第二十七話 江戸に来た侍たち

「異人から、日ノ本を守る為じゃと言うたけぇ来たそに、なして、異国の言葉を学ばされるんじゃ」


幕府の用意した長屋であばた顔の小柄な少年が長州弁で不平を鳴らす。


「敵を知り、己を知れば、百戦危うからずと言いいますでしょ。

ですから、異国の言葉を学ぶ必要もあるんでございますよ」


長州弁の少年に対し、青年が諭すように話す。


「じゃけど、オランダ語を学ぶさあ、オランダ人から船の動かし方を学ぶ為じゃというじゃないか。

一体、オランダ人から何を学べと言うんか。」


長州弁の少年がそう零すともう一人の体格の良い青年が薩摩弁で応える。


「そうじゃな。あて、元々、船頭ん子じゃっで、船ん動かし方位、異人に聞かずとも判って思うとじゃが」


「それは、和船の話でしょう?

オランダ人から学ぶのは黒船の動かし方、大筒の撃ち方だと言いますからな。

そいつは、習わないと無理でございましょう」


「確かに、黒船の動かし方はわかりもはんな」


青年が宥めるように言うと薩摩弁の青年は納得したように苦笑するが、長州弁の少年は納得せずに喚き散らす。


「異人に教わらにゃあならんと言うなら、蘭学者が間に入り通詞をすりゃあええじゃないか。

なして、わしが蟹文字やら、学ばにゃあならんのか」


「確かに、通詞を付けてくれるという話もあるようですが、蘭学者に私たちの通詞だけやらせる訳にはいかないらしいのですよ。

蘭学者には、メリケンの言葉も勉強して貰う必要があるようでしてな。

おまけに、戦となれば、咄嗟の判断が必要になる。

そんな時に、通詞を待っている訳にはいかないではありませんか」


そう言って青年は長州弁の少年を宥めようとするが、長州弁の少年は不満ありありの顔をする。

すると、今まで黙っていた出っ歯の少年が土佐弁で声を掛ける。


「ごちゃごちゃ言わず、やりたくなけりゃやらんとええ。

異人の言葉を学ぶのは、黒船の動かし方を学ぶ為やろ。

異人の言葉を学びたくないなら、黒船を動かすのを諦めて、陸で戦えばええろう」


「じゃけど、吉田先生から、日ノ本を守るためにゃ、船で国を守ることが大事だと言われたけぇ。

諦めるわけにゃあいかんのじゃ」


そう言うと、青年は苦笑して応える。


「それなら、頑張るしかないではないですか。

まあ、私も剣術一筋で来たものですから、今更、オランダ語が解るようになる気はしないのですがね」


「わしもオランダ語が解るようになる気がせん。あの蟹文字やら、意味が解らんよ」


長州弁の少年が溢すと土佐弁の少年が揶揄するように言う。


「わしも話せる様な気はせんけどな。剣術しか出来ん男やき。

やけんど、異国と戦うなら、船になど乗らいやけんど、十分戦えるろ」


「じゃけど、吉田先生が日ノ本を守るにゃあ船で戦うことが重要じゃと仰っちょりましたけぇ」


長州弁の少年がそう言うと青年が微笑み、尋ねる。


「君は、その吉田先生という方を本当に尊敬されているのですな。どの様な方ですか」


「吉田先生は日ノ本一の英雄じゃ。

日ノ本を守る為、樺太でロシア語を学んで、命がけでロシアまで行き、ロシアの皇帝に日ノ本に来るなと説得されるそうじゃ」


「ほほう、それは、また剛毅な」


青年が感心すると、土佐弁の少年が不満げに呟く。


「日ノ本一の英雄は武市先生や」


その言葉を長州弁の少年は聞きとがめる。


「ほう、その方は何をしたというんじゃ。英雄であるかどうかは、行動で決まるはずだ。

口だけの人間は英雄たぁ言えんはずじゃろ」


「武市先生は、剣の腕も一流で、今、この派遣団に参加し、異国に行く為に学んでおられる。

きっと、異国に行き、異国の殿様の首を取ってこられるはずじゃ」


「ふん、口だけなら、何とでも言える」


「それなら、吉田という奴も同じやろ。まだ、ロシアにも行っちょらんのに、どうやって説得するがよ」


二人が睨みあうのを青年が慌てて宥める。


「まあまあ、どちらも偉い方ということで良いではないですか。

そして、あなた方は、その偉い先生方が恥ずかしくない者とならねばならない。

ケンカなどしている場合ではないのではありませんか」


青年がそう言うといがみ合っていた二人の少年は矛を収める。


「じゃっどん、わっぜ偉か先生が多かねぇ。

あては、薩摩ん田舎者で、武士になったばっかいじゃっで、どげんしたやよかか、わかりもはんじゃ」


「まあ、それを言えば、私も多摩の田舎の剣道場からの参加ですからね。難しいことはわかりませんよ」


「じゃっどん、あては剣術か弓や鉄砲ん訓練をすっんかて思うちょったとじゃが、

毎日、走らさるっばっかい。こいで、ほんのこて日ノ本を守るっんやろうか」


薩摩弁の青年が首を捻ると、長州弁の少年がそれに同意する。


「そうだ。そうだ。その上、行軍の練習だの、火消しの訓練までやらされる。

そねーなんが、本当に役に立つのか」


