Ep.19-3 アリス・イン・ワンダーゲーム Day.2

 草陰から現れたのは先ほど竜の火炎に巻き込まれ、塵と消えた筈の法条暁だった。服には煤ひとつなく、余裕の証か煙草までふかしている。

「お姉ちゃん……なんで生きてるの? そっか、権能を使ったのね? ルールを破ったのね、ずるいわ!」

「生憎だが私は職業柄、ルールに関しては人一倍うるさくてね。私は何もルールに背いてなどいないよ」

「でも……どうやって?」

 アリスは不審そうに尋ね、そして僕と同じく答えに辿り着いたようだった。

「そっか、悪魔の能力を借りたのね? ……失敗だったわ。お姉ちゃんたちの行動をせいげんするなら、もっと徹底的にやるべきだった」 

「君の推察通り。なに、あと少しで私たちは負けていた。君の作ったルールは素晴らしい出来だったよ」

 法条はことの次第を聞くと僕たちに向き直り、僕と葉月の軽率な行動をたしなめた。

「いいか周、たとえ私が死んだとして、諦めることなど許さん。頭を使うよりまず身体を動かせ。死んだら元も子もないぞ。それと葉月君、私の仇討ちなどしてくれるな。相手が幼い子供なら猶更だ。後であの子に謝っておけ。君は……人のために戦うべきではない、君の強さは君だけのものだ。だから、自分の戦いをしろ」

 今度ばかりは法条が正しい。僕たちは大人しく従い、アリスと二三言葉を交わし、病院を後にした。アリスとの遊戯はあと二日。一度目すらここまで窮地に追い込まれたのに、あと二回を無事に乗り切れるのだろうか? 僕は正直、不安で仕方なかった。そしてもうひとつ。法条は自分が殺されかけたのに余裕だった。捕まった葉月や僕を見ても全く焦燥の色を見せなかった。僕はやはり、法条暁という人物が苦手だ。彼女の底知れぬ歪みの一端に触れた気がして、僕は空恐ろしくなった。


       ◇            

 

 八月四日、夕刻。病院のベッドでひとり目覚めた朱鷺山しぐれの目に真っ先に入ってきたのは、医者でも看護師でも医療機器でもなく、

「やあ、こうやって直接話すのは初めてだね。よろしく、ボクは八代やつしろみかげ。まあ神様とでも呼んでくれればいいよ」

 しぐれがみかげの姿を見るのは六日前のイントロダクション以来だった。彼女の白髪が病室の窓から入り込む微風に乗ってたなびくのを見て、しぐれは彼女が紛れもなくこの世ならざるものであることを悟った。しぐれが何も言えないのを見て、みかげは何かを感じとったのか、

「自分が獅子宮レオ天秤宮ライブラのお荷物になってやしないかと心配しているのかい、君は? 安心しなよ、そんなことを気に病む必要はない。

「え……」

 しぐれは見事に打ちのめされ、目の前の少女から次にはどんな罵詈雑言が飛んでくるのかと身構えたが、

「彼女たちはね、人間だ。獅子宮は誰より強い肉体を、天秤宮は誰より強い信念を。だから気に病むことはない。君は彼女達とは違うのだから」

 神様はそう言ってしぐれに笑いかけた。

「でも……私は、何の役にも立てなかったです……。これまでも。きっとそしてこれからも……人の役には、立てないんです」

「案ずることはないよ。君は誰よりも強い力を秘めている。今はまだそれを自覚していないだけさ」

「いいんです。私は……弱いから。きっと長生きできないから」

 朱鷺山一族は代々短命の家系だった。病気であれ事故であれ、彼ら彼女らは何らかの不運に遭い、若いうちに命を落とす。だからこそ朱鷺山の人間は限られた時間を最大限に活用すべく動き、遂には一大企業を築き上げるに至ったのだ。

「寿命のことを気にしているのかい? 大変だねえ人間は。たかが数十年の違い、どうってことないじゃないか」

 しぐれは時間が過ぎるのが怖かった。自分が、他人が、環境が変化していくのが、堪らなく怖かった。

「そんなに言うなら、特別だ。君にはボクの無限に等しい寿命を少し分けてあげよう」

 そう言ってみかげはしぐれの両手を握った。

「はいこれで完了。君の体内に13000年分の寿命を譲渡した。良かったね、これで「時計仕掛けの少女デウス・エクス・マキナ」も打ち放題、残り少ない寿命を気に病むことなく戦える」

「なんで……私の能力を?」

「ボクは神様だよ。この地上に起こるどんなことでもボクは知っている。勿論、このゲームの行く末もね」

「あなたは一体……何者なんですか? どうして私にここまでしてくれるんですか?」

「だから何度も言ってるだろう、だよ。君に肩入れする理由は……そうだね。君とボクはよく似ているから。それだけじゃ不満かな」

「いえ……。ありがとうございます」

 みかげはしぐれに別れを告げ、病室から姿を消した。今の自分に何が出来るのか。みかげと自分はどこが似ているのか。葉月たちはどうしているのか。考えるべきことが一杯で、しぐれはそっと嘆息した。


       ◇

            


 そしてまた、夜が来た。アリスとの遊戯ゲーム、今宵の種目は「だるまさんが転んだ」。誰か一人でもアリスにタッチ出来れば勝ち。ルールは概ね昨日と同じで、今度は「悪魔の能力も使用してはいけない」も追加されている。場所は町はずれの神社の境内けいだいへの階段。昨日の命がけのかくれんぼに比べれば、まだ安全な方なのかもしれない……というのは、全くの勘違いなことに、僕は気付かされていた。

 遊戯開始から二十分あまり。無事なのは僕だけだ。法条と葉月は既に物言わぬ石像に成り果てていた。

 二日目に召喚されたアリスのお友達は石蛇女メドゥーサ。幼い子供でもその能力は知っている。その目で見たものを石化させる。この遊戯はつまり、石蛇女メドゥーサの視線を躱しながら、アリスに近付くという一点に集約される。僕は今やこの遊戯にいかに勝つかよりも、法条と葉月を果たして元に戻せるのかに対して脳のリソースを割いていた。

 アリスが再度だるまさんが転んだを唱え始める。僕は猛ダッシュで階段をかけあがるものの、石化が進んだ右半身は思うように動いてくれない。気付けば僕は転んでいた。くそっ、あと少しなのに。思えばこの遊戯、一番足が速い葉月が真っ先に脱落した時点で詰んでいたのかもしれない。ああ、葉月がアリスの恨みを買っていなければ。僕が諦めかけたその時、その声は響いた。

「待ってください! この遊戯、私も参加させてください!」

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