第九話 グラント中佐との面談

佐久間象山と村田蔵六がグラント中佐に会いに来た目的は3つある。


第一の目的は、坂本龍馬と西郷吉之助が見つけてきたというグラント中佐が本当に、平八の夢で見たというグラント将軍になる人物であるのかを確認すること。

その為に、佐久間象山は、グラント中佐の戦略理論、戦術理論を聞き出そうと考えていた。

戦略、戦術に優れたグラント将軍になる人物であるなら、優れた能力を見せてくれるはずだと考えたのである。


そもそも、佐久間象山も、村田蔵六も、欧米の軍事理論については、大体理解しているつもりではある。

だが、まだ全ては机上の空論。実戦経験はないのだ。

それに対し、グラント中佐はアメリカ・メキシコ戦争に参戦し、昇進を重ねている人物。

グラント中佐の正体は何者であろうとも、銃と大砲を使った戦い方を現実に経験しているグラント中佐と話をすることは、自分達の知識を補強するには十分であるとも考えていたのである。


そして、第二の目的は、グラント中佐を、完全な日本の味方に引き込むこと。

グラント将軍は退役中に勃発した南北戦争でアメリカ合衆国の為に立ち上がった人物。

当然、愛国心も強いであろう。

その上で、グラント将軍は北軍で最も有能な将軍の一人と言われ、国民的な人気を得て、アメリカ大統領にまで、登り詰める運命であると言う。

その様な人物を完全に日本の側に取り込むことが出来れば、日本防衛の為にどれだけ心強いだろう。

教官役を引き受けた時点で、日本との繋がりは強くなっているのだろうが、決して日本を裏切らないと思える程に関係を強めることが重要であったのだ。

グラント中佐が、日本を裏切ることのない根拠。

それを得ることが、日本側を説得する材料にもなるという側面も存在していた。

この点、本来はアメリカで飲み交わした龍馬や西郷が参加するべきであったのかもしれないが、一番意気投合していた龍馬は日本商社サンフランシスコ支店に滞在しており、西郷吉之助は毒殺の可能性もあると言う島津斉彬の傍に侍り、グラント中佐の情報を象山に報告するだけに留めている。


