第六話 日米交渉3

何とか、日本に来た目的が達することが出来そうだと安心したところ、突然条件のことを江川から言われ、ペリーは困惑して尋ねる。


「条件?」


「当然だろう。これまで話していたのは、貴殿の要求に対する回答だけだ。

何の条件もなく、こんな回答を得られる訳がなかろう」


そう言うと、象山は用意していた条約文を合計四通出す。


第1条 アメリカは日本の法と主権を尊重し、許可なく日本の領土、領海に入らないこと

日本の領土は別添の地図にある本州、四国、九州、蝦夷、樺太、択捉以南の千島列島、小笠原諸島及び琉球である。


第2条 アメリカ人が、日本の領土に入った場合は、日本の法に従うこと。

法を犯せば、日本によって罰せられることとなる。


第3条 小笠原諸島においては、特別にアメリカ捕鯨船にだけ、補給を行う為の寄港を許す。

その際の補給の金額は、日本の役人が決めることとする。


第4条 許可なく日本に上陸した米国人遭難者は、速やかに小笠原諸島に送られ、日本から出ることとする。

その際、日本政府は遭難者を監禁などせず、水、食料を与え、人道的に扱うこととする。


第5条 日本とアメリカ両国の懇親を深める為、日本は視察団をアメリカに派遣する。

その際の待遇はアメリカに任せることとする。


「一応、英語版と日本語版を用意してある。それぞれ、公方様の署名を頂いている。

ペリー殿も内容を確認し、両文書に署名をして貰いたい」


文書と地図に目を通し、ペリーは確認する。


「アメリカ人が日本に入った場合、日本の法に従うというのは?」


「貴殿が我が国に来て、我が国の法を守らなかった以上、法の順守は明記せざるを得ない。

こちらにあるが、我が国の法は、基本的に、殺人かそれに類する犯罪を犯せば死罪。

役人、侍に対して攻撃すれば死罪。それ以外は、損害賠償の上、日本追放ということとなっている」


そう言うと、象山が日本の法を英語で書いたものを机の上に出すので、ペリーが確認する。

これも、平八と相談して書いた、公事方御定書を翻訳して抜粋したものである。

この当時の日本は、後の世でいう刑法が一般に公開されていなかった。

これは、お奉行様の罰則に対する裁量権を与えるものだったらしい。

だけど、刑法が公表されていない国の法には従えないとして、各国に領事裁判権を押し付けられたというのが平八の見た未来。

それがわかっていて、黙っている象山ではなかった。


「大金を盗めば死刑というのは、刑が厳格過ぎるのではないか」


ペリーが日本の法に不満を言うと、象山が答える。


「それで、我が国の秩序は守られている。おかげで、我が国は地球一、治安の良い国なのだ。

文句があるものは、我が国に来なければ良いだけだろう」


象山がそう言うとペリーは考え込み、次の質問をする。


「この地図にある琉球というのは、日本の領土なのか?

我々は、琉球に滞在し、琉球政府の歓待を受けているのだが」


「琉球は我らが自治を認めているに過ぎない。

琉球での貴殿の振る舞いも、既に報告が挙げられている。

今後は琉球へも許可なき、上陸はやめて頂きたい」


そう言われて、ペリーは納得する。

軍隊を全く持たない国など、おかしいと思っていたのだ。

琉球は、影で日本が支配していて、こちらの情報収集をしていたという訳か。

これも受け入れるしかないとペリーは考えた。

何しろ、ロシアやオランダも動いているのだ。

ペリーとしても、交渉で時間を取られて後れを取りたくなかった。


「わかった。この条件を飲んで、署名すれば、補給と派遣をして貰えるのだな」


だが、ペリーの焦りを煽った象山が、簡単に署名を許可をするはずがなかった。


「条件としては、問題がないが、最初に言った軍艦の寄贈があるだろう。

10隻は無理だとしても、蒸気船2~3隻でどうだ。

オランダも蒸気船を寄贈してくれるらしいからな。

自称大国のアメリカなら、それ位のことをしてくれても良かろう」


「オランダが蒸気船を寄贈するのか?」


ペリーが驚いて確認すると、江川が頷く。

そう言われると、オランダよりも条件が悪いと思われたくないペリーは言い訳をする。


「確かに、アメリカならば、蒸気船を寄贈することも可能ではあるが、アメリカでは議会の許可を得る必要があるのだ。

議会の許可を得るまで、待っては貰えないか」


「そうか、全権代理であるにも関わらず、議会とやらの許可を得ねばならないとは、

アメリカの民主主義というのは不自由なものだな。

では、軍艦に乗せている大砲や銃はどうだ?

