても、アラスカを守ることが出来ないと判断するなら、約束通り担保としてユダヤ人に譲り渡すという手もある訳だし。
そんな風に平八が考えていると、グラントが続ける。
「とりあえず、海軍を整備し、日本に鉄道網引くことを幕府に提案してくれ。
その上で、私は国防軍の訓練で日本本土に向かわせて貰いたい。
日本人の中には、外国人が嫌いな連中がいることは理解しているがな。
ロック(蔵六)よりは、私の方がマシだろう。
ロックは賢いが、兵士を率いる将に向いているタイプには思えない。
嫌われ役は、全部、私が引き受けてやる。ロックの知恵を私に貸してくれ。
そうすれば、鉄砲や大砲を使った遅滞戦闘、陣形、侵略者の撃退方法、私の知る戦術の全てを日本の国防軍に叩き込んでやろう」
こうして、日本改造計画が父島の一角から動き出す。
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