第三十七話 選ぶべき選択肢

マーク・トウェインの書いた記事は、ほぼ、そのまま新聞に掲載された。

そして、いつもと変わらない砕けた口調で、アメリカ連合国の批判や、トムという黒人捕虜の気持ちや賢さも隠さず記したマーク・トウェインの記事は、多くの人に信頼されたのである。


その上で、マーク・トウェインの記事に続いて、ジョン・ブルック中佐の意見記事が掲載される。


今回の北部の黒人捕虜への面談で明確になったことがある。

北部の人々のやろうとしている解放とは、解放の名の下に、アメリカ連合国の農場主から黒人奴隷を奪い、黒人奴隷からは安定した生活と仕事を奪い、黒人たちに過酷な仕事を押し付け、使い捨てにすることなのではないか。

彼らの言う南部の過酷な農場主と北部で黒人を扱き使う連中と何が違うのだ。

少なくとも、我々は奴隷人権宣言にある様に、奴隷への過酷な扱いは禁止することを決めている。

それでも、北部の人々は奴隷から仕事と生活を奪い、『解放』しろと言うのか。

この様な過酷な状況でも、トムの様に、リスクを恐れず生活の安定よりも自由を求める人々がいるならば、我々はいつまでも彼らを拘束する様なことはしないと誓おう。

勿論、奴隷から解放される為には、それを買い取った料金に値する料金を払って貰う必要はある。

だが、それでも、対価を払うならば、自由を求める人々を尊重することを我々は約束しよう。

だから、もう、北部の人々は我々に干渉するのを止めて貰いたい。

我々は、同じアメリカの人々を傷つけたくはないのだ。

もう、力づくで我々を従わせようとするのは、止めてくれ。

我々は、北部の人々と同じ国、同じ旗を仰いで来た。

だが、もう、我々は、あなた達とは、異なる価値観、異なる社会制度、異なる生き方を持っているのだ。

そのことを認めて欲しい。

その上で、我らの独立を認めて欲しい。

良識ある人々が、その望みを叶えてくれることを我々は神に祈っている。


この二つの記事が書かれた新聞は世界中に配布される。

大英帝国艦隊を通じて大英帝国本土や大英帝国植民地各地へ。

それだけでなく、アメリカ全土へも。

さすがに、アメリカ連合国からアメリカ合衆国に直接、新聞が配布することは不可能だった。

が、戦闘のない西部から新聞を配ることは可能だったのだ。


そして、西部を通じて北部にも新聞は配布されたのである。


「この記事を読んだかね」


ホワイトハウスでリンカーン大統領は何度目かの失望を味わいながら呟く。


「はい。

既に、この戦争に反対する人々の手によって、広く配られてしまっています」


ミード将軍はリンカーンに応える。


「そうか。

では、次に確認したい。

ここにある黒人兵士に対する差別待遇は本当なのかね。

白人兵士の半分の給料で、まともな装備品も与えられず、最も過酷な任務を与えられたと言うのは」


ミード将軍は言い難そうに応える。


「確認したところ、事実でした。

黒人は兵士として使い物にならない。

ならば、白人と同じ給与を払うことも、同じ装備を与えることも無駄だと考えるものが多いようでして」


アメリカ合衆国政府として、黒人兵士の差別待遇を指示した訳ではない。

確かに合衆国有色軍として、白人と違う部隊に有色人種を集めたのは事実だ。

しかし、それは黒人と白人を一緒にした場合の混乱や対立を避ける為にしただけのはずだった。

