第十五話 ニューメキシコ作戦
「諸君、今回の作戦の成功こそが、我々、アメリカ連合国の勝利を決定づけるのだ」
ニューメキシコ北部に侵攻したアメリカ連合国ヘンリー・ホプキンス・シブレー准将は、彼の率いるニューメキシコ作戦参加の士官たちの前で声を上げる。
「今、大英帝国の力を借り、アメリカ連合国の一部の兵はワシントン攻略に動き出している。
そのワシントン攻略に全力を尽くすべきであるとの声があることも私は理解している。
だが、断言しよう。
たとえ、ワシントン攻略に成功したところで、アメリカ合衆国が降伏することなどあり得ないということを」
シブレー准将は声を上げると、居並ぶ士官たちの顔をザっと見渡す。
「約50年前、米英戦争において、アメリカ合衆国はワシントンを失った。
だが、アメリカ合衆国は降伏などしなかった。
首都を奪われようと、アメリカ合衆国は戦いを続けたのだ。
我々が所属していたアメリカ合衆国には、フロンティアスピリットがある。
困難に容易く折られない不屈の魂がある。
何より、逃げても戦い続けられる広大な大地がある。
このアメリカ大陸は我々に神から与えられた土地。
征服されざる偉大な土地だ。
アメリカ合衆国民の心を折るのに必要なのは、大英帝国の助力などではない。
合衆国民が、少数派となり、見捨てられると理解させることなのだ。
その為にこそ、今回の作戦が重要なのだ」
シブレー准将は目前に控えるユニオン砦を指差して述べる。
「我々は、既に圧倒的な兵力でクレイグ砦の攻略に成功した。
次に、目の前のユニオン砦を攻略さえすれば、アメリカ大陸西部を制圧することさえ可能だ。
ユニオン砦は、アメリカ合衆国中西部の最大の貯蔵庫。
ここを攻略すれば、ニューメキシコ準州の州都サンタフェは目前。
ユニオン砦にいるのは義勇兵とは名ばかりの3000程度のならず者。
1万いる我々の敵ではない。
全力でユニオン砦を奪取するのだ。
そして、その余勢を借り、アメリカ西部に住む、我々アメリカ連合国を支持する人々と協力するのだ。
アメリカ西部全域をアメリカ合衆国の支配から解放するのだ。
そうすれば、頑迷な自称非差別主義者たちも、現実を理解し、我々と講和を結ぶことを決意するであろう」
シブレー准将は得意の絶頂であった。
この前に戦ったクレイグ砦攻略戦では圧倒的な兵力の前に、合衆国軍はあっさり敗退した。
捕えた捕虜に聞いたところによると、その指揮官は、シブレー准将の元上司であったエドワード・キャンビー大佐であったと言う。
嫌な上司に思いもかけず復讐が出来たという訳だ。
そして、この戦いに勝てば、本当に自分がこの戦争の最大の英雄となれることをシブレー准将は確信していた。
大英帝国の助力で勝ったことよりも、アメリカ連合国国民は自分の勝利を賞賛することだろう。
そして、この砦を落とし、アメリカ西部をアメリカ連合国の傘下にすることさえ出来れば、アメリカ合衆国のリンカーンも無駄な抵抗は諦める可能性が高いとシブレー准将は考える。
そうなれば、シブレー准将は間違いなく、このアメリカ南北戦争最大の英雄だ。
奴隷人権宣言とやらを書いたというジョン・ブルック中佐とやらも、足元に及ばない名声を得ることになるだろう。
そもそも、シブレー准将はブルック中佐が嫌いだった。
ブルック中佐の奴隷人権宣言のおかげでアメリカ連合国は国際的孤立を免れたと言われているが、シブレー准将は納得していない。
奴隷は財産だ。
大事にするのは当然のことだ。
だが、それをわざわざ宣言し、媚びを売る必要がどこにあるのだ。
アフリカで貧困の中で餓死する様な連中を、文明国に連れてきて養ってやっているんだ。
それだけで十分感謝するべきだろう。
それなのに、何故、わざわざ媚びを売らねばならない。
働かない怠け者ならば、罰を与えて当然だろう。
それなのに、罰した側が罰を受けねばならない可能性を開くとは。
