第二話 最初の終わり

勝さんのところに弟子入りして、最初に感じたのは当たり前だが、勝海舟も人間だったのだなってことだった。


勝海舟について、何となくの知識では知っていた。

勝は、ヤボを嫌う江戸っ子。

自分を殺しに来た浪人の坂本龍馬を弟子にしてしまったところを見ても身分に拘るタイプではない。

幕臣としては、最初に咸臨丸でアメリカに行って、広い視野を持っていたらしい。

それが原因か、国防の為に海軍創設を提言し、身分や出身に拘らず龍馬を始めとした脱藩浪人や他藩の人間を、幕府の施設である神戸海軍操練所に受け入れ訓練を施していた。

そのおかげで、幕臣でありながら薩摩や長州といった反幕府勢力とも強いパイプを持ち、江戸の無血開城に成功した。

その程度の知識はあったんだ。


だけど、実際に会ってみると、知識とは別に感じることも沢山あった。


勝さんは、いや、勝さんだけじゃない、俺が知り合ったこの時代の人たちは、本気で、日本という国の将来を考え、必死で戦っていたんだ。


それは、令和の感覚を持つ俺としても、江戸に住んでいた常識から見ても、驚きの一言だった。


だってさ、令和の感覚で言えば、日本の未来を憂いているだの、世界の将来について考えているなんて、本気で話す奴がどれ位いる?

実際の権力者やキャリア官僚、上位1%の金持ちとか、そういう限られた上級国民とかの中になら、そんな事、考えている奴もいるかもしれないよ。

いや、そんな連中でも、ほとんどは、目先の自分の地位や利益を守るのに必死なだけ。

国だの世界だの本気で考える余裕のある奴がどれだけいるかって気もするけれど。


令和の普通の人間が、日本だの世界の未来なんかを語ったら、中二病扱いされて、冷笑されるのが関の山。


そもそもさ、滅私奉公だの、誰かの為にだのって考えや言葉自体、俺はうすら寒く感じるんだよな。

誰かの為になんて言って頑張っても利用されて終わりだろ?

ブラック企業とかで酷使されて潰されたりとかする未来しか浮かばないよ。


それなのに、何故、この時代の人たちは日本の未来の為と命がけで戦うのだろう?


その上で、江戸に住んでいた町民の感覚で考えても、やっぱり、勝さんたちの行動は驚きで一杯だよ。


江戸って時代は徳川の世を永続させる為に、他藩や民衆の発展の芽を摘み、現状維持を最大の目的とした時代なんだよ。

令和の時にあった、失われた30年と言われる平成の時代を250年以上も続けた時代。

おかげで、戦国時代は軍事大国だった日本が、完全に時代遅れの弱小国家になっちまったんだけどね。

それでも、戦のない天下泰平が一番と嘯き、発展や進歩を求める人々を抑圧した時代。

そんな中で、何の地位も権力もない連中が天下国家を語ったところで、何も変わるはずはないのに。


何故、この人たちは、報われそうもない状況で必死に戦おうとするんだろう?


