遠い夜明け(改題しました)―戊辰戦争で徳川慶喜が大阪城から逃げなかった結果、最悪の未来を辿った世界を知る何の力もない老人が、黒船来航直後から、幕末の英雄たちと一緒に歴史の再改変に挑みます
第二話 ロチルド(ロスチャイルド)提案への対応
第二話 ロチルド(ロスチャイルド)提案への対応
「それでは、話を続けよう。
まず、平八君が決めてきた太平天国との交易の件について。
こちらに関して、どなたか反対される方はおられるか。
なぁに、別に最新式の武器を売ってやる必要はない。
太平天国は、農民の反乱。
武器の数は、兵の数と比べて圧倒的に少ないはず。
ならば、古くなった火縄銃、青銅の大筒でも喜んで購入すると考えられる。
そして、太平天国の戦力増強は、ロシアの清国進出を阻み、日ノ本への侵略を防ぐ盾として利用出来よう。
勿論、このことを、わざわざ清国に知らせはしないから、清国と我が国との関係が悪化する恐れはない。
まあ、万が一、知られれば、清国には太平天国に対する武器輸出はただの商いであると説明した上で、清国から要請があれば、清国にも武器を売り、ロシアの影響力を下げてやれば良いだけだしな。
その上で、売却するのを幕府の武器のみにするか、各藩にも声を掛け、古い武器を売らせて、各藩の武力解除を進めるかを検討する程度が問題となるとは思うが。
太平天国に武器を売ること自体に短所はあるまい。
この様な状況であるが、どうであろう、反対の者はおられるか」
象山先生がそう言うと、勝さんが答える。
「そいつに関しては、反対する余地はないでしょう。
まあ、日本商社では、幕府だけが儲けるか、それとも反乱を起こさせない為に各藩の武装解除を進める方が幕府の安定に役立つかで意見が分かれているようではありやすが」
勝さんがそう言うと他の者も同意の印に頷いて見せる。
とりあえず、アッシの方の交渉は問題なく、受け入れて頂けるようでございますね。
となると、問題は蝦夷地の一部をユダヤ人に割譲するかどうかの話ですな。
「では、この件に関しては、問題ないようだな。
それでは、今回、最大の問題となるユダヤ人へ蝦夷地の一部割譲するかどうかについて話をするとしよう。
直接、ロチルド殿から話を聞いたのは、勝君だからな。
改めて、勝君が聞いた話を、ロチルド殿の雰囲気も含めて聞かせては貰えないか」
象山先生の言葉に勝さんは頷き、ロチルド様から聞いた話の説明をされました。
まず、慶喜公は、借款を返済出来ねば、アラスカをロチルド家に譲渡するという約束をされていたこと。
それに対し、ロチルド側としては、アラスカを譲渡された場合、英露の侵略が心配であること。
英露と比較して、日ノ本には反ユダヤ感情がなく、信頼出来るということ。
それ故、アラスカよりも、ずっと小さくて構わないので、蝦夷地の一部を割譲し、そこにユダヤ国家を建国させて貰いたいと要請されたとのことでした。
「この提案に関し、日本商社、特に
アラスカに金が出るという情報は、西郷さんのアラスカ調査団の報告で入っていますがね。
それで、アラスカを渡さず、掘り出した金で借金を返しただけじゃあ、旨味がねぇ。
それよりは、ユダヤと協力関係を築き、ユダヤの情報網と資金が日ノ本に提供される方が、日ノ本の繁栄の為には有益との考えですな。
ただ、蝦夷地に関しては、松前藩と水戸藩で開発する予定となっているところ。
そこに、異国の勢力を入れることを受け入れれば、国論が分かれる恐れがあるので判断が難しいところだと言ってましたぜ」
なるほど、アッシの夢の中では、フランスと協力関係を築き、その力で幕府の権力を維持しようとした小栗様らしい考え方でございますな。
正直、異国との協力関係を築けば、気を付けねば、異国の勢力に浸食される恐れがあることは、間違いのねぇこと。
実際、それでアッシの夢では、日ノ本の上で大英帝国が支援する大日本帝国とフランス、ロシアが支援する正統日本皇国の代理戦争が起きちまってますからねぇ。
その結果、大日本帝国も、正統日本皇国も異国の属国となっちまってる。
