第十四話 次への布石

アメリカ対策も一段落したので、次はロシアの話にしようと、まず吉田さんが国家間における領土の法の確認をする。


クルチウスに確認出来たのは、誰も住んでいなかった土地に対して、一つ、先占と言って、先に占拠し、定住する者がいれば、その土地は、その住んでいた者が属する国の領土となるということ。

一つ、居住が難しい場合、領有の宣言、発見、その場所の地図の作成などをしていれば、その土地はその国の領土となるということだ。


今回の樺太の場合、日ノ本が他の国との交流がほとんどなく、樺太は我が国の領土であると宣言していなかったことが問題となるのだよな。


まず、客観的に言えば、樺太にはアイヌ人が住んでいるのだが、この人たちがどの国に属すると断定することが難しい状況にあるのが問題だ。

何しろ、アイヌ人というのは蝦夷や樺太だけでなく、清にも、択捉えとろふから先の列島にも住んでいるから。

蝦夷に住んでいるアイヌ人は松前藩の支配下にあるけど、樺太に住むアイヌ人を支配下にあるとは言いにくい状況なのだな。


だからこそ、今回は水戸藩に樺太まで行って砦を築いて貰い、常駐して貰うのだけどね。

それで、樺太にロシア人が住んでいなければ、文句のつけようがない先占の証拠になるから。

実際、この時期は、ロシアはクリミア戦争で英仏と戦っているので、プチャーチンはイギリスの襲撃を恐れなければいけない状況。

その上、まだロシアは清から満州の一部の共同統治を許されているに過ぎず、不凍港ウラジオストクも手に入れていないはずだから、ロシアと戦いになる可能性は低いはず。

火事場泥棒みたいだけど、交渉を始める前に、樺太に砦を築くのは領有の根拠としてかなり強いと思うのだ。


とは言え、国家同士がエゴを剥き出しにして戦う戦国時代のようなこの時代、

プチャーチンが、交渉の後、突如、樺太を攻撃に行って占拠してしまってはマズイ。

それで、それを防ぐ為の布石を打つのだけどね。


そもそも、日ノ本は40年以上も前に間宮林蔵が樺太を探検し、地図も作っている。

彼らの法の上でも、間違いなく、樺太は日ノ本の領土ということになる。

ただ問題は、日ノ本が樺太を探検し、地図を作成したという事実を異国に公表していないこと。

異人たちは、全ての地球の民に自分たちの法を知ることを求めるくせに、自分たちが知らないことは事実と認めない。

今は、そういう状況だ。


で、日ノ本が樺太を島であることを公表していないから、それを知らないロシアが数年前に樺太を探検し、樺太は島であることを確認したとか。

だから、ロシアは本気で樺太は自分たちが発見したと思っているのだよね。

もっとも、樺太が島であるという事実をロシアも軍事機密にしているはずなので、他の国は、まだ樺太が島であることを知らない状況なのだが。

しかし、ロシアも樺太が島だと公表していないというところが、狙い目。

オランダに協力をお願いするところになるのだ。


「クルチウス殿、ご説明ありがとうございます。

そこで改めて確認したいのですが、蝦夷地より更に北、

私たちが北蝦夷(樺太)と呼ぶ地域は、島なのか半島なのかご存知でしょうか?」


土地の領有に対する彼らの法を確認した上で、象山先生と相談した作戦通りに動いても問題ないと判断した吉田さんは、早速、樺太のことを切り出すことにしたようだ。


「北蝦夷(樺太)ってのを、伝えるのに苦労したが、その地域が島か半島かは、クルチウス殿は知らないようだぜ」


勝さんがそう訳すと吉田さんが続ける。


「では、クルチウス殿の持つ地図では、どのように表示されているのでしょうか?

最新の地図はお持ちでありますか?

