第二十三話 大戦の終わらせ方

「アッシの夢では、プロシアとフランスの戦いはプロシアの圧勝でございました。

起こるのは、これから約10年後のはずでございましたが。

戦力としては、フランス軍が約46万に対し、プロシア軍は27万。

それにも関わらず、開戦から数か月の段階でフランスはプロシアに大敗北。

10万のフランス兵だけでなく、フランス皇帝ナポレオン三世までもが捕虜となってしまいました。

その結果、フランス帝政は瓦解。

最終的には、1年後にプロシア王国の大勝利の形で戦は終わりました」


平八は記憶を辿りながら続ける。


「ですが、いくさ水物みずもの

たとえ時の流れがプロシアに味方するとしても、戦場でプロシアがフランスに圧勝する場面があるかどうか」


「本来のいくさで最高指揮官となるはずのバゼーヌは現在、アメリカ南北戦争の支援部隊に参加していると言う。

もし、フランス・プロシア戦争の敗北は、指揮官の所為だとするなら、結果が変わる恐れがあるのかもしれん。

だが、僕が見たところ、フランスの敗北の最大の原因は指揮の未熟さにあらず。

その非効率さが原因だ。

フランス軍には、輸送力と兵站に致命的な欠陥がある。

常備された歴戦の勇士というのが、フランスの誇りだとは言うが。

その隙をプロシアのモルトケが見逃すことはない」


実際、平八の夢ではフランス軍はナポレオン三世の率いる軍が包囲され、補給を受けられずに降伏していた。

フランス国内での戦いであるにも関わらずだ。

同じ状況が起きれば、確かにフランスは敗れるのだろうが。


「確かに、ナポレオン三世が捕虜になる様な戦いは起きないかもしれない。

だが、補給を受けられない軍があちこちに現れるようなら、大軍と言えど、フランスに勝ち目はない。

その上で、今回のプロシアには、平八君の夢と異なり、海上から大英帝国の補給・援助がある。

プロシア側が負けることは、まずあり得ないであろう。

だから、吉田(寅次郎)君と高杉(晋作)君は、プロシア側の観戦武官として、この戦に参加することになっているぞ」


象山が楽し気に言うと平八はため息を吐く。


「吉田さんにも、高杉さんにも、アッシとしては大人しくして欲しいところなんですがね」


「君の夢では、二人とも早死にするはずだったのだったな。

吉田君は4年前に既に死んでいるはず。

高杉君も後3年もすれば労咳で死ぬ運命さだめであったか」


「ええ、既に亡くなるはずの島津の殿様がお元気ですから、寿命なるものはないのやもしれません。

あるいは、象山先生の仰る様に、代わりの者が死ねば、生き残れる者がいるのやもしれません。

しかし、それでも、死ぬはずだった道があるのならば、いつ何が起きるか解りませんからな」


平八がそう言うと象山が鼻で笑う。


「とは言え、閉じこもり、隠居していても、助かる保証がある訳でもないだろう。

人はいつか死ぬ。

それは、僕の様な天才でも、同じことだ」


象山は覚悟を決めた様な表情で平八を見詰めながら続ける。


「アメリカ南軍、アメリカ連合国で死ぬはずだった人が、今のところ、大量に生き残っている。

逆に、大英帝国、フランス、ロシア、アメリカ合衆国では、死なないはずだった人が大量に死んでいる。

誰が生き残れるかは、全く不明な状況だ。

ならば、運命など恐れて消極的になることなどせず、己が出来ることを精一杯やるしかなかろう」


象山の言葉に平八は気圧される。

死を覚悟した者の強さというものを平八は象山の中に感じたのだ。


平八が見た夢の中において、吉田寅次郎の最大の能力は教師としての才であった。

教育の仕組みを考えるのに向いているかは解らない。

だが、現場の教師として吉田寅次郎が、接した多くの者は熱心に学ぶ生徒となっていった。

牢屋(野山獄)でも、小さな私塾(松下村塾)でもだ。

松下村塾出身者の多くの者が大英帝国の幹部となったのは、吉田寅次郎の信奉者が長州藩の中心となったことがあるのかもしれない。

だが、吉田寅次郎が桂小五郎や高杉晋作、伊藤博文に大きな影響を与えたことは確かなのだ。

その様な才が、戦いで巻き込まれて失われることなど、平八には勿体ないとしか思えない。

とは言え、残念ながら、死を覚悟した者に向ける言葉を平八は持たないのだ。


「まあ、心配するな。

戦と言っても、観戦武官は前線に行く訳ではない。

軍の中枢にいるのが通常であると言う。

プロシアが勝つ戦で、プロシア軍の中枢にいる二人に危険が及ぶことはないであろうよ」


象山が緊張感を緩め、安心させるように話すと平八が尋ねる。


「そうだと良いのですが。

しかし、ここまで大きな戦にする必要が本当にあったのでございましょうか?

