第十一話 大西洋大海戦 その3 決戦前夜
バミューダ沖に現れた仏露連合艦隊は、大英帝国から派遣された大西洋艦隊の倍近い数が存在した。
元々、大英帝国から、どんな種類の軍艦が何艘派遣されたかは、宣戦布告前ならば近隣国であるフランスが、然程苦労することもなく、入手出来る情報。
その数を確認した上で、フランス、ロシアは、負けることのない数の艦隊を地中海から派遣していたのだ。
ロシアは、クリミア戦争の勝利でオスマン帝国からバルカン半島を奪い、大ブルガリア公国として独立させていた。
更に、ロシアは、その勢力拡大を背景に、大ブルガリア公国の隣国、ギリシャとの関係を深め、ギリシャの親ロシア派と協力関係を結ぶことに成功。
その結果、ギリシャをオスマン帝国から守るという名目で、ギリシャの軍港テッサロニキをロシア海軍の新たな本拠地として発展させていた。
クリミア戦争で敗北し失った黒海艦隊に代わり、日本を迂回して購入した蒸気型コルベット艦。
クリミア戦争で外輪船は一発でも砲撃を受けると簡単に動けなくなるという欠点を理解したことから、入手した何艘もの最新鋭スクリュー艦。
そして、今回、ロシアは、そのロシア地中海艦隊のほとんどをアメリカに向けていたのだ。
大英帝国艦隊を破り、ロシアの勢力を更に拡大する為に。
ロシア地中海艦隊は、テッサロニキを出てギリシャ沿岸エーゲ海、イタリア沿岸イオニア海を抜けて、フランスの軍港トゥーロンに到着。
そこで、フランス艦隊と合流すると、フランス艦隊と共にジブラルタル海峡を抜け、共に北大西洋に渡る。
目的地はニューヨーク。
仏露連合艦隊は、長期の航海で脱落する艦が存在する可能性も考えていた。
だから、大西洋を渡りきるまでは、大英帝国艦隊と遭遇することを避け、アメリカ連合国から離れたニューヨークへと向かったのだ。
仏露連合艦隊が、この様な艦隊行動を選んだのは、フランス、ロシアが共に自分達の艦隊行動が未熟であることを理解していたことによる。
ロシアも、フランスも、陸軍国家であり、海軍の伝統を持たなかったのだ。
それ故、ロシアにも、フランスにも、有力な海軍提督は存在しない。
その上、ロシア海軍の提督のほとんどは、クリミア戦争で失われていた。
それ故、新たに作られたロシアの地中海艦隊の提督には、陸軍提督の中から、父親がオランダ海軍の提督であったからという理由でフョードル・ゲイデン30歳を選んだ程なのだ。
ロシア艦隊は、この様に下手をすれば、訓練を重ねている日本艦隊よりも、経験が足りないかもしれない状況での出航であった。
そして、海軍の経験不足はフランス側も同様であった。
平八の夢の世界線においては、大英帝国と共にクリミア戦争、アロー戦争を戦ってきたフランス。
だが、それでも、フランスは伝統的に陸軍国家であり続けたのだ。
だから、この時代のフランス海軍は、海軍経験のある外国人を積極的に海軍に受け入れていた。
平八の見た世界線において、アメリカ南北戦争の間にメキシコ出兵の指揮を執ったのは、外国人部隊指揮官であった程なのだ。
その外国人部隊指揮官、フランソワ・アシル・バゼーヌ 40歳が、今回のフランス艦隊の指揮を執っている。
この様に、数は多くとも、質の上では、不安要素が高いというのが、仏露連合艦隊の実情であった。
この時代、大英帝国は世界で唯一の海軍国家であったと言っても良い。
16世紀にアマルダ海戦でスペイン無敵艦隊を破り、17世紀に英蘭戦争でオランダを破って以来、大英帝国に対抗する様な海軍国家は現れなかったのだ。
そういう意味において、ディズレーリのアメリカ合衆国への攻撃は、将来海洋国家として台頭する恐れのあるアメリカ合衆国の芽を摘むという意味もあったのかもしれない。
その将来の海軍国家であるアメリカ合衆国は、大英帝国艦隊との決戦を避けつつも、リンカーン大統領指揮の下、周到な準備を重ねていた。
大英帝国やアメリカ連合国からは、完全に解散してゲリラ戦を行っていると見られていたアメリカ合衆国艦隊であるが、実のところ、完全に解散した訳ではなかった。
小規模に分離し、アメリカ連合国に対して、無差別な海賊行為を行っているように見えていたアメリカ合衆国艦隊。
だが、実のところ、それらの艦隊は、全てアメリカ合衆国中央部の指揮下にあったのだ。
当然のことながら、無線のない、この時代、直接の指示を中央司令部から出すことは不可能である。
そこで、合衆国中央司令部は、各艦隊に航路の自由は任せていたのだが、寄港に関しては、ある程度の管理をしていたのである。
第何艦隊は、何月何日に合衆国の何処の港を出て、何月何日に合衆国の何処の港に寄港するという様に。
勿論、その様なスケジュールが完全に守れる訳ではない。
だが、寄港する度に、合衆国内の電信を使って、中央司令部の指示が届けられることは艦隊を統制する上で大きい。
だから、分散している様に思われるアメリカ合衆国艦隊は、その気になれば、簡単に再結集することが出来たのだ。