決して、黒人を酷使し、犠牲にする為の部隊分けではなかったはずなのだが。


それでも、現場にある差別感情が、黒人と白人を同じ待遇とすることを許さなかったのだろう。

アメリカ合衆国の白人たちには、哀れな奴隷とされる黒人に同情する者も多い。

それは、アンクルトムの小屋などの影響もあるのだろう。

だが、解放され、自由となった黒人に同情したり、慈悲の心を向ける者は多くはない。

解放された黒人は、貧しい白人から見れば、自分たちの仕事を奪う敵に過ぎない。

その差別感情が、今回の結果に繋がったのだろう。

リンカーン大統領はため息を吐く。


「では、次だ。

この記事にある様に、君たちは負傷兵を見捨てて逃げて来たのか?」


「マシンガンの攻撃の範囲内に倒れている負傷兵を助けに戻ることは自殺行為でした」


「この記事では、リー将軍はマシンガンの攻撃を途中で止めさせたと言っているようだが」


リンカーン大統領の問いかけにミード将軍は肩を竦め首を横に振りながら応える。


「ありえません。

私が実際に見たところでも、攻撃を停止している様には見えませんでした。

そもそも、敵を倒せて、被害を与えられる状況で、攻撃を止める理由は、軍人としてあり得ません。

敵に大きな犠牲を与えられれば、結果として、戦争は早く終わり、味方の安全に繋がる訳ですから」


リンカーンは苦笑しながら応える。


「つまり、この記事にある様に、あくまでも公式には、攻撃を止めたことにしたということか。

虐殺したという非難を受けない為に」


「恐らく、そういう事だと思います。

悪辣なのは、その嘘をこちらは否定する事が出来ないと言う事です。

いくら、奴らは攻撃を止めなかった、虐殺したと真実を言っても、臆病者が恐怖心で叫んでいるようにしか見えないのですから」


リンカーンは頭を抱える。


「その結果、こちらがいくら南軍が黒人兵士を虐殺したと主張しても、我々が黒人負傷兵を見捨てただけだと言われてしまう訳か」


考え得る限り最悪の状況だった。

南軍の書かせた、この新聞記事は大英帝国海軍によって、アメリカ合衆国の出した記事よりも先に大英帝国本土に届いてしまうだろう。

何しろ、こちらはカナダ経由、南軍は大英帝国本土直通なのだから。

そうなれば、リンカーンの期待した様に、大英帝国が南軍の支持を止めることはないだろう。

何しろ、こちらには、南軍の記事を否定する材料がない。

黒人兵士に対する差別待遇も、有色軍の存在も、否定しようのない事実なのであるから。

アメリカ合衆国は、大英帝国と南軍の連合軍との戦争を継続せざるを得ない。


「ミード将軍、これから大統領選挙が終わるまでに南軍に大打撃を与え、戦局を一変させられる可能性はあるか」


もう大統領選挙は始まってしまっている。

本来、リンカーンは、その選挙中にリッチモンドを陥落させるなり、大英帝国をこの戦争から手を引かせるか、することにより、大統領選挙の勝利を確定させたいと考えていたのだ。

この問いに関し、ミード将軍が沈痛な声で応える。


「かなり難しいかと」


リンカーンは暫し考えた後に尋ねる。


「リッチモンドの柵を破る為、大量の砲兵を率いて、物量作戦で、大砲を使い徹底的に柵を破壊した上で、そのまま新兵器マシンガンの射程距離外から、マシンガンも破壊することは可能か」


