第三章 「Alice in Murdergame」

十五節 「少女」

Ep.15-1 少女は独り

 廃工場の薄暗闇の中、わたしはそっと身体を起こした。耳を打つのは男たちの罵声ばせい。心を裂くのは男たちに凌辱りょうじょくされたという現実じじつ

 一度目は絶望した。世界にこんな醜い行為が存在するのかと、この世界に絶望した。二度目は怒りを覚えた。何故自分がこんな目に合わなければいけないんだと、男たちと自分を呪った。三度目は忸怩じくじたる思いだった。身のままに男たちに身体を穢され、汚され、男という生物を憎悪する自分と、綺麗な恋愛に夢を見、男に憧れを抱いていた自分が交錯する。なぜこんなことになってしまったんだろう。……そして四度目の今は、もう何も感じない。


 わたしもいけなかったと思う。ある夜、派手な見た目の友人たちと歩いていたら、大学生の集団に遊びに誘われた。友人たちは喜んでついていこうとした。「この人たち、〇〇大学なんだって!」「すごいすごい!」「××も行こうよ!」 

 馬鹿みたいだと思いながらも、押しに弱いわたしは流されて友人たちとついていってしまった。彼らとの交流は思いの外楽しかった。だが、そんな日々は長く続かなかった。彼らは男の醜い欲望を次第にさらけ出していった。女の子をいやらしい視線で眺めまわしたり、これみよがしに身体をまさぐってきたり、高校生のわたしたちにお酒を飲ませて反応を楽しんだり。男たちにも腹が立ったが、満更でもなさそうな友人たちにはもっと腹が立った。

 わたしは嫌々ながらも場の雰囲気に流され、そのグループを抜けられなかった。友人からハブられるのは、独りになるのは、怖い。

 ある日嫌なことがあって、男たちの薦めるままに馴れないお酒をたくさん飲んでしまった。わたしは柄にもなく陽気になって、交際相手との間のあることないことまでべらべらと喋ってしまった。途中から意識が混濁し、ぐらりと目の前の光景が揺らいだ。記憶はそこで途切れ、次に目が醒めたときはホテルの一室でわたしは全裸で横たわっていた。男たちはわたしの手足を羽交い絞めにして、一様に下卑た薄笑いを口許に浮かべていた。お酒のせいで体に力は入らず、したくても抵抗は出来なかった。ほとんどなされるがままだったと思う。

 完全に意識が戻り、シーツに染み付いた血の染みを見止めたとき、わたしを支配したのは完全な虚脱だった。ああ。恋人にもこんなことはしたことがなかったのに。男たちを責める気力すら湧かなかった。股を押さえてよろよろと歩くわたしを、男たちは勝ち誇ったように見つめていた。きっとまだ続きがあり、そしてわたしは逃れられないのだろうな。初めて犯された日のわたしは、処女を喪った夜のわたしは、まるで他人事のような冷徹さでそう思ったのだった。


 それから地獄の日々が今になるまで続いた。無理やり交換させられたアドレスからは男たちとのが送られてきて、際限なく心と体を苛まれる。警察や家族に相談すれば写真を近所かネットにばら撒くと脅されても、もうわたしは何も感じられなくなっていた。心が冷えていて、学校でも家でも、世界は温もりを完全にとざしていた。


 大学生の友人がいる自分は特別なんだとでも思っていたのだろうか。背伸びして大学生のグループと付き合っている自分を、垢抜けている、他とは違うとでも思い込んでいたのだろうか。昔の自分を消してしまいたい。こんな過去じぶんは抹消してしまいたい。


 男たちが何か言っている。わんわんと鳴り響く頭痛のせいで意識が朦朧もうろうとして内容は聞き取りづらいが、どうせ下らない事だろう。次はどんな女の子を落とそうとか、自分はどんな女を抱いたとか、そんなことに違いない。男は全員、下らない。

 グループのリーダー格、早川慶太はやかわけいたがわたしに話しかけてきた。

「誰かに相談しようとか俺らから逃げようとか思うなよ。お前はもう俺たちの玩具おもちゃ確定なワケ。わかった? ××ちゃん?」

 名前の部分はよく聞こえなかった。わたしはもう、自分わたしを認識したくない。慶太はその後いくつかわたしに罵倒ばとうを浴びせた後、携帯の画面をわたしの目の前に持ってきた。小さな四角の画面のなかでは、男にもてあそばれる少女の小さな裸身がみだらにうごめいている。ああ、これは誰なんだろう? きたない、きたない、キタナイ。消えて欲しい。×んでほしい。


「お~~い、××ちゃん、生きてる? あ、もうダメだわこれ、壊れちゃってるわ」

 誰かが何か言っている。

「慶太さんがドラッグとか大量に使うからですよ。いくら気持ちいいからって、せっかく見つけた可愛い玩具おんなを壊さないでくださいよ」

「バッカ、女は質より量なんだよ。よし、次の女調達しにいくぞ。そうだな、次は南高でも狙うか。あそこ馬鹿だからヤリマン多そうだしな。行くぞ」


 男たちが去っていく。わたしは汚れた股を拭い、乱れた服を直しながら歩き始めた。足取りは覚束なく、自分が今どこへ向かっているかさえ明瞭めいりょうとしない。心は悲痛の叫びを上げる余力もなく、体は壊れた人形のように思うように動かない。ただただ、もう限界なのだという信号だけが、心と体の奥底からサイレンのように響いていた。


 ふと気が付くと、わたしは廃ビルの屋上にいた。朱鷺山ときやまビルの屋上から、灰色の下界を見下ろす。まるで神様のようだ。そうだ、今自分は神様なのだ。今なら自分の命くらい、簡単に――――。

 そう一瞬思って、わたしは姉のことを思い浮かべた。わたしが×ンダラ、きっと姉は――――。姉は、悲しんでくれるのだろうか?

 最後にそれだけが知りたかった。そうだ、最後に姉に相談してみよう。きっと彼女なら、わたしでは思いつかないような解決策が浮かぶに違いない。


 わたしは久しぶりに満ち足りた思いで、家路を急いだ。そうだ、もっと姉と話そう。たったひとりの家族なのだから。姉を避けていた自分がいかに愚かしかったかを理解し、わたしは期待に胸を膨らませて玄関を開けた。


 。リビングの上になにやら事務的なことが書かれたメモが置いてあるだけだった。ああ、そっか。やっぱり姉にとって、自分はその程度の存在だったんだ。自分に都合の良い展開なんて、現実では起こり得ないんだ。


 わたしは台所に向かい、ガスの元栓を全て開いた。そして大きなまな板包丁を手に取って――――。

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