ただ、令和の知識によれば、この何の地位も権力もない連中が、日本を動かし、世界を動かしちまうんだよな。

この連中が本当に凄かったのか。

それとも、激動の時代に、運良く会えた幸運なだけの連中なのか。

運が良いだけってなら、俺も、そいつにうまく参加したいところではあるんだけれど。


そんな違和感がありながら、俺は勝さんと親しく付き合い始めたんだ。


勝さんには、蘭学を学びたいと言って近づいたんだが、幸い、英語が蘭学を学ぶ基礎になってくれた。

何しろ、この当時の一般人はアルファベットも知らない。

それも比べれば、同じ欧米言語である英語の基礎知識があるだけでも、十分に優秀だったんだ。

普通に、主語、動詞、目的語があるのは知っているし、時制によって動詞が変化するのも知っていたからね。

俺の優秀さを喜んだ勝さんは、すぐに、勝さんの師匠の一人でもある佐久間象山にも紹介してくれたりもしたんだ。


いや、俺は佐久間象山て、名前を何処かで聞いたことがある程度しか知らなかったんだけどね。


実にスゲー人だったよ。

傲慢不遜、世界一自分が賢いと信じて、マウント取らずにはいられない、子どもみたいな人だったけど。

優秀なのは間違いないんだよ。

だってさ、アヘン戦争の研究を命じられたことから、30歳を過ぎてから蘭学の勉強を始めて、ちゃんと習得しちゃってるんだぜ。

30歳過ぎて、外国語なんて、簡単に覚えられないって。

その上、途中で英語の必要性にまで気が付き、今は英語の専門書を原書で読むことが出来るらしいし。


まあ、全部、象山先生が自慢してくれたから知っているんだけどね。

でも、凄い人なのは間違いないんだよ。


ただ、象山先生は、吉田寅次郎って弟子に、アメリカ密航を唆したとかの罪で江戸から追い出されちまうんだ。

象山先生が江戸にいて、幕府の相談役でもやっていれば、もう少し、まともな外交出来ただろうにな。

本当に、吉田寅次郎ってのは、余計なことをしてくれるよ。


もっとも、後に、その吉田寅次郎の正体が吉田松陰だったって聞いて、驚かされるんだけど。

あの吉田寅次郎が吉田松陰だったなんて。

見た事ある肖像画と全然違うじゃん。


でも、吉田寅次郎ってのも、悪い奴では全然ないんだ。

熱血で、真面目で一生懸命な良い奴だったんだよ。

ちょっと、狂信的で怖いところもあったんだけど。

それが、反幕府の親玉になっていくなんて、全然予想出来なかったよ。


こんな感じで、俺は、この時代の色々な人と交流を深めていった。


と言っても、俺は、この時代の人たちみたいに、日本を救おうなんて、高尚なことを考えていた訳ではないよ。


所詮、人間は自分の為に生きるものだろ?