故障したと議会とやらに報告し、それを日本に捨てていく分には問題がないのではないか。

先ほど言った通り、とりあえず、何らかの武器を置いて言って貰わねば、アメリカは、我が国を脅しに来たのではなく、友好の為の貢ぎ物をしに来たと開国反対派の連中に言い訳が出来ぬ」


ペリーの状況を理解しておきながら、図々しく貢ぎ物を要求する象山。

代将が勝手に武装を解除して、他国に渡せば、下手をすれば横領とされる行為である。

ペリーが考え込むと、江川が助け舟を出す。


「どうしても議会に報告しなければならないなら、アメリカと通商した場合の分りやすい利益として、武装の一部を預けてきたと報告すればどうですか?

それで、議会がダメだと言えば、預けていった武器は持って帰ればいい。それなら、問題なかろう」


確かに、アメリカの軍事力の一端をわかりやすく示すことは、日本にアメリカと通商をすべきと思わせる材料にはなるだろう。

今回、軍艦で来たのも、日本に軍事的脅威を理解させる為のものだ。

だが、それで、日本の軍備増強を手伝ってやるつもりなどなかったのだが。


「もし、それでアメリカ議会が軍備の寄贈を断るというのなら、我らもアメリカとの付き合い方を考えるまでのことだ。

大砲や銃だけでなく、蒸気船の寄贈などについても言っておくが、寄贈するなら、ここにある古臭い外輪船などではなく、最新のスクリュー型の蒸気船にして貰えるとありがたい」


象山が当然のように言うが、古臭いと言われた外輪船のポーハタン号がアメリカでは最新の蒸気船なのだ。

こいつは、どこまで知っているのだ。

ペリーが不快感を滲ませると、すかさず江川が宥める。


「最終的には、貴殿の判断ではなく、アメリカ議会が判断することです。

貴殿の責任ではない。

いくらかでも、アメリカの進んだ大砲と銃を預けていくことは出来ないだろうか」


考え込んだ末、ペリーは世界一早く日本人を招聘させた英雄となる誘惑に抗えず、いくつかの銃、大砲、砲弾を置いていくことに同意する。


全ての同意がなされ、後は条約文に署名するだけという時点になって、象山は今まで書いてきた議事録を出す。


「これが、本日の会談内容だ。我らはこの内容を公方様に報告せねばならないので、内容を確認して署名して貰いたい」


出された議事録の内容にペリーが目を通すと、速記でもないはずなのに、英語で会談内容が間違いなく書いてある。


「議事録に署名などしなくとも、条約文だけで十分ではないか」


ところどころ、アメリカ議会に知られたくない部分もあるので、ペリーは署名を嫌がるが、


「こちらとしては、条約の内容・解釈に、誤解などないよう少しでも多くの証拠を残しておきたいのですよ。

条約文の捏造、改ざんなどされては溜まりませんからな」


象山は言いにくいことを平然と言ってのける。


「我らは条約の改ざんなどしない」


「その言葉を単純に信じるほど、我らは愚かではない。

何しろ、既に大統領の命令を破っている貴殿であるからな。

約束を守るというなら、議事録に署名しても問題なかろう。

万が一、貴殿が約束を破った場合は、オランダ経由で、アメリカ議会に報告することになるがな」


象山がそう言うと、ペリーは怒りに震え、象山を睨みつけるが、象山が引きそうもないのを見て、渋々、議事録に署名をする。

日本は嫌いになっていないかもしれないが、象山がペリーに嫌われたのは間違いないだろう。


そして、最後に、象山らが持ってきた条約にペリーが署名をすると、長かった日米交渉が終わる。

これで、幾つかの大砲と銃を預けていってやれば、補給と日本人の遣米視察団を招待することが出来る。

それで、自分の軍歴は栄光に包まれて終わるのだろう。

その為には、一刻も早くアメリカに戻らなければ。

誰よりも早く神秘の国、日本から高貴な者を招いたという実績を残す為に。

結局、象山に最新型の銃と大砲、砲弾を取られてはしまうが、ペリーは条約締結の宴も断り大急ぎでアメリカに帰っていくことになる。

自分を待つはずの栄光を確信して。


だが、ペリーは知らなかった。

日本という国は、かつて日本に伝来した、たった二丁の火縄銃を研究して、あっという間に国産品の大量生産に成功したという伝説のある国であるということを。


それが、歴史にどう影響するか知るものは、まだいない。

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