第二十四話 世界の武器庫

「ブルック様は無事でござろか」


横須賀の武器製造工場で嘉蔵が心配そうに呟く。


「まあ、ブルック様はアメリカ連合国の中枢に入っていると言います。

ならば、そう簡単に攻撃などされることはないでしょう。

それよりも、私はサンフランシスコの職人たちが心配ですよ」


田中久重が応える。

海外視察の際、嘉蔵はヨーロッパで、田中久重はアメリカで技術研修を行ってきている。

その為、久重にはアメリカに知人も多いのだ。

勿論、既に老境に差し掛かっている二人が外国語の習得が出来た訳ではない。

それでも、通訳を挟んだとしても、技術に関することならば、意思の疎通は可能で、それなりの友誼を結ぶことが出来ていたのだ。

特に、内省的で研究者肌の嘉蔵と異なり、からくり儀右衛門と呼ばれ見世物をやっていた久重はコミュニケーション能力も高い。

アメリカに友人と呼べる存在も多かった。

それ故、その内の一部は久重がアメリカから帰る際に、日本に連れて来た者もいた程なのだ。

だが、それでも多くの久重のアメリカ人の友人がサンフランシスコに残っている。


「サンフランシスコはアメリカ原住民連合が守り、いくさにはなってはいない様です。

心配はいらないと思いますよ」


江川英龍の息子、英敏が声を掛ける。

この英敏は、平八の夢の中では1862年、つまり昨年に僅か24歳で夭折している。

つまり、運命があるならば、来年には死ぬはずであった存在。

それ故に、死なないで済む為に、気を付けるべきなのかもしれない。

だが、彼らは研究第一。

英敏は、研究の第一線から退こうとはせず、この横須賀兵器工場を指揮を執っていた。


「サンフランシスコは無事でございますか。

それならば、良ろしいのですが」


そう言うと久重は辺りを見渡す。

ここ研究部には、アメリカから来た研究者も少なくはない。

久重ら日本の研究者は、アメリカ視察団と一緒に研修を受けてから日本に帰ってきている。

だが、日本商社サンフランシスコ支社では、有能と思われるアメリカ人技術者を見つけると日本に勧誘。

その結果、多くのアメリカ人技術者が、最新技術の研究を日本で行っていた。


そこで開発しているのが、鉄で出来た船、甲鉄艦。

椎の実型の弾丸。後装式で連発出来るボルトアクションのライフル銃。

ガトリング砲などのマシンガン。大砲等。

まずは大金を投じて、最新の武器を購入。

次にそれを分解して、徹底的に研究。

そして、仕組みを理解してから、今度は模倣、改良に努める。

その上で、平八の持っている未来の武器の何となくの印象。

それを参考に加え、研究を続けることとなる。

研究資金は豊富にあり、好奇心のまま、新たな技術の開発を目指す研究者には天国の様な存在であった。


佐久間象山ら海舟会が、武器の研究開発・製造にあたり立てた方針は三つ。


第一に、研究部。

研究部は、徹底的に武器の性能の向上に努めることが至上命題とされた。

まずは、一対一で欧米列強と戦っても遜色ない程の技術力を養うことが目標となったのだ。

ここには、好奇心の塊、研究開発の為ならば寝る間も惜しむような人々が配属され、その中にジョン・ブルック、田中久重、嘉蔵などが在籍していた。

アメリカから来た技術者の多くもここに参加だ。

通訳を挟み、議論が活発に行われ、予算度外視で、試行錯誤が繰り返されていた。


第二に、開発部。

開発部は研究部が確立した性能・技術を研究し、なるべく単純かつ少ない部品、低い技術で、同程度の性能を再現することを目標する部署とされた。

こちらの部署の指揮を執るのは、江川英敏を始めとする江川塾の人々が中心。

研究部の開発するのは、予算度外視の高性能のものばかり。

これに対し、開発部は、その性能を如何に落とさず、低予算で、単純な形で高い職人の技術を使わずに再現出来るかを検討するのが主な任務であったのだ。

ここ開発部には江川塾の面々の他にも、開発部には好奇心よりは職人気質の強い者が多く在籍していた。


そして、第三の部門が製造部。

製造部では、開発部が定めた部品が、同じ大きさ、形の統一規格で大量生産され、組み立てられる。

これらの部品の製造の基となるのは、アメリカ人の発明家ウイリアム・ケリーの作った溶鉱炉で作られた大量の鋼鉄。

父島で、小型から研究されていた溶鉱炉は実用段階に達し、横須賀には大型の溶鉱炉が幾つも建てられ、毎日大量の鋼鉄が生産されている。

その鉄を統一規格の部品にし、組み立て、武器を大量生産していくのが製造部の主な仕事。

多くの職人が参加し、武器の製造、造船、鉄鋼は横須賀の一大産業となっていた。


ライフルなどの銃ならば月に一万丁。

大砲やガトリング砲だと月に10程度。

甲鉄艦は、さすがに大量生産は難しく月に一艘程度を製造。

生産されたライフルなどは、蒸気船で世界中に輸出されていた。

ライフル輸出の主な目的地は、世界中の植民地。

アメリカ原住民も、各地で起きている植民地の反乱も、この輸出される武器を拠り所としていた。


もちろん、輸出する武器は最新型のものではない。

まずは、生産された最新型の武器は日本中に配備。

武器の大量生産に成功するまでは、生産された武器は、国防軍に参加した面々に配備するだけであった。

しかし、武器の大量生産に成功すると、国防軍は、徴兵制の導入を決定。

その徴兵された兵に、大量生産された武器が渡された。

これまでの国防軍の参加者は、そのまま士官となり、徴兵された兵の訓練を行う。

そして、最新武器が開発される度に、最新型の配備により型落ちとなった武器を世界各国に輸出することにしていた。

それでも、ライフル銃など、白人が植民地に売らないような武器を売り渡しているのだ。

