第五話 日米交渉2

日本がボニン諸島(小笠原諸島)の領有を当然のように主張してきたのでペリーが反論する。


ペリーはボニン諸島を日本から奪う為、去年、ボニン諸島からイギリス軍を追い払い、現地の住民とも会ってきているのだ。


「貴殿らは知らないかもしれないが、国際法には先占の法理というものがある。

誰も持ち主のいない土地は、最初にみつけ住んだ者の領地となるのだ。

ボニン島(小笠原諸島)は世界地図にも記されている名前だが、そこには既にアメリカ人が移住して住んでいる。

つまり、あそこはアメリカ領土なのだ。

開港するならば、別の場所にして貰いたい」


ペリーがそう言うと、再び象山が口を挟む。


「先占の法理程度のことは、当然知っている。

それで言わせてもらうが、ボニン島(小笠原諸島)は、昔から日本の領土だ。

主の留守に勝手に忍び込んで住まれたところで、アメリカの領土とはならないはずだ」


「どこに、そんな証拠がある。日本がボニン島を昔から領有していたという明確な証拠を出してくれ。

だが、日本語での国内向けの書類なら無駄だぞ。

そんな物、後から、いくらでも捏造出来るだろう。

ちゃんと、アメリカ人が移住する前から日本領であるという国際的に通用する文書を出して貰いたい」


そう言われて、象山はペリーの言葉を鼻で笑い一冊の本を出す。


「我らは、貴殿と違って、嘘や捏造など行わない。

これを見ろ。

パリのオリエンタル研究所で1828年に発行された林子平の三国通覧図説。

この本に小笠原諸島は日本のものであると、ヨーロッパの公用語とも言えるフランス語で書かれているのだ。

これで十分であろう」


その本を出すとペリーは驚愕する。


「まさか、鎖国の日本に、この本があるとは。君は、フランス語も読めるのかね」


「当然だ。僕は天才だからな」


象山がドヤ顔で自慢するのを横目で見ながら、更に江川は書類を出す。


「加えて、我々は既にボニン島に行き、住民たちにボニン島が日本領であること、彼らが日本に移住し日本の法に従うと約束した署名を貰っている。

もし、望むならば、帰りにボニン島に寄ることも許可しよう。

それで、ボニン島が日本領であることに納得頂けると思うが」


そう言われ書類に目を通すと確かにボニン島が日本領であることを認め、日本の法に従う旨が書き、いくつもの署名がされている。

一瞬、日本政府に強要された可能性も考えたが、帰りに寄っても良いという以上、その可能性は低いと考え直す。


「何故、彼らは日本に従うと言ったのだ」


「アメリカが遠過ぎるからだ。

何か問題があった場合でも、彼らはアメリカに助けを求めることさえ出来ない。

それならば、日本の支配下となった方が良いと言っていたよ」


そう言われて、ペリーも納得する。

確かに、昨年、日本に来る前に寄ったボニン島の人々は、貧しい暮らしをしており、水はともかく、食料などの補給を求めることなど、ほとんど出来なかったのだ。


「今後は、あそこに我ら幕府の指示を受けた者が常駐し、定期的に補給を行う。

補給を受けるには遠すぎるボニン島で補給を受けられるなら、貴国の捕鯨船にとっても有益だと思う。

貴殿は、日本を説得し、オランダと同じ長崎ではなく、最も補給を受けやすい場所を新しく開港させたと説明すれば、顔も立つであろう」


確かに、そうかもしれないとペリーは考える。

捕鯨船の補給の為だけを考えれば、ボニン島開港は悪くない。

長崎の様に漁場から遠く離れた場所を開港されるよりはずっと良いだろう。

オランダには開港していない場所を使えるようにしたと言えるのも良い。

自分の手柄だと納得させやすいだろう。


「次に、交易の件ではあるが、これは今回受けることは出来ない」


「何故だ?数年試してみるだけでも構わないと書いてあるだろう」


補給が何とかなりそうだと安心したところ、冷や水をかけられて、ペリーは慌てる。


「我らが貴国のことを知らないからだ」


「だから、数年限定でも構わないから、試してみようと言っている。