だから、勝さんは日ノ本を分断する恐れのあるフランス援助ことに反対し、フランスの支援を断り、それを根拠にイギリスの薩長支援を断とうとしていたけれど、慶喜公は天子様を守る為に、勝さんの提案を蹴り、結局のところ、日ノ本は分裂しちまったんだよなぁ。
確か、その時の戦争継続派の筆頭が小栗様。
小栗様も紛れもない天才で切れ者。
正統日本皇国だけでなく、大日本帝国でさえも、その発展の
ただ、徹頭徹尾『幕臣』であるところが問題なのだよなぁ。
その辺は井伊直弼様も同じところなのではありますが。
両家とも、まだ、権現様(家康)が幕府を開く前からの家臣のお家柄。
だから、あの方々は、日ノ本全体の為というよりは、
その為、異国の援助を受ければ、日ノ本が分裂する恐れがあると理解していても、小栗様は、徳川家を守る為ならばと、異国の援助を受け入れちまう。
まあ、こっちも、日ノ本を混乱させない為にも、徳川のお家を潰すつもりなど毛頭ございませんが。
日ノ本全体のことを考えると、徳川のお家第一にする訳にもいかないのが難しいところでございますな。
アッシがそんなことを考えていると、象山先生が桂さんに確認する。
「なるほど、日本商社は提案を飲む方向で検討中か。
それで、日本商社側が気にしている水戸藩の方は、どんな様子だ?」
「水戸斉昭公は、この提案を毒饅頭じゃと申しておりますな」
「毒饅頭か。詳しい理由は聞いているのか」
解りやすい拒絶の言葉に象山先生が苦笑する。
「勿論です。
斉昭公は、ロシア視察により、もはや単純な攘夷論者ではありません。
異国と交易を行い、利益を上げ、異国の技術を我が国に導入して、異国の侵略に備えて、軍備増強するという富国強兵にも強い理解を示しちょられる。
ですが、蝦夷地を一部でも、異国に譲渡すりゃぁ、異国の侵略を誘発することになりかねないとお考えです」
「異国の侵略を誘発か。その根拠は?」
「まず、第一にユダヤの国を建国したいというユダヤ人という者が信用出来ん。
異人の間で迫害されていると言っても、所詮は異人でございますからな。
蝦夷地の一部と言いつつ、支配地域、入植地域を勝手に拡大し、蝦夷地丸ごと奪われる危険があるのじゃないかと考えておられますな」
「なるほど、その危険はあるな。
だが、それならば、ユダヤに譲渡する領土内に、我が国の基地の設置と軍の常駐を条件とした上で、譲渡する地域を北蝦夷(樺太)の一部に限定すれば良いと思うのだが。
北蝦夷譲渡ではロシアの侵略が怖いとお考えか」
「仰せの通り。
それが、もう一つの反対理由でございます。
ユダヤ人が建国すれば、反ユダヤの連中が攻めてくるというならば、アラスカも北蝦夷も変わりません。
せっかく、異国の民草の声を日ノ本に好意的にしているのに、嫌われ者のユダヤ人と手を組んだことにより、日ノ本まで嫌われるのでは割りに合いません。
また、反ユダヤ勢力の侵略により、譲渡した地域が異国の手に落ちるのでは本末転倒。
それならば、アラスカなどくれてやった方が良いと仰せでございます」
「そうか。他にはないか」
「もう一つ。
日ノ本が金を払えば領土を譲渡する国であると異国から見られることが危険じゃと仰せでした。
一度ユダヤに蝦夷地の一部を譲渡すれば、それに続いて、ロシア辺りが金は出すから自分達にも蝦夷地を寄越せと武力を背景に要請してくれば、これを断るのは至難の業。
日ノ本を失う蟻の一穴になりかねない危険な提案じゃと仰せでございました」
確かに、水戸様の考える様な危険性は存在するのだよな。
この辺は、事前に象山先生と相談し、想定した通りではあるのだけれど。
攘夷思想に染まっていた水戸様が、そこまで、異国の情勢を考えられるようになっていたことの方が驚きではありますなぁ。
「蝦夷地の一部譲渡の話、国防軍では、どう考えている?」
アッシがそんなことを考えていると、象山先生が大久保一蔵(利通)様に尋ねる。
「慶喜公は、こん提案を
「ふぐか。上手いことを言う。して、その心は」
「ユダヤん資金、情報網は、誠に美味か存在や。