あまりにも、人が死に過ぎている様な気が致します」


「戦が起きれば人は死ぬ。

それは変わらぬことだ。

前にも話したが、僕は大きな目で見れば、時の流れは何も変わらないのではないかと考えている。

僕が何もしなくとも、コロニーは、その内、独立戦争を始めるだろうし、白人だ有色人種だの理由で差別を続けることも不可能だ。

全ては必然。

歴史を見れば、先の世を読むことが出来る。

人が人を理不尽に支配し続けることなど不可能。

僕は、その時の流れを加速させ、白人支配を早めに終わらせようとしているだけなのだ」


「その為の犠牲でございますか?」


「そうだ。

白人の支配の中で失われる命を考えれば、より少ない犠牲で済むはずなのだ。

考えてみろ、平八君。

才ある者の才が失われず、より活用される世を。

アメリカを三国に割るのも、犠牲を最小限で終わらせる為の策。

大英帝国を弱体化させるのも、結果としてコロニー独立の為に有効な一手。

まあ、今回の話は、僕の策だけではない。

僕の策を基にしてはいるものの、吉田君や坂本君などが、それを発展させてしまっているからな。

そう言う意味では想定外のことも多いのではあるが」


象山が苦笑すると平八が尋ねる。


「象山先生は、最近、変わられましたな。

これまでですと、先生の策にないことをすると、憤慨されておられたのに」


そう言われて象山は顎髭を撫でながら応える。


「確かに、いつまでも僕が策を与えることが出来るなら、余計な策は迷惑以外の何物でもない。

だが、平八君の夢の通りなら、僕は遠からず死ぬ運命さだめにある。

僕が死んだ後の事を考えれば、なるべく残される者に経験を積ませた方が良いであろう。

僕が失敗の穴埋めを考えてやれる間にな」


達観した様な象山の言葉に平八は思わず反論する。


「象山先生程のお方なら、アッシの夢の運命など簡単に覆せると思いましたが」


「うーむ、残念ながら僕は天才過ぎる。

僕程の才が生き残る為に、身代わりを求めるならば、日ノ本一国では足りないかもしれない。

だが、僕は、そこまでの犠牲を出してまで生き残ろうとは思わぬのだ」


象山の自信過剰過ぎる自己評価に平八は内心ため息を吐きながらも、更に尋ねる。


「しかし、象山先生程の才が失われることは、地球の損失。

犠牲少なく生き残る為の手を象山先生ならば、考えられるのではございませんか?

