第十四話 対馬に来た不審船
大鳥圭介は大砲の音を聞くと、すぐに対馬要塞海軍基地の面々に号令を掛ける。
「総員乗り込め!場所は何処だ?」
「芋﨑砲台の方向です」
「良し。全艦、芋﨑砲台沖に向け発進だ」
対馬に不審船が近づくことは、珍しいことではない。
条約を結んでも海の上のこと。
約束の港と場所を間違えたと称して、指定された港以外に接近する船。
武装したまま対馬に近づく船等は、少なくはないのだ。
その様な船を見つけると、近くの砲台は空砲を放ち、同時に昼なら狼煙、夜ならばかがり火を掲げる。
それを確認すると、圧倒的な戦力で不審船に圧力を掛ける為、全艦で現場に駆けつけるのが、日本のやり方だった。
対馬にある日本の軍艦は、対馬の二つの島の間にある対馬要塞にあるものだけではない。
交易の為に対馬に寄港している船もあれば、異国との交易を行う海栗島を見張る為に停泊している船もある。
それらの船も、全て北から対馬を廻り込んで芋﨑砲台に向かう。
対馬で日本が使っている軍艦は全て蒸気船。
イギリス、オランダから買った最新鋭艦が中心の為、馬力、速度、共に、この時代の最高峰。
これで不審船は逃げることが更に困難となっていく。
これで、まだ対馬要塞の軍備は、まだまだ完成していないと言う。
幕府は、何処まで、この島を武装するつもりなのか。
それだけ、この島が日ノ本にとり、大事な要衝であるということなのだろうな。
そんなことを考えながら、大鳥は接近する船の国旗を確認する。
あの国旗は、確かロシア。
ロシアと交易するのは、北蝦夷(樺太)であって、対馬では交易はしないという事になっていたはず。
とすると、あの船は、誤って接近したのか、条約破りを承知の上で近づく侵略行為なのか。
いずれにせよ、乗り込んで話を聞かねばなるまいな。
そう考えると、大鳥は大声を上げる。
「下村さーーん、どうやらロシアの船の様です。
私は英語ならいけますが、ロシア語は、ちと解らない。
通詞をお願い出来ますか」
そう言われて、
「あいづらは、我が国の法破って、侵略してぎだ連中。
沈めでも構わんのではねえが?」
「もしかしたら、単に道に迷っただけかもしれません。
あるいは、事故や故障、急な怪我人や病人が出たのかも。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。
弱者に慈悲を掛けることは、水戸学の教えにも背かぬはずでは」
そう言われると、下村は苦笑して応える。
「違いねえ。
だが、出来れば、弱え者ではなぐ、戦う気のある、もっと根性がある奴に来で欲しいものだな」
戦って名を上げたいという下村の気持ちを知っている大鳥は苦笑で返す。
日本の方針として、戦いを避けるということは下村も理解しているのだろうが、戦って英雄になりたいという気持ちは大島にも判るのだ。
蒸気船の内、一艘が目の前にいるロシア船を通り越して湾の出口を塞ぎ、砲撃出来る位置に停泊する。
時間が経てば、更に海栗島近辺の艦船も、この近くに集まることだろう。
それならば、今するべきなのは時間稼ぎ。
既に、湾の外に船が停泊し、砲撃出来る位置を確保した時点で、ロシア船が逃げるのも、日本船を攻撃するのも困難。
その状況を確認した上で、大鳥らの乗った船は、ロシア船に接舷し、はしけを掛ける。
とりあえず、すぐに攻撃する様な無法者はロシア側にはいないようだ。
ホっとする大鳥と不満そうな下村。
武装した日本海軍水兵が次々にはしけを越え、ロシア船に乗り込んでいく。
持っている武器は日本刀と短銃。
遠距離での戦いに向いたライフル銃を持つ兵は日本船に残り、接近戦に向いた武器を持った者が船に乗り込んだ形。
日本軍の動きは、何度か繰り返している行動なので、行動に淀みがなく、規律正しく整然としている。
その動きに、ロシア側は圧倒されているようにも見える。
「この船は、不法に我が国、日本の領海に入ってきています。
直ちに、武装解除をお願いしたい。
誰か、英語を話せる人はいませんか?
それとも、ロシア語で話を聞いた方がよろしいか」
大鳥はそう言うと、下村がロシア語に通訳し、同時に、大鳥は再び、同じ意味の言葉を英語で話す。
大鳥にしても、下村にしても、英語やロシア語が、学者並みに堪能という訳ではない。
だから、まず、ロシア語でロシア船員にも目的を伝えた上で、英語とロシア語、ロシア側の望む言語で交渉しようと考えたのである。
暫くすると、ロシア船の中で一番上等な服を着た男が返事を返す。
「こちらに、戦う意思はない。
私はロシア海軍、ピリーリョフ大尉。
船が故障したので、修理の間の停泊許可を願いたい。
日露通商条約でも、故障などの緊急事態には庇護を求めることが出来ると決めているはずだ。
速やかに、条約の履行を願いたい」
返して来た言葉がロシア語なので、下村が日本語に訳すと大鳥が頷いて応える。
「確かに、条約では緊急事態が起きた場合は助けることを約束をしている。
だが、我が国に来るには武装解除しなければならないということも、条件として定めているはずだ。
条約の履行の為、今、お持ちの武器を全て提出して頂きたい。
それが、我が国に寄港する場合の取決めです。
その上で、大砲には封印をさせて頂く」
下村が訳すと、ロシア兵たちの間に動揺が広がる。
当然だろう。
何とか居座り、芋﨑辺りに基地を作ってしまおうと思っていたところ、いきなり武装解除を要求されているのだ。
ピリリョフは動揺しながらも平静を装い応える。
「この船は皇帝陛下より下賜された軍艦だ。
武装解除には応じられない。
武器を渡して返して貰えなければ、皇帝陛下に面目が立たない」
ピリリョフの返事を下村が訳すと大鳥が笑って頷く。
「武器の返還については、心配ご無用。
我らは、他の国とは違う。
武器の引き渡しの際に、そちらで武器の一覧表を作って頂きたい。
我らは、その内容を確認した上で武器を預かり、返還の際も、その一覧表の通りお返ししましょう。
また、大砲にする封印もあくまで紙で封をするだけ。
寄港中に封を破れば、罰金を頂くことになりますが、我が国を出れば封を解くのも簡単です。
それが嫌であるならば、我が国への寄港を許可することは出来ません」
大鳥の言葉にピリリョフは考える。
武器を渡すと言ってもリストを作って渡すなら、幾らかは隠し持つことは可能だろう。
その上で、紙の封印ならば、いざとなれば大砲を使うことも可能。
ならば、追い出されるよりは、せめて日本軍と接触し、情報収集だけでもしておくべきだろう。
そう考えて、ピリリョフは船員に武器を集め、リストを作るように指示をする。
ロシア側が、武器を集めリスト作りを始めたのを確認すると、大鳥も乗り込んできている日本兵に、ロシア船の大砲に封印を施すように指示をして話を続ける。
「分かって頂けた様で良かった。
ところで、船が故障されているということですが、何処が壊れているのでしょうか。
これから、対馬の交易地まで船を曳航し、そこで修理させて頂きます」
そう言われてピリリョフは内心慌てる。
何しろ故障は口実で、実際にはポサドニック号は壊れてなどいないのだ。
修理するなどと言う名目で船を調べられたら、堪ったものではない。
その上、対馬の交易地まで船を曳航されてしまえば、基地を作ることも出来ないではないか。
「いや、故障しているのは蒸気機関。
我が国の最高機密です。
親切は有難いが、あなた方には修理することも出来ないでしょう。
停泊さえさせて貰えれば、何とか自分達で修理します」
アジア人に蒸気機関など修理出来るはずがない。
そう考えるピリリョフは、蒸気機関を持ち出して煙に巻こうとする。
「蒸気機関の故障ですか。
大丈夫です。
我が国には、この船の整備を出来る程度の職人はおります。
もっとも、国家機密だと言うならば、無理に我らが、修理することは致しません。
ですが、それでも、海栗島には修理の為のドックがあり、水食糧の補給も致します。
ここで、修理するよりは、ずっと良い筈です」
大鳥の笑顔にピリリョフは反論することも出来ず、ポサドニック号は海栗島へと曳航されることになる。
そこで、ロシア人達は想像もしていなかった光景に遭遇することになるのである。
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