第十二話 オランダ商館

それから、20日後、アッシらは長崎にいました。

御用船に乗るまでは象山先生と作戦会議。

どんな順番でオランダ側と話すかを決め、小笠原諸島には龍馬さんと桂さんが同行することを江川先生に許可して貰いました。

それで、中浜万次郎様がペリーとの会談に参加出来るように。

まあ、出来る保証はないのですけどね。

象山先生が作戦を考えておくと言っていました。


それから、船に乗ってからはノンビリとした日を過ごさせて頂きました。

まあ、勝さんは船酔いで大変だったみたいですけどね。

体質なのだろうなぁ。

船が好きなのに、船をうまく使えないっていうのは、中々辛いものがありそうだ。


夢の中でも、海軍操練所に行ったり、アメリカに行ったりしていたけど、本当の意味で大事な役割を果たしたのは、海軍の提督としてではなく、政治家として。

やりたいことと、才能のある場所が違うっていうのは、なかなか切ないものがあるよな。

アッシなんかは、やりたいこともないし、才能もないから、そんな気持ちになることはねぇのだけれど。


長崎の街は、噂通り坂が多く、歩くのが大変でした。

まあ、蘭学を学ぶ蘭学者に取っちゃぁ聖地みたいなものでしょうから、江戸に比べりゃ、少し違う雰囲気がありますけどね。

でも、夢で見た150年後の江戸の方がずっと異国風なのですよ。

そう珍しい気もしない。


だけど、勝さんは嬉しそうにキョロキョロ、意外にも長崎訪問二度目の吉田さんが案内をし、土方さんは警戒するよう歩いているけど、女性を見ることが多いよね。

まあ、勝さんも土方さんもいい男だから、女たちからの目も熱いのだけど。


そんな風に歩いていると、上った坂の上から、長崎湾に停泊するロシアの軍艦が目に入る。

あの軍艦には、ロシアのプチャーチンが乗っているのだよな。

ペリーと違って、シーボルトの提言に従い幕府の言う通りに大人しく長崎で待っている。

正直言えば、脅迫したペリーには痛い目を合わせ、この国の法を遵守するプチャーチンは優遇したいのだけど。

ロシアとの間には領土問題があるからな。

そんな風な差を付けられるかどうか。


この対応については、象山先生とも相談したのですが、とりあえず、こちらの準備が出来上がるまでは放置の方針で会いに行かないことに決めている。

その間に、水戸藩の藩士が樺太に砦を築き、オランダ経由で樺太は日ノ本が領有するという情報を流して、列強を味方につけてからじゃないとね。


今の段階で日本が樺太を領有するつもりだってバレたら、このロシア軍艦が、そのまま樺太に向かいかねない。

まあ、樺太には既にロシア軍がいる可能性もあるのだけれどね。

その辺は行ってみないとわからない。

とりあえず、樺太に行った水戸藩士とロシアが戦う可能性は少しでも下げておかないと。

自分のせいで大砲が撃ち込まれて人が死ぬなんて、嫌だからね。


ロシアとの交渉自体は、これから来るはずの勘定奉行、川路聖謨かわじとしあきら様に任せるのが一番だろう。

どうも、夢で見た限りでは、ロシアのプチャーチンと川路様って相性が良さそうなのだよ。

おまけに、ロシアとの最初の交渉は長崎で1月に、黒船の再来が翌月2月に浦賀で。

プチャーチンが長崎を出てから8日でシーボルトが戻ってくるから、両方を同時に一人で対応するのは、ほぼ不可能だろう。

川路様に全て説明しお任せするか、それとも海舟会の誰かが同行させて貰うか。

いずれにせよ、オランダと交渉し、川路様に会ってから考えることだろう。


*********************


長崎に来て数日待ち、阿部様の送り込んだ正使がオランダとの情報交換を終えた後、アッシらの会談が始まる。


オランダ側としては不可解ではあるだろうな。

幕府からの遣いが来た後、同じく幕府の許可証を貰って、素性のよくわからない奴らが会いに来るのだから。


オランダに伝えたことは、長崎奉行所で正使の方から聞いたけど、夢の中と同じ。

まずは、蒸気船の買い付け。

最新の蒸気船100隻を買いたいと頼んだそうだ。

夢の中でそんな数はないと伝えたのだけど、それが本当であるかを試したのかね。

それは、現実のこの世界でも同じらしく、この地球にまだ蒸気船は50隻程度しか存在しないと言われたらしい。

その上、船を動かす人間もいないので、何隻か買うのと同時に船を動かす航海士の育成もお願いしたのだとか。


だけど、この後、ペリーが50隻の蒸気船が近くで待機していると言って幕府を脅かしたのを信じたなんてなんて話もあるからな。

ここでの話が、ちゃんと伝わってなかったのか、信じて貰えなかったのか。


そして、もう一つは公方様が崩御なされたので、とりあえず暫くは日本に来ないでくれとアメリカ本国に頼むこと。

これも、夢であったのと同じで、アメリカへ伝える努力はするが、時間が掛かる。

おまけに、ペリーはアメリカに帰らず、この近辺にいるはずだから多分、無駄になると言われたらしい。


つまり、夢の中同様、現実でも、長崎でのオランダからの情報収集は蒸気船の買い付け、航海士の育成位しか役に立たなかったってことなのだ。