見せて頂ければ、私も日ノ本の地図をお見せしましょう」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは少し緊張した様子を見せる。

それは、そうだろう。

25年前、オランダ商館にいたシーボルトは

日本地図を日本から持ち出そうとしたのがバレて、日本追放になったのだから。

クルチウスにしてみれば、シーボルトのように追放になったのでは堪ったものじゃないってところだろう。


おまけに、シーボルトは結局、日本地図の海外持ち出しに成功し、日本に関する本を書いて、日本地図も公表しちゃっているから、クルチウスは日本の地図なんて当然知っているだろうからね。

そんなもの今更見せられてもって感じだろうか。

そこで、吉田さんは追い打ちを行う。


「私たちがクルチウス殿にお見せするのは、40年以上前に、我が国の役人、間宮林蔵なるものが測量して作成した北蝦夷(樺太)の地図であります。

北蝦夷(樺太)が地図か半島か、クルチウス殿がご存知でないというのなら、是非、ご覧いただき、クルチウス殿の持つ地図と比較して頂きたいのです」


そう言うと、吉田さんは二つ目の桐箱から、蝦夷、北蝦夷(樺太)の地図を出して広げる。


「ご覧の通り、私たちの測量の結果、北蝦夷(樺太)は島であることが確認されております。

オランダ人の地図では、どうなっているのでしょうか」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは樺太の地図を確認し、同席していたオランダ人を部屋の外に出す。

まあ、地図を取りに行かせたのだろうね。

暫く待ち、クルチウスが持ってきた地図と比べると違いは明白。

クルチウスの地図では、半島になっているのだよね。

それを勝さん、吉田さんと確認すると、お互いに頷き、吉田さんが確認する。


「どうやら、オランダ人の地図では半島になっているようですね。

それに対して、私たちは島であることを確認出来ている。

と言うことならば、先ほど、確認した国家の領土の法に基づけば、北蝦夷(樺太)は私たち、日ノ本の領土であると言っても問題ございませんね」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは顎を撫でて考えた後に応える。


「これが、本当に40年以上の前の観測の結果であるならば、十分な証拠になるって話だぜ。

ただ、問題は、それを証明することが出来るかってことらしい。

証明出来なければ、ヨーロッパじゃ、誰も信じちゃくれねぇってよ」


その言葉に吉田さんが頷き、説明をする。


「証明は、あなた方、オランダ人がして下さるはずです。

あなたの国のシーボルト殿が日ノ本から持って行った日本地図。

その中に、これと同じものがあるとの調べはついているのであります」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは少し困ったような顔をする。

そう、シーボルトはオランダ人と嘘をついて入国した神聖ローマ帝国の人間。

本当は、オランダ人じゃないこと位知っているけど、嘘を吐いていたとは言えないよね。


「シーボルト殿は日本を追放になった後、日本についての本を書かれたとも聞いております。

その中に、地図もあるはず。

クルチウス殿もシーボルト殿の本をお持ちではありませんか?」


吉田さんは畳み込むように聞く。

今、幕府の異国への門戸は、このオランダと清だけのはず。

だから、本当はシーボルトが日本のことを本にしているのを知っているのはおかしいのだ。

オランダは、そんな本が存在することを幕府から隠しているからね。


「シーボルトが書いた本とは、何のことだと言ってるぜ。

まあ、オランダとしては、幕府が隠した情報を勝手にシーボルトが本にして、公表していたことは隠したいところだろうからな。

ホントは、平八つぁんの夢からの情報なんだけど、どうも、この様子見てる限り、こいつも当たりみてぇだな」


勝さんがそう言うと、嘘を吐きたくない吉田さんの代わりにアッシが応える。


「実は、最近、異国の情報を持った漂流民が帰国しましてな。

その中に、シーボルトの本の話、ロシアが北蝦夷(樺太)を狙っている話等々、色々出てきたんでさぁ。

オランダが日ノ本の味方であるとおっしゃるなら、シーボルト様の本、隠さずに出して頂けませんか?

