第二十話 祭りの開幕
中浜万次郎が率いる咸臨丸が日本を出て、サンフランシスコに到着したのは1857年の始めになる。
乗員は、船を動かす日本海軍の面々、アラスカを調査する探検隊の面々、日本商社サンフランシスコ支店を目指す商人たち、そして最後に日本陸軍の中にいながら攘夷の志に燃えグラント中佐の指揮下に入ることを良しとしなかった国防軍攘夷派の面々だ。
日本海軍の面々は、日米間の航路を訓練航海の航路の一つとしているので、既に何度も日米間を往復している。
日本海軍の訓練航海では、日本の商品を乗せてアメリカを目指し、帰りに石炭、鉄鉱石、アメリカの工業製品などを乗せて帰って来る。
そして、訓練航海で日米間の往復に成功すれば、日本海軍は一部の経験者を残して、蒸気船に新兵を乗せて更に経験を積ませるようにしている。
そうやって、海軍の練度を上げているのだ。
だが、今回は、いつもの訓練航海とは違う。
咸臨丸は、サンフランシスコに行った後、アメリカ大陸を北上して、アラスカを探検するのだ。
その上で、アラスカ探検隊は、アラスカに上陸して探検すると、海が再び凍るまでに船まで戻ることになっている。
すると、咸臨丸はアラスカを探検してきた部隊を乗せ、その探検結果を持って、アリューシャン列島経由で、カムチャッカ半島を通ってから、日本に戻る予定となっている。
それ故、今回の咸臨丸には、新兵を乗せず、熟練兵が多数乗っているのだ。
アラスカ調査団には、鉱山を調査する為の山師、アラスカの商品を見極める為の商人が多く含まれる。
この辺りは、蝦夷地の調査をする際に、幕府の役人である武士階級を中心としていた時代との大きな違いだ。
地位、身分よりも実力を重視する老中阿部正弘の意向が強く反映されているのだ。
もっとも、調査団を集めたのは井伊直弼率いる日本商社。
その調査結果が日本商社から、幕府に報告され、最終的に幕府がアラスカを買い取るか、それとも担保としてロチルド男爵に渡すかを判断することとなっている。
ちなみに、今回の第一回調査団では調査団が越冬することまでは計画されていない。
ロシア視察のおかげで水戸藩から北国の寒さの過酷さに関する情報は十分に与えられている。
その為、アラスカの寒さを知らない調査団に無理に越冬させるまでもなく、第一回調査では、春から秋に掛けての調査が命じられたのだ。
但し、平八の知識から、阿部正弘に沿岸部ジュノー、内陸部にあるフェアバンクスに金鉱山があることは伝えられている。
それ故、今回の調査団は、それらの地域を調査することを命じられており、金山の発見を理由として、アラスカの買い取りを認めさせようと考えているのである。
日本商社サンフランシスコ支店に向かうのは、父島で英語の勉強を済ませた商人達だ。
既に、日本とアメリカの間を何度も商船が行き来しており、日本各地の陶器、刀、工芸品などが日本では考えられない程の高値で飛ぶ様に売れている。
それ故、多くの商人が一攫千金を期待して日本商社への入社を希望しており、その中には平八に見つけられた若干13歳陸奥陽之助(宗光)も含まれていた。
海舟会の面々だけでなく、平八の予言を知らされた人間の中には、自分が遠からず死ぬ可能性があることを理解し、受け入れている者が多くいる。
それ故、自らの死後、後を任せられる人材を育てておこうと考えたのだ。
後にカミソリと呼ばれ大日本帝国の外交を司った陸奥宗光を今から育てておこうと考えたのもその一環である。
そして、最後は攘夷に燃える国防軍の面々。
彼らは、一応、アラスカ調査団の護衛という名目でアラスカ探検隊に同行している。
異国を知らない故に、異国を理由もなく憎悪している人々。
知ったからと言って好きになるとは限らない。
だが、理由のない憎悪は消えるはずだ。
海舟会率いる佐久間象山は、そういう連中にショック療法を与えようと考えたのである。
その結果、海を越え、アメリカという現実の異国と向き合った攘夷派の面々は、大きな衝撃を受け、変化していくことになるのだが、それは、また別の機会に述べることとしよう。
