Ep.3‐2 心惹かれ行きて

「ゲームの始まり方は解りました。では次はゲームの勝利条件、到達目標を教えて下さい」

 彼女は光桜女学院では割とマイノリティーな、ゲームや小説のような大衆娯楽をたしなむ人間だった。そして、それらの出来の良さ、悪さを決定づけるのは八割がた最後の終わり方だと認識していた。どんなストーリーも、どんなゲームも、最後が詰まらなければ娯楽である意味が、必要性がない。

「よく聞いてくれた。悪魔憑きがゲームから離脱する――つまりは敗北する――条件は大きく分けて二つ。他悪魔憑きによる死、若しくは魔導書の破損。まあ魔導書を破壊されると死ぬから後者は前者に内包されるのだけどね。これらを避けつつ他悪魔憑きを倒し、最後まで残った一人が次の神の座を手にすることになる」

 

 麻里亜は躍起やっきになって質問を続けた。

「初めに願いを叶えてもらった後、魔導書を自分で破壊するというのは? 戦いを避け実利だけを採るなら考え得る限り最良の選択だと思うのですが」

「そんなことをしようものなら間違いなく自分の悪魔に八つ裂きにされるね。だがそれは不可能だ。一度願いを叶えてしまったらどんな方法を用いてもゲームからは離脱できないし、もっと言うなら自分で自分の魔導書を破壊することは出来ない」

「神というのは具体的にはどんなものなのでしょう?」

「僕は神じゃない。それはなってみないと判らないとしか言い様がないよね」

「悪魔憑きが病気や事故で死んだ場合はどうなるのですか?」

「そんなことは。神曰く、『そんなつまらない展開は許さない、因果律を上書いてでも起こさせない』だとさ。こういうのをご都合主義っていうのかな?」

「面白い神様ですね」

「あの人は一筋縄ではいかないよ。会ってみればわかる」

「会えるのですか?」

「ゲーム開始直前、七月二十八日の午後十一時辺りから悪魔憑き全員の前で神によるイントロダクションが行われる。酷い悪魔だと、契約時ろくに説明せずに参加させることもあるからね。なるべく公平を期すためさ」


 その後三十分ほど質疑応答は続けられた。

「到底、信じられないような話です……けど、信じます」

 麻里亜は人の嘘を見抜くのに長けていた。眼球運動や手の動きなど見なくても、話し方を見極めれば。ネヴィロスの言は綻びを保ちつつ、質問には十全に回答している。完璧な嘘は他者の介入を許さない。かえって真剣な話の方が論理の隙が出るモノなのだ。麻里亜は満足していた。何より、彼女は人とここまで会話を続けたのは家族が死んでからは初めてだったのだから。

「本当かい」

「信じますよ。だってあなたはですもの。嘘をつくならもっといいやり方がある筈です」

「いや、嘘ではないのだけどね? それでどう、僕と契約してくれる気になったかい? 勿論強要はしない。あくまで尊重すべきは、君の意思だからね。でも、これだけは言っておくよ。君が契約に応じなければ、これまでの僕との会話の記録は全て消去される、正確に言うなら無かったことになる……意地の悪い神様によってね」


 ネヴィロスと出逢ってまだ二日だが、麻里亜は彼に親しみを感じていた。今では顔も忘れかけた兄の面影でも重ねていたのか、どこか彼に懐かしさを覚えていた。そんな会話が、思い出がすべて消えてしまうのは、どうしても辛かった。麻里亜のそんな懊悩を、彼は知る由もなかったが。

 麻里亜は深く息を吸い込んだ。そして決めた。

「契約、します。私が契約することで、世界の破滅を防げる確率が一パーセントでも増えるのなら、私が戦うことで、少しでも他を牽制して被害が抑えられるのなら。けれど、契約するのは二十八日の夜まで待ってください」

「それは何故だい?」

「私にはどうしても叶えたい願いがないです。あなたが言うような、自分の命を賭しても叶えたい願いなんて見当たらないです。今はそのことについてよく考えたい。もし適当な気持ちのまま契約をしたら、きっと後悔すると思うから……。それに、二十八日にはデートの約束があります。その時までは普通の生活を送りたいのです」

「ああ、僕はそれで構わないよ。君にも君の生活があるからね」

 麻里亜はネヴィロスの聞き分けの良さに陰ながら感謝した。

「それじゃあ暫く僕は君の近辺に憑いて警護しているよ。ああ安心して、周りの人間に僕は見えないし、君に迷惑はかけないから。困った時は呼んでくれ。まあ滅多に在り得ないことだが、先走る愚か者がいないとも限らないからね」

 麻里亜はネヴィロスの呟きに小首を傾げつつも眠りについた。

 そしてこれから彼女を待ち受ける運命――十一人の敵対者との命がけの戦いに身を投じるという運命――をゆっくりと心の中に浸透させていった。

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