試しに、通商を開始してみれば、アメリカとの通商が日本に益を齎すことを貴殿らも理解出来るはずだ」


「貴殿は勝手に家に上がり込み、銃で脅すような連中と取引をしようと思うのかね」


象山が脇から、呆れ果てたような表情で揶揄する。

自分の砲艦外交をバカにされ、ペリーは象山を睨みつける。


「とはいうものの、完全な拒絶だけでは、貴殿の顔も立たないであろう。

そこで、遣米視察団を送ることを提案したい」


睨みあう二人の横から江川が提案する。


「遣米団視察団とは?」


「我らはアメリカを知らない。

だから、アメリカが通商するに値する相手かどうかを判断する為に、アメリカに視察団を送りたいのです。

貴殿は、それを手柄として、本国に伝えれば良い。

我らは、高貴な方を全権代理として100人程度でのアメリカ視察を考えている。

貴殿のおかげで、神秘の国日本から、高貴な方を含む100人の人間がアメリカを訪問し、通商を検討するのだ。

手柄としては、十分であると思うが」


100人もの日本人がアメリカを訪問する。

それは、実にわかりやすい手柄だ。

日本が開国すると約束したという条約を持ってくるよりも、100人の日本人を連れたパレードの方が、多くの民衆の目にもわかりやすい。

ペリーの名はアメリカで不朽のものとなるかもしれない。


「だが、視察団の派遣が、通商の約束だと思われては困る。

アメリカが日本にどの様な待遇を与えるのか、どんな利益があると思えるのか。

全て見せて貰った上で、ロシア、オランダらの条件と比較して判断させて貰うぞ」


象山に再び冷や水を掛けられて、ペリーは慌てる。


「待ってくれ。ロシアやオランダにも視察団を派遣することを検討されているのですか?」


ロシアやオランダに先に視察団を派遣されては、世界で一番最初に神秘の日本人の派遣を受け入れたという栄誉が奪われてしまうではないか。

実際のところ、オランダは日本人に国力の低下を知られたくなくて、どう受け入れるか悩んでいるし、ロシアはクリミア戦争中で海路の派遣受け入れはほぼ不可能なのだが、そんなことまで頭が回らないペリーは焦ることになる。


「当然だ。その上で、我が国に利益を齎すと思える国と付き合うことにするのだ。

清国のように、無法な振る舞いをされたあげく、戦争を吹っ掛けられては溜まらないからな」


「我々は、イギリスとは違う」


ペリーは反射的に反論するが、象山は納得などしない。


「だが、元イギリスの植民地だろう。

加えて、貴殿の行動は、そのイギリス人より酷い。

それに、アメリカ人が、黒人奴隷を使い、現地の住人を殺して土地を奪ったことも知っているぞ」


ペリーが反論しようとするのを江川が止めて話す。


「まあ、そのような見方をする者も、いるということです。

だからこそ、視察団を派遣し、検討をさせて頂きたいのです。

その結果、通商しないという結論に至っても、それは貴殿の責任ではない。

受け入れる側の問題だということです」


江川はヌケヌケとアメリカが通商交渉に失敗しても、それはペリーの責任ではないのだから、ペリーが反対する必要はないと言い出す。

確かに、日本が通商国を選んでいるのだから、好待遇を用意するべきと主張しておけば、結果がどうなろうとペリーが批判されることはないだろう。

責任は日本の遣米視察団の歓待を行った連中ということになる。

ペリーはパレードで民衆に賞賛される栄光に魅せられて、結果については他の者に任せてしまえと考え始める。

となれば、後はロシアやオランダより早く視察団を受け入れる準備をするだけだ。


「わかった。日本の視察団を出来る限り、丁重に歓迎する準備をするよう大統領にお伝えしよう」


ペリーが満足したようなので、江川は次の札を切ることにする。


「それでは、ボニン島での補給を許可し、アメリカに視察団を派遣する為の条件を述べることにしよう」


どうやら、ペリーの満足出来る結果は用意出来たのだ。

今度は、日本が満足出来る条件を用意して貰うとしようか。

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