そして、最後の目的は、日本防衛計画とグラント中佐に任せる役割を検討すること。

グラント中佐が間違いなく日本の味方であることを確信出来るようになって、初めて日本はグラント中佐と日本防衛計画を検討出来るようになる。

当然のことだ。

もし、グラント中佐が日本を裏切る危険があるならば、そもそも日本の軍事力の詳細など教えることは出来るはずもない。

だが、本当に日本の味方になってくれるなら、その為の戦略作りに彼の能力を生かさないのは能力の無駄遣いではないかと能力主義である象山は考えたのである。


そのことは未来を夢見た平八の背筋をゾクゾクさせるようなことでもあった。

夢で見た名将グラント将軍と日本の名将大村益次郎が協力すれば、どの様な戦略を立てるのか。

それは、平八も見てみたいことではあった。


それから、もう一つ考えなければならないのが、グラント中佐に頼む役割。

グラント中佐には、日本の陸軍の教官を務めて欲しいと頼み込み、龍馬と西郷が連れてきたと聞いている。

だが、日本から攘夷の空気が消えた訳ではないのだ。

まして、日本防衛軍の陸軍に参加しているのは、異国の侵略から日本を守る為に集まった人々。

その中でも、異国の言葉の習得が苦手で、海軍操練所への参加が出来ず、異国への視察も出来なかった、どちらかと言うと脳筋の傾向のある人々。


その様な人々の中から士官級の人々だけ父島まで呼び寄せて、通訳付きでグラント中佐に講義を行わせるのか。

それとも、グラント中佐を実戦経験のある指揮官として、日本本土まで招き、実際に訓練の指揮を取らせるのか。

果たして、その様な指揮を日本陸軍が受け入れるのか。

検討することは山積みだった。


ちなみに、平八が、グラント中佐との面会について来た理由も二つある。

一つは、夢で見たグラント将軍とグラント中佐が似ているかの確認。

グラント将軍を見たことがあるのは、平八だけだ。

いくら話した所で、長身、鬚面等の特徴を伝えることは出来ても、絵心のない平八が、グラント将軍の姿を伝えることなど不可能だったのだ。

そして、平八の記憶にあるグラント将軍の姿が、グラント中佐に似ているのならば、同一人物の可能性が上がると考えられていたのだ。


そして、もう一つは、佐久間象山が暴走した場合の宥め役であった。

その辺は、佐久間象山という人間に対する廻りの評価であったのかもしれない。

もっとも、平八は英語を話せる訳ではない。

だから、交渉に参加するには、誰かに言葉を訳して貰う必要があった。

その為、平八は付いていっても、ほとんど役に立たないと参加を固辞していたのだった。

しかし、実は、教えたがりで、平八の発想を面白がっている象山が、自分の宥め役などという不名誉な役割であるにも関わらず、グラント中佐との面会に対する平八の参加を面白がり、通訳を買って出た為に、平八も参加することとなったのである。