アッシは、今のこの大戦は、象山先生が生き残る為の手だと思っていたのございますが」


平八がそう言うと象山はニヤリと笑う。


「いや、たとえ、良く知らぬ異人であろうと、僕の生き残りの為に彼らを犠牲にしようとは思わない。

異人であろうと、才ある者はいるだろうし、異人であろうと、女子どもはいるからな。

まあ、お順に、僕の子を残してやれなかったのは済まないとは思うが」


象山の言葉に平八は挑発を試みる。


「では、先生は運命になすすべもなく、降伏するのでございますか」


平八が煽ると象山は胸を張る。


「僕ともあろうものが、そんな簡単に運命などに屈服するはずはなかろう。

策は考えてある。

死せる孔明生ける仲達を走らす。

僕が死んだ後の策も、ここに用意してある」


そう言うと、象山は押し入れから文箱を取り出し、大量の文を出して見せる。


「これが、僕の最後の策だ。

僕は、自分の生死などと言う些事には囚われん。

僕は自分の死も利用して、天下国家を、この世をより良い物にすることを考えている。

だから、心配するな、平八君」


考えてみれば佐久間象山と言う人は、ペリー来航の際、戦犯となることも覚悟の上、

幕府にペリーとの戦争を唆し、攘夷の夢を打ち破り、日ノ本の独立を守ろうとした様な人だ。

自分の命を惜しんで最善手を逃すという発想がないのだろう。

しかし、10年も付き合ってきた平八としては、佐久間象山と言う人には恩もあれば愛着もある。

平八自身よりも、佐久間象山には、もっと長生きをして欲しいというのが平八の正直な気持ちだ。


「象山先生のお命は些事などではございませんよ。

アッシとしては、それでも、象山先生に生き残りの策を考えて頂きたいところでございます」


平八の言葉に象山は笑みを浮かべる。


「平八君が僕の無事を願ってくれるのは有難いことではあるな。

僕の様な天才は妬まれ、嫌われることが多いのだ。

その点、妬まないでくれる平八君は素晴らしいな」


象山の言葉に、平八は内心、それは象山先生が相手の面子も考えず、ズケズケ言い過ぎるからですよ、

と思いながらも、曖昧に頷いて応える。


「いえいえ、アッシの様な無学な者から見れば、象山先生は崇拝の対象になっても、嫉妬の対象になどなるはずもございませんよ」


「崇拝の対象か。

まあ、それも仕方がないが、弟子たる者、常に師匠を越えたいと思わねばならんぞ。

そうすれば、僕程の天才に追いつくことは無理でも、少しは真似出来るかもしれん。

そうでなければ、学ぶ意味もないではないか」


象山は上機嫌で応える。

そんな象山を見ながら、暫く考えてから平八は尋ねる。


「象山先生のお気持ちは解りました。

ですが、生き残って欲しい者がいるという事は心の隅にでも残しておいて下さいませ。

その上で、少し話を戻させて頂きます。

先程、各地の独自な動きで象山先生の想定にないことが起きていると仰っておりました。

が、この戦、本当に大丈夫なのでございますか?

象山先生の考えられる通りの終わらせ方に辿り着けるのでございますか?」


平八の心配そうな声に象山も暫く考えてから応える。


「まず、勝手な動きをする吉田君や坂本君を悪く思うなよ。

戦はその場、その場の臨機応変も重要だ。

そういう意味でも、彼らが自分達の判断で対応する事は正しいのだ。

そして、彼らが多少派手な動きをしようとも、僕の戦略の根幹は簡単には揺らがない。

いくさは始まる前から、何通りもの終わらせ方、展開は考えておくべきものなのだ。

この様な展開にならないなら、このような落としどころ、妥協点を用意すると言ったようにな」


「では、想定外の事が起きていると言いつつも、所詮は象山先生の手のひらの上ということでございますか」


「そうだ。

まず、欧州の戦線は、プロシアの参戦で劇的に動き出すだろう。

先程言った通り、プロシアが負ける可能性は非常に低い。

そして、大英帝国・プロシア連合軍がフランスを破れば、ロシアも寄港地を失う。

それで、欧州のいくさは終わるだろうな」


「欧州の戦が終わるとして、アメリカの戦はどうなりますでしょうか」


「これは、まあ、予定通りだ。

来年にはアメリカでは、プレジデントを決める入れ札があると言う。

だが、リンカーンを勝たせるはずだったリズ(グラント中佐)は日ノ本の教官。

シャーマンは日本商社で経理をしていると言う。

その上で大英帝国からの攻撃もある。

果たして、負け続けのリンカーンを支持する民草がどれだけいることやら」


平八の夢では戦勝に乗って、二期目の入れ札にも勝ったリンカーン。

だが、今回の戦は負け続け。

その上で、アメリカ連合国側からは、独立を認めよとの圧力がある。

南軍、アメリカ連合国が望むのは賠償ではなく、アメリカ合衆国からの独立。

アメリカ連合国の独立さえ認めれば、アメリカ合衆国に対する攻撃は終わるのだ。


「その上で、アメリカ西部では原住民連合の動きがある。

アメリカ原住民に反感を持つ連中は、原住民の躍進の元凶となったリンカーンの奴隷解放宣言を嫌う者もいるだろう。

リンカーンが入れ札に敗れ、講和派の新たなプレジデントが生まれれば、南北の戦はそれで終わるはずだ」


「その代わり、西部の原住民連合を率いる坂本さんが苦労することになりそうではありますが」


平八が言うと、象山は首を振る。


「その為の天下三分。

国も三つに分かれれば、簡単に戦うことは出来ない。

奴隷解放宣言を出したアメリカ合衆国も、奴隷人権宣言を出したアメリカ連合国も部族連合を攻める口実を見つけることさえ、困難だ」


そう言うと象山はニヤリと笑う。


大戦は最終章へと向かおうとしていた。

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