第八話 嘉永の砲術大会

高島平に集まる人々を見て、近藤勇は目を丸くしていた。

佐久間象山によると、彼の進言で、ここで砲術試しが行われることとなり、海舟会の面々は象山の関係者ということで、特別に席が用意されている。


海舟会は、まだ長崎にいる勝麟太郎、吉田寅次郎を除けば、ほぼ勢ぞろい。

近藤勇は、剣術修行もあり忙しかったのだが、長崎帰りの土方歳三に勧められ参加を決意した。

高島平、徳丸が原と呼ばれる土地が、たった一度の砲術試しで名前が変わったという場所。

勝麟太郎が、その生き方を大きく変えたという土地で、再び砲術試しが行われるという。

そのことに、少なからず好奇心が刺激されたのだ。


続々と幕府、親藩、譜代、外様大名らの鉄砲隊、大筒隊が集まる中、海舟会の席は、幕閣お歴々に近く、砲撃の判定結果を聞きやすい場所になっている。


「いやあ、随分、良い場所を用意して貰ったもんだな」


坂本龍馬は好奇心に目を輝かせて、周りを見渡している。

土佐では、旧長宗我部の家臣である郷士と、後から徳川の命令で土佐を支配に来た山内家の家臣の間では激しい身分差別があり、土佐藩では、龍馬の様な郷士は、こんな良い場所には、絶対座らせて貰えない。

そんなところで、砲術試しが見られるというのだ。

龍馬は楽しくて仕方なかった。


江戸では、本日、異人の黒船を追い払った警備隊の一番手柄を決める為の砲術試しが行われることが触れ回られ、江戸庶民のほとんどが、ここに集まったのではないかと思える程、大勢が鈴なりになっている。


「あんなに遠くからでは、判定の声も、効果もわからんだろうに。

そんな中、俺は、本当にこんなところに席を貰っても良いのかな、トシ」


遠く霞む程遠くから見物に来ている人々を眺めながら近藤勇が、小声で隣に座る土方歳三に声を掛ける。


「お上が席を用意して下さったのだ。問題ないだろう。

それより、見ておけよ、かっちゃん。きっと、すげえ物が見られるぞ」


何処か誇らしげに答える歳三の声を聞いて、勇は少し緊張がほぐれる。

歳三は、力を持て余し、何をするべきか、わからず、もがき、バラガキと呼ばれるような少年だった。

それは、大きくなっても変わらなかったのだが、海舟会に参加してから、変わり始めている。

打ち込むことを見つけたのか、長崎での経験も実に楽し気に語ったものである。

それが、嬉しい様な、寂しい様な複雑な気持ちだ。


今回の砲術試しは二つの競技として行われる。


一つは鉄砲競技会。

各藩が代表を出し、的を撃ちぬいていく競技。

的に当たるごとに、的を段々遠くに移動させていき、最も遠くの的を撃ちぬいた藩が勝利となる。

藩の名前を出すと、藩の鉄砲隊が所定の位置に移動し、銃を構えてから撃つ。

当たったかは、審判が的まで走り、的に当たっていれば藩の旗を上げ、外れていれば藩の旗を下に振る。

その仕草で、遠くから見ているものでも、ある程度は競技の結果が解るようになっている。


そして、もう一つは砲術競技会。

これは、鉄砲競技会の後に開催されるもので、各藩が順番に大筒を撃っていき、最も遠くまで砲弾を飛ばした藩が勝利となる。

呼び出された藩が大筒を所定の位置まで持っていき、そこで砲弾を発射。

砲弾が着地した位置まで走り、藩の旗をそこに刺して、その結果を示す。

遠くからでも、結果が解りやすく、鉄砲と違って、何度もやる必要がないから、意外に早く終わるだろう。


当然ながら、平八の見た夢、本来の歴史という奴には、この様な砲術大会は存在しない。

これから、四年後に、土佐藩主催で「江戸百人試合」と呼ばれる剣術大会が開催されるはずだったが、その優勝者坂本龍馬と準優勝者桂小五郎は、今回は只の観客として観戦するのみ。