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咸臨丸は凍ったアラスカの海が解けるのを待つ為に、暫くサンフランシスコに滞在することとなる。
それと入れ替わりに、日本からの招待に応じて2月頃に父島に到着することを目指し、1月にはアメリカ視察団が日本に向かって出発することになる。
タウンゼント・ハリスの率いる日本視察団を乗せる艦隊を率いるのは、平八の見た世界線では日本のアメリカ視察団を乗せてアメリカから日本まで連れて帰ったはずのウィリアム・マッキーン大佐。
歴史は変わったようで、同じ人物が似たような役割を果たすということがあるのかもしれない。
ちなみに、最初から、アメリカ視察団が単独で日本に向かう予定が立てられていた訳ではない。
一応、日本側からは咸臨丸がアメリカ視察団を乗せて日本に行くことも提案もされている。
だが、アメリカ側はその提案を辞退したのだ。
アメリカから見れば、日本は、つい最近までアメリカに来たこともない未開の国。
そんな国の船に使節団を乗せる気にはならないし、案内などという名目で未熟な船員が操艦する未開の国の船が付いてきても足手まといになると考えたのだろう。
だが、外交において無礼な態度は厳禁。
だから、アメリカの視察団は、礼儀正しく、日本の手を煩わせるまでもない、アメリカの船で日本に向かうと答えているのだ。
そこで日本側は、アメリカ視察団の船に案内役を同乗させることを提案している。
以前日本視察団を迎えに来て父島に長期滞在していたアダムス特使の従者として高評価を受け、アメリカ視察にも同行した福沢諭吉だ。
「さて、日本が近づいてきたのだが、何か気を付けておくことはあるかね、ユキ」
ハリスは諭吉に尋ねる。
諭吉は日本の賓客としてアメリカ船に乗り込んでいるが、約2週間の太平洋の航海で既にハリスらアメリカ人との間に友好関係を築いている。
諭吉は日本人の中では、少々、押しが強く図々しいと見られる傾向があったが、アメリカ人から見れば謙虚で思いやり深く見える程。
その上で、船酔いは全くせず、よく気が回るのだ。
ハリスもアダムス特使が諭吉を気に入っていたということに十分納得していた。
「そうですね。
何度か申し上げていますが、まず日本は身分社会であり、礼儀に厳しい社会であることをよく理解して頂くことが重要かと」
諭吉は考えながら話す。
「日本はアメリカと比較しても、清潔で秩序正しい社会です。
それ故、その秩序を乱そうとする者は、たとえアメリカを代表する視察団であったとしても、軽蔑されることは間違いありません」
諭吉がそう言うとハリスは肩を竦め、髭を触りながら苦笑する。
「まるで、初めてパーティーに参加させて貰う子どもの様だな。
だが、率直に言って、素直に信じることは難しいな。
ユキ、君が礼儀正しく、紳士であることは認めよう。
アメリカに来た日本視察団からも、良い噂しか聞かない。
だが、私も、長い間、アジアで交易をやってきたのだ。
清、インド、マニラ、上海、様々な国を私は見てきている。
それらは、何処も活気はあっても、乱雑で、清潔とは言い難いところだったのだ。
どうして、日本だけが、そんなに清潔だと信じられるだろうか」
「私は、清もインドも行ったことはないので、ハリス閣下の仰ることが事実であるかを確認するすべはありません。
だが、日本がアメリカより、清潔で、秩序正しいことだけは保証できます」
そう言うと諭吉は暫く考える。
「そして、日本が他の国と違う理由ですが、日本に来たアメリカ人から聞いた推測ではありますが、恐らくは教育の水準の高さの違いが原因かと」
そう言われると、ハリスも納得した様に頷く。
ハリス自身、苦学して学び、貿易で成功してからは、アメリカの教育の振興に深く貢献した人物である。
教育の重要さは十分に理解出来る。
「ともかく、今回、幕府はアメリカ視察団を歓迎するつもりで準備を進めております。
ですから、どうか、その指示に従って頂きたい。
指示に従って下さる限りは、可能な限りの歓迎をさせて頂きますから」
ハリスはため息を吐いて答える。
