第十話 大西洋大海戦 その2 バミューダ諸島を巡る議論

フランス・ロシア連合艦隊がバミューダ諸島沖に出現。

その知らせで、会談は一気に騒然とし始めた。


バミューダ諸島は、大西洋にある大英帝国の拠点。

イギリス本国からの補給の集積地でもあるし、アメリカ連合国が大英帝国に綿花を輸出する為の拠点でもある。

そこに、フランス・ロシア連合艦隊が現れ、攻撃を開始したと言うのだ。

アメリカ合衆国との早期艦隊決戦を意図してアメリカに来た大英帝国アメリカ方面艦隊のほとんどは、アメリカ連合国に来ており、バミューダ諸島の拠点を守る為に残した艦隊は僅かだ。

仏露連合艦隊の攻撃を受ければ、あっという間に陥落してしまうだろう。


その結果として、考えられるのは、大英帝国艦隊とイギリス本土の連携が分断されること。

そして、アメリカ連合国の大英帝国への綿花輸出が滞ること。

バミューダ諸島を避けて、西インド諸島経由で迂回して、綿花を大英帝国に送ることは出来るかもしれない。

だが、バミューダ諸島を拠点とした米仏露の艦隊が襲撃して来るかもしれないと考えれば、そもそも商船を出す者が減ることは避けられないだろう。


それは、アメリカ連合国にとって看過出来る事態ではない。

どうやって、バミューダ沖に現れた仏露連合艦隊に対処するか。

喧々諤々の議論が繰り広げられる。


そんな騒然とする様子を静かに眺める勝麟太郎。

勝の本来の役目は、ジョン・ブルックをアメリカ連合国に送り届け奴隷人権宣言の採択を見守ることと、アメリカ連合国から日本への綿花輸入を進めること。

アメリカ南北戦争への直接介入は指示されていない。

いや、そもそも、日本人である勝が南北戦争の決定に介入する様な余地も存在しないのではあるが。

もし、出来たとすれば、ブルック中佐を介した助言程度。

だが、平八の様な先の世の知識がない勝では、当意即妙に正しい助言を出す自信もないのが正直なところ。


実際のところ、日本の戦略目標を考えれば、アメリカ南北戦争参加国が互いに疲弊してくれれば十分なのだ。

そこで疲弊して、他国を攻める余裕を無くしてくれるのが最善。

日本としては、どちらが、圧倒的に勝つことも、負けることも望んでいない。

むしろ、どちらかが圧倒的に勝ち、巨大な中央集権国家となることの方が困るのだ。

だからこそ、様々な策を講じてきたのであり、それは順調に推移しているように思われた。


だから、勝がここにいるのは、友人であるブルック中佐に頼まれているに過ぎない。

後は、勝自身の好奇心か。

果たして、この大戦で、どんな策が繰り広げられるのか。

どんな将が現れるのか。

武士の端くれとして、勝は興味深く眺めていた。


「だから、早くバミューダ島に来たフランス・ロシア連合艦隊を撃退に行ってはいただけませんか?」


南部の綿花産業を守ることを主眼にしたスティーブンス・アメリカ連合国副大統領が再度の出撃要請をミルン大英帝国艦隊司令官に繰り返す。

突発的に始まってしまったアメリカ南北戦争では、アメリカ連合国側に海軍力がほとんど存在しない。

準備されて始まった戦争ではないのだ。

それ故、仏露連合艦隊に対抗する為には、大英帝国艦隊の出撃を要請するしかないのだ。

それを宥めるデーヴィス・アメリカ連合国大統領。


「だから、敵の戦力も、状況も解らずに出撃する司令官はいない。

兵の命が掛かっているからな。

そもそも、バミューダは既に仏露艦隊の攻撃で陥落しているのか。

まだ、抗戦を続けているのかも解らない。

それによって、状況も変わるだろう。

こちらは、お願いする立場だ。

あまり、急かす様な真似は止めるんだ」


元軍人であるはずの大統領が慎重論を唱え、戦の経験がない副大統領が好戦的なのは面白いものだな。

兵は拙速を尊ぶと言う。

そう言う意味では、副大統領の言葉も間違いはないのだろうが。

果たして、そいつが常に正しいかどうか。


仏露連合艦隊は、大西洋を渡り、直接バミューダ諸島を攻めて来たのか。

それとも、直接、アメリカ合衆国に到着して艦隊を終結させた上で、バミューダ諸島を攻めて来たのか。

それで、判断は大きく異なるだろう。


仏露艦隊が、直接バミューダ諸島に来て、バミューダ諸島の大英帝国拠点が陥落していないなら、それは仏露艦隊を攻める絶好の好機だ。

仏露艦隊は大西洋を渡った影響で、疲弊し、一部は脱落しているだろう。

そうやって、弱った仏露艦隊を島の拠点と大英帝国艦隊が攻撃するなら、バミューダ諸島の拠点を守った上で、仏露艦隊の各個撃破すら可能となるだろう。