お国の為とか言って、頑張っても、利用されて終わるだけ。

そんなもの為に、頑張りたいなんて、気持ちは、俺にはない。


令和の知識がある、先が見えるというのが、俺の唯一、最大のメリット。

そいつを利用し、時代の流れを利用して、成功することだけが、俺の目的。

まあ、ついでに歴史を俺が知っているものより、マシにしたいって気持ちもあるけれど。

あくまで、ついでだな。

俺が儲かって、皆が不幸になっても構わないと思うほど、悪人でもないけどね。


そもそも、この世界が、本当に令和の知識にある幕末の時代であるかも判らない。

歴史を変えようとすると修正力が働いて元の流れに戻ろうとするものなのかも、バタフライエフェクトで小さな変化が大きな嵐を巻き起こすものなのかも、判らない。

だから、俺は歴史の流れを大きく変えようとせず、肝心なところで、危険を避けるだけにしようと思ったんだ。


歴史を変えようとして動いたりして、本当に歴史が変わってしまったら、俺の知識というメリットは失われるからね。

初期で歴史を変えれば、そこで俺の存在価値はなくなっちまう。

まあ、医者だったり、技師とか、専門的な特別知識があれば別だろうけどね。

先が見えなくなった俺は、単なる役立たずになる危険があった。


だから、俺は歴史の流れに身を任せ、最後の一点に賭けることにしたんだ。


勝さんの従者としてアメリカまで行き、坂本龍馬と出会い、神戸海軍操練所に参加。

神戸海軍操練所解散後は、亀山社中立ち上げ、海援隊に参加する。

薩長同盟の交渉に同席し、寺田屋での幕府の襲撃から、龍馬と一緒に逃げることに成功。

寺田屋って、名前をどっかで聞いた気がしたから、嫌な予感がしたんだよな。


俺の何となくの知識だと、龍馬が幕府から襲撃されたのは2回。

一度目は龍馬の奥さんのお龍さんが風呂から裸で駆けつけて、龍馬は手を切られるが何とか脱出。

二度目の襲撃で殺されたんだったよな。


その二度目の襲撃は、確か大政奉還の直後、戊辰戦争勃発直前。


つまり、歴史の流れを大きく変える転換点が近づいていた訳だ。


今のところ、俺は、計画通り海援隊に参加し、確固たる地位を築くことに成功している。

一応、海援隊の中でも幹部クラスだからね。

この上で、龍馬を生き残らせ、海援隊を龍馬の構想通り、世界の海援隊、総合商社にして大儲けする。

これが、俺の目的。


そして、そのついでに、日本の歴史も変えていく。


幕末から続く明治の最初の頃、幕末の英雄と言われた男たちは、ほとんどが死んでいく。

暗殺、西南戦争、病死等々。

で、その後継者たちが、日清戦争、日露戦争へと突き進んでいく。

まあ、一応、この戦争の勝利で、日本は非白人国家では、唯一、国際的な地位を築いていくことにはなるんだけど。


でも、人材の劣化、指導者層の弱体化は間違いないと思う。

日清戦争の頃は終わらせ方まで決めてから戦争を始めていたのに、後になればなるほど、戦争の始め方が雑になり、終わらせ方が見えなくなっていく。

その後、更に劣化した人材が、勝てもしない戦争に負けるまで突き進んでいく。

そんな気がするんだよ。


その結果が、太平洋戦争の敗北。

アメリカの属国化。

そこから続く令和の希望のない未来。


まあ、実際のところ、龍馬が生き残ったとして、何が変わるかというのは、俺には判らない。

だけど、行動力の塊みたいな龍馬が生き残れば、これから起きる戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、自由民権運動なんかは、大きく変わっていく気がしたんだよ。

その時は、俺の持つ令和の知識も十分に利用しようと思うしね。


まあ、この辺はついで。

あくまで総合商社世界の海援隊で成功するのが、俺の本来の目的。

それは、龍馬が生き残れば十分に実現可能な未来。

三菱と並ぶ巨大財閥の一員の幹部となる。

それだけでも十分な成功だろう?


百五十年先の話は、百五十年の間に生きる人たちが本来考えるべきことで、俺の責任ではないし。


そんな訳で、俺は坂本龍馬暗殺阻止に動き出すことにしたんだ。


とは言っても、歴史にそんなに詳しい訳でもない俺は、龍馬暗殺についても詳しい訳ではない。

まあ、大体の時期と、京都で暗殺された事位は知っていたけど。


だから、俺は、大政奉還を進言した直後から、暫くの間、京都には近づかないことを龍馬に進言したんだ。


もっとも、未来を知っているなんて言っても、信じて貰えるあてはない。

だから、未来云々は話さず、龍馬に京都に行かないことを進言したんだ。


実際、この時、龍馬の死を望んでいた勢力は沢山ある。


龍馬としては、内戦を起こさせず徳川慶喜も新政権に参画させようと考えていたのに。

幕府の見廻り組、新選組も犯罪者として龍馬を追っていたみたいだ。

薩長同盟成立の立役者でもあったのに、内戦反対の龍馬を薩摩が疎ましくなってきていたって話もあるし。

いや、龍馬が土佐藩の下級武士だったことから、土佐の上級武士に殺されたって説まである。

おまけに、紀州藩といろは丸を巡る事件で、賠償金を取ったから、紀州藩にも命を狙われていたって話まである。


もう、命狙われまくり。

そんな中で、龍馬が京都に入るのって、京都にいる同志との話し合いの為なんだけど。

はっきり言えば、直接、有力者に会えない龍馬が、京都に行ったところで、大政奉還の結果は変わるはずもないからね。

それならば、京都に入らずに、次の一手の為に、動くことを進言したんだよ。

危ないから京都に行くのを止めましょう、じゃあ、大人しくしてくれる人ではないからね、龍馬は。


だから、大政奉還がされず、薩長の武力討幕が起きてしまった場合を考え、準備するべき。

京都で何もしないで待つのではなく、次にやれることを考え、動くべきってね。

その考えに、龍馬は何とか納得してくれた。

それで、何とか、龍馬の京都入りは防げたんだ。


これで、歴史の改変に成功したと思ったんだけどなぁ。


それでも、結局、俺は龍馬と一緒に暗殺されることになったんだ。


歴史は変わらない。

この世界は、決められた世界線に収束する世界だったのか。


そんなことを感じながら、俺は最初の死を迎えることになったんだ。

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