で、それを変える為に、アッシらが臨む訳だ。


オランダ商館の応接室に案内されると勝さんが通訳ということにして、主な交渉役は吉田さん、アッシと土方さんはお付きのものということにして、用意された席に着く。

正面に座るのは、商館長クルチウスなのか、代理の人間なのか。

お茶を出されたところ、それに手を付けず、吉田さんが話し合いの口火を切る。


「先日は、幕府に蒸気船を融通して下さったとのこと、感謝いたします。

本日、参りましたのは、公式ではお伝え出来ないことを、幕府の密使としてお伝えに参りました。

ここにいらっしゃるのは、商館長クルチウス様でらっしゃいますでしょうか」


吉田さんがそう言うと、勝さんが訳し、目の前の人物が頷き答える。

どうやら、この人がクルチウスで間違いないようだ。


「やっぱり、この人がオランダ商館長クルチウス殿みたいだぜ。

それで、オイラ達が、幕府よりの遣いということは紹介状で伝えられている。

先日、話をしたばかりの幕府の遣いが、今度は公式では話せないことがあるというのは一体なんなのかって聞いているぜ」


勝さんがクルチウスの言葉を訳している間に、こっちは次の段取りを確認して、吉田さんが続ける。


「これから話すことは、幕府に知られれば、幕府に私たちが罰せられる恐れもあることです。

だからこそ、あなた方にも、最大限の協力をお願いしたい。

オランダも、今の日ノ本との貿易の独占的な体制を崩されることは望まないのでしょう。

私たちも、アメリカやロシアの有利な条件で交易をする気もなく、清のように植民地にされたくもない。

ならば、私たちは協力出来るはずです」


勝さんが吉田さんの言葉を訳すと、クルチウスが返事をする。


「オイラ達がそこまでハラを割って話すなら、クルチウスさんも正直に話すそうだぜ。

確かに、オランダとしては、日ノ本との交易の利益を確保したいという気持ちはある。

だけど、蒸気船が出来て、簡単に航海出来るようになると、それは不可能になったと言ってるぜ」


確か、9年前にオランダも親書を送って、世界情勢の説明とオランダが間に立って他の国との仲立ちをするって提案したのだったよな。

もし、任せたら、オランダの勢力圏に入れられて、事実上の植民地。

日ノ本と交易する為にはオランダに金を払わなければいけないとかになっていた可能性もあるとは思うけどね。

何の理由もなく、親切にしてくれる国なんて存在しないっていうのは肝に銘じておかないと。


「アメリカは、日ノ本に18日間で来られると言っていたようですが、それは事実ですか?

それに対して、オランダから日ノ本には何日で来られますか?」


吉田さんが尋ねるとクルチウスが答える。


「18日でアメリカから来られるってのは、大分、誇張があるだろうって言ってるな。

実際、ペリーはアメリカを出てから日ノ本到着まで6か月以上掛けているそうだぜ。

だから、オランダも日ノ本に来るまで6か月位掛かるってことだ。

どうも、アメリカって国は信用ならねー国みてーだな」


勝さんがそんなことを言い出すので、アッシも思わず言葉が出てしまう。


「それは、ペリーがヨーロッパ経由で来たからではありませんか?

蒸気船で、太平洋を真っ直ぐ突っ切れば、本当に18日位で来られるのではありませんか」


アッシが段取りに崩して急に発言したので、勝さんは少し驚いた後、クルチウスに質問を伝えてくれた。

その質問を聞くとクルチウスも驚いた後、答える。


「確かに、ペリーはヨーロッパ経由で来たそうだぜ。

やっこさん、結構、焦ってるんで、こっちはある程度の情報を掴んでいるから、いい加減なことは言わないでくれ。あんたを信用出来なくなるって伝えておいたぜ」


勝さんがニヤリと笑って、クルチウスの返事を伝える。

だけど、オランダに行くのに6か月も掛かるのは困るな。

情報を流しても、広まるのに時間が掛かり過ぎる。


「そうですか。アメリカは、そんなに近く、オランダはそんなに遠いのですね」


吉田さんがそう言うと、クルチウスは慌てて弁解する。


「確かに、本国に行くには6か月が必要だが、連絡先ならば、近くに沢山あるって言っているぜ」


植民地なら、いくらでもあるということか。

そうか、今回のアメリカと樺太の情報をオランダを使ってヨーロッパに広めようと思っていたけれど、上海とか、イギリス、フランスなんかが集まっているところに情報を伝えるという手があるか。

どうすれば、オランダは協力してくれるかな。

そんなことを考えていると、吉田さんが段取り通りに質問を続ける。


「なるほど、オランダだけでなく、他の国も、この近くに植民地を持っている。

だから、異国は頻繁に我が国に来る訳ですね。

ならば、改めてお聞きしたい。

まずは、国と国の間の法、あるいは礼儀について。

教えて頂けないでしょうか?」


さて、これからが駆け引きの本番だ。

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