じゃっどん、とんでんなか毒があり、調理を一歩間ちごっと、異国からん侵略、日ノ本ん分裂を招きかねん危険なもんであっと」
「確かに、その危険はあるな。
で、慶喜公はどう対処すべきとお考えだ」
「蝦夷地ん一部割譲にちては検討すっとロチルド殿に伝えた上で、異国に日ノ本が侵略されん為に、更なる借款を要求すべきと仰せでごわす」
「なるほど、面白い」
象山先生が猛獣の笑みを浮かべる。
その言葉で慶喜公と大久保様の辿り着いた結論が解る。
おそらくは、アッシらの結論と同じでございますからね。
慶喜公と大久保様を始めとする国防軍が象山先生と同じ結論に辿り着いたこと、そのことが象山先生は嬉しく、悔しいのだろう。
地球一の天才を自称する象山先生だが、その頭の回転は本当に驚く程早い。
先の世を夢で見るというズルをしているアッシだって、時々ついていけなくなる程の切れ味。
それ故、話が合う人がなく、友もいない、孤高であるのが佐久間象山という人間だ。
だから、同じ結論に辿り着く人間の存在ということ自体は嬉しいのだろう。
だけど、自分が一番でないと気に喰わないお子様なのも、象山先生だからなぁ。
この辺の関係は難しいところでございますよ。
アッシがそんな事を考えていると、象山先生が安藤信正様に尋ねる。
「これに対し、老中の方々は、どの様にお考えで」
「
アラスカからは大量の金の発掘が期待出来ることは既に伝わっている。
ならば、せっかく金の出る土地を譲ってやるまでもない。
所詮、蝦夷地など、化外の地。
一部なら、くれてやっても構わないだろうと仰せだ」
「水戸藩、松前藩に、その話は?」
象山先生が確認すると、桂さん、安藤様が揃って首を横に振る。
まあ、幕府が命令すれば、確かに実施されるかもしれませんが。
やはり、堀田様は楽観的過ぎると言うか、軽率と言うか。
根回しなんかを軽んじ過ぎる傾向があるのだよなぁ。
その為に、アッシの夢では、水戸藩との対立を深め、幕府の権威を下げてしまった方ではあるのですが。
「老中の他の方々は、どうでしょうか?」
「金が出るとは言え、アラスカは遠い。
蝦夷地の一部でも異人に与えれば、騒ぐ連中がいるやもしれぬ。
ならば、約束通り、アラスカなどロチルド殿に渡し、それで終わりにすれば良いのではないかという方の方が多いかと」
事なかれ主義でございますなぁ。
とは言え、日ノ本の将来を考えれば、アラスカにある石油という資源は是が非でも確保しておきたいもの。
まあ、アッシの夢の通りであるならばという条件付きではございますが。
それにしたって、金が出るというのも、十分魅力的な条件ではございますからねぇ。
もっとも、今回調査したのは、アッシの夢の中で、金が発掘されていた場所を中心に行いましたので、実際は、それ程、金の埋蔵量は多くないかもしれやせんが。
それでも、そう簡単にアラスカ領有を諦めるべきことではないかとは思うのですよねぇ。
そんな事を考えていると、安藤様が象山先生に尋ねる。
「これで、各分野の情報は出揃ったところだろう。
佐久間、お前は、この状況で、どうすべきと考えるのだ」
尋ねられて象山先生は嬉しそうに答える。
全く、認められ、説明を求められるのが好きなお方でございますよ。
「まずは、ロチルド殿との交渉から始めるべきかと」
「交渉?」
「そうです。
水戸様の仰せの不安、異国による我が国侵略の危険が高まるや、我が国の国論が分裂する危険があることを伝えた上で、ロチルド側に、譲歩を求めるべきかと」
「異人が譲歩など、するのか?」
「もし、一切、我らに対する譲歩、忖度をせず、要求だけをしてくるのならば、その様な隣人は不要。
有害ですらございます。
その様な輩であるならば、蝦夷地の一部を譲渡すべきではないと判断すべきでございましょう」
「その場合、約定通りアラスカを譲渡するということか」
「いや、出来れば、アラスカから出る金で借款を返済した方が良いでしょうな。
その方が我が国に益になる。
まぁ、ロチルド殿が、その提案を飲めばの話ではありますが」
「では、譲歩してきた場合はどうする?