「遠いところを遥々、よくぞ来て下さった。ミスター・グラント」


日本人にしては、大柄で目付きの鋭い髭面の男が握手の手を差し伸べる。

この時代の日本人で髭を生やしている人間はほとんどいない。

髭は戦国時代の古い野蛮な習慣というのが、この時代の日本人の一般的な認識である。

更に職人は刺青をする習慣が一般的。

そして、鉄鋼研究、造船研究の為、この父島には職人が多数滞在している。

髭もなく、奇妙な髪形をして、入れ墨をしている人々。

それは、グラントの最もよく知る黄色人種、ネイティブアメリカンに良く似ているものであり、彼に少なからず疎外感を与えるものであったのだ。

そんな時に、自分と同じ髭面の男の挨拶。

グラントが、目の前の髭面の男に少なからぬ好感を抱くのも当然であったのかもしれない。


「私の生徒になるのでないなら、そんな堅苦しい呼び方はいらないよ。

リズとでも呼んでくれないか」


そう言って、グラントは象山の手を握る。


「解った、リズ。私は君の接遇の責任者、佐久間象山だ。

待遇に不満があれば、僕に何でも言ってくれ。そうすれば、私が何とかしよう。

それから、僕の名前は、君たち、アメリカ人には覚えにくそうだから、ショーとでも呼んでくれれば良いよ」


「そう言って貰えると助かるよ、ショー。日本人の名前は本当に難しい。

リョーマは覚えやすかったか、セゴ(西郷)の方はどうもな。

最初は、ケリーとかアダ名を付けようとしたんだか、それなら、セゴと名字を呼び捨てにした方が良いと言われて困ってたんだよ」


グラントは悪気なく、陽気に話すが、家名を大事にするお武家さんから見れば侮辱と取られても仕方ない行動なんだよな。

その辺、注意しておいた方が良いかもしれないと平八が考えていると、一切空気を読まない村田蔵六が声を掛ける。


「私が、これから、あなたが教える日本陸軍の指揮を預かってきた村田蔵六であります」


突如、見たこともないような頭の大きな仏頂面の人間に声を掛けられて、グラントは驚くが、その驚きを顔に出さないように注意しながら、陽気に尋ねる。


「君が私の先任か。よろしく頼む。

呼び方は、君もそのままでは覚えにくいので、ロックと呼んで良いかな?」


そう言われると、蔵六は変わらない仏頂面で答える。


「私をどう呼ぼうと。そんなことはどうでも良いのであります。

それよりも、早く本題に入らせて貰いたい。

陸軍教官をあなたにお願いするのでありますが、どの様なことを教えられるのかをお伺いしたいのであります」


不機嫌そうな表情の蔵六を見て、グラントは蔵六が自分に地位を奪われたと怒り、自分に教わるのを嫌がっているのではないかと考えてしまい、それが言葉に出てしまう。


「それば、私に教わるのが不満と言うことですかな?」


そんな考えを欠片も持っていない蔵六は不思議そうに首を捻る。

その様子を見て、象山が苦笑しながら、口を挟む。


「彼に、あなたを忌避する様な感覚はありません。

我々は学者です。軍事について学びましたが実戦経験はありません。

だから、実際に戦ったことのある軍人であるあなたから、一刻も早く、話を聞きたいだけなのです」


そう言われてグラントは蔵六を見るが、彼の表情はとても好奇心に満ち溢れている様には見えない。


「本当ですか?私の目には、彼が、とても、その様な気持ちであるようには見えません。

そもそも、日本人は外国人嫌いなのではありませんか。

だから、鎖国をしていたのでしょう」


日本人の外国人嫌いをグラントに感づかれて、何と答えて良いのか考えているところ、全く忖度をしない村田さんが正直に答えてしまう。

もしかして、村田さんは交渉に呼んではいけない人なのではなかったのだろうか。


「確かに、この国には外国人を嫌う人々は少なからず存在します。

彼らに言わせれば、あなた方は野蛮な侵略者ということになります」


蔵六がそう言うと、グラントはため息混じりの応える。


「やはり、そうか。それならば、無理に私を呼ぶ必要などなかったろう」


グラントがそう言うと、蔵六が仏頂面で続ける。


「全く、外国人嫌いなど、愚かなことであります。

我らは、あなた方から沢山のことを学ばなければなりません。

それなのに、異人であると言うだけで、毛嫌いするとは」


蔵六がそう言うと、グラントは意外に思い尋ねる。


「その言い方だと君は、私を嫌っていないようだが。君は外国人嫌いではないのか」


「私は嫌うほど、まだ、あなたを知りません。

軍を預かっていたのも、頼まれたから、やっていただけのこと。

その指揮をあなたに、お渡しすることも、何の抵抗もないのであります」


実際のところ、村田さんは武人でも何でもない。

頼まれて、軍事書を読み込み、軍の指揮をしてきただけで、軍の仕事を辞めろと言われたら、アッサリ辞めちゃいそうなんだよな。

そんな事を平八が考えていると、グラントが再度、蔵六に尋ねる。


「君が、私を嫌っていないことは解った。だが、どうして、君は外国人嫌いではないのだ?」


そう言われて、蔵六は平然と応える。


「元々、私は医者であります。

私は、あなた方の書いた医学書で勉強をしてきました。

だから、あなた方も我々と同じ人間であることを知っているのです。

そこから知った、我々と、あなた方の違いは、メラニン色素の量の違いだけ。

その様な理由で、あなた方を嫌うなど、合理的ではないのであります」


蔵六が言い放った言葉に、グラントは目を丸くする。

龍馬と西郷に誘われて日本までやって来たグラントではあるが、決して人種的な偏見が全くない訳ではない。

北部の人間らしく過酷な扱いを受ける黒人奴隷に同情的な気分はあるが、黒人を白人に劣る者であると考えているし、アメリカ原住民も野蛮な連中だと思っている。

それを、目の前の、この奇妙な男は、人種の違いなど、メラニン色素の量の違いだけであると言い切ったのだ。

だが、どう考えても、この妙に頭の大きな男との違いがメラニン色素の量だけだとは思えない。

それが、妙におかしくなり、グラントは笑いだす。


「どう考えても、私と君の違いがメラニンの量だけだとは思えないがな。

だが、相手を知らなければ、相手を嫌う理由がないという君の意見には賛成しよう。

まあ、私を知りもせず、私を嫌う日本人が多いなら、教官役で、実際に指揮を執るかどうかは解らないがな。

とりあえず、君の話を聞こうじゃないか。

君は一体、私から何を聞きたいのだ?」


そう言われて、村田蔵六は変わらぬ仏頂面で尋ねる。


「どうやったら、この国を異国の侵略から守れるのか。その戦略をお聞きしたい」


グラント中佐との面談は続いていく。

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