植民地の人々が歓迎しないはずはなかった。

これらの武器輸出で日本が得ている収入は多岐にわたる。

食料の豊富な土地からは食料、鉱物資源が豊富な土地からは鉱物、あるいは将来的な鉱山の開発権等々。


武器の輸出に関しては、日本商社と国防軍の間での激しい議論が行われていた。

日本商社と国防軍では武器輸出に関する目的が異なっていた。

日本商社は、武器輸出を日本産業の根幹とすることを考えていた。

だから、収入を上げることが第一。

それ故、武器輸出する以上は少しでも利益を上げたいというのが日本商社の主眼なのだ。

これに対し、国防軍は、武器輸出により、欧米列強が植民地の反乱・独立に手を焼き日本を侵略する余力をなくさせ、日本の友好国を作ることが目的であった。

その妥協点を巡り、激しい議論が繰り広げられたのだ。


激しい議論の結果、結論として出されたのは以下の通り。


1.まず、日本が武器を輸出しているという事実は当面、欧米列強に隠しておくこと。

日本の技術力、武器生産力がバレてしまえば、欧米列強に狙われかねない。

今はまだ、日本はいつでも侵略出来る弱小国家であると侮られている位が丁度良いとされていた。

だから、欧米列強に対する日本製武器の輸出はしていない。

その為、ロシアの新領土となった東ヨーロッパ各地への武器輸出戦略では、英国製武器を買い、これを輸出して、利益を上げるという方針を取っていた。


2.武器を輸出する以上は、相手が払える範囲での取引とすること。

武器輸出は、日本を侵略から守る為の手段でもある。

植民地で反乱を起こさせ、欧米列強から侵略の余力を奪い、日本の友好国を増やすというのが、その方法。

それ故、植民地の住民たちの反感を買う訳にはいかなかった。

植民地住民が武器購入の為に貧困や飢餓に苦しむことなど、もってのほか。

損して得取れ。売り手良し、買い手良し、世間良しの三方良しの精神が繰り返されていた。

アメリカ原住民やインドや太平天国住民との取引も、この精神の基に行われていた。


3.武器産業の儲けだけに頼らない産業構造を作り上げること。

今は乱世であり、その為に武器が必要なのは間違いがない。

だが、武器が売れなければ、日ノ本が貧しくなるようにしてはならないとされたのだ。

乱世が続く限り、武器は売れるかもしれない。

だが、天下泰平の世になった時に、武器以外に売る物がない様な事態は避けなければならないとされていた。


「しかし、このいくさいつまで続くけんござろか」


嘉造が尋ねる。

武器開発をしているとは言え、嘉造は研究者。

世界情勢に興味がある訳でも日本を守るという使命に燃えている訳でもない。

ただ、新しい技術を開発し、昨日出来なかった事が今日出来るようになることが楽しくて仕方がなくて、武器の研究を続けているだけなのだ。

だから、戦争でブルックなどの知り合いが被害を受けるのが嫌なだけであったりする。


「おそらくは、来年位には決着がつくかと」


英敏は海舟会の面々から聞いた戦争の見通しを思い浮かべながら答える。


「それなら、ブルック様に、この甲鉄艦お渡しすることは出来んじゃろうか?」


嘉造は造船所で建造中の甲鉄艦を見上げながら尋ねる。


「いや、それは難しいでしょう。

甲鉄艦は、わが国の秘中の秘。

甲鉄艦を出せば、海の上の戦いは一気に有利になることは間違いありません。

ですが、鉄で出来た船の有効性を欧米列強にも知られることになってしまいます。

それは、わが国を守る上で不利になってしまいますからな」


「甲鉄艦はブルック様がおったけんこそ、作れた物でございますのに」


嘉造が不満げに呟くのを久重が宥める。


「確かに、お気持ちはわかります。

ブルック様は、我らの師にして、技術開発の同志。

何とかしたいものではございますが」


「甲鉄艦を渡さなかったとしても、ブルック殿が被害を受けることはないでしょう。

実際に、勝様や土方殿も護衛で同行されていることでありますしな。

アメリカは三分され、安定することになるだろうと聞き及んでおります。

心配される必要はないかと」


英敏が答えると、久重はため息を吐く。


「仰せの通りなら、何よりでございますが」


「佐久間様に言わせると、今の地球は乱世。

天下を巡り、欧米列強がしのぎを削っていると申します。

そして、蒸気船の発明により、地球の海は小さくなってしまいました。

その中で生き残ろうとするには、今までの様な無防備な日ノ本ではいられません。

だからこそ、我らの技術、武器開発、製造が重要になると」


「その為に、これだけ大量の武器を作らねばならぬということですか」


「そうです。

これらの武器は異国に売り出す為だけのものではございません。

必ず、一度、異国と戦わねばならぬ時が来ると言いいます。

その時に、備えてのもの。

この乱世においては、侮られたままではならない。

手を出せば、痛い目に合うということを示さねばならぬ時が必ず来ると聞いております」


「日ノ本が戦場になるということでしょうか」


「そうです。

そして、それは、そんなに遠い日のことではございません。

そして、そのいくさには勝たねばなりません。

負ければ、全てが失われてしまう。

いくさに勝ち、地球中のコロニーの希望の星となる。

地球の盟主の座を手に入れる。

そうすれば、戦乱続く欧米よりも安全に研究の出来る魅力的な土地として、各国の研究者を呼び寄せることが出来るようになるでしょう。

それが、日ノ本の最大の戦略であると」


アメリカ、ヨーロッパ、植民地各地で広がる戦乱。

その戦火が日本に迫る日は近づいていた。

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