いや、そもそも、どの様な譲歩を要求するのだ?」
「まずは、異国からの侵略を跳ね除けるだけの武力増強を我が国が終わるまで、領地の譲渡の実施は待って貰いたいと伝えるべきでございましょう。
譲渡した事で異国に狙われたとしても、それを跳ね除ける力が我が国にあれば、問題はございませんからな。
次に、譲渡は我が国の世論の分裂及び異国からの侵略の誘発を避ける為、段階的に行うことを要請すべきでしょうな」
象山先生は、それから譲渡の為の条件について、ゆっくりと説明されます。
まあ、相も変わらぬ、ほとんど騙りの手口でございますな。
しかしながら、我々の想定通りに事が進めば、長い目で見れば、ロチルド殿も決して損はしないはずの話の良い話なのですがね。
騙して得る利益より、信頼の上に積み上げた利益の方がずっと大きい。
その上で、うまくいけば、スエズ運河建設やシベリア鉄道に投入されるはずのユダヤ資本が日ノ本に投下されることになるですからな。
スエズ運河やシベリア鉄道の建設が遅れれば、その分、ヨーロッパのアジア侵略が遅れることは確実。
そして、その遅れは、ユダヤの新国家を反ユダヤ主義の連中から守ることにも繋がるので、ユダヤの新国家にとっても、決して悪くない話でございますな。
その点、驚くべきは、同じ結論に辿り着いていた慶喜公と大久保様でございましょうか。
アッシらは、先の世を見たというズルをしているから出せた結論だと言うのに。
大久保様にも予言書という形で先の世の話を伝えてはありますが、そこまで細かいものは伝えていないと聞きます。
それなのに、ズルなしで、どうやって、同じ結論に辿り着けたのやら。
アルフォンス・ド・ロチルド様の父君、ロチルド男爵に慶喜公はローマの英雄、カエサルの様だと言われたとのことでございますが、大久保様と慶喜公が協力すると、その先見については恐ろしい程でございますな。
アッシがそんな事を考えている間夷に、象山先生が説明を終えると、安藤様は唸る。
「なるほど、確かに、それならば、どうにかなりそうではある。
だが、交渉役はどうする?
下手をすれば、賛成派からも、反対派からも、批判を受けかねないぞ」
「本来ならば、僕が行きたいところなのではありますが、僕が話をまとめたところで、老中の方々にも、反対派の方々にも説得力がございません。
ならば、反対派の筆頭たる水戸斉昭公にロチルド殿と交渉して頂くのが一番かと」
「水戸様か?しかし、水戸様は蝦夷地への譲渡に反対なのであろう?」
「ですから、水戸様が直接交渉を行い、納得されるならば、反対する者はないかと」
「だが、それで、蝦夷地は一部であろうと譲渡しないということになれば」
「それも致し方ないかと。
ロチルド殿の提案は魅力的ではありますが、国を割る危険を冒す程の価値はございません。
その上で、先程、僕の話した譲歩の条件、協力の利点を水戸様に理解して頂くのです。
そして、交渉の際には、通詞に勝君、陪席として桂君に参加して貰います。
つまり、全ての情報を水戸様にお渡しした上で、水戸様の説得をロチルド殿に任せるということですな。
僕が提案した以上の手をロチルド殿が考え、水戸様を説得出来るなら、それも良いではありませんか。
繰り返し申しますが、ロチルド殿が我らの隣人となることを望まれるなら、我らの状況も考えてくれるような方でなければなりません。
どんなに利があろうとも、要求ばかりして存在するだけで迷惑な隣人など、いて欲しくないのは誰でも同じでございましょう。
水戸様が蝦夷地割譲に反対していることを老中の方々に伝えれば、事なかれ主義の老中の方々で、ロチルド殿との交渉を引き受けたがる方はおられぬかと。
その様な中で、水戸様に交渉をお願いすれば、水戸様の自尊心は満たされ、逆に過激な発言が封じられることも考えられます。
是非、この提案、ご一考をお願い申し上げます」
象山先生は、自信たっぷりに提案する。
まあ、それでも蝦夷地の一部を譲渡するという結論を出した場合、譲渡するはずがないと思い込んでいる様な連中が、水戸様が悪い側近に騙されたと暴れる可能性はあるのですけれどね。
実際、アッシの夢では、それで慶喜公の側近が命を落としておりますし。
その様な悲劇を避ける為、アッシの夢では、まだ当分、寿命が来ないはずの勝さんと桂さんに同席して貰う。
もし、避けられない死という運命が存在するならば、逆に生き残るはずの運命の方も存在するかもしれないという実験ですな。
果たして、どの様な結果が出ることやら。
それから一月後、アメリカの日本視察団と共に日本各地を視察してきたアルフォンス・ド・ロチルド様と水戸斉昭公の会談が、父島にて行われることとなったのでございます。
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