だが、仏露艦隊がアメリカ合衆国に集結し、補給を済ませた上で、バミューダ諸島攻めを行っているなら。

それは、最悪の罠となり得るだろう。

バミューダ諸島は仏露艦隊の最大戦力であっと言う間に陥落。

その上で、待ち受けるフランス・ロシア連合艦隊と決戦を行わなければならない。

罠を張り、準備をしている、大英帝国艦隊を総数で上回る仏露艦隊と。

何しろ、仏露艦隊は、大英帝国艦隊が出撃してから、宣戦布告し、出撃した艦隊。

仏露側も、勝ちたいなら、出撃した大英帝国艦隊の総数を確認した上で、それを上回る艦隊を用意して出撃したことだろうから。


確かに、その場合でも、仏露艦隊は、総数で上回っていても、練度では劣り、連合艦隊であるが故の連携でも劣るだろう。

実際に、そんな状況でも大英帝国ミルン司令官は、勝てると考えているようではある。

だが、兵法の常道は、多数の兵力を用意し、少数の兵に勝つこと。

大英帝国艦隊も、損害を被ることは避けられないだろう。

まあ、両者が傷ついてくれるなら、それに越したことはないのだが。


そして、大英帝国艦隊にとって皮肉なことに、唯一、救いと言えるのは、アメリカ合衆国艦隊が分散して、海賊行為を繰り返している為に、この艦隊決戦に参加出来そうもないことか。

艦隊決戦を避ける為に、艦隊を分散したリンカーン大統領の判断は見事。

だが、そのおかげで、決戦に参加出来なくなるのは、失敗と言えるだろう。

あるいは、もっとバミューダ攻略開始までに時間が掛かるのならば、アメリカ合衆国も分散した艦隊を再集結させて、艦隊決戦に参加させることも出来たのだろうが。

そこまでの時間がない以上、大英帝国艦隊は仏露艦隊の相手をするだけで良いことになるのだろうな。


勝が、そんなことを考えていると、横にいたブルック中佐が勝に囁く。


「リンタロー、綿花の輸出に関しては、日本へ輸出出来るから、バミューダ諸島を失っても、綿花の輸出に問題はないと言っても構わないかね」


そう言われて、勝は難しい顔をする。


「いや、大英帝国のミルン司令官のいる前で、日ノ本がアメリカ連合国と綿花の交易をしている話はちょっと避けて頂きたいところですね。

それに、日本への綿花の輸出があると言っても、スティーブンス副大統領は良い顔はされないでしょう」


勝がそう言うとブルック中佐は苦笑する。

スティーブンス副大統領は、明確な人種差別主義者である。

彼は、そのイデオロギーを『黒人は白人と平等ではないという偉大な真理に基づいており、奴隷制、つまり優越的な人種に従属することが彼の自然で正常な状態である』と述べており、奴隷人権宣言にも最後まで反対した一派の一人でもある。

そんなスティーブンス副大統領に対し、白人国家である大英帝国との綿花の交易がなくなっても、黄色人種である日本との交易をすれば大丈夫だと言っても、信じてはくれないことは容易に想像出来ることだ。


ちなみに言うと、そんなスティーブンス副大統領に対して勝は特に反感を持っている訳ではない。

日本にだって、身分があり、肩書があり、地位がある。

そんな中で、威張り腐る様な輩はいくらでもいるのだ。

奴隷解放宣言で象山先生は全ての差別に反対すると書いたようだが、そんなことは夢のまた夢。

象山先生の様に、只、才だけがあれば、生まれや人種なんぞ、関係ない、不合理だと言えるのは少数派。

人種が違うと言うだけで、大した能力もねぇのに、威張りたがる連中が、ここにもいるのだなという程度にしか思わない。

ただ、面倒だと思うだけである。


「しかし、大西洋での綿花の交易を守る為に、命を賭けてくれと頼むのはどうも。

少なくとも、綿花の交易を守る為に、戦う必要はあまりない訳ですから」


「その辺は、ミルン司令官の判断次第ではありませんか?

オイラが、思いつく程度のことは、大英帝国艦隊司令官なら気が付くでしょう。

それでも、攻めると決めるなら、勝算があるってことでしょうからね。

どうしても気になるなら、軍人の視点として、綿花の交易を守る為に、兵の命を危険に晒すのは反対だとでも仰れば良いのでは」


勝がそう言うとブルック中佐は頷き、バミューダ諸島攻略に対する意見を述べる。


バミューダ諸島での決戦を行うのかどうか。


それは、全てミルン大英帝国艦隊司令官の判断に掛かっていたのである。

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