アメリカ合衆国司令部は、加勢にニューヨークまでやってきた仏露連合艦隊と協議の上、大英帝国艦隊に罠を張ることにした。
それが、バミューダ諸島襲撃作戦だった。
バミューダ諸島は、アメリカ連合国と大英帝国を結ぶ要衝。
戦略上、大英帝国は落とすことが出来ない土地のはずである。
そこを仏露連合艦隊が全力で襲撃すれば、大英帝国艦隊は守りに行かざるを得ない。
たとえ、仏露連合艦隊の総数が大英帝国大西洋派遣艦隊の倍以上いようとも。
そして、大英艦隊がバミューダに到着し、仏露連合艦隊と接触した頃に、その後ろを再集結したアメリカ合衆国艦隊が挟撃する。
それが、アメリカ合衆国から、仏露連合艦隊への提案であった。
もともと、数では有利でも、質では大きな不安を感じていた仏露連合艦隊は、その提案に乗ることにする。
仏露連合艦隊は、大英帝国艦隊が攻めて来た場合は、時間を稼ぎ、アメリカ合衆国艦隊が大英帝国艦隊の後ろから現れるのを待てば良い。
艦隊運動で劣っているとしても、十分に勝てる戦術であると判断したのだ。
だが、大英帝国アメリカ方面司令官アレクサンダー・ミルンは、奴隷密売艦狩りの提督だった。
敵の意図を読み、裏をかくのが、彼の流儀。
バミューダ諸島を攻められたと聞いた時点で、仏露連合艦隊が、大英帝国艦隊を誘っていることは予想出来ていた。
確かに、バミューダ諸島を仏露連合艦隊に取られることは痛い。
しかし、ミルン司令は、敵が待ち構えている地に攻め込む危険も十分に理解していたのだ。
それ故、ミルン司令官はノーフォークの会議においてアメリカ連合国首脳部を説得する。
「確かに、長期にわたり、戦線を維持しようとするならば、バミューダ諸島を失うことは大き過ぎる痛手です。
だから、仏露連合艦隊も、アメリカ合衆国も、我々、大英帝国艦隊がバミューダ諸島奪還に動き出すと考えていることでしょう。
だが、我々がバミューダに来ると考えて待ち構えているならば、敵は当然、その準備をしているはず。
勿論、敵の総数が我らより多かろうと、打ち破る自信はある。
しかし、相手の思惑に乗り、犠牲を出すことは、戦術上、正しくはないのだ」
「では、どうしようと言うのだ」
ブルック中佐が尋ねると、ミルン司令官は余裕の笑みを浮かべて答える。
「バミューダ諸島に敵の主力が集まるという事が解ったのだ。
ならば、各個撃破のチャンスではないか。
今より、我ら、大英帝国艦隊は、ノーフォーク港を出て北上、そのままポドマック川を遡り、ワシントン海軍造船所を襲撃する。
ワシントン海軍造船所は、米英戦争の際も、ワシントン防衛の要となった要衝。
そこを破壊する。
アメリカ連合国には、我らと連動し、軍を北上させ、ワシントンを陥落させて頂きたい」
ミルン司令の大胆過ぎる提案に、アメリカ連合国側は息を飲む。
確かに、バミューダ諸島を取られようと、ワシントン陥落に成功すれば、この内戦は終戦させられるかもしれない。
だが、本当にそんなことが可能なのか。
また、その様な決定的な役割を大英帝国に渡してしまって、本当に良いのか。
暫く考えた後に、ブルック中佐がアメリカ連合海軍を代表して尋ねる。
「確かに、ワシントン海軍造船所を破壊する事が出来れば、その効果は絶大でしょう。
ワシントン海軍造船所は、合衆国海軍の造船で大きな役割を果たしています。
その破壊に成功すれば、合衆国の海軍力の増強は困難。
それどころか合衆国の海軍力の低下は避けられないでしょう。
しかし、ポドマック川を遡るのはリスクが高過ぎませんか?
いくらポドマック川が大河と言え、自由な艦隊運動をすることは困難。
ワシントンが防衛に力を入れ、攻略に時間がかかれば、大英帝国艦隊は後ろから遡って来た仏露連合艦隊の挟撃を受けることになりませんか」
「確かに、艦隊運動は困難でしょうな。
だから、戦いは速さが勝負となります。
迅速にポドマック川を遡り、ワシントン海軍造船所を攻撃した上で、敵艦隊が集まる前に、ポドマック川を脱出する。
だからこそ、アメリカ連合国には、我らと連動して、ワシントンを攻めて頂きたいのです。
ワシントン陥落が早ければ、我らも迅速にポドマック川を脱出出来るのですからな」
ミルン司令がそう言うと、アメリカ連合国デーヴィス大統領は躊躇いながら話す。
「正直に言えば、我らに、ワシントン攻略するだけの戦力の余裕がないのだ。
故郷を守る為に、我らは喜んで戦おう。
だが、アメリカ合衆国側も、あの奴隷解放宣言で、戦意を高揚させていると言う。
そんな中、ワシントン攻略の為に、どれだけの兵が集まるか」
デーヴィス大統領がそう言うと、ミルン司令は頷き、答える。
「ワシントンを攻めるのは、我らだけではありません。
艦隊の一部を、我らに先んじて北上させ、カナダからの出兵を求めます。
アメリカ連合国とカナダ、そして我々でワシントンを挟撃し、この戦争を終わらせるのです」
決戦が迫っていた。
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