リンカーンの問いに暫し考えた後にミード将軍が応える。


「それは、非常に成功が難しいかと。

そもそも、今回、大砲でリッチモンドを守る柵を破壊しなかったのは、砲弾により道が破壊され、大砲を前に進めることが困難であると考えた為です。

手前の柵の破壊は可能かもしれません。

が、砲弾が破壊した後に、大砲を進めようとしても、砲弾の開けた穴だらけの道に大砲を進めるのは困難。

更に、その先に大砲を進めて、奥の柵を破壊するのはそれ以上に困難となります」


ミード将軍は言い難そうに続ける。


「加えて、南軍からの応戦も考えられます。

マシンガンの攻撃は勿論ですが、それに加えて、我々の残してきた大砲で、南軍からも砲撃がある可能性があります」


「残してきた大砲とは?」


「今回のリッチモンド攻略隊が持って行った大砲です。

リッチモンド攻略の為に、馬に引かせた大砲を大量に持って行ったのですが、ある程度、柵の中に入った段階で大砲を引く馬が撃たれ、大砲は放棄せざるを得ませんでした」


「南軍には我々から鹵獲した大砲が大量にあるということか」


「はい。

マシンガンの攻撃などで、傷ついているかもしれませんが、それでも、十分に使えるだけの大砲、砲弾が十分にあるかと」


「つまり、砲弾による物量作戦でリッチモンドをこじ開けようとすれば、南軍からも同じ性能を持つ大砲による応戦がある。

しかも、南軍は安全な陣地から大砲やマシンガンを撃てるのに、こちらは砲弾で穴だらけになった道の上から無防備で応戦しなければならなくなるということか」


「はい。

それでも、南軍と我々では、武器の生産能力に大きな差があります。

大英帝国の援助が続いたとしても、最終的には、我々が物量作戦で勝つことは出来るでしょうが」


「大統領選挙の終わりまでは、間に合わないか」


リンカーンは苦虫を嚙み潰した様な顔で黙り込んだ後に、尋ねる。


「では、リッチモンド攻略を諦め、他の南軍の州を次々と陥落させて、リッチモンドに降伏を迫るのはどうだ?

リッチモンドの防衛は、あくまでもリッチモンドを守る為のものであると言う。

ならば、リッチモンドを出て、他の州を守ることは不可能だろう。

だが、他の州が攻撃されているのに防衛に赴かなければ、南軍政府が他の州から非難されることになるのは確実だ。

マシンガンを持つ軍が、リッチモンドに籠っていれば、南軍から離脱する州も増え始めるだろう。

そこで仕方なく出て来たリッチモンドの軍を叩けば、マシンガンやリッチモンド防衛網を避けて、南軍に打撃を与えることが出来るのではないか」


リンカーンの提案にミード将軍は暫く考えた後に応える。


「確かに、我々の想像通り、マシンガンという物の数が限られ、動かすことが困難であれば、その戦略は成功する可能性はあります。

ですが、それで効果を出すには、どうしても時間が必要です。

大統領選挙が終わるまでに結果を出すことは困難かと」


ミード将軍の言葉にリンカーンは頷く。

やはり、無理か。

実際に、この戦略を実行するとしても、大英帝国の援助を受けている南軍が何処まで抵抗するのか。

短期で勝てない以上、先行きが見えず、アメリカと言う国の国力が決定的に下がるだろう。

最悪、大英帝国に完全に従属する様になってしまうかもしれないのだ。


やはり、戦闘の勝利を選挙の勝利に繋げることは非常に困難だ。

リンカーンは絶望的な気持ちで確信してしまった。


では、どうするべきか。

アメリカ合衆国の為に、リンカーンはどうするべきなのか。

リンカーンは必死で考え続ける。


まず、まだ大統領選挙で戦いを続けることは不可能ではない。


どう言い訳しようと、南軍は、虐殺と呼んで良いだけの攻撃を我々に与えた。

我々は、同じアメリカ人として、そんな被害を与えたくないと考え、南軍への壊滅的な攻撃は控えていた。

それにも関わらず、南軍は手加減なしで、徹底的に我々の兵を殺していった。

ならば、彼らを悪と断罪し、徹底的に破壊するよう先導することは不可能ではないだろう。

何故、大量の兵士が死んだのか。

南軍は無慈悲な悪であり、彼らを徹底的に破壊しなければならないと先導すること。

それは、リンカーンの弁舌を持ってすれば不可能ではないだろう。


明確な敵がいれば、味方の統一を図ることは容易。

敵との融和を主張する者たちを裏切り者として断罪することも不可能ではないだろう。

対立候補は南軍の支援を受けている裏切り者であるとの情報を流し、世論を操作することも可能だろう。


しかし、その先に何が残る?

リンカーンは考える。


大英帝国が支援を続ける南軍は、今回の様に、手加減もなしに、我々を徹底的に破壊しようとするだろう。

その結果、負けないとしても何年位で勝てるのだ?