北蝦夷(樺太)がロシアに取られるかどうかの、瀬戸際なのですから」


アッシがそう言うと、クルチウスは考え込んでいるようだ。

象山先生とも話し合ったが、クルチウスが着任の時に、シーボルトの本を読んでから来たのは確実だろう。

全く、知らない国に、予備知識もなく来て適当にやろうという愚かな役人でない限り。

そして、夢で見た印象でも、ここまで話してきた印象でも、クルチウスは、そういう愚かな役人ではない。

暫く考え込んだ後、クルチウスは口を開く。


「誤解しないで欲しいのは、クルチウス殿は、シーボルトの本のことを知られて幕府の気に障るのを恐れたのであって、ロシアの為に情報を隠そうとした訳ではないということだそうだ」


クルチウスの言葉を聞いて、吉田さんは頷き、先を促す。


「確かに、シーボルトは日本という本を書いているところだそうだ。

だが、クルチウス殿は、本当に北蝦夷(樺太)の地図を見た覚えがないって言ってるぜ」


「その本をここに持ってくることは可能でありますか」


吉田さんがそう言うと、クルチウスが再び同席者に指示を出し、部屋の外に出す。

やはり、持って来ていたか。

さて、小さくても構わないから、樺太の地図が乗っていてくれれば良いのだけれど。


届けられた本の内容はドイツ語なのだろうか、さっぱり読めないが、地図位なら確認出来る。

ここにいる全員で、手分けして、樺太の地図を探すことにする。

そして、一刻余りすると、土方さんが大声を出す。


「お、おい、これじゃぁねぇか。ちょっと小さくて見にくいけどよ」


その声を聞いて、皆が集まり覗き込む。

地図が小さいので、クルチウスなんかは、拡大鏡みたいなものを出して確認している。


「確かに、今日オイラ達が持ってきた地図を基にして書いたもののようだ。

北蝦夷(樺太)が島になっているのが確認出来るってクルチウス殿が言ってるぜ」


勝さんが満足気に話す。

何にせよ、地図が見つかって良かったよ。


「クルチウス殿、これが、日ノ本が北蝦夷(樺太)を40年以上前に探検し、地図を作成していた明白な証拠です。ご理解頂けましたでしょうか?」


吉田さんがそう言うとクルチウスは大きく頷き


「確かに、これ以上、明白な証拠はねぇ。見落としていた自分が恥ずかしいって言ってるぜ」


それを聞くと、吉田さんが続ける。


「それでは、この北蝦夷(樺太)の地図の写しも、アメリカの情報と一緒に拡散して頂けませんか?

ロシアの北蝦夷(樺太)領有は、クリミア戦争で対立中のイギリスも快く思わないでしょう。

イギリスはロシアの南下政策に反対しているはずですから。

だから、この情報をイギリスに伝えて頂ければ、北蝦夷(樺太)を日ノ本に領有させることをイギリスにも支持して頂けるのではありませんか」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは少し驚いた顔をする。

え?何で、オランダ語も話せない吉田さんが、こんなことまで知っているのかって?

いや、もう象山書院で、皆に散々色々聞かれていますからね。

夢の件については、もう、皆、アッシと同じ位知っているのですよ。


だけど、皮肉な話だな。

25年前のシーボルト事件では、情報漏洩だとして、

多くの人間が罰せられ、死んだ人間も少なくないって言うのに。

その時に隠し切れなかった情報が、ロシアから樺太を守る力になるなんて。


クルチウスがアメリカの情報と一緒に、樺太の情報の拡散を約束すると吉田さんが象山先生に託された最後の爆弾を放り込む。


「それでは、よろしくお願いいたします。

そして、最後に、あなたの国のシーボルト殿にも、北蝦夷(樺太)が日ノ本の領土である旨を証言するようお伝え頂きたいのであります。

この地図は、いつ、誰に聞いた情報を基に書かれたものかをです。

そうすれば、幕府は、過去の追放令を解除し、改めて賓客としてお招きする用意があると」


シーボルトは日本に帰る為、オランダだけでなく、アメリカ、ロシアの政府にも働きかけた。

一定のコネを持っているはずだ。

そんな人間を放置している余裕はアッシらにはないのだ。


日本の為に協力して貰いますよ、シーボルト殿。

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