そう言われて、青年は腕を組み、少し考えた後、納得した様に言う。


「なるほど、皆さんは先日、行われた砲術大会をご覧になっていないのですね」


そう言うと、青年は数か月前に行われた砲術大会であった事を説明する。

四町(約400メートル)近い距離の的を撃ちぬく鉄砲。

一里(3.2キロメートル)の距離を飛び、着弾と同時に爆発する大砲。

それは、彼らを驚愕させるに十分のものだった。


「あれはね、剣術でどうにか出来る相手ではありませんよ。

剣術修行に明け暮れてきた私としては、寂しいことですがね」


「剣では戦えん言うのか」


「あても剣ん腕位しか取り柄がなかで、困っね」


剣の腕には自信があった土佐弁の少年と薩摩弁の青年が動揺するのを青年が宥める。


「まあ、それは私も同じですから。

でも、訓練には、江戸三大道場の一つ、練兵館の斎藤 弥九郎様も指導に参加されるという話ですから、剣術の訓練も後々はして貰えるとは思いますよ。

ただ、まずは鉄砲を使った戦い方を学ぶことが優先ということでしょうな」


「それなら、なして、すぐに砲術や鉄砲の訓練をせんのじゃ」


長州弁の少年が言うと、青年が答える。


「私たちが、幕府が考えるより早く大勢、集まり過ぎたのですよ。

募集を始めてから、僅か数か月で、数万の人間が集まってしまった。

この国防軍の創設の話を考えた方の意見のまた聞きですがね。

だから、大急ぎで長屋を作ったが、皆が使うだけの鉄砲も、大筒も数が足りないとか」


青年がそう言うと薩摩弁の青年が納得して頷く。


「国を守っ志せあれば、身分に関係なっ、だいでも召し抱ゆっち言われて、そんた大勢集まって当然か」


薩摩藩は身分差別の厳しい藩で、青年の様に最近武士になった者への風当たりは強い。

招集に応じた時も、お前なんかと一緒かと面と向かって言うものさえいたものだ。

それに対して、ここは身分差別禁止。

藩や出身関係なく、実力を見て配属を決めるとされている国防軍は、彼にとっては居心地の良い所であった。


「それにしたって、火消しの訓練はないじゃろう。我らは国を守る為に集まったんじゃ。

なして、火消しの真似事をやらされるんじゃ」


そう言われて、青年も首を傾げる。


「さて、私にも、その辺はわからないのですが。

異国と戦う場合、黒船の大筒でこの江戸が火の海になることも考えているのかもしれませんな」


そう言われて、彼らは背筋が冷たくなるのを感じる。


「異国の力はそねぇなものか」


「砲術大会を見た限り、侮れるような相手ではないでしょうな。その為に、まず我らが自らを鍛えねば」


「そうじゃのぉ。不平を言いよる暇があれば、鍛錬するしかないか。ところで、あんたの名前は」


「あ、私は井上源三郎と申します。数えで26歳になります。

多摩の試衛館という道場で、天然理心流という実践剣術を学んでおりましたが、

そこの跡継ぎが、今回の話を持ってきましてな。

徳川家とくせんけの一大事と、道場にいる者皆で参加させて頂くことになりました」


源三郎がそう自己紹介をすると、長州弁の少年が返事を返す。


「長州の高杉晋作じゃ。数えで16歳になる」


晋作が名乗りを上げると、土佐弁の少年と薩摩弁の青年も名乗ることにする。


「土佐の岡田以蔵。数えで17歳になる。よろしゅう頼む」


「薩摩ん田中新兵衛じゃ。数えで22歳になっ。よろしゅうたのみあげもす」


「よろしくお願いいたします。

今日から、同じ部隊に配属されたのも、何かの縁。頑張ってまいりましょう」


源三郎が頭を下げると他の三人も頭を下げる。


こうして多くの者が藩に関係なく、部隊に分けられ、訓練を続けることとなる。


安政東海地震が近づいていた。


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井上源三郎:本来の歴史なら、12年後(1,866年)、新選組六番隊組長になる。15年後(1,869年)、鳥羽伏見の戦いで戦死。


高杉晋作:本来の歴史なら、長州一の過激派。八年後(1,862年)、英国公使館焼き討ち。奇兵隊を組織し11年後(1,865年)、長州藩でクーデターを起こし、藩の実権を握るが、13年後(1,867年)肺結核で死亡する。


岡田以蔵:幕末の4大人斬りの一人。今から8年後(1,862年)辺りから、尊王攘夷派を弾圧した者たちを天誅の名の下に襲撃を始めるが、酒で身を持ち崩し、高杉晋作の下で居候したこともあるが、結局同志から見捨てられ、10年後(1,864年)犯罪者として捕まり、その翌年(1,865年)打ち首となる。


田中新兵衛:幕末の4大人斬りの一人。8年後(1,862年)、土佐勤皇等の武市端山と義兄弟の契りを結ぶと、岡田以蔵らと徒党を組み、暗殺を示唆された人々を次々と暗殺する。しかし、その翌年、捕縛され自害する。

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