「それで、防疫対策の為、半月も島で待機させるというのか。
外国からの視察団を歓迎するのに、この様な国は世界中探しても、何処にもありませんぞ」
「仕方ありません。
アメリカ人が来たことで、ハワイ王国やアメリカ大陸で疫病が大量発生して、人口が減ったということは我々も知っています。
その様な危険は冒せないのです。
万が一、皆さんが日本に来たことで日本に疫病が発生した場合を考えて下さい。
そんなことが起きれば、折角始まった日米交易に反対する声が高まってしまうでしょう」
そう言われて、ハリスも苦笑する。
確かに、日本視察団を率いて日本に行った結果、日本の反米感情が高まるなど、ハリスに取っても悪夢でしかない。
「だが、外国の使節を島で半月も待たせるなど、国際的に見れば、無礼な行為なのだ。
そのことは理解するようユキの方からも伝えて置いて貰えないか。
私だけの話ではない。
日本が欧米諸国にどう見られるかという問題なのだ」
ハリスは、こうして不満気に溢す。
だが、ハリスの不満は父島について、間もなく解消されることとなる。
父島でハリスを出迎えたのは、プリンス・ケーキ。
ヨーロッパでも大変話題になった日本のプリンス、一橋慶喜だ。
そんな身分のあるプリンス・ケーキでさえ、外国から帰った場合は、防疫対策の為に、ハリス達と共に父島に滞在すると言うのだ。
アメリカ代表を自任するハリスと言えど、日本の支配者層以上の厚遇を要求することなど出来るはずがないではないか。
こうして、ハリスの日本視察が始まったのである。
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新聞記者サムの『日本遊覧記』より
アメリカはバカでかい。
この新聞を読んでいる中には、一生、アメリカどころか、自分の住んでいる州すら出ないで終わる人間だっているだろう。
僕も、そんな一人だった。
テネシー州やミズーリ州なんかで暮らす田舎者だったんだ。
そんな僕が、アメリカの日本視察団に新聞記者として参加出来るなんて、幸運以外の何物でもないよ。
全てはリューマという日本の侍との出会いと導きのおかげなんだけど、それは、もう少し後で述べることにしよう。
生まれて初めて乗る外洋船。
太平洋を横断し、南国ハワイを超えて、初めて目にする日本は驚きの一言だった。
到着した島には、石畳が敷かれ、幾つもの溶鉱炉の為の煙突が立っているんだよ。
3年前まで鎖国した未開の国だって聞いていたのに、たった3年で、もう日本では産業革命が始まっているみたいなんだ。
とても、信じられることじゃないだろ?
だから、僕は思わず、案内役のユキに聞いちゃったんだよ。
「この施設を作ったのは、何処の国の人ですか」って。
考えてみれば失礼な話だよね。
でも、日本人が自分で作った物だなんて、素直に信じられなかったんだよ。
これを読んでいる人の多くも、きっとそう思っているだろ?
産業革命を起こせるのも、優れた文明を持っているのも、我々、神に愛された白人だけだって。
ところが、ユキの回答は、そんな僕の考えを、木端微塵に打ち砕くものだったんだ。
ユキは答えた。
「我々が自分で作ったんですよ。
もちろん、最初は作り方を教えて下さる技術者の先生がいましたがね。
学べば、誰でも作れるようになるのが技術です。
身分、人種など関係がない。
天の下、人に上下などない。
学ぶ者が豊かになり、学ばない者は貧しくなる。
それならば、あなた方から学んでいくしかないでしょう」
とね。
子どもの頃、勉強嫌いだった僕としては、実に耳の痛い言葉だ。
これを読んで嫌な気分になっている人もいるかもしれないね。
だけど、これが日本なんだ。
日本に来た視察団を見て、そのエキゾチックな美しさ、美意識に感心した人も多いだろうね。
だけど、日本はそれだけじゃない。
文明と伝統が両立する凄い国なんだよ。
僕は、これから始まる日本での毎日にワクワクする気持ちを抑えられなかったんだ。
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