ブルック中佐の主張は、シブレー准将の理解を超えるものだった。
更に、シブレー准将はブルック中佐の経歴、取り巻きが嫌いだった。
ブルック中佐は、アメリカ原住民と同じ黄色人種の国、日本に行って、長年、軍事教官を務めていたと言う。
そして、従者として何人かの日本人を連れて来ている。
それが、シブレー准将の気に喰わない。
従者の日本人、リンタローとトシは、アメリカ人女性にも人気の様だが、シブレー准将から見れば、日本人もアメリカ原住民と同じ黄色人種。
黄色い猿たちだ。
神を知らず、真の文明を理解することもない野蛮人たち。
そんな連中を引き連れて融和を主張するブルック中佐はシブレー准将にとって目障りだったのだ。
この戦いに勝てば、シブレー准将はブルック中佐を越えて、アメリカ連合国最大の英雄となる。
そうすれば、次のアメリカ連合国大統領の座はきっと自分の物となる。
その勝利が目の前にぶら下がっているのだ。
シブレー准将が得意の絶頂となるのも仕方のないことだったのかもしれない。
とは言え、シブレー准将の戦略は慢心から揺らぐことはなかった。
むしろ、戦略的に冴え渡っていたと言っても良いだろう。
シブレー准将は、目の前のユニオン砦を包囲すると、一部の部隊を北に進めた。
ニューメキシコ準州の州都サンタフェに降伏を迫る為だ。
もともと、このアメリカ南北戦争において、奴隷の扱いを巡り、頑なな者は決して多くはない。
そもそも、ニューメキシコ準州には大農場もなく、奴隷も多くないのだ。
そんな中で、奴隷の扱いをどうするかで殺し合おうとする者が多いはずもない。
ニューメキシコ準州の多くの者は日和見で、勝てそうな方に付いているだけなのだ。
であるならば、連合国軍が勝てそうだとなれば、簡単に立場を変えることも十分あり得る。
シブレー准将は、州都サンタフェに説得の為の部隊を送り、ニューメキシコ準州をアメリカ連合国に編入することを考えていた。
そして、アメリカ連合国側となったニューメキシコ準州政府から、ユニオン砦放棄の命令を出させるのだ。
そんな命令が出れば、どれだけの『義勇兵』がユニオン砦に残るのか。
圧倒的な兵力差にありながら、シブレー准将は慢心せず、なるべく兵の損耗なくして勝つ作戦を実行中だった。
そして、包囲されたユニオン砦では、意見が衝突していた。
「だから、このままサンタフェが攻撃されれば、ユニオン砦を確保しても意味がないと言っている。
すぐにでも、ユニオン砦を出て、包囲網を破り、サンタフェ防衛に当たるべきだ」
アメリカ合衆国司令官エドワード・キャンビー大佐は声を荒げる。
連合国の指揮官シブレーは、彼の元部下。
シブレーの考え方は、キャンビー大佐もよく理解している。
このまま、放置すれば、サンタフェは連合国軍の前に屈することだろう。
そうなってしまっては、アメリカ合衆国は大変な損失を被ることになりかねない。
ならば、砦を失っても、サンタフェを守るべきだというのがキャンビー大佐の考えだった。
これに反対するのは義勇軍を率いてきた開拓者キット・カーソンである。
「アメリカ連合国軍はユニオン砦を包囲するだけの十分な兵力があります。
おそらく1万は下らないかと。
そんな中、3000程度の兵力しかない我々が、防御出来るのは、この砦があるからではありませんか。
それなのに、砦を出て戦えば、我々は殲滅されてしまうのではありませんか」
義勇兵を率いてやってきたものの、カーソンは慎重な男である。
大柄な身体でありながら、物静かであり、それ故に仲間たちからの信頼を受け、義勇兵の取り纏めとなったのが、この男であった。
「確かに、その危険はある。
だが、サンタフェが落されれば、ニューメキシコ準州全土が奪われる。
そんな訳には行かないのだ」
キャンビー大佐はアメリカ合衆国からアメリカ中西部の防衛の命令を受けていた。
