第十八話 アメリカ西部防衛宣言の余波

アメリカ原住民によるアメリカ西部防衛宣言は、瞬く間に世界中に拡散された。


馬のたてがみを持つ男こと、坂本龍馬率いるアメリカ原住民部族連合はサンタフェ、ユニオン砦に行く途中で、サンフランシスコに立ち寄り、既に、この宣言をしてきていたのである。

当然のことながら、サンフランシスコにも、原住民を嫌う人々もいたし、原住民の大軍を恐れる人々もいた。

だが、4年前のサンフランシスコ大地震以来、すっかり街の顔役になった日本商会が、勇気を持って、原住民と接してから、その流れが一気に変わる。


日本人達は原住民と交渉し、約束を勝ち取ったのだ。

原住民たちは、街に入る際には武装解除すること、一度に大量に街に入らないことを約束した上で、アメリカ合衆国の法を守り、アメリカ連合国から西部を守ることを誓ったのである。

まあ、代わりに奴隷解放宣言に従い、原住民を差別しないことが条件なのではあるが。

そして、街に入った原住民たちは礼儀正しく、高貴な野蛮人と呼ばれるに相応しい態度で行動する。

その態度は、実際には原住民と接したことのないアメリカ人達の敵意を氷解させていったのだった。

勿論、原住民に家族・友人を殺された等の事を理由に、強く原住民に敵意を持つ者も存在はした。

だが、裁くべきは罪を犯した犯人であり、部族全体ではないはずだという至極当然の反論の前に口を紡ぐざるを得なかったのだ。

何より、圧倒的な原住民の大軍の前に逆らう力などなかったのも理由だろう。

こうして、原住民部族連合は日本商会の協力を得て、補給路を確保し、サンタフェへと向かうこととなったのである。


そして、サンフランシスコで行われた原住民によるアメリカ西部防衛宣言は、日本商会の商船などを通して、太平洋を越え、西へ西へと拡散されていく。

今回、拡散されたのは、奴隷解放宣言や奴隷人権宣言の時の様に、大英帝国の植民地ばかりではない。

大戦が始まった以上、大英帝国植民地だけで独立運動を起こさせる理由はないと佐久間象山は考えていた。

それ故、日本は、奴隷解放宣言、奴隷人権宣言と共に世界中の植民地にアメリカ原住民の西部防衛宣言も拡散していったのだ。

奴隷解放宣言を実現するアメリカ合衆国への賞賛と共に。


この拡散により、世界中の植民地の独立運動は更に拡大、拡散することとなる。


そして、その中には、今まで独立運動に直面して来なかったフランス等のヨーロッパ諸国も含まれることとなるのである。


「何故だ!何故、植民地の住民が独立などと言うバカなことを言いだすのだ!」


フランス皇帝ナポレオン三世は激高する。

これまで、フランスの植民地では独立運動など起きていなかった。

だから、独立運動を起こされる大英帝国をナポレオン三世をはじめとするフランス人達は内心笑っていたのだ。

大英帝国の植民地経営が悪いから、反乱だの独立運動など起こされるのだと。


大英帝国とフランスの植民地経営は全く異なる。

大英帝国の植民地経営は完全な実力主義だ。

植民地の原住民でさえ、優秀ならドンドン出世させ、権限を与えていく。

中にはイギリス人の上司の原住民さえいる位なのだ。

その代わり、公私の境は、明確に分け、決してプライベートでは原住民と付き合わない。

酒も食事も一緒にしない。

友人になることもなければ、愛人にすることもない。

一切の情を通わせない。

これが、大英帝国式の植民地経営であった。


これに対し、フランス植民地では、原住民を仕事上、明確に差別する。

原住民がいくら優秀でも権限は与えない。

原住民である以上は、仕事上は、常にフランス人より下の地位につけ、明確に差を付けるのだ。

しかし、仕事が終わると途端に仲良くなるのがフランスのやり方。

一緒に酒も飲みに行くし、食事もする。

友人も作るし、中には原住民と結婚し、植民地に移住する奴までいる。

仕事で上下は作っても、情を通わせるのが、フランスのやり方なのだ。

そうやって、貧しかった植民地を豊かにし、植民地原の原住民に愛されているとフランス人達は信じていた。


これに対し、大英帝国は仲良くなってもいないのに権限を与えるから、反発されるのだ。

フランス人は、本当にそう考え、大英帝国の植民地独立運動を嘲笑っていた。

それが、今回のアメリカ原住民の西部防衛宣言が届くと、フランス植民地でも独立運動が始まってしまったのだ。

それが、ナポレオン三世には納得いかなかった。

権限は与えず、フランスに愛着を持たせることに成功したから、植民地経営がうまく行っていたのではなかったのか。

激高するナポレオン三世に副官が報告する。


「それが、植民地の原住民たちが、自分達にも同じ権利を寄越せと騒いでおりまして」


「どうしてだ!