好奇心旺盛な龍馬は何かあるたびに、平八に話を聞いている。

ちなみに、近藤勇と土方歳三のいる試衛館は江戸の有力剣道場とは看做されず、この剣術大会に参加すら出来なかったのであるが。


まず、鉄砲競技会が始まる。


順に藩の名前が呼ばれ、有力大名の鉄砲隊が順に的を撃っていくのを勇は複雑な気持ちで眺めていた。

彼は、試衛館を継ぐ為に、剣術修行に没頭している。

そんな彼でもわかってしまうのだ。

より早く弾込め出来て、遠くに弾を飛ばし、命中させられる方がいくさの役に立つと。


今回、参加したのは、我こそが黒船を追い返した一番手柄であると主張するような藩であるから、さすがに関ケ原の頃のような火縄銃を使う藩はほとんど参加していない。

火縄銃で参加している藩は、鉄砲隊の訓練をしていたような腕自慢が幾つか。

それらの藩は、火縄銃の届く範囲では、高い命中率と破壊力を誇ったようだが、火縄銃では届かない範囲に的が置かれるともう、どうしようもなかった。


「なあ、トシ、どんな武器でも、どんなに腕を磨いても、届かなければ意味がないんだな」


「ああ、平八のじいさんに言わせると、武器の性能って奴が、いくさの勝敗を左右するらしいからな。

話で聞いた時は、半信半疑だったが、こうやって、目の前で見せられるとな」


「じゃあ、俺がやっている剣術修行は無駄な事だと思うか」


「まさか。どんな凄い武器であろうと、それを使うのは結局、人間だ。

その人間を鍛えておくことが無駄なはずはねぇだろ。

俺はな、かっちゃん、あんたに、只の剣術バカにはなって欲しくねぇんだよ。

だから、ここに呼んだんだ。

佐久間のおっさんや、平八のじいさんと話し、一緒に行動してみて、世の中には腕っぷし以外の力ってあることを知ったよ。

異国とのケンカに勝つには、剣術だけじゃダメなんだよ。

そいつが解っていれば、戦い方だって、考えようがあるだろうさ」


「だけど、わかったところで、どうすれば良いんだよ」


「佐久間のおっさんの計画によれば、この後、異国への派遣があったり、統一軍の募集があったりするんだろ。

そいつに、参加するのさ。

そこで、異国のいくさの仕方を学べば、きっと俺たちは勝てる」


「だけど、俺は試衛館を継ぐ為に養子になったんだぞ。そんな勝手なこと、出来ると思うのか」


「まあ、徳川家の為と言えば解ってくれるんじゃねぇか」


そんなことを話している内にも、鉄砲競技会は続いていく。

競技では問題とされないが、火縄銃ではどうしても装填、発射までに時間が掛かる。

これに対して、薩摩藩、佐賀藩、福岡藩の使うゲベール銃は、弾を前から入れる先込め式とはいえ、火縄を使わずに撃つことが出来るようで、その早さは圧倒的だった。


「あのゲベール銃って奴は、10年位前、長崎の役人、高島何とか言う奴が、ここで砲術試しをして以来、異国からこの国に取り入れられ始めたものらしい。

あんな物を外様大名の薩摩なんかが持っているって訳だ」


「大丈夫なのか。そんな物を外様大名が持っていて」


勇の頭には、平八の話した薩摩藩が幕府に反旗を翻す話が浮かぶ。


「ああ、このままじゃマズイだろうな。

火縄銃で届くのは精々2町(約200メートル)の距離。

対して、外様大名のゲベール銃は、3町は飛ぶ。

幕府、親藩、譜代のお歴々は顔色を悪くしているだろうぜ。

本当に、佐久間のおっさんは性格悪いよな」


そんな風に話している内に、競技は終わり、ゲベール銃を持っていた外様の各藩が勝利を収める。

順位が決まったところで、葵の御紋の旗が大きく翻り、宣言がなされる。


「見事であった。では、次に幕府の鉄砲隊をお見せることとする」


そう言うと江川英龍が指揮する鉄砲隊が現れる。

持っているのは、ペリーから奪い取ったスプリンフィールド銃。

その中でも、象山はちゃんと、銃口の内側がらせんに削られているものを選んで持ってきている。

幕府の内部の者ならば、それが本当の幕府の実力などではなく、アメリカの力であることがわかる。

だが、何もしらない庶民から見れば、それは幕府の力だ。


ライフリングされたスプリンフィールド銃の威力は圧倒的。

飛ばすだけなら、ゲベール銃の3倍近く飛び、2倍近く先でも十分的を撃ちぬくことが出来たようだ。


「いやあ、幕府にも、この様な武器があったのか。実に見事なものだな」


勇は感心し、庶民は大喝采を上げる。

だが、その裏を既に聞いている歳三からすると、苦笑を浮かべるしかなかった。

さすがに、誰かに聞かれる恐れがあるから、ここでは勇に話せないが、後で教えてやろうと考える。

対外的に幕府の力を見せつけちゃいるが、それがアメリカの力だと解っている連中は生きた心地がしないだろう。


そして、次の砲術競技会でも同じことが繰り返される。

いや、射程距離だけの話でないなら、もっと大きな差が生まれたと言えるだろう。

火縄銃と異なり、大筒の威力は、もっと明確な差が出るのだ。


だが、その後、佐久間象山が同じくペリーから奪ったペクサン砲を幕府の大砲として持ち出すと、その空気は更に一変する。

実のところ、佐久間象山が大砲の指揮をするのに気が付いた庶民が最初はざわついたのだ。

この時代、彼のように髭を生やしている男は少ないから、遠くからでも象山だと解った為だ。

象山は、以前、最初の砲術実験に失敗しており、庶民の中には象山を口先ばかりの男と軽んじる者も結構いた。

そんな男が、幕府の大筒の指揮を執る。

大丈夫なのか、そんな疑惑の目をペクサン砲の一撃が打ち砕くこととなる。


外様大名の大筒は最新型とは言うものの、青銅製。

それに対してペクサン砲は鉄製。

耐久力が違うから詰められる火薬の量が違う。

今までの大筒が10町(訳1キロメートル)飛ぶか飛ばないかと言うところ、ペクサン砲は一里近く(3.2キロメートル)飛ぶのだ。


着地点が見えなくなりそうな程遠くに飛ぶことに度肝を抜かれた庶民は、更に着弾と同時に弾が爆発したことに更に驚く。

ペクサン砲は着弾と同時に爆発する炸裂弾を発射する大砲なのだ。

炸裂弾は、この時代の最新の兵器。

他の先進的な藩ですら、撃ち出すのは鉄の玉に過ぎないのだ。

突然の爆発に、庶民は驚き、続いて熱狂する。


庶民は幕府の圧倒的な力の前に喝采を上げ、アメリカなど恐れるに足らずと言っていた幕閣のお偉方は蒼ざめる。


そして、この後、江戸城において、黒船撃退の功を称える為の表彰という名目で、優秀な成績を上げた外様大名、親藩、譜代の有力大名が集められる。


衝撃を受け、立ち直る前に、話を進めてしまおうという象山の提案通りに。


そして、集められた者達は、更なる衝撃を受けることとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る