だから、キャンビー大佐はクレイグ砦でも、圧倒的な連合国の兵に対して、積極的に攻撃を仕掛けたのだ。
その結果、兵は大打撃を受けて敗退し、ユニオン砦まで撤退することになってしまったが。
今回は、義勇兵のおかげで兵力はクレイグ砦の時よりも充実している。
キャンピー大佐には、十分に包囲を突破出来るだけの目算が出来ていた。
「たとえ、連合国軍がサンタフェに辿り着いたとしても、市民に被害が及ぶことはないでしょう。
同じアメリカ人です。
彼らも、そこまでの無法は犯さないはず。
それならば、一旦、ニューメキシコ準州が寝返ったとしても、問題は大きいとは思えないのですが」
アメリカ合衆国によるアメリカ連合国商船の無差別破壊を知らないカーソンは楽観的に述べる。
既に、この戦いは総力戦へと移行している。
戦闘員、非戦闘員の区別なく、被害が及ぶ戦いとなっているのだ。
その事を聞いているキャンビー大佐ではあったが、合衆国がその様な非道を行っていることを言う訳にも行かず、違う方向からの反論を試みる。
「しかし、アメリカ連合国は大英帝国と共にワシントン襲撃をしたという噂も流れている。
我々が、法を守ったとしても、追い詰められた連合国の連中が、市民の安全を確保してくれるなどと楽観的に過ぎるとは思わないか。
そもそも、義勇兵の者達も、アメリカ連合国の非道に反対して立ち上がったのだろう。
ならば、彼らの非道に備えて動くべきだとは思わないのか」
カーソンは考えた後に応える。
「考えたくないことではありますが、本当にワシントン襲撃を連合国がやっているのならば、サンタフェ襲撃もやるかもしれません。
しかし、それでも、私は仲間たちに、無謀な作戦で死ねと言うことは出来ません。
それに、もし、サンタフェが落ちたとしても、このユニオン砦を抑えておけば、戦い続けることは可能です。
ここは、物資の集積地なのですから。
籠城も可能。
そして、ここを抑えておけば、合衆国からの援軍も期待出来るではありませんか」
確かに、ユニオン砦を確保しておけば、ニューメキシコ準州が連合国側に下ったとしても、連合国のこれ以上の進撃を防ぐことは出来るかもしれない。
しかし、ニューメキシコ準州が連合国に下った際に、義勇兵がどれだけ残ってくれるのか。
義勇兵は、もともと訓練をした兵ではない。
積極攻勢には強くても防衛戦の粘りもなく、組織活動が難しいのが義勇兵というものだ。
だから、義勇兵の特性を生かし、包囲網突破の為に戦って貰おうと考えていたのだが。
一方、最悪の事態を考えれば、包囲網を突破することさえ出来ず、全滅する危険があるのは、事実だろう。
しかし、ユニオン砦に残ったところで、戦略的にどれだけの意味があるのか。
そもそも、ワシントン襲撃された状況で、合衆国からの援軍が何処まで期待出来るのか。
ロッキー山脈を越えて、どれだけの兵を合衆国が西部に送る事が出来るのか。
アラモ砦の様に、立て籠もり、全滅するまで戦ったとして、それが、この戦いでどれだけの意味があるのか。
それよりも、ニューメキシコ準州が連合国側に寝返った場合の他の西部の州への衝撃が、キャンビー大佐には不安だった。
キャンビー大佐は、カーソンと話しながら考えをまとめようとする。
この判断は重大だ。
この戦場での結果が、アメリカ南北戦争の流れを大きく変えるかもしれない。
だが、議論に時間をかければかける程、連合国軍はサンタフェに近づき、選択の幅が無くなっていくのは確かなのだ。
キャンビー大佐は、頭を抱えたくなっていた。
*****************
アメリカ連合国軍がサンタフェに近づく中、戦いは全く新たな局面を迎えようとしていた。
アメリカ原住民による、アメリカ連合国に対する襲撃が始まるのである。
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