長い闘争の果てに、勝てたとしても、両者の間には徹底的な分断が生まれるのではないか。

相手を悪と断罪してしまえば、妥協は不可能。

南部を焼け野原にし、南部の兵を徹底的殺すまで戦争は終わらないのではないのか。

その結果、残されるものは何だ。

徹底的に国力が落ち、再び大英帝国の影響を強く受けるようになってしまうアメリカ合衆国。

そこに、何の意味があるのだ。


リンカーンは、元々、奴隷解放の為に戦争など起こしたくはなかった。

奴隷解放は選挙に勝つために主張していたが、別に本音で、南部から奴隷を取り上げるつもりなどなかったのだ。

戦争を始めたのは、あくまでも、すぐに簡単に勝てると思ったから。

アメリカ合衆国を分断などさせるつもりはなかったのだ。


このまま、大統領選挙に勝ち、戦争を続けることに何の意味があるのか。

リンカーンは考え続ける。


まず、戦争を続けたとして、短期で戦争を終わらせることは、どうも不可能らしい。

つまり、本来の目的であったアメリカの再統合は短期的には不可能なようなのだ。

ここを事実として、リンカーンは認めることとした。


それならば、南軍を悪と断罪し、分断を促進することも、有害以外の何物でもない。

相手を悪としてしまえば、妥協は不可能。

徹底的に破壊して勝つ以外の方法はなくなってしまう。

でも、そんな勝利が不可能な以上、妥協の末の再統合を目指すべきではないのか。


奴隷解放宣言を擁するアメリカ合衆国と奴隷人権宣言を擁するアメリカ連合国。

その両者の妥協は不可能にも見える。

だが、アメリカ合衆国がアメリカ連合国の様に黒人の人権を認め、本当に人種の平等を確保するならば。


まず、アメリカ合衆国は、世界中の植民地独立運動の活動家からの支持を得るだろう。

それだけでも、国際的地位としては、悪くない位置だ。

その上で、アメリカ連合国の奴隷所有者から、奴隷を奪おうとしなければ。

まだ、妥協が生まれる余地があるのではないのか。

アメリカ連合国は奴隷人権宣言などと言っているが、奴隷の人権を認め、労働者としての権利を認めるならば、農場主が奴隷を働かせる意味がなくなっていくだろう。

そうなれば、奴隷の扱いに疲れたアメリカ連合国と人種平等を進めるアメリカ合衆国は再統合することが出来るのではないか。


短期でのアメリカ再統合は不可能でも、長期において、せめてリンカーン自身が生きている間にならば、アメリカは再び一つになる事が出来るのではないか。

そう考えた末、リンカーンは、一つの選択肢を選び取ることとなる。


リンカーンの人生は敗北の繰り返しだった。


生まれた頃に両親が訴訟で全てを失い、開拓民として貧しい環境で育ったリンカーン。

それからの彼の人生は敗北と不幸の連続であった。

失業、州議選落選、事業倒産、婚約者の死亡、州議会議長選挙落選、下院銀指名選挙敗北、下院議員選挙で再選ならず、上院議員選挙落選、副大統領指名選挙で落選と凄まじい数の敗北と不幸を繰り返し、やっと1860年にアメリカ合衆国大統領となったのが、彼、エイブラハム・リンカーンなのである。

そんなリンカーンであるから、彼にとって敗北は恐怖ではなかった。

たとえ負けても、また立ち上がり勝てば良いのだと、そう信じていた。

彼が求めるのは、彼自身の栄光ではなく、アメリカ合衆国の栄光だった。

だから、彼自身が負けることは恐怖でも何でもなかったのだ。


こうして、リンカーンは、今回の敗戦の責任を取り、大統領選挙の辞退を申し出ることとなる。

全てはアメリカの分断をこれ以上進めず、遠くない将来にアメリカを再統合させる為に。


勿論、不屈の男、リンカーンは、これで全てを諦めた訳ではない。

この日から、彼は、人種の平等、アメリカの再統合を主張し、積極的な活動を始めることとなる。

そのことは、彼の名声を再び高め、もし、生きていれば、再び大統領になることもあったのではないかと主張する歴史家も存在するほどであった。


だが、彼は大統領選挙の翌年1865年8月凶弾に倒れることとなる。


暗殺者は警備の者に打ち殺されてしまった為、動機は不明。

リンカーンの人種平等運動に反対するものだったとも、リッチモンド攻略戦で死亡した遺族の復讐であったなど、様々な説が残されているという。


*****************


時は戻り、アメリカ大統領選挙が終わり、南北戦争がアメリカ合衆国がアメリカ連合国の独立を認める形での終結が決まった頃、もう一人、この戦乱の対価を払おうとするものがいた。


「ショー(佐久間象山)、どうして、君はアメリカを分裂させたんだ。

どういうつもりなのかを聞かせてくれないか」


「やはり、君か、リズ(ユリシーズ・グラント)。

相手にとって、不足はないな」


激動する世界の最後のエピローグが始まる。

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