現地に移住したフランス人との間には友好関係が築けているのではなかったのか!」


ナポレオン三世がそう言うと、副官が言いずらそうに応える。


「それが、現地に移住したフランス人達は、現地人に同情しておりまして。

中には、一緒に独立運動に参加している者までいるとのことです」


「何を考えているんだ、馬鹿どもが。

我がフランスは、今、大英帝国と国の命運を賭けた決戦の真っ最中なのだぞ!」


ナポレオン三世は激高し、頭を抱える。

現在、フランス、ロシア連合艦隊は大英帝国商船の無差別破壊に成功。

イギリス本土は通商破壊により大打撃を受けている。

これに対抗し、大英帝国側はフランスの海岸都市への無差別攻撃を開始。

地中海側が攻められない分、有利ではあるが、フランスもかなりの消耗を強いられているのである。

そんな中、植民地での反乱鎮圧が加われば、フランスは更に苦しくなることとなる。

それなのに、植民地の原住民に同情して、一緒に独立運動をする馬鹿なフランス人がいるとは。

冗談ではない状況であった。


そのフランス、ロシアと戦う大英帝国側にも、転機が訪れていた。


「無差別攻撃という危険な海を越え、よく来て下さった、岩倉殿」


大英帝国蔵相ディズレーリは、ロンドンにやってきた岩倉具視に歓迎の言葉を述べる。

これを西周にしあまねが英語に通訳し、岩倉が応える。


「いえいえ、無差別攻撃と言いつつも、日本の商船は攻撃対象外となっておりますからな。

来るだけならば、簡単なことでございますよ」


岩倉の言う通り、商船無差別攻撃と言っても、イギリス本土近くを通る船、全てが攻撃されている訳ではない。

イギリス本土は、ヨーロッパに近過ぎるのだ。

イギリスの近くを通る商船全てに攻撃をしていたら、ヨーロッパの他の国の商船まで攻撃することになってしまう。

それでは、仏露は、他のヨーロッパ諸国の敵となってしまう。

大英帝国軍艦に護衛されている商船ならば、間違いなく、大英帝国の商船だろうが、そんな船を狙えば、確実に戦いになってしまう。

だが、優秀な大英帝国艦隊と戦えば、確実に仏露艦隊側に犠牲が出る。

大英帝国の軍艦とは戦って犠牲を出したくないというのが、仏露艦隊の正直なところだ。

その結果、仏露艦隊の襲撃は、大英帝国艦隊の護衛のない大英帝国とその同盟国の国旗を掲げた商船に限られることとなったのである。

それ故、日本商船は、仏露の攻撃をほとんど心配することなく、イギリスと交易を続けることが出来ていた。

それだけでも、通商破壊攻撃を受けている大英帝国には有難い存在であった。


岩倉はニッコリと笑うと続ける。


「それに、今回は大事なお客様をお連れしての訪問。

我々も、武装した蒸気船を出し、最大限の護衛をして参りました。

まあ、公式には出来ない密談の類ではございますが」


そう言うと岩倉は後ろに控えていたカイゼル髭の男を紹介する。


「プロイセン王国首相オットー・フォン・ビスマルク閣下でございます」


大英帝国、プロイセン王国、日本の三人の現実主義者による密談が始まる。

ヨーロッパの激動が加速しようとしていた。


そして、アメリカ原住民のアメリカ西部防衛宣言は、当然のことながら、ワシントンにも到達する。


「ふざけるな!そんなことを野蛮人どもに許すはずがないだろう!」


リンカーン大統領が叫ぶ。

奴隷解放宣言を出したことで、弱い者の味方のイメージを持たれるリンカーンだが、その実情は異なる。


本来の奴隷解放宣言は、外国の介入を避ける為の戦略的な宣言。

奴隷を解放した後は、アフリカに送り返せば良いなどとリンカーンが発言した記録も残っている程だ。

そして、リンカーンが、原住民に対して、強圧的であったことも、事実として存在する。

多くのアメリカ原住民を殺し、その文化を捨てる数多くの政策を実施したのも、リンカーンなのだ。

その理由として、リンカーンの師匠が原住民排除論者だった、リンカーンの祖父が原住民に殺されたなどと様々な説があるが、その明確な理由は不明。

ともかく、リンカーン大統領はアメリカ原住民が嫌いで、敵意を持っていたことは確かなようなのだ。


そんな連中が集まり、アメリカ西部を守るなどと言う宣言をリンカーンが受け入れられるはずがなかった。


「では、大統領閣下、彼らの宣言を認めず、排除を命令されますか」


アメリカ合衆国陸軍総司令官が静かに尋ねると、リンカーンは冷静さを取り戻し応える。


「そんなこと、出来るはずもない。少なくとも、今はまだな」


ユニオン砦司令官からの報告書でも、原住民たちは、アメリカ合衆国が奴隷解放宣言を実現しない場合、アメリカ連合国に協力する可能性まで示唆していると言う。

そんな事をされれば、原住民の大群をアメリカ連合国と名乗る南軍に与え、アメリカ西部が一気に南軍に奪われてしまう危険すらあるだろう。


「とりあえず、原住民どもには、我々が奴らの宣言を黙認したと思わせておけ。

それで、南軍と戦わせ、南軍側に血を流させるのだ。

あの野蛮人どもを許せないと思わせる程の大量の血を。

そうすれば、野蛮人どもが、再度南軍に寝返ろうとしても、受け入れられることはないだろうからな」


リンカーンは凄みのある笑みを浮かべ、考える。

奴隷解放宣言を実現している様に見せ掛ければ、国際的な支持も失うことはないだろう。

大英帝国の様に、植民地で独立運動を起こされる国は目の敵とするかもしれないが、今のところ、植民地で独立運動が起きているのは、大英帝国だけ。

その上で、何としてでも南軍を早く撃破する。

大事なのは、アメリカ合衆国の再統一だ。

再統一さえ出来れば、原住民の扱いは内政問題。

原住民など、犯罪を犯すに決まっているのだから、その罪に応じて、原住民どもを排除すれば、良いだろう。

それまで、野蛮人共には、甘い夢を見させ、精々利用させて貰うとしよう。


「まずは、南軍を撃破することだ。

いくら私が正しい戦略を立てても、現場の指揮官たちが戦場で勝てなければ意味がない」


リンカーンはそう言うと、北軍将軍たちを見渡す。

リンカーンの言葉は決して嘘ではない。

リンカーンの立てた戦略は非常に優れた先進的なものであった。

世界でも初と言って良い程、電信を有効に使い、中央の命令を効率的に末端まで送っていたのだ。


だが、南北戦争が始まって以来、優秀な将官はこぞって南軍に走ってしまっていた。

残った将官の能力は残念なものばかり。

だから、数に勝るアメリカ合衆国軍が、アメリカ連合国に勝てないというのが客観的な事実であった。

そして、平八の見た歴史では、退官した志願兵の中から、ユリシーズ・グラントやその副官ウイリアム・シャーマンが活躍し、勝利に貢献したのだ。

だが、現在、グラントは日本で軍事教官として働いており、ウイリアム・シャーマンはサンフランシスコの日本商会で働いている。

そんな事実が起きていることなど、知る由もなく、リンカーンは続ける。


「兵が不足していると言うなら、合衆国有色軍を組織せよ。

そうだ。

西部にいる野蛮人どもにも、その指揮下に入れと伝えてやれ。

その上で、解放された奴隷や黒人を兵として雇うのだ。

解放奴隷に、アメリカ合衆国では仕事などないだろう。

それなら、兵としての給料も保証し、生活の面倒も見てやるのだ。

それで、問題はないだろう。

黒人の兵が攻めてくるとなれば、南軍は国内の奴隷の反乱も警戒しなければならなくなるはずだ。

戦争に最も重要なのは、国力の差。

国力が上ならば、戦場で何度か敗れようと、いずれは勝てるのだ。

諸君がその国力の差を生かし、今度こそ、南軍を撃破してくれることを期待する」


こうして、戦いは、更に